ヨウショク。
誤字、脱字報告に感謝いたします。
「で、結局なんなのだ?何故こうなっている?」
忙しく働くメルサの後ろで壁にもたれ、イライラとオリヴァーが尋ねる。
天皇と将軍にメルサが見返りを要求し、一体何を求めたのか知らないが皇国側は派手に驚いていた。
魔石が欲しい。
王国としてはこの一言に尽きるが、それならば魔石があると向こうから極秘に知らせてきたのだ、皇国もあんなおかしな驚き方はしないはずだ。
そして、皇国側は何故かメルサの求めるものを渋っているようだった。
『米……。米か……』
『はい。お米です』
天皇と将軍はお互い目配せし、難しい顔をする。
絶対に魔石が欲しいと要求してくると思っていた。
どうせ滅びる運命にある皇国で、魔石は宝の持ち腐れ、最後の時までに国民が飢えずに暮らせるなら王国に渡すこともやぶさかではなかった。
が、米。
言わずと知れた皇国の主食。
この国では、有事のためにどの食材よりも備蓄されている。
食糧難となっている今でも蔵には【囲い米】が保管されている。
これは国民のための米である。
王国、スチュワート伯爵家からたくさんの食糧支援を受けたとしても、その食糧は皇国民にとって食べ慣れない食材なのだ。
せめて米だけは最期の時まで、食べさせてあげたい。
皇国が、本当に王国へ伝えた通り天候不良による食糧難なら、大量の食糧物資と引き換えに米を渡すことに躊躇することは無かっただろう。
次の年か、その次の年にはきっと天候も落ち着き、米もまた作れる環境になる。
生きるために、数年米が食べられなくなろうとも我慢できる。
しかし、皇国は一年以内に滅びるのだ。
備蓄分の米は、食べ慣れた米は、国民の数少ない心の拠り所になっているはず。
『……食糧支援の食材は、国民にとって食べ慣れたものではない。目録にも読めるが私の知らない、想像ができない食材もある。国民から米を奪うことは……したくはない』
第一に国民を思う天皇が、メルサの要望に答えられないと伝える。
『かわりに、魔石を渡そう。王国の求める量を……』
それでも【囲い米】だけでは、一年持たないことは明白で食糧支援は欲しい。
将軍が、とうとう公に魔石の話を出した。
『……いえ、魔石は結構です』
『『『!!!!!!?』』』
将軍の覚悟の申し出を、メルサはあっさり断る。
『王国には、魔法使いがおりませんので魔石だけあったとしてもただの石ころ。お米には代えられません』
『魔石が、要らないと?』
『ええ、我がスチュワート家は。魔石は今後、王国と付き合うなかで交渉をして下さい。一伯爵家がそんなものを手にいれても面倒が増えるだけですので』
『どうしても、米か……?』
『どうしても、米です』
メルサは譲らなかった。
『王国の食材は、食べ慣れないと言うのでしたら…………では、皇国の方々の口に合う料理を、持ってきた食材を使って私が作ってみせましょう。それならば、お米をいただけますか?』
交渉が難航した場合は代替案を提示する。
こちらの目的は諦めないが向こうに考える余地を与える。
遥か昔に学園で習った事を、ここぞとばかりに活かしメルサはお米のためにと一歩も引かない。
『そんな事は、不可能だ。王国と皇国は、全く文化の違う国。気候も、土地も、人も何もかもだ。これまで全く交わらなかった国の食材で違和感なく受け入れられる料理なぞ……』
『今から、お作り致しましょう。あの大量の小麦粉をすいとんやうどんだけで消費されるのは、王国としても残念ですからね。ウメさん?調理場にご案内してもらえますか?』
メルサが、スッと立ち上がる。
「え??おい?メルサ?何を?はっ?どこに行くんだ?おい?」
延々と皇国語で会話された挙げ句に急に立ち上がるメルサにオリヴァーが驚いて声を上げ、一緒に立ち上がろうとするが、足が痺れて動けない。
「なんだ?これ?痺れっうわっ」
畳敷きの床にメルサに倣い正座していたオリヴァーが悶え苦しむ。
『こちらでございます』
ウメがメルサを案内し、スルスルと階段を降りるのをオリヴァーは必死で痺れた足を引き摺りながら追いかけた。
そして、着いたのが調理場でメルサはウメから白い袖のある服を渡されていた。
『お着物が汚れますのでこれをお使いになって下さい』
『まぁ、割烹着があるのね!遠慮なく使わせてもらうわ』
メルサは何の躊躇もなくそれを着ると、忙しく働き始める。
お湯を沸かし、次々と運ばれてくる支援物資の食材、日持ちするだろうと入れていた野菜、加工肉、パスタ、調味料を並べ、切ったり茹でたりと下拵えを開始した。
「で?結局なんなのだ?何故こうなっている?」
まだ地味にジンジンする足を休めるために壁にもたれながら、イライラとオリヴァーが尋ねる。
「見返りに皇国の主食が欲しいと言ったら、王国の食材は食べ慣れたものではないから、主食は渡せないと言われました。ならば、私が王国の食材で皇国人の口に合うものを作ると言ったのです」
「おまっ……食糧難の国から主食を奪うとか……鬼か?」
何を考えているか全くわからない。
そもそも、皇国の主食なぞ王国人も食べ慣れてないはずなのにそこまでして欲しいものなのか?
タン、タタタタタタタ。
玉ねぎを切り始めたメルサの軽快な包丁捌きは、元公爵令嬢、現王国一裕福なスチュワート伯爵夫人とは思えない。
普通貴族の娘は料理なんてしない。
いや、するべきではない。
オリヴァーの知っているメルサも料理なんてしなかった。
「そもそもお前、なんで飯の支度なんかできるんだ?おかしいだろう?あんなクソ田舎の辺境領に嫁に行って何をさせられていたんだ?」
忌々しいレオナルド・スチュワートの顔が脳裏に浮かぶ。
おとなしく、自分のところへ嫁に来ていれば飯の支度なんてさせることもなく、美しいドレスに美しい宝石、旨いワインにハイクラスの夜会……贅沢三昧させてやったものを。
料理なんて、使用人の仕事をなんでメルサがしなくてはならないのだ?
おかしいだろう?
メルサは、こんな下働きをさせていい女ではない。
もっと、もっと、大事に、私のところに来ていれば……。
『え?凄い!火も水も全部魔石で!?』
『はい。皇国ではどの家も火魔法や水魔法のかかった魔石で調理します。夜になれば光魔法の魔石で明かりを灯し、着物は水魔法の魔石を入れた箱に入れて水流で洗い、風魔法の魔石で乾かします』
『べ、便利ね……』
料理しがてらウメとの会話で皇国の話を聞けば、王国よりも断然ハイテク国家だった。
前世の家電が揃っているようなラインナップが魔法を閉じ込めた魔石で全て賄えている。
『王国には、ないのですか?』
意外そうな顔でウメが尋ねる。
王国は、帝国に次ぐ大国で皇国なんか足元に及ばない力があると思っていた。
『ないわね。30年前くらいまでは、貴族屋敷で使われていた話は聞いたことがあるけど……』
皇国がここまで誰でも使えるほどに魔石資源が豊富だとは思わなかった。
『先ほど、王国には魔法使いがいないと仰いましたが、皇国では生活魔法を閉じ込めた魔石は普通に販売されているのです。結界魔法と違い、現地に行かなくても施せるので王国でもこの魔石は使えるはずですよ』
『…………すごいわね。…………魔石はいらないなんて言わなければよかったかも……』
魔法が既に閉じ込められた魔石が売っている皇国…………ここまで高度な魔石文化を持ちながらどうして食糧難なんて起きるのか……。
『今からでも間に合いますよ?お米ではなく、魔法付き魔石をご所望になれば良いのです』
キランとウメの目が光る。
『うーん。それとこれは別よ。お米は絶対なの』
じゅわーっと食材を炒めながらメルサは苦笑する。
弱火用、中火用、強火用のコンロがあり、火加減すら調節できる皇国の台所に感動しながら。
一時間もかからずにメルサは調理を終え、再び天皇と将軍の前へ正座する。
『…………これは……』
『なんと………………』
見たことのない料理が置かれる。
『皇国人の口に合う、お米に代わりうるものを取り敢えず作ってみました。皇国の赤い町並みにもぴったりかと思いまして』
ニコニコとメルサは冷めないうちにどうぞと勧める。
『へ、陛下。これは、食べ物なのですか?』
『上様、ここまでわかりやすく毒を盛られたのは初めてでは?』
側近にも、味見程度の量が入った小皿が配られていたが、誰も箸をつけない。
真っ赤だった。
王国の食材で作ったらしいその料理は、不思議と悪い匂いではないが、ほかほかと湯気がたっているが、真っ赤だった。
人参が赤いのは納得できるがそれ以外の食材全てが、赤く染められ、皇国の常識的な料理から考えても有り得ない見た目なのだった。
『毒なんて入れてませんよ?』
『調理中、目を離さず監視しておりました。毒味も、済ませてあります』
メルサの言葉に、ウメも毒ではないと保証する。
『いや……何故、真っ赤なのだ?こんな丸ごと赤い料理は見たことがないのだが?』
美人の手料理が食べられると少し浮かれていた将軍も、出てきた衝撃的な料理に不安そうににおいを嗅ぐ。
『?赤は、皇国では魔除けの意味があると聞きましたので、縁起が良いかと思ったのですけど。大丈夫、毒でも弁柄でもありませんから』
さぁ、さぁ召し上がれとメルサが悪魔の料理を食べろと言い募る。
『……上様、このフクシマがまず、食べてみせましょう』
『……上様、カトウも食べてみせましょう』
将軍側にいた側近から、覚悟の声が上がる。
隣あった二人は、一度しっかりとお互いに手を握り鼓舞したあと、目の前の小皿の中の赤いものを一気に口に入れる。
『!!ふぐぅぅ!!』
『!!むぎぃぃ!!』
フクシマもカトウも目を見開き、気合いで咀嚼する。
『ふ、フクシマ!!!カトウ!!!無理するでない!!!』
天皇も将軍も忠臣の暴挙にやや、腰を上げ心配そうに見守る。
しばらく二人の咀嚼する様子に注目が集まり、とうとうゴクンと飲み込む音が聞こえるほど、シンと静まり返っていた。
『………………ふ、ふまい』
『…………び、美味でごじゃいまふ……!』
『『『え??』』』
『上様、見た目に反して優しい味です』
『陛下、これなら女、子供でも好んで食すと思われ……ます?』
赤いのに、辛いわけでもなく。
仄かな酸味と甘味の超バランス。
野菜も肉も入って食べごたえ抜群。
『う、旨い……のか?』
『旨いです!!!』
食べた二人が二人共、信じられないと言いながら己の舌に正直に答える。
将軍の側近七人衆の中でも信頼のあつい二人が揃って旨いと言うのを見て、恐る恐る他の側近達も赤い料理を口に入れる。
『『え??うめぇ!』』
『『は?うまっ!』』
『『え??何で?うまいの?』』
誰1人として、口に合わないと言うものはいなかった。
天皇と将軍も覚悟を決め、メルサの作った料理を食べる。
『……………………………………うまい……な』
『………………ああ、うまい………………』
初めて食べるのに、何故かそこはかとなく懐かしい。
皇国側の反応に満足そうに笑うメルサに、天皇が尋ねる。
『これは、何という…………料理だ?』
そう、これは、皆が大好きな……。
『スパゲッティ、ナポリタンでございます』
メルサは答えた。
引っ張るだけ引っ張って、ナポリタン。
横浜生まれの良い感じの赤いやつ。
みんなが残さず食べたので、オリヴァーはメルサの手料理にありつけませんでしたとさ。




