見返り美人。
誤字、脱字報告に感謝致します。
『こちらが、第121代天皇、ユカリノミヤ・ヒノモト陛下。そしてこちらが第45代将軍、フジヨシロウ・トヨトミ閣下でございます』
女官長のウメが宿泊する部屋へ案内してくれ、そこで正装に着替えエド城に足を運んだ。
天皇と将軍との謁見は天守閣、最上階で行われるとのことでエレベーターなんて設置されているわけもなく、驚異的なスピードで階段を登るウメについていくのは少しだけ大変だった。
オリヴァーが肩で息をして登っていたので、ウメに少しペースを落としてもらおうかと聞いたが必要ないっとキレられてしまった。
学生の頃から、彼のためにと思ってやることは怒られる事が多かったなと懐かしく思う。
『よく、来てくださいました。王国の力添え感謝致します』
天皇、将軍が揃って頭を下げる。
……。
皇国で、神と崇められる天皇と軍事のトップである将軍がメルサとオリヴァーに礼を尽くすことで、逆に器の大きさを感じる。
威厳も大事だが、礼儀も大事。
ふふんと頭を下げる二人を見て気を良くしているオリヴァーの器の小ささも相まって、皇国はちゃんとした国なんだろうとメルサは思った。
『こちらが、スチュワート伯爵家からの支援物資の目録でございます』
ロートシルト商会が用意してくれた支援物資一覧をメルサが皇国語に訳したものをウメに渡す。
ウメを介して目録を受け取った天皇は息を飲む。
『こっこれは……』
皇居へ大量に運び込まれているとは思っていたが予想以上の食糧だった。
『待て、そなた、今スチュワート伯爵家からと申したか?これは王国からの支援ではないと?』
将軍が警戒した声でメルサに尋ねる。
国の支援と個人からの支援では話が違ってくる。
私欲を肥やそうとする者は見返りが怖い。
国と国ならば、体裁を整える必要があるが強欲な個人は容赦がない。
国庫の備蓄が減っている今、目の前に食糧をぶら下げられては何を要求されても断れないのだ。
におわせる程度に留めておいた魔石の情報を王国の強欲な貴族が嗅ぎ付けてしまったのか……。
通訳の女性の隣に座る外交官だという男オリヴァーの横柄な態度が気になる。
『はい。国として支援を用意するには、どうしても時間がかかってしまいます。タスク殿下のお話を伺うと、貴国にその時間を待つ余裕はないと勝手に判断致しました。国王陛下の許可はおりております』
すっと背筋の伸びた品の良い仕草で話す女性がにっこりと笑う。
『もちろん、これはスチュワート伯爵家からの支援、見返りを期待してのものですので陛下も上様も頭を下げる必要はございません。これは取り引きなのですから』
あっけらかんと笑う通訳の女性の言葉に将軍の警戒が少しだけゆるむ。
まさか、ここまで堂々と見返りを求められ取り引きだと言われるとは思わなかった。
そもそも滅びゆく皇国が何をケチるというのだ。
今はただ、民が飢えずに最期の時を迎えることが望みだったはず。
『面白い、そなた、名前は何と申す?』
始めの挨拶で女性は外交官との通訳に徹し、名前を聞いていなかった。
外交官なんかよりも余程好感のもてる通訳に将軍は興味津々だった。
皇国がこのような事態でなければ大奥に欲しかったなどと思うほどには。
『メルサ・スチュワートと申します』
『…………スチュワート?』
『はい、スチュワート伯爵は私の夫です』
あーーー結婚してたかーーー!
女の身で皇国にって独り身って思うやんかー。
ワンチャンあるかと思うやんかー。
ガックシと項垂れる将軍を横目に天皇が呆れた視線を投げる。
国がピンチでも将軍の女好きは治らないらしい。
『では、そのスチュワート家の求める見返りを聞こう』
『『『陛下っっっ!』』』
メルサとオリヴァーの両脇にずらーーーっと並んだ側近達がたまらず声を出す。
魔石を国外に出すことは仕方ないと会議で決まったものの、王国ではなく王国の貴族となると話が違う。
皇国が魔石の宝庫だという事実は知られてはならない。
国ではなく、貴族とはいえ個人にそれを守れる信用を推し測るのは困難。
そんな彼らを天皇も将軍も目で黙らせる。
皇国はもってあと一年。
目録の食糧は民の助けになる充分な量だった。
『皇国の状況。タスク殿下のご様子を見ても深刻なこととお見受け致します。しかし、我が家にも譲れないものがございます。こちらを……』
メルサがすっとウメに紙を差し出す。
目録と同じ様にウメから天皇へと渡されたそれに目を通す……が。
『な、なんだ!?これは!』
そこには、魔石なんて文字は無かった。
『ほっ本気……なのか?』
上から下まで再び目を通すが、どこにも魔石なんて文字は無かった。
『無理を承知で要求致します。一番上に書かれているものは絶対に欲しいのです。出来ることならその次に書かれているものも』
その二つに関しては妥協する気はないとメルサが言う。
『ななな……何故なんだ……?』
天皇と将軍が紙を覗き込んで言葉を失う。
『陛下、何が書かれているのですか?』
『どんな無茶苦茶な要求でしょうか?』
『ま、まさか港の千本鳥居ですか!?』
魔石は魔法使いがいなければ石ころと同じ。
千本鳥居には国防における様々な魔法が封じ込められており、あれ自体が国宝だった。
あれを失えば容易く他国から見つけられ、魔石を奪われてしまうのは目に見えている。皇国にとって一番大事なものだった。
民の飢えと国の宝、天秤にかける苦悩の表情が天皇と将軍から滲み出ていた。
『いや、鳥居では……ない』
天皇の手が震えている。
『ま、ま、ま、まさか!タスク殿下ですか?殿下を婿にと言って来ているのですか!?』
タスク皇子もまた、国の宝だった。
勤勉で民を思う心もあつく、バリトゥ語をマスターし、王国語すらも勉強し、この窮地を何とかしようと懸命に模索する皇子。
頭脳明晰で容姿端麗。
スチュワート家とやらに娘がいるならば、婿にと願うのも頷ける。
だが、タスク皇子は民の心の拠り所なのだ。
おめおめと渡す訳には……。
『いや、タスクでは……ない』
隣の将軍も震えている。
『ま、ま、ま、まさか、陛下と上様のく、首?』
国のトップを葬り、操り易い傀儡を置いて思いのまま皇国を操ろうとしているのか?
そうすれば、鳥居も魔石もタスク皇子も全て手に入れられる。
……なんて恐ろしい……。
『いや、違う……』
『なら、一体何なのですか!?』
側近達が焦れたように叫ぶ。
目録に目を通していないが、運び込まれる様子を見る限り相当量の食糧だったのはわかっている。
天皇陛下も将軍も覚悟を持って紙を見たはずなのに、あの表情……。
何をそこまで驚いているというのか。
『…………①米』
『『『………………………………は?』』』
『②……かつおぶし』
『『『………………………………は?』』』
『……味噌、醤油、明太子……漬物、納豆、豆腐にあ、餡子?』
『『『………………………………は?』』』
『食糧難の国から食糧を要求する無礼をお許しください。どうしても、お米が食べたいのです』
『『『………………………………はぁーーーーーーー?』』』
「お、おい、メルサさっきから何を騒いでいるのだ?」
オリヴァーが我慢できずにとうとうメルサに尋ねる。
「支援物資の見返りの品についてです」
「お前、どんだけ非常識なものを要求したのだ?」
「オリヴァー、今大事な所なので黙ってもらえます?」
「は?メルサ、私は外交官だぞ?」
「後で詳しく話しますから」
もともとオリヴァーに同行を頼んだ覚えもない。
「お前は……いつまでたっても可愛くないな……」
イライラを隠さずにオリヴァーが悪態をつく。
「婚約中ならいざ知らず、貴方に可愛いなどと思われても何も得はしませんから」
「はんっ本当に可愛いくないっ」
この男は、これで私にダメージを与えられると思っているのだろうか。
……いや、かつてはしっかり傷ついていたこともあったのだった。
すっかり忘れていたのは、オリヴァーが悪態をつく以上に彼が、レオナルドが褒めてくれたからだ。
あの日、初めて学園で会った時には、本当に毎日好きって言われることになるとは思ってもみなかった。幸せにしてもらった。
早くお米を持って帰って食べさせてあげたい。
夫と子供達の喜ぶ顔を思い浮かべ、メルサは気を引き締める。
『陛下、上様。お米とかつおぶし、見返りとして頂けますか?』
お米ゲットのための正念場。




