皇国。
誤字、脱字報告に感謝致します。
皇国で唯一の港の入り口。
海に巨大な朱色の鳥居が千本並び、船はその中を進む。
「なんとも奇怪な……」
オリヴァーがため息混じりに呟く。
メルサの後ろでロートシルト商会の人間に化けた忍者が耳打ちする。
『この鳥居は魔石で出来ており、魔法の力により皇家の許可が無ければ船からはこの鳥居を見ることも、中に入ることも叶いません。鳥居の道以外は浅瀬で岩も多い。無理に進めば座礁してしまうので許可のない船は絶対に皇国に侵入できないのです』
王国では枯れ果てた、貴重な魔石で造られた巨大な鳥居を見るだけで皇国の鎖国政策は正しいと思えた。
魔石は有限なのだ。
皇国がこれ程の量の魔石を持っていると知られれば、人間同士、国同士の争いに発展しかねない。
この世界は魔物からの脅威のお陰か、海を渡ることでしか交流できないからか、歴史的に未だ国と国での争いが起きたことがない。
年々消費され消えていく魔石は、その引き金になりかねない程の危険をはらんでいた。
魔石は、メルサの若い頃は貴族の見栄の道具として目にする機会もあったが、今では存在自体を知らない世代もいるほど王国では不足の一途を辿っている。
王国の魔石不足と魔法使いの不在は、人の手でどうにかなる問題ではない。
魔石はどの国でも貴重で、簡単には譲ってもらうことはできないだろう。
莫大な金を積んでも、もはや買えるものではなくなっている。
魔法使いは授かり物。
こればっかりは待つしかない。
結界もこのまま時が経てば失われる。
食糧難に苦しむ皇国だけでなく、王国も国の存続の危機にゆるりと足を踏み入れつつある。
皇国は前世の時代劇に見た町並みによく似ていた。
木造の家、土壁、漆喰の壁、瓦の屋根に格子造り……。
一昔も二昔も前の日本っぽさに興味を引かれる。
『これは……ベンガラ?』
造りは時代劇でよく見た町並みだが、建物の木材は全て赤く染め上げられていた。
お稲荷さんのような、皇国の入り口の朱色の鳥居より少し茶色がかった赤色で、何気なしに呟いたメルサに忍者が反応する。
『っっつ!まさか、弁柄まで知られていたとは……』
魔石発掘の時に出るクズ石から偶然発見されたという顔料は、防腐、防虫効果に耐久性、防火性も期待でき、ほとんどの皇国の家屋に塗布されているらしい。
揃えたような、赤い瓦は焼きの前の釉薬に因るもので、魔除けの意味が込められているのだと忍者は聞いてもいないのに説明を重ねる。
皇国は、紅国。
日の本にある神聖な、神に守られし国なのだと。
前を歩くオリヴァーは、真っ直ぐ正面を見て偉そうにしているが、メルサは威厳を示す必要も無いのでおのぼりさんと言われようとも、周囲を確認しながら忍者に続けて観光案内をさせる。
『もうすぐ皇居が見えてきます。王国の方々は特別に宿泊の許可がおりていますので……』
港から真っ直ぐの道の先に、大きな門が見えてきた。
魔物のいない海から近い位置に尊き立場の一族の住まいがあるのはどの国も同じだ。
今、メルサの周りには迎えの役人とSPの侍、珍しい王国人を見ようと道脇に見物に来た皇国人がわんさか集まってきていた。
着物を着ている者もいれば洋服を着ている者もいる。
全員、青い瞳に青い髪。
顔の作りや体型は王国人と大きな違いはない。
日本人のようで、やはり日本人ではないのだ。
門をくぐれば広い日本庭園。
平安絵巻のような屋敷の周囲には枯山水。
そしてずっと奥には、高くそびえる真っ黒な城。
『あそこに見えるのがエド城。天皇陛下と将軍が政務を行う場でございます。通称、烏城とも呼ばれ皇国で最も神聖な場所となっています』
忍者が仰ぎ見るようにしていたメルサに丁寧に説明する。
『……まさか、江戸城が黒いとはね……』
『はい?』
『いえ、何でもないわ』
『天皇陛下は、皇国民の心の拠り所。政治を司るのは皇族。魔物から皇国民を守るのが将軍家率いる侍達。我々忍者は、所属は将軍家ですが職務は皇族の護衛という特殊な立場にあります』
天皇と将軍が烏城で政務……。
日本のような、確実に日本ではない話を聞きながら、異世界だからと自分を納得させる。
メルサ達一行は、城よりも手前の平安絵巻のような屋敷に案内される。
『靴は脱いで下さい』
忍者が耳打ちする。
そのまま土足で上がろうとするオリヴァーを制し靴を脱ぐようにと王国語で通訳をする。
建物の中は赤くない。
「そっそういうことはもっと早く言え!メルサ!」
慣れない異国の作法に勝手のわからないオリヴァーがメルサにあたる。
『では、私は報告に行って参ります。しばし、お側を離れます』
一言断って、あっさり忍者はしゅんっと消えた。
『ようこそおいで下さりました』
女官がメルサ達を迎える。
真ん中には、100歳を軽く過ぎていそうな老婆。
髪の毛は、白髪ではなく水色。
両脇に一人ずつ、若い女官が控えている。
『女官長のウメにございます』
『通訳として参りました、メルサ・スチュワートです。お世話になります。こちらはオリヴァー・デフロス外交官と王国の商人、ロートシルト商会より……』
観光に来た訳ではないので、しっかり仕事をこなす。
ウメも、両脇の女官もメルサの流暢な皇国語に驚きはしたものの、直ぐに表情を戻す。
『なんとも、素晴らしい語学力。感服致します。皆様のお部屋へ案内後、あわただしく申し訳御座いませんが、陛下と将軍に謁見願います』
しゅんっと忍者は音もなくエド城本丸最上階、陛下と将軍のもとへと移動した。
『モモチ、よく戻った。想定よりも早い支援、首尾は上手くいったのか?』
将軍が次々と皇居に運ばれてくる支援物資を眺めながら忍者を労う。
『将軍、なんと申して良いものか……。王国は容易く我らの思い通りにはならないかと。武力において完全に敗北したと言わざるを得ません』
皇国で最高峰のエリート忍者を送った将軍の片眉がぴくっと動く。
『は?お前達……負けたのか?』
『完敗でございました。武力、頭脳、国力、どこを取っても王国に敵うものが見つかりませんでした』
自負していた、忍としての力。
王家ではなく、伯爵家の猫にすら敵わなかった。
世界中、どの国も理解できないとされた皇国語も、あの少女は完璧に操っていた。
そして、その家族も。
何よりも、あの大量の食糧を僅か数分で段取りをつける国力。
役所や許可をすっ飛ばし、皇国の危機を理解し翌日には大量の食糧をのせ船を出す素早い決断力は、国内の食糧在庫を把握していなければできない。
『王国に助けを求めたのは正解かと。我々は彼らを丁重にもてなす必要があります。魔石があるからと、大きくでてはなりません』
どの国も魔石が有限だと気付き始めている。
その中でこの皇国だけが、今でも毎年大量の魔石資源に恵まれ、それを隠してきた。
魔石を譲ると言えば、どの国も頭を下げるだろうとバリトゥの役人は言うが、あの一伯爵家ですら四匹の猫がいた。
あの猫がまだ大量にいるなら、結界なぞなくても魔物を駆逐することも出来るのではないか。
下手に出るのは、王国人ではなく皇国人だろう。
『まさか、そこまで王国人が優れていたとは……』
王国は帝国の次に広い国土を誇り、その分魔物側との接地面も広い。
きっと魔石が喉から手が出るほど欲しいだろうとちらつかせ、外交を試みたのは失礼だったかもしれない。
なんとか意志疎通の叶ったバリトゥの情報も、やはり完璧ではないのだ。
『陛下、王国は絶対に味方につけねばなりません。あの武力と頭脳で皇国の滅亡の危機を救ってくれるかもしれないのです』
『まだモモチは皇国を、諦めていないのだな?』
硬い表情だった天皇からふっとため息が漏れる。
せめて飢えからだけでも国民を救おうと王国に助けを求めようと必死に説得に来た息子、タスクの顔を思い出していた。
『彼らなら……きっと』
過度な期待と大きな希望を忍者モモチは、天皇と将軍に与えた。
そうでもしなければ、二人とも倒れてしまいそうな程に顔色が悪く、自分達が王国へ旅立った後もずっと、事態は好転することなく滅亡へと進んでいたと察することができた。
言葉が通じない皇国民は、他の地へ移ることを良しとせず、国土と共に滅びる覚悟を決めていた。
束の間の食事を用意することしか、天皇と将軍にはできなかった。
忍者モモチは希望を口にする。
スチュワート家で見た、一家や猫を信じて。
それは、それは、恐ろしく、分不相応な、異様なプレッシャーが王国とスチュワート家を襲うことになる。
どうしよう……誰もボケない。
皇国メンバー……誰もボケない。
100話記念なのに……誰もボケない。




