お菓子と狙撃銃
俺は狙撃屋だ。殺し屋じゃない。よく間違えられるからその度に訂正している。面倒だが俺のポリシーなんでな。
仕事は自分が気に入ったやつだけを引き受けている。納得できない依頼を受けても、良い仕事はできないからだ。
依頼は馴染みの情報屋から入ってくるのが大半だ。話を持ってくる奴が信用できるかどうかを見極めてもらっている。もちろんタダじゃないが、手間を考えると悪くない取り引きだろう。おかげで俺は仕事に集中できるしな。
しかし、例外もある。ごく一部の依頼者とは直接やりとりをしている。俺の目の前でぷかぷかと浮いている素っ裸なお子様が、その数少ないお客のひとりだ。
この羽の生えたふくよかなお子様は天使と名乗っている。初めて会ったときは教会に行く途中で迷子になったのかとも思ったが、狙撃の仕事を持ちかけられたときは心底驚いたね。
しかしさすが天使様、人間と違って人を幸せにするために狙撃をしてほしいときたもんだ。何でも近距離からなら自分でもできるが、遠距離からとなると外す場合もあるらしい。そこで、俺のような専門家に頼むことにしたそうである。
非現実的な存在にもかかわらず妙に現実的な考え方をするものだが、合理的ではある。こんな仕事をしていて今更だが、前向きかつ生産的な意味で人の役に立てるというのが気に入った。それに面白そうだ。そんな理由で、年に数回、このお子様天使からの仕事を引き受けている。
なに? よくそんな宙に浮くような存在をあっさりと受け入れたなって? はは、この仕事をするようになってから、常識なんて捨てちまってたからさ。
さて、たった今いつもの天使様が目の前に現れたわけだが、今回の依頼はいつもと微妙に違った。
最初に、依頼目的はいつも通りだ。指定された男を女の目の前で狙撃する。前回は女の方だったが、まぁ大した違いじゃない。だからこれはいい。
しかし狙撃に使う道具がいつもと違う。具体的には弾丸だ。
通常はどぎついピンク色の弾頭に木目の入った薬莢を使う。これはこれでどんな材質で作られているのか気になるが、見た目は弾丸そのものだし実際に弾丸として使えるので差し支えはない。
ところが、今回手渡されたのはチョコレートのお菓子だった。弾頭の部分はチョコレートで作られており、何やら文様が描かれている。それに対して薬莢の部分はクッキーみたいなので作られているのだが、弾頭に対して極端に短い。
顔に近づけると、ほんのりとチョコレートの香りが鼻腔をくすぐる。そこいらのスタンドやスーパーで売っているようなどぎつい臭いじゃない。えらく控えめだ。
俺は天使に視線を向ける。すると天使がひとつ頷いて説明を始めた。
この弾頭は、とある東洋のお菓子を模したものらしく、竹の若芽に似せてあるそうだ。チョコレートはこの国の物よりもあっさりとしており、食べやすいらしい。その部分に恋愛成就のエキスをふんだんに注ぎ込み、どんな人間嫌いでも一発で人に恋させることができるという。いつもの弾丸よりも何十倍も強力なので、間違っても口にしないようにということだ。甘い物が嫌いな俺には関係ない注意だな。
色々突っ込みどころが多い弾丸だが、そもそも依頼者なんて存在自体が摩訶不思議だ。今更だろう。
当日、指定された場所で狙撃の準備をして照準器をのぞき込むと、目標の二人がいた。何やら言い争っているようである。
先ほど狙撃銃の薬室に例の弾丸を込めたが、どう見ても普通の菓子にしか見えない。最近は手に着かないチョコレートなんてものも出回っているので尚更だ。
まぁしかし、あのお子様天使の言うことに間違いは今まで一度もなかった。だから今回も正しいのだろう。
距離は俺の得意な範囲で、風もほぼ無風、障害物や邪魔な他人もいない。理想的な状態と言えるだろう。これで外したら廃業だな。
俺はいつも通りに引き金を引く。どんな反動が来るのか想像できなかったが、思った以上にいつも通りの衝撃と発砲音で逆に驚いた。あの弾丸のどこにこれだけの衝撃と音を生み出す部分があったんだ?
ともかく、弾丸は放たれた。そして、狙い過たず、男の後頭部に命中する。すると、その衝撃で吹き飛んだ男は、目の前にいた女にぶつかってそのまま芝生へと倒れ込んだ。弾頭次第では、男を突き抜けて女にも命中したかもしれない。
しばらく倒れ込んでいた二人だったが、やがてゆっくりと体を起こして座り込む。お互い動くことなくじっと見つめ合っていたかと思うと、おもむろに抱き合った。今回もうまくいったらしい。
俺は照準器から目を離すと、狙撃銃を分解してケースにしまい込んだ。ここから先は俺の仕事じゃない。
片付けが終わってその場を立ち去ろうとするが、一度だけ振り向く。遙か先には狙撃した二人が抱き合っているのだろうが、さすがに裸眼じゃ見えない。
あのお子様天使には相変わらず理不尽なことをさせられていると思うが、後味は悪くない。これが今も仕事を引き受けている一番の理由なんだと改めて納得した。