一章:殺人日記 08
「探偵ごっこ、ですか」
僕は思わず榎凪に聞き返した。
「あぁ、探偵ごっこだ」
鸚鵡返しの質問に鸚鵡返しの応答。
会話として不毛すぎる。
「考えても見ろ、セイ」
僕が意味を思い悩んでいると、榎凪が補足を始めてくれた。
「今のところ分かっている情報は、鋭利な刃物、程度のことだぞ?凶器のみだけを見つけるなんて出来ると思うか?」
言われて見れば当然のことだ。
いくら僕でも察しがつく。
「要は、私たちは『アレ』を餌に捜査の歯車に組み込まれそうになっていると言うことだ」
僕が察しがついたのは榎凪にも分かっただろうが、わざわざ誘い出した本人の前でそう言った。
張本人である水豹さんはと言えば、僕らの後ろで現場から目をそらし、必死に嘔吐感に耐えていた。
声をかけても今は気を使わせるだけなので放っておくことにした。
「そう判断がつけれた以上、それに参加してやる理由も義理もない」
「え?何でです?」
思わず僕は口を挟んでしまった。
「まだ『アレ』が関わってる可能性はゼロじゃないんじゃないんですか?」
「そこで探偵ごっこ、パート1だ」
榎凪は得意気に鼻を鳴らして、腕を組み、胸を張って語りだした。
「まず第一に、『アレ』がこの世に存在する可能性が極めて低いこと」
確かに『アレ』とその持ち主はあの日以来、まったく姿が確認されていない。
《失敗作》たるあいつが言っていたように僕が消滅しなかったように、《失敗作》が消滅していない可能性だって十二分にある。
それなのに未だ見つかっていない《失敗作》。
麻紀さんはまだ探し続けていると大地さんが言っていたが、見つかったという報告は受けていないらしい。
だからこれは単純に確率の話。
「第二に周りに被害が無いこと」
「関係あるんですか、それ?」
「あぁ、勿論。決定的にな」
榎凪は自信満々に語り始めた。
「『アレ』は元来、対大人数、対建造物を目的として作ったものだ。だから基本的にはリーチという概念がない。どれだけリーチを絞っても10メートル程度が限界だ。だから、『アレ』は一人を切るのにはかなり難儀だ。まぁ、実際切る理由を持った時点で使えないからリーチを絞ることも無理に等しいことなんだがな」
自信満々なのは当然か。
作った本人だし。
「当然、同じ高さの背の人間を並べれば同時に刈り取ることは可能だが、その際確実に周囲に何らかの痕跡ができる。たが、周りを見てみろ」
僕は首を見回す。
三日前の殺戮の痕跡。
二日前の殺戮の痕跡。
一日前の殺戮の痕跡。
三日分の殺戮の象徴の生首の山。
そして、赤いペンキをぶちまけたように真っ赤に染まった森と地面。
その所為で判別しづらかったが、確かに森や地面には痕跡が一切見当たらなかった。
「第三に、これが決定的なやつだが――」
僕が納得したのを確認して、榎凪は次の説明に入った。
「――切り口があまりにも無様すぎる」
榎凪は視線を下にずらし、顎で死体を指す。
「私の作った『理由なき剣』がそんな無理矢理切り取ったような切り口になるものか」
榎凪は再度鼻を鳴らして、腕組をほどいた。
「これで探偵ごっこパート1の終了だ」
榎凪は踵を返して、死体の山に背を向ける。
この状況下で饒舌に話す榎凪を、まるで化物でも見るかのようなに見る警察官たちの視線と、榎凪の視線が交錯する。
確かに化物然とはしているが。
「さぁ、セイ。帰るぞ」
榎凪は僕の手をとり、山道に入っていく。
「おい!」
呼び止める水豹さんの声も片手でいなし、僕らはその場を後にした。