一章:殺人日記 06
21。
陰惨なんて言葉じゃ生温い。
19。
残酷なんて言葉じゃ程遠い。
38。
煉獄なんて言葉じゃ嘘臭い。
合わせて78。
此処はまるで世界から欠け落ちた、なんていうチープな表現で型にはまってしまう光景。
21。19。38。
合わせて78。
僕はこの瞬間、その数字が大嫌いになった。
聞くだけで怖気が走る。
耳に届くだけでこの光景を思い出す。
「ぉ――、えぇ……っ!」
僕の後ろで誰かが吐いた。
連鎖的にせり上がってくる吐き気。
こんな光景、慣れる方が狂っている。
それでも僕は吐くことはない。吐いてはいけない。
僕の吐き気の分は後ろにいる誰かが吐いてくれる。
落ち着け、僕。
冷静になれ、僕。
僕は榎凪の恋人だ。
こんな所で失態を曝すわけにはいかない。
…………。
……。
…。
「酷い、光景ですね」
「あぁ、そうだな」
やっとの思いで絞りだした言葉に、横に並んだ榎凪が平然と答えた。
内心、平然としていないのかもしれないが、少なくとも完全なる平然さを取り繕って僕に応じている。
僕なんかとは比べ物にならない胆力。
もしくは、狂気。
あの飄々としている水豹さんでさえも、僕らの後ろで言葉を失っている。
それほど迄に凄まじい景色。
赤に染まった大地。
紅一色の木々。
他の色の余地が無いほど、朱に埋めつくされた空間。
深緑の森に現れた、血色の一点。
21。
19。
38。
合わせて78。
21人。
19人。
38人。
合わせて78人。
まさしく地獄絵図。
まさしく死山血河。
まさしく『連続殺戮事件』。
一回目の殺戮では21人。
二回目の殺戮では19人。
三回目の殺戮では38人。
合わせて78人が三回の殺戮、たった三日間で殺された。
人のしたこととは到底思えない。
人に出来ることとは到底思えない。
「で、私に何をしろって?」
澱んだ空気と重たい沈黙の中、榎凪は振り返って水豹さんに不機嫌そう尋ねた。
「まさか、犯人見つけてこい、なんて探偵の真似事させようってんじゃないだろ?」
「あ、あぁ……」
これだけの光景を目の当たりにしながら、普段と一切変わらない榎凪に水豹さんは面をくらっているようだった。
が、それを理由に榎凪の質問に答えない訳にもいかず、吐き気を押さえるように口許を軽く押さえながらポツポツと喋りだした。
「そんなこと、せんで良いさ……」
「んじゃ、何させようって?『アレ』が関係無いんだったら下ろさせてもらうぞ。こんなところにいたら服に臭いがついて仕方ない」
他人が何人死のうが榎凪には一切関係無いことのように、そうあしらった。
「何より、セイの精神衛生上、悪すぎる」
「大丈夫だ。お前にやってもらうのは、そんなものではない。『ソレ』に関与している可能性は、十分にある」
いよいよ吐き気が堪えられなくなったのか、指が食い込むほど口を強く押さえ、水豹さんは身をくの字に曲げた。
僕としては衝撃的な光景だ。
約三年を通じて、ここまで弱っている姿は見たことない。
暴力にも恫喝にも一切屈しなかった水豹さんが、自分の目に映った光景のみで、ここまで弱ってしまうなんて、思いもしていなかった。
「とっとと答えろ、水豹。無駄に時間をとらせるな」
弱っている水豹さんに対し、一切の同情をかけずに高圧的に榎凪は問いただした。
無理もない。
別に榎凪は冷酷さだけをもとにこんなことを言っているんじゃない。
『アレ』が関わっていて、気が立っている。
そして、焦っている。
『アレ』の存在が榎凪を焦らせている。
「そう、難しいことじゃない」
水豹さんは一通り落ち着くと、体を起こして喋り出した。
「この、事件、手がかりだらけだが、二つ分かっていない、ことがある」
いくら落ち着いたといってもこの状況下だ。まだ喋るには辛そうだった。
「まずは犯人。この現場で一切、直接的な証拠が見つかっていない」
当然といえば当然。
犯人が分かれば事件が解決といった単純な話ではないが、事件が解決するには犯人を見つけなければいけない。
必要条件だ。
「これは複数犯の可能性を含め、警察が、人海戦術であたっている。これだけ人を、殺したんだ。どこかに、綻びがあるさ。お前らに頼みたいのは、もう一つの――」
水豹さんは吐き気を堪える一拍を置き、僕らにようやくながら用件を言った。
「凶器の特定。これがやってほしい事だ」