一章:殺人日記 01
この世の中には六つの魔法が存在する。
一つ目の魔法《才能》。
二つ目の魔法《虚偽》
三つ目の魔法《空間》
四つ目の魔法《欠落》
五つ目の魔法《存在》
そして、六つ目の魔法《人間》。
誰にも知られていない、魔術で組上げられた、誰にも使えない魔術の魔法。
魔法使いにして世界最高の魔術師、秋宮榎凪が編み上げた、絶対無二の魔術。
僕――秋宮世界を作り上げた、無機物から人間を作り出す大魔術。
他人の再現不可能な、大魔術。
榎凪が僕を作り始めた理由は、僕にとってとてつもなく悲しくて、とてつもなく痛々しかったけど、今では納得している。
そのつもり。
「セイ」
「はい?」
何より、今の榎凪はしっかりと僕を見てくれている。
何より、今の僕はしっかりと榎凪を好きでいる。
「セイー」
「何ですか?」
僕は榎凪と一時期離れていたが、それでも僕らはちゃんと繋がっていた。
切れることなくしっかりと。
三年という月日ですり減らないほどに。
約三年半前、切れそうになったけれど、それでもちゃんと繋がったままだった。
「セェーイィー」
「だから、何ですか?」
三年もの間、僕らは離れていた。
その三年間にあった出来事を、再開して半年経った今でも僕は話せずにいる。
榎凪も僕に聞いてこない。
それは僕を信頼してくれているのかもしれないし、単純に気にかけてくれていないだけかもしれない。
僕としては、前者であってほしい。
そう信じたいから、僕も榎凪の三年を聞かない。
榎凪の事を信じているから、榎凪の三年間を聞かない。
気になるけど、気にしないことにした。
「セイィ〜」
「な、なんですか!?いきなり抱きつかないで下さい!」
広い玄関ロビーを掃除していると、背後から唐突に抱き締められた。
こんな風に何の不安もなく抱きつかれると、逆に後者なんじゃないかと思えてくるけど。
それと一緒で、僕もどうでもよくなった。
気にしないことを、気にしなくなれる。
「だからって頬擦りしないで下さい」
「だからって何だよぉ〜!んぅ?恥ずかしーのかぁ?相変わらず可愛ぃーなぁー!食べちゃいたい!いや、むしろ食べられたい!私をた、べ、て?」
そう言って、後ろから抱き締めている手をより強くする。
榎凪は僕が半年前帰って以来、毎日こんな感じだ。
ひたすらに僕を触り、僕を抱きすくめる。
まるで三年間なんて無いように。
まるで四年前そのもののように。
変わったことと言えば、
「ほんと、頬赤くしちゃって可愛いなぁ!スリスリスリスリスリスリスリスリ……」
「いい加減、頬擦りを止めてください!それとオノマトペを自ら口にするのはどうかと思うんですよ、僕は」
「ツンデレぇ〜ぃ!ツンデレやっほぉ〜い!」
「意味分かりませんし……」
僕自身が照れるようになったことと、
「カァーナァーギィー!」
「きゃははははははっ!」
葵と茜が僕らの間に割って入ろうとすることぐらいだ。
僕としては嬉しい限り。
精神的に大助かりの助っ人だ。
榎凪の場合、最近二人の制止がないと、榎凪は際限無く僕と身体的接触を図ろうとする。
その、先も。
「昼間っから何しくさっちゃってるんですかっ!?義兄さんと!」
「そぉーだ、そぉーだ!」
そういって、ホームラン予告のように榎凪にバットを付きつける。
最初の頃はあの大太刀で二人を止めようとしていたが、榎凪が夜中にこっそりと回収して以来、いつぞやのバットで襲いかかってくる。
生身の榎凪からしてみれば、僕らの一撃は何にしたって当たれば必殺のようなものなんだけれど。
葵にしたって茜にしたって僕にしたって、ナリは小さいが魔術で作られた、戦える体なんだから。
僕は無機物から作られた有機物として。
葵と茜は人間から組み替えられた有機物として。
それぞれ、元々は無い命。
昔からタブーとされてきた、神の作っていない命。
四年前に作られたときと同じまま。
何も変わっちゃいない。
葵は淡い青の浴衣に青い髪と青い瞳。
濃い赤色の髪と瞳を持つ茜は黒い布地に白いフリルだらけの服をまとっている。
身長も何も変わっていない。
肉体的に成長したのは、いや、成長し続けているのは僕だけだ。
それが作られ方による違いなのかどうかは、僕以外に比較対象がないから分からない。
分かる必要もない。
「いい加減、はぁーなぁーれぇーろぉー!」
「いやぁー!助けて、セイィ〜!」
ちっとも助けが必要じゃなさげに叫んで、僕の後ろに身を縮こまらせより強く抱きつく。
まるでただ抱きつくための口実のように。
実際、ただの口実なんだろうけど。
だからといって、このままスピードの乗った一撃を頭に食らうのは全く持ってごめんなので、反射的に白刃取り。
白刃なんて何処にもついていないけど。
結果に大差無い。
どっちにしたって葵相手なら瀕死の重症だ。
でもとりあえず何とか葵を止めることは成功。
「に、義兄さん!?」
「……葵はもうちょっと周りを考えて行動しような」
「ごめんなひゃい」
このタイミングで噛むとは思わなかった。
その所為か、顔を赤らめて恥ずかしがる葵に、ふっと頬が緩んだ。
「私を差しおいて萌えてもらおうなど444億年早いわ!」
「わひゃ!?」
葵の行動になごんでいる間に、いつの間にか榎凪は葵の後ろに回り込んでいた。
回り込んで取り押さえるくらいならまだ可愛いげがあると言うものだが、榎凪がその程度で留まるはずもない。
止めようと思ったが時既に遅し。榎凪は既に行動にうつっていた。
「よっと!」
「わひゃ――――っ!」
つんざくような悲鳴。
耳鳴りがする。
悲鳴のあまりのインパクトに思わず怯んでしまった所為で何が起こったのかいまいち分からなかった。
が、榎凪の普段の行動や葵が胸の辺りを必死に押さえている状況から察するに、榎凪が後ろから葵の浴衣の帯をほどいた模様。
「うぉっりっあ!」
「いや、ちょ、まっ、かーっ!」
それから間髪入れずに頭をガッチリホールドし、そのまま適当な部屋めがけてリリース。榎凪の手から離れた葵はよく分からない悲鳴を上げながら飛んでいった。
葵の飛んでいった部屋から物がたくさん割れるような音がしたが、その後のことは考えると鬱になるので思考停止。
「トドメェ!」
「留めさして何する気ですかっ」
僕の制止も聞かず、榎凪は葵を投げ入れた部屋に向かい走り込む。
僕も榎凪をつかんで止めようとしたが間に合うはずもなく、榎凪は扉の前に到着。
本当に命に止めをさすような真似はしないだろうが、無用に怪我人は出したくない。
それに家が荒らされれば、掃除というツケが必ず僕に回ってくる。
止めないわけにはいかなかった。
「おぅりぁぁぁっ!」
「ストォォォップ!」
無視。
完膚無きまでに無視。
そのまま部屋に突入し魔力の籠った一撃をみまう――かと思いきや、普通に扉の前で立ち止まり、ドアを閉めた。
「あ、あれ?」
慌てて僕も立ち止まる。
何をするかと思えば、おもむろに懐から一枚の紙片を取り出すと、ドアの真ん中辺りに張り付けた。
それだけし終わると、一仕事終えたみたいな爽やかな顔をしてドアから間反対に離れていった。
「さ、セイ、デート行くぞ、デートかっこハート」
「かっこハートとか言うのは止めてください」
「んじゃ、かっこラヴ?」
「いりません」
「かっこモナムー?」
「かっこの中にいちいち文章を入れないでくださいよ」
「えー、私の愛だぞ?」
全然悪びれた様子もなく、楽しそうに笑っている榎凪。
そんな榎凪に何も言うことができず、僕は項垂れながらため息をついた。
このままだとどんどん不毛というか非生産的というかな話題がグダグダと続きかねなかったので、話題を変える。
「榎凪、さっきのは?」
「私の愛についてか?いくらでも語ってやるぞ?ん?なんなら夜にベッドの上で――」
「っ!?」
僕は自分でも顔が赤くなるのが分かったが、構わず榎凪の言葉に自分の言葉を重ねる。
「じゃなくてっ!さっきのドアに貼った奴ですっ!」
「ドアに愛情は貼ってないが?」
「愛から離れてくださいっ!紙ですよ、紙!ペーパー!」
「ははっ、分かってる分かってる。ムキになって本当にかわいいなぁ」
榎凪は僕に手を伸ばして、頭を撫でようとする。
そのまま撫でられると通例のごとく話がグダグダとなるので僕は一歩下がって避けた。
すると榎凪は何事もなかったかのように二歩近づき、左手で首をからめとるようにして僕を胸に埋めた。
普通に恥ずかしい。
そんなことは我関せず、むしろ喜ぶように嫌らしい笑みを浮かべながら、榎凪は僕の質問に答えた。
「あれはな、鍵だ」
「鍵、ですか?」
「あぁ、どんな扉にでも使える万能魔術鍵だ。私謹製のな。いや、汎用性を魔術式に組み込むのは苦労したよ」
榎凪の謹製となると、世界中の研究者が渦高く金をつんでも欲しがるような代物だ。
僕にそういう価値は分からないけど、少なくとも一千万円は下らないだろう。
いくらどんなドアに使えても、お金がそれでは実用性は皆無だが、研究対象としてこれ程有益なものはない。
いわば、ブラックボックスなのだ。
榎凪が滅多に魔術式を売らないというのも、値段に拍車をかけているのだろうが。
「因みに、頑丈性も抜群だ。外から剥がさない限り、何があっても絶対に開かない」
ドアの鍵、一千万円。
僕の貞操、プライスレス。
お金で変えない価値があるっ!
「これで思う存分イチャイチャラヴラヴ出来――」
「アナタは私を封印でもする気ですかっ!?」
「あだぁっ!」
案の定なことを言っている榎凪の頭が、ものすごい早さで前に傾いた。
頭を思いきり殴られた様子。
「何をする!痛いじゃないか!というかお前、どうやって部屋から出てきた!私とセイがラヴラヴしてる途中にこっそり剥がして、見せつける計画が台無しじゃないかっ!」
「殺すっ!今すぐ殺しますっ!」
榎凪のことを背後から殴ったのは、努髪天をついた葵だった。
あの状態の葵に殴られて無事なんて、とんでもない頑丈さだ。
何にしろ、身体的に安全を確保できたので、葵に心から感謝しながら榎凪の腕から抜け出す。
お金で変えない価値を失いたくないので、榎凪から二歩離れる。
その時、折り紙をしている茜が見えた。
時価一千万円以上の紙で。
…………。
茜の織り上げた紙飛行機が僕の頭にコツンと当たってヒラヒラ落ちる。
茜は楽しそうに笑い声を上げた。
その声に会わせるように、榎凪と葵の騒ぎ声が近くで大きくなる。
騒がしいことこの上無い。
これが楽しい楽しい僕の今の日常だ。
西宮東著『おまけ・続編開始までの経緯(電話編2)』
西宮『いきなり切るなよぅ……』
椎堂『……まぁ、いいですけど。で、用事って何ですか?』
西宮『いや、ぶっちゃけるとだな』
椎堂『ぶっちゃけなくていいですから、あらましだけを話しやがりませこんちくしょう』
西宮『俺の小説の続編書いて欲しいわけなのさ』
椎堂『えぇ……』
西宮『やる気ないなっ!』
椎堂『だって、続編書くとなると小説よみ直したり、設定確認したり面倒じゃないですかぁー』
西宮『受験勉強もしてない癖して何言いやがる。俺よか時間全然余りまくってんじゃねぇーかよ』
椎堂『見えてないところで忙しいんですよ。第一、私にメリットがないじゃないですか』
西宮『そうだけどさぁ……』
椎堂『自分の小説書くだけでも手一杯なんですから、他を当たってください』
西宮『そうか、残念だな……』
椎堂『何がですか?』
西宮『折角姉さんが直々の指名でお前の書いたやつが読みたいって言ったのに……』
椎堂『姉さんって……西宮君の?』
西宮『あぁ、そうだけど?』
椎堂『OK。西宮君、設定資料とか関係物全部寄越してください』
西宮『…………』
椎堂『受け渡し日時はそうですね……、明日の昼にでも』
西宮『現金だなぁ……』
椎堂『一途と言って下さい』
西宮『さいですか……』