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言霊 壱

作者: たく侍

10月23日(日)に誤字を修正しました。内容は一切変えていません。

 豊かな国日本。

 ここは先進国としても有名な上、治安もよく、住んでいる人たちの人柄もよく、食べ物もおいしく、四季がはっきりと体感できて、とても素晴らしい国でございます。

 ですが、そんな素晴らしい国に住んでいる人たちにも、悩みはあります。

 一見すれば大したことのないような悩み、紛争や極度な貧困を味わっている、味わった人たちにとっては日本に住んでいる人たちの大半の悩みは『ぜいたくな悩み』もしくは『どうでもいい悩み』と言えるでしょう。

 例えば、『今日学校にお弁当持ってくるの忘れちゃった。またお金を余計に使っちゃうな』とか、『あーあ、学校の勉強、職場の仕事がつらいな』とか、『顔のニキビが気になる』『友達と喧嘩した』『女の子にモテない』等々。

 本人たちにとっては重要だったり、どうしようもなかったり...そんな悩みを持った人たちがたくさんいます。みんな悩みながら生きていて、一生の間に一回も悩まずに済んだ、なんて人は存在しないと思います。どんな些細なことでも人は悩むと考えています。

 だからといって悩むことが悪いことではありません。悩むことで人として成長しているのではないでしょうか。その悩みを自分だけで解決出来たら自分に自信が持てますし、そもそも悩みが解決されただけで気分が軽やかになることでしょう。

 ところが自分では解決できず、人に『願い』『望む』こと。それはただの『願望』です。

 今『願望』を悪いように語ってしまいましたが、『願望』は悪いことではありません。問題は『願望』がもし叶ったらどうするかです。物がもらえたらくれた人に感謝し、もし良い機会を与えてもらえたならその機会を存分に活かし、全力で自分のしたいことをする。もし素晴らしい関係ができたのならその関係をいつまでも続けられるように努力する。

『願望』はきっかけでしかありません。感謝などの大切なことを思い出させてもらえたり、努力のきっかけになったり、自分の自信をつけるためであったり。私はそう思っています。

 さて、ここまで長々とつまらない『悩み』と『願望』について語っていますが、もう少しだけ語ります。

 私が語った日本の田舎と都市の境のようなところに住んでいる高校生が一人。

 彼の名前は『西崎拓夢にしざきたくむ』。年齢は17歳、容姿は身長170センチメートル前後。眼鏡をかけていて、髪の毛は黒。ワックスなどで髪の毛を整えたりしていることもありません。やや細めの体格は彼自身のコンプレックス、『悩み』になっています。

 ですが、彼の本当の『悩み』は別にありまして、それは現実世界では絶対に解決しない『悩み』であります。彼自身も分かっています。

 それでも彼はあきらめきれません。何とか自分の『悩み』が解決しないかと常日頃から考えています。苦しんでいます。それは自分では解決できないので『願望』といってもいいでしょう。

 そんな彼の『悩み』が解決する日がついにやってきました。彼の『願望』が叶う日がやってきました。

 さて、長々と語ってしまい申し訳ございません。いよいよ本編が始まります。

 皆さんも彼、西崎拓夢が与えてもらえた世界で、次は何を悩み、何を望むのでしょうか?

 それでは、彼の世界へ入っていきましょう。



 俺は西崎拓夢。ただの高校生。部活動は所属していなくて、特技は特になし。趣味はゲームかパソコンでネットサーフィン。おかげで目は悪くなって、眼鏡をかけている。

 今は9月下旬。二学期も始まってしばらく経つと、夏休みのことも話題に出なくなり、またいつも通りの学校生活を送っている。

 朝。学生服を着て、鞄の中をさっと確認する。特に忘れ物もなさそうだし、提出物は終わらせてある。

 両親は共働きで、起きる時間が被るが、朝ごはんは一緒には食べない。両親はパンを焼いて、俺は納豆ご飯でも。食べ終わったら冷蔵庫の中にあるミックスサラダと適当な冷凍食品、それにお米を弁当箱に詰め込む。別に料理はできるし嫌いじゃないけど、朝は時間がないからいつもこんな感じだ。

 それが終わったら鏡を見ながら寝癖を直したり、歯を磨いたりして軽く身だしなみを整える。我ながら不細工でもイケメンでもない微妙な顔だ。

 リビングに戻って時間を確認すると、いつもより少し早い時間だ。携帯をいじってもいいんだけど、久しぶりにテレビを見ようかな。

 俺は水を片手に椅子に座ってテレビをつける。

『...えー、続いてのニュースです。最近奇妙な事件が起きていますが、今回殺人事件が起こりました』

 親が家を出ていく音を聞きながら、俺はニュースを見続ける。ちなみに今やっているニュースは突然人が変わったように犯罪を起こす人が増えている、というニュースだ。強盗とかなら聞いたけど殺人まで起こっているとは知らなかった。しかも結構近所で頻発しているんだよな。

『この事件に対して専門家は、「精神的な問題があるのではと考えてーー』

 と、もう行く時間だ。俺はテレビを切ってコップに残った水を飲み干して家を出た。

 学校までの道は駅まで自転車、駅から学校の最寄り駅に行って、そこから徒歩。大体合計で40分くらいだ。

 朝の空気は涼しいよりも肌寒く感じる季節だ。自転車をこいでいると風が感じられてさらに肌寒い。

 電車に乗って学生やサラリーマンの人たちと一緒にしばらく揺られながら考え事。今日の時間割は昨日バイトがあったから金曜日か、今日一日頑張れば休みだな。今日はバイトはないけど、土曜日はバイトだ。大変だけど、土曜日を乗り越えたら一日中ダラダラしようかな、いやゲーセンでも...。

 実はこういうことを考えたり、遊ぶかダラダラするか悩むのは嫌いじゃない。自分で解決することができるから。

 でも、俺が心から悩んで、望んでいることは自分では解決できない。だから普段は考えないようにしている。

 その悩みとは

『間もなく、○○駅に着きます』

 そんなアナウンスと同時に俺は思考を停止する。電車が止まって、この駅で降りない人を少し押しながら駅に降りる。

 改札を通って、学校までの道を歩く。学校までの道は一本道で、大体10分から15分で学校に着く。その間に友達とあいさつしたり、俺と一緒で一人で来る奴と話しながら学校に行ったり。

 まあ今日は俺みたいに一人で登校してるやつもいなくて、一人での登校になってしまった。まあよくあることだ。

 二年E組に入って、友達と軽く挨拶、席に座って携帯電話をいじったり、周りの席の奴とお喋り。

 しばらくすると担任が入って来て、号令、朝のSHRが始まる。

「えー、それから最近ここの近くで奇妙な事件が起きていて、今朝のニュースを見ていた奴なら知っていると思うが、殺人まで行われたそうです。あまりスマートフォンばかりに気を取られないようにしてください。下校時は二人以上で下校する、イヤホンをしない等々周りに気を配りながら下校するように。以上、号令」

「きりーつ」

 担任の連絡事項も終わって、またいつも通りの日常が始まる。

 正直学校は楽しい。クラスのみんなは面白い奴ばっかりだし、勉強もそこまで嫌いじゃない。学校に行けば必ず一回は笑う。俺みたいに帰宅部じゃない奴は放課後も友達と一緒に好きなことをするんだろう。趣味という趣味もなく、特技という特技もない俺にとってそれはうらやましい。

 そんな学校が楽しいと分かっている俺は心のどこかで学校だけじゃ満足していない自分がいることに気が付いている。何かが足りない。そう、何かが。彼女?親友?どっちも喉から手が出るほど欲しい。でも、それじゃない。もっと何かが欲しい。

 そんなことを考えたのは中学二年生の頃だったかな。それから今日まで、そしてこれからも悩むのだろう。『何か』というのがどんなものかは最近理解できた。でもそれは絶対に手に入らない。どれだけ望んでも手に入らないものだ。

 分かっている。分かっているけど、あきらめきれない。でもどうしようもない。悶々とするだけ。

 そして、今日も学校が終わる。終わる時間はだいたい16時。まだ空は青くて、自分の家の最寄りの駅に着くとオレンジ色に染まり始める。

 帰りのSHRが終わる。今週は掃除当番ではない俺はすぐに帰宅の準備を始める。そういえば数学の提出物が月曜日にあったな。それと英語もあったかな。ノートと教科書を鞄に詰め込む。

「じゃあな、拓夢」

「ああ、またな」

 こんな会話を廊下ですれ違った友達と交わす。昇降口で靴を履き替えて、校門を出る。

 週末ということもあってか、気分が高揚している。まあ明日はバイトだけど。それでも金曜日は少し嬉しい。帰りに寄り道でもしようかな。

 そんなことを考えながら学校から駅までのんびりと歩く。帰宅部の奴は俺以外にもいるけど、全員が知り合いということでもない。結構部活をやっている人は多く、クラスメイトで帰宅部の奴は俺含めて3、4人。そいつらと仲が悪いわけではないし、遊びに誘われれば一緒に行くのだが、普段俺は一人で先に学校を出てしまう。

 電車に乗って、揺られながら駅に着いてからどうするかを考える。

 折角だし、駅の周りをうろつくか。駅の周りにはゲームショップや本屋、百均にデパートにファストフード店と何でもある。都会はこれよりもっと建物があるっていうんだから驚きだ。俺にはこれくらいがちょうどいいや。

 適当にいろんな店を回る。漫画の新刊や新しいゲームを見て回り、百均で無くなりかけていたシャープペンシルの芯やノートを買う。こういう買い物は楽しい。

 さて、そろそろ帰るか。携帯電話で時間を確認すると、18時。この季節だと結構暗くなる時間だ。

 自転車の籠に買ったものを乗せて、帰宅する。

 家に帰っても、両親はまだ帰ってきていない。いつも通り自分の部屋に入って、パソコンを起動し、制服から部屋着に着替えてネットサーフィン。19,20時くらいになったらご飯を作るためにキッチンに向かう。

 今日は何にしようか。麺を茹でるのはめんどくさいけど、スパゲッティにしよう。...あんまりお腹が空いてないから少なめでいいや。

 ミートソースを温めて、茹で上がったスパゲッティにかけて食べる。

 何となく静寂が寂しいので、テレビをつける。

『今日のお店はイタリア料理店です!ここのスパゲッティが絶品なんですよ!』

 お、グルメ番組か。食欲が増すから好きなんだよな。

『おいしいです!ミートソースから主張してくるトマトがさらに食欲を掻き立てます!』

 紹介している料理を食べているとさらに食欲が増すなあ。

 と、しばらくして夕飯を食べ終わり、チャンネルを変える。

『奇妙な事件が最近起きています。夜間の外出などは避けてください』

『奇妙な事件の殺人者、首謀者などはいるのでしょうか』

『奇妙な事件が次起こる場所の推測』

 ...こんなんばっかだな。少しは面白いニュースを流してくれよ。

 ま、いいや。部屋に戻って課題を終わらせておくか。明日のバイトはシフトが午後からだからちょっと夜更かししても大丈夫そうだ。

 テレビを切って食器を洗い、部屋に戻る。筆箱とノートと教科書を取り出して課題を進める。

 こんな感じで毎日が過ぎていく。これじゃあだめだと分かっているけど、それでも時間が流れていく。

 俺が心の底から悩んでいて、心の底から願っているもの。

 それは、『非日常』。

 俺はアニメが好きだ。ゲームも好きだ。漫画も好きだ。ライトノベルも好き、普通の小説もよく読む。なぜなら、それが自分のことのように感情移入できるから。自分が特別なことをしているんだと感じられるから。

 勇者になって、魔王を倒す。仲間と協力して、悪者を倒す。倒すためには努力、そして闘いがある。その闘いはお互いに血を流して、必死に自分の能力を活かして闘う。特技も個性もない俺にとってそれは鳥肌が立つほど興奮するものだし、心底うらやましい。

 特別な人間になって、『非日常』を体感してみたい。これは俺の心からの願いだ。そして、叶わない願い。だからどうやって叶えるかを考え、悩んでいる。

 でも、どれだけ悩んで考えても叶わない。

 今日もまた、一日が終わる。




「ふう」

 少し溜息を吐く。今回の提出物は範囲が広かったな。

 時間を見ると、もう24時になりそうだった。

 ...お腹空いた。やっぱりもう少し食べておけばよかったな。

 でも、明日は休日だからリビングには両親がまだいるはず。夜中にあの人たちの前でものを食べるっていうのはなんだかやりにくい。

 コンビニでも行くか。俺は軽く着替えて財布を片手に外へ出た。

 結構寒い。さっさと行って帰ってこよう。自転車にまたがって俺はコンビニへ向かった。

 さて、何を食べようかな。もう夜だしパンを一つ二つ買おう。飲み物はミルクティーでも。

 俺が適当なパンを見繕っていると、店内に叫び声が響く。

「金をだせ!」

 ...おい、これまさか。

「早くしろ!」

 俺の頭が真っ白になる。ど、どうする!?

 俺は商品棚からこっそりレジを見る。レジに立っているおじさんは突然のことで困惑しているようだ。

 ...いや、ここからこっそり近づけば捕まえられるんじゃないか?

 強盗犯は見たところ一人、スーツ姿だ。手にはナイフが握られている。...拳銃は持っていないようだ。

 ナイフならいけるはず。俺は行動を開始した。

 後ろから足音を立てないように、限界まで息を殺して。

 心臓が激しく鼓動する。頭に血が上ってくらくらしている。

 と、強盗犯が後ろを振り向く。その瞬間俺は一気に近づいて、拳を強盗犯の顔にぶち当てる。

「ぐ...てめえ!」

「おらあ!」

 ぐらついた相手の腹を思いっきり蹴とばす。

「ひ!」

 コンビニ店員のおじさんの怯えた声。相手が倒れた先はカウンターだ。ここからたたみかけられるか?

 俺は倒れている強盗犯に近づき、拳を振り上げる。と、強盗犯が俺の腹に蹴りを入れてくる。部活動にも所属していなくて、特に運動もしていない俺は痛みと一緒によろめく。その間に強盗犯は立ち上がって、俺の頬を殴って来る。俺はそのまま倒れてしまう。

 そして、倒れている俺を見下ろしている強盗犯がナイフを振り上げる。

 まずい、これは...!

「死ね!」

 迫りくる死。俺は何も考えずに叫んだ。

「や、やめろ!」

 瞬間、俺の口から何かが飛び出す。唾ではない、何か青い空気だ。よくガムのcmとかでガムを噛んだ人が口から出す綺麗な息みたいな。それが相手にまとわりついてーーー

 棒立ちになる。こいつ本当にやめるとは、バカ丸出しだ!

「おらあ!」

 俺は強盗犯の足を払って立ち上がり、強盗犯のナイフを奪い取る。そして、倒れている強盗犯の首筋にナイフを当てる。

「動くな」

「...」

 相手はもはや抵抗しなかった。

「だ、大丈夫ですか!」

「警察を呼んでください」

「もう呼びました、そろそろ来ます!」

「じゃあなにか紐のようなものを下さい」

「わ、分かりました」

 店員が持ってきてくれたビニールのひもで強盗犯の手と足を縛る。

「これで大丈夫ですかね。それじゃあ俺はもう行きます」

「え、あ、はい」

 俺は警察に絡まれるのが嫌なので、早々にその場を立ち去る。

 自転車にまたがって、家に帰る。

 自分の部屋で服を着替えて、歯を磨いて、ベッドに体を投げ出す。

「...」

 まだ心臓がバクバクと脈打っているのが伝わる。

 緊張した。でも、生きているから言えることかもしれないけど。

 ...楽しかった。

 俺は結局お腹を空かせたまま、興奮したまま眠った。




 昨日よりもさらに早く起きてしまった。

「ふあーあ」

 大きく欠伸をすると、青い吐息が吐き出される。なんだこりゃ。

「はー、はー」

 大きく息を吐き出すが、もう青い吐息は出なかった。何だったんだ。

 そういえば、昨日も青い吐息が出たよな。それが強盗犯にまとわりついて...

 もしかして、俺。

「特別な力に目覚めた...とか」

 ...マジか?

 いや、でももう一回くらい青い吐息が出るのを確認しないと...!

 俺はしばらく深呼吸をしていたが、結局青い吐息は出なかった。

 さて、俺に特別な力がないことも分かったし、ネットサーフィンでもした後にバイトに行きますか。

 と、ご飯を食べていなかったな。俺は朝ごはんを食べるためにリビングへ行く。

 とりあえず目玉焼きでいいか。俺はキッチンで朝ごはんを作る。

 リビングからはニュース番組が流れている。

『...えー、続いてのニュースです。本日の深夜に強盗が起こりました。○○容疑者は「仕事帰りに意識が途切れて気が付いたらこんなことに」と言っていたそうです。警察はこれも奇妙な事件の一つだと考えられると言っています』

 場所は近所のコンビニ...というか、俺が昨日の深夜に行ったコンビニだ。

 朝ごはんを食べながら考える。

 今日はネットサーフィンで一日を過ごそうと思っていたけど、ちょっと出かけよう。

 朝ごはんを済ませた俺は財布や携帯を鞄に入れて、家を出た。

 10時。バイトが始まるのは15時から21時まで。途中に休憩を一時間挟む。仕事の内容はファミレスだ。結構近場にあったからそこにした。特別辛いということもなく、結構いい職場だと思う。

 さて、バイトが始まるまで何をしていよう。特に何も決めずに家を出てしまった。

 ちょっと電車を使って少し離れた所へ行こうかな。あそこはゲームセンターが豊富なんだよな。

 俺は自転車に乗って駅に向かう。そして、電車に乗り隣の市の駅に着く。

 目的の駅で降りて、俺は早速ゲームセンターに向かう。

 新しいゲームが出てる。あんまりお金を使いすぎないようにしないとなあ。

 しばらくゲームをプレイしていると、叫び声が聞こえてくる。

「ざけんじゃねえ!」

 うわーお、情緒不安定な人がいるぞ。でも今お金入れちゃったし、このままどこか行くのも嫌だな。

 俺は無視してゲームをプレイする。すると、そんな俺が気に障ったのか、何やら近づいてくる気配...をゲームに集中しすぎて感じ取れなかった。

「おい、なめてんじゃねーぞ」

 俺は無視してゲームをする。というか気づかなかった。なになに、キャラを作れ、か。自分好みにできるのは嬉しい。髪の毛の色は...

「おい!」

「うわあ!」

 ゲームの筐体を叩かれる。畜生!今滅茶苦茶いいところなんだぞ!

「おい、聞いてんのか?」

「...どけ」

 俺は呟く。すると、コンビニの時と同じように青い吐息が相手に絡みつく。

「!?からだが...」

 お、意外と素直にどいてくれた。

「俺に近づくんじゃねえ」

 俺は思いっきり相手を睨みながら言葉を放つ。また青い吐息が相手に絡みつく。

「んだとゴラア!」

 相手が逆上して俺に近づこうとするが、

「あ、あ?どうなってんだ?」

 相手はある一定の位置から動かなくなる。...良く分からないけど、攻撃されそうにないので、キャラ作りを再開しよう。

「ああ!勝手に決まっちゃった!」

 確かにこういうゲームにはお決まりだよな...俺の作ったキャラはほとんどデフォルト状態だ。

 ...まあ、キャラでステータスが変わるわけじゃないし、これでいいか...

 と考えている間に警備員さんがやってきて、俺に絡んできた人を取り押さえる。

「怪我とかしていないですか?」

「え、ああ、大丈夫です」

「そうですか、それならよかったです」

 俺が返事をすると、警備員さんは絡んできた人を外に連れ出す。

 と、絡んできた人の友達と思わしき人が警備員さんを説得している。

「普段は温厚な奴で、滅多に怒らない奴なんです!今回は見逃してやってくれませんか?」

「駄目です。今後もこのようなことをされてはあなたも困るんですよ?営業妨害で警察に突き出します」

「そんな...!なんでこんなことをしたんだよ!」

「...分からない。ごめん」

 凄く陰鬱な空気が出入り口で立ち込める。

 ま、俺が気にするところじゃないな。俺はゲームの画面に再び集中した。




「やっぱり休日のラッシュはきついな」

 思わずぼやいてしまう。

 今は21時過ぎ。バイト先の駐車場で、溜息を吐く。すると、暗くて見えにくいが確かに青い吐息が出てくる。

「...病気かな」

 俺はもう一度大きくため息を吐く。その息は青くなかった。

 まあ溜息ばっかりついていても仕方がない。ちょっと甘いものでも食べて元気を出そう。

 確かここの近くに22時までやっているスーパーがあったはず。学生にとってはできるだけ安いに越したことはない。

 そうと決まれば早速行こう。俺はバイトの疲れを感じながら自転車をこぎ始めた。

 スーパーの駐車場には車が2、3台。この時間に来る人も珍しいのかもしれない。と思ったけど、中に入ったら結構人がいる。徒歩や俺みたいに自転車で来ている人も結構いるんだろう。

 さて、甘いもの甘いもの。

 俺は一目散にお菓子コーナーに向かう。うーん、クッキーとかよりはプリンとか冷蔵のものが食べたいな。

 ヨーグルトやプリンが置いてある冷蔵コーナーに行くと、何やら穏やかじゃない空気。

「ちくしょおおおお!」

 半袖半ズボン姿の男性がヨーグルトなどを投げつけている。なんだこれ。あたりには飲み物やデザート類がぶちまけられている。

「お客様!おやめください!すみません、皆様お力をお貸しください!」

 その言葉で近くにいた従業員や仕事帰りと思われる人が食べ物を投げつけている人を取り押さえる。

「...いって!こいつ!」

「はなせえええ!」

「おい!もう何人か手伝ってくれ!」

 その言葉で俺も手伝うことにした。

 それにしてもすごい力だ。腕を二人がかりでつかんでも振りほどかれるし、顔を殴られた男性は鼻血を流していた。

 そんな阿鼻叫喚の図の中俺も胸を殴られてしまう。骨が折れたかと思うくらいに痛かった。こいつ...!

「大人しくしろ!」

 あまりの痛みに怒鳴ってしまう。俺から大量の青い吐息が男と周りにいる人にまとわりつく。

 すると、俺以外の全員の動きが一気に止まる。やばい...。俺も動けなくなった振りをする。

 しばらくすると、警察が入って来る。と同時にみんなが動けるようになる。スーパーの店員さんが事情を説明して、男を引き渡す。

 俺はその姿を見届けた後、適当に買い物をしてスーパーを出た。あの状況で買い物をするなんて、と思われるかもしれないがここまで来てコンビニで買うなんてことは避けたいからな。と思ったけど別のスーパー行けばよかったな。意外と俺って頭悪いかも。

 帰り道。今回はいつもと違う道を通る。周りは林だらけで、家は立っていない。自転車で通る分にはいいのだけれど、歩いて通るときは中々怖い。夏なんかここで肝試しをしたものだ。

 少しノスタルジーな気分になりながら自転車をこぐ。すると、少し先に女の子が。

 いつもなら気にしないけど、その後ろにスーツ姿の男性が。これは嫌な予感がする。

 と、タイミングよく着信音がなる。俺は自転車のブレーキをかけて、鞄の中から携帯電話を探し出して電話に出る。相手は母さんだった。

「もしもし...え、マジで?...分かったよ、買って帰る。他になんかある?...ん、おっけ。じゃーね」

 内容は買い物。くだらないことを連絡してきたものだと思ったけど、タイミングが良かった。快く買ってこようじゃないか。

 視線を携帯電話から女の子...の後ろを歩いている男性に向ける。

 視線を男性に向けたタイミングもよかったようだ。男性に何かが入り込む瞬間が見えた。黒というか紫色っぽい煙が男性に吸い込まれたような感じ。

 すると、男性の目つきが変わる。体勢も前かがみになって、完全に女の子を狙っている。

 だけど、それが気のせいだったらどうしようもない。俺はもうしばらく様子を窺うことにした。

 と、男性が行動に出た。女の子を後ろから抱き寄せて、口を手で塞ぐ。よし、完全に犯罪だ!

 俺は自転車を倒して一気に駆け寄る。そして、手に握っていた携帯電話を投げつける。

「...あ」

 携帯電話は運よく男に当たった。女の子の口をふさいでいる手に当たった。当たった拍子に男の手が上にスライドしたので、女の子の鼻を思いっきり下からチョップした形になる。

 女の子は逃げるよりも先にうずくまってしまう。が、その間に俺は手が届く範囲に駆け寄ることができた。俺はスピードを乗せたパンチを男の顔面に叩きつける。

「ぐが!」

 男は少し離れたところに倒れた。なんとかなったかな?

「大丈夫ですか?」

 制服姿の女の子に話しかける。

「...大丈夫だよ。ありがと」

 女の子はうずくまったまま返事をする。

「うう...よくも!」

 男が再びこちらに襲い掛かって来る。まずい!

「逃げて!」

 と、俺の口から青い吐息が出る。青い吐息は男と女の子、両方にまとわりついて...

「体が勝手に!」

「え、あ、なに?...あああああ!」

 女の子と男の両方が逃げ出した。

「え、あ、そんな逃げなくても...!」

 俺はお互いに真逆の方向へ駆け出した二人を交互に見る。そのとき一瞬女の子と目があった。

 が、それも一瞬。二人とも完全に見えないところまで走って行ってしまった。

「...」

 その場に取り残された俺はしばらく立ち尽くしていた。




「あああー」

 思わず口をついて出てしまう変な声。夜は結構冷える季節だから、という理由で親がお風呂を沸かしてくれた。普段はシャワーだけど、こういうのも悪くない。

 気持ちいいお湯をしばらく堪能した後、大きく息を吐く。

「ふー」

 大量の青い吐息がお湯の白い空気と一緒に換気扇から出ていく。それを見て、思う。

「やっぱり、俺にはあるんだ」

 特別な力が。

 そう考えると、興奮してきた!

 でも、落ち着いて考えてみよう。普段は青い吐息は出ない。今も試しに息を吐いてみるが、青い吐息は出ない。つまり出る条件があるはず。

 じゃあいつ出た?...変な人たちと関わっている時だ。

 そもそもあの人たちは何だったんだ?恐らくあれが奇妙な事件なんだろうけど...

 ゲームセンターの人もスーパーの人も帰り道でみた人も、あとコンビニで見た人も。

 まさに人が変わるんだろう。ゲームセンターの人はしょんぼりしていたし、スーパーの人も警察の人が手錠をかけるときはおとなしかった。コンビニで見た人もテレビで『気が付いたらこんなことに』とか言ってたし、帰り道の人も急に前かがみになった...

 ん?まてよ?そういえば帰り道の人の時にちらっと見えた黒だか紫色の煙。あれが帰り道の人に吸い込まれてから目つきとか姿勢とかが変わったよな?

 もしかしたら見間違いかもしれない。夜だから暗かったし、周りは林だったから小さい虫の大群だったとか。

 まあ何にせよこれで奇妙な事件の原因が分かるかもしれない。別に原因を知ったところで警察とかに教えるわけじゃないけど。

 よし、明日は一日休みだし、ちょっと昼の町を歩き回ってみよっかな。

 あと俺の青い吐息の正体は分からないけど、あれの効果は大体分かっている。まあそれも機会があったら明日最終確認しよう。

 と、長風呂してしまった。風呂桶から出ると、めまいがする。強く目を閉じていると徐々に収まってくる。少しのぼせてしまったようだ。

 部屋に戻って明日行く場所を頭に浮かべる。

 とりあえず、10時くらいまでは駅の周りをうろついて、10時からは昨日と同じところに行こう。

 俺は遠足前の小学生のようにワクワクしながら眠った。




 さて、翌日の朝。俺は朝ごはんを済ませて、必要最低限のものを鞄に詰め込んで家を出た。

 自転車にまたがって、駅前まで行く。そして、駅前の12時間までなら100円の駐輪場に自転車を止める。

 さあ、早速歩き回ろう!

 ...大体2時間後。時刻は12時前。

 全く何も起こらない。やはり期待しちゃダメなんだな。物欲センサー的な。

 今は昨日と同じゲームセンターに来ていて、ゲームもせずに辺りを気にしている。が、何も起こらない。

 まあ気長に待つか。とりあえず適当にご飯でも食べに行こう。うどんがいいや。あそこのかけうどん凄い美味しい上に安いし。

 俺はうどん屋さんに入って、かけうどんの並を頼む。あとサツマイモのてんぷらにかぼちゃのてんぷら。これで500円程度だから安い。

「いただきます」

 何となく一人でもいただきますとごちそうさまを言ってしまう。母親からしつけられた結果だけど。

 ふと、隣を見ると俺と同じように私服の青年が。年齢は多分俺と同じくらいだろう。かなりのイケメンだ。でもそのイケメンが台無しになるほど緊張している表情をしているな。何かあるのか?

 その青年の後ろに紫色の煙が現れ、青年に吸い込まれる。

「!」

 俺はうどんをすすりながら青年を凝視する。...が、変化がない。

 気のせいか、と力を抜いてサツマイモのてんぷらを箸で掴んだとき。

 ガチャン!と食器の割れる音が響いた。

 先ほどまで見ていた青年が器を落としたようだ。

「大丈夫ですか!?」

 と、女性の店員が駆け寄ってくる。

「...」

 が、反応しない。

 俺が最後に残ったつゆを飲み干し、ごちそうさま、と呟くと、青年が動いた。

 素早く割れた器の一部を拾い上げて、女性店員の首を絞め、割れた食器を首に押し当てる。

「ひ!」

 青年は意外と落ち着いてる。そして、それを見ている俺も。

 俺は立ち上がり、青年に一言。

「離せよ」

 だが、青い吐息が出ない。

「...あれ?」

 青年も女性店員を離さない。

 と、青年が女性の首に食器を押し当てる。女性の首から赤いしずくが。

 その光景を見ていよいよ俺は焦る。

「お、おい、マジで離せよ!」

 今度は青い吐息が出た。それは青年の体にまとわりつく。

 ようやく青年が女性を離す。...やっぱりあの青い吐息の効果は、

 そこに変化が生じる。なんと、紫色の煙が青年の体から噴き出し、一つの塊となって消えた。

 ...なんだ、あれ。

「...あれ、俺」

 と、青年が呟く。

 そこからは青年が平謝り。食器代も弁償するし、警察に出してもらっても構わないと。

 だけど、女性店員は今回大したけがもなかったし、大目に見てくれると。

 いやあ、大ごとにならなくてよかった。

 ...余談だけど、青年は一目ぼれしていた女性の店員さんに告白をしに来たそうな。俺は目の前で告白現場を見て、女性の店員さんが受け入れるところまで見た。ここにカップルが生まれた。俺には何も起こらなかった...

 さて、うどん屋を後にして、俺は少し考える。

 青い吐息の出る条件がまだわからない。それに加えて、あの紫色の煙。もう少し調べる必要がありそうだ。被害者になる方には申し訳ないけど、もう一度くらい奇妙な事件が起こってほしい。

 そんな縁起でもないことを考えながら歩いていると、空が曇っていることに気が付く。おいおい、雨は勘弁してくれよ。

 そんな不安定な天気をしばらく見守るが、雨は降ってこないようだ。一安心。

 と、上ばかり見て歩いていたら人とぶつかる。

「あ、ごめんなさい」

「あ、こちらこそ...って、あなたは」

「...?知り合い、ですか?」

 俺はぶつかった人の顔を凝視してみる。...うん、ずいぶんと可愛い人だ。こんな人滅多にいない。だからこそ、知り合いではないと思うのだけど...

「ほら、昨日の夜」

「...ああ、鼻チョップの人ですか」

「...その覚え方、勘弁してくれないかな」

 そうそう、鼻を下からチョップされていた人だ。あの時は顔も一瞬しか見なかったし、暗かったから良く分からなかったけど。

「よく俺のこと分かりましたね」

 自慢じゃないけど、俺の顔は個性がないような平凡な顔だ。ちょっと個性があるところは眼鏡くらい。それも最近スマートフォンのせいで目が悪くなる人が多いから、個性にはならないかも。

「うん、人を覚えるのは得意なんだ」

「へえ、すごいですね」

 と少し会話してて本来の目的を思い出す。そうそう、紫色の煙を探さないと。

「じゃあすいませんけど、俺はこの辺で...」

「待ってよ、私なんにもお礼してないよ?」

 女性は心底不思議そうな顔をする。なんかそう言われると、

「俺がお礼目当てであなたを助けたみたいな...」

「そうとは言わないけど、助けた人がいてたまたまその人と会ったらお礼をしてもらうのが普通じゃないの?」

「いや、お礼するしないはその人の意志ですから。別に俺はしてもらわなくても微塵も気にしませんよ」

「...そんなものかな」

「そんなものですよ。それじゃあ、俺はこの辺で」

「待って」

 女性が俺を引き止める。ちょっと調べたいことがあるのに。

「今の話を聞いて、余計にあなたにお礼がしたくなっちゃった」

「いや、大丈夫ですよ。それにあなたもすることがあってここにいるんじゃないんですか?」

「ううん。別に、暇だからここに来てみただけ」

 その言葉を聞いて、ハッとする。そうだよな、俺だって紫色の煙とか青い吐息とか無ければこの人と同じように過ごしていただろう。

 そう考えると、俺は少し浮かれすぎていたのかもしれない。そんなことを一瞬考える。

「ねえ、おなかとか空いてない?」

「いや、今食べたばかりですよ」

「...うーん、じゃあエッチなこと?」

「嬉しいですけど、そういうことはあんまり言わない方がいいですよ。あと、間違ってもお礼でそんなことしないでください」

「あはは、分かってるよ。君は面白いなあ」

「...ありがとうございます」

 今のは煽られたのか、褒められたのか、女性経験のない俺にとって分からなかった。

「でも本当にお礼とか思いつかないな。何かしてほしいこととかある?」

「いや、特に...」

「うーん、じゃあしばらく君に付きまとってみようかな。それで君が困ったら私が助ける。これでどう?」

「...そんな簡単に男に付いて行かない方がいいと思いますけど」

「まあまあ、普通はこんなことしないよ。でも私を本当に危ないところから助けてくれたから、特別に」

「...うーん」

 それでも渋っている俺を見て、女性が口をとがらせる。

「私がいいって言ってるんだからいいの。ほら、行くところとかあるんじゃないの?」

「いえ、特には...」

「じゃあゲームセンターとかは?」

「...いいですね、行きましょうか」

「よし来た。行こうか!」

 こうして手を引っ張られる形で俺はゲームセンターに連れて行かれる。

 と、折角だからここで女性の容姿を語ろう。

 身長は俺の胸より少し高いくらい。髪の毛の色は黒くて、全体的に髪の長さは肩に付かないくらいだけど、一束だけ肩より少し低い位置まで伸ばしてあり、それを結んでいる。前髪も左右のこめかみより少し前くらいのところが他より少し長い。ちょっと特殊な髪型だ。

 さて、女性とゲームセンターに来たのはいいが。

「俺女の人とゲームセンターとか初めてで、どうすればいいか...」

「私も男の人と来るのは初めてかな。でも、友達と一緒に来た、くらいの感覚でいいんじゃないかな」

「そんなもんですかね。なにかやりたいゲームとかあります?」

「私音ゲーが好きなんだ。君はできる?」

「俺も好きですよ。やりましょうか」

 こうして二人でゲームセンターで遊びながら過ごしていく。当初の目的とは少し違うけど、女性と遊ぶというのはかなり新鮮で、こんな休日も悪くないかな、なんて思ったり。

 俺は有意義に日曜日を過ごした。

 18時。かなり長い時間ゲームをしていたようだ。

「あー、楽しかった!」

 女性も満足しているようでなによりだ。もちろん俺も楽しかった。

「結局お礼はできなかったなあ」

「いや、こうして一緒に遊んでもらえただけで十分ですよ」

「そう?ならいいんだけど」

「本当ですよ。それに、今からお礼なんてしてもらったら帰るの遅くさせちゃいますし」

「うーん、それはあんまり気にしないんだけどね。まあ、君がそういうならそういうことで」

 女性も電車で帰るということで、一緒に駅まで歩く。さすがに家からの最寄り駅は1駅違うけど、途中までは一緒みたいだ。

「いやあ、君のおかげで今日は退屈しないですんだよ。ありがとう」

「いえいえ、こちらこそ。ありがとうございました」

 お互いにお礼を言って、しばらく黙って歩く。なんだか気恥ずかしい。

 二人で電車に乗って、しばらくすると、先に女性が降りる。

 降り際に女性が挨拶してくれる。

「じゃあ、またどこかで会おうね」

「はい、楽しみにしています」

 ドアが閉まったときにふと思った。

 ここの駅は俺の最寄駅から1駅違う。なのになんで昨日、しかも遅い時間にあんな人気がないところにいたんだ?

 ...ま、あんまり深く考えなくてもいいかな。あの人のことだから『暇つぶし』とかだろう。

 俺はもうしばらく電車に揺られた後最寄り駅で降りて、しばらく駅の周りをうろうろする。辺りは暗いけど、紫色の煙が現れたらわかるはずだ。

 と考えつつも、まったく何も起こらない。不謹慎だけど、もう一回くらい起きてくれ、なんて考える。

 それでも何も起きず、時刻は21時。途中でご飯を食べたりしたが、どこでも何も起こらなかった。

「帰るか」

 思わずぼやいたその時、暗くて見えにくいが目の前に、紫色の煙が現れる。やっときたか!

 紫色の煙は通りすがりの大学生っぽい人に吸い込まれた。

 俺は道に立ち止まって、大学生の様子を窺う。大学生は鞄を漁りだして、ナイフを取り出した。

 なんでそんなものを、と叫びそうになるけど、学部によってはナイフを使うのかもしれない。

 とにかくあれで刺されたらひとたまりもない。俺は大学生に手が届く範囲まで接近し、大学生が行動を起こすまで待つ。

「!」

 動いた。大学生はなんと俺に向かってナイフを突き出してきた。俺は大げさにバックステップをする。そもそも俺が大学生に手が届くかどうかの距離だったんだから、少し下がれば良かったのだけれど、刃物は駄目だ。

 そして、俺は大学生の手首をつかんで、ナイフを奪い取る。と同時に大学生がもう片方の手で殴りかかって来る。とっさに俺は手をクロスさせて腕で拳を受け止める。さすが大学生、腕が滅茶苦茶痛いです。殴られた拍子にナイフを手から落としてしまう。

 大学生はそのナイフを拾い上げて、再び俺に突き出してくる。さすがにやばい!

「ま、待て!」

 俺は焦りと恐怖の中叫んだ。すると、青い吐息が大学生の体にまとわりつく。これで一安心...かな。

 大学生は動きを止めた。野次馬で見ていた周りの人の誰かが呼んだのだろう、大学生を動けなくしてからしばらくすると、警察の方が大学生を取り押さえた。と同時に大学生から紫色の煙が噴き出して、消える。

 それを確認した俺は大学生を取り押さえている警察の人に言う。

「あの、その人は俺と喧嘩をしただけですよ。見逃してあげてくれませんか?」

 と、俺の口から少しの青い吐息が出る。それが警察の人にまとわりついて...

「...分かりました、今回は厳重注意ということで」

「ありがとうございます」

 俺はそれだけ言うと、その場から立ち去った。

 しばらく歩いて、駐輪場に着くと、自転車のロックを外して、家路につく。

 これで材料はすべてそろった。あとは家でのんびり考えよう。

 俺はいつになく満足した気分で帰宅した。




 俺の部屋で俺はずっと机に向かっている。

 お風呂にも入り終わって、歯も磨き終わり、後は寝るだけ...なのだが、俺はノートに今まで起こったことをまとめている。

 ...よし、書き終わった。これでまとまったな。

 時刻は23時。結構長い間ノートに書いていたらしい。まあ何はともあれ、今日の目的も達成できたし、まとめることもできた。今日は枕を高くして眠れそうだ。

 と、最後にまとめたノートを見返してみよう。

 一つ、俺の青い吐息は誰でも言った通りに動かせるらしい。理由は今まで豹変した人たちだけでなく女性も動いたから。でも、対象を選べない。

 二つ、俺の青い吐息は出ないときがある。条件はまだわからない。出なかったのも一回だけだから、確率や勘違いもあり得る。

 三つ、人が豹変する前に紫色の煙が現れ、それが人に取り込まれる。ゲームセンターの人、コンビニの人、スーパーの人は俺が見ていない間に紫色の煙を取り込んだと推測。

 四つ、紫色の煙は何かの拍子にその人の体から噴き出して消える。これはうどん屋の人と駅回りにいた大学生の二人しか確認できていないうえに、ほかの四人が紫色の煙を噴き出したところを見ていないので、詳細は不明。

 ...こんな感じか。改めて見ると、謎も多いんだな。まあ、それは明日からゆっくり解いていこう。

 俺は非常に充実した気分で布団に体を埋めた。




 さあさあ、西崎拓夢。彼には特別な力が宿りました。

 今まで、何もなかった彼の人生。アニメや漫画の主人公にあこがれて、そんな主人公になりたくてやまなかった彼。そんな彼がついに刺激的な非日常を迎えています。

 彼の性格は今まで見てくれた人にはわかると思いますが、温厚的で素直。善悪の区別をつけられていて、集中すると周りが見えなくなりますが、彼の行動からも分かるように、もし自分の考えと違ったらという別の逃げ道も作っているところから慎重なところが多いです。

 そんな彼にも弱点がありまして、彼が慎重なのは自分の考えが正しいと判断されるまで。そこからは少々慢心が目立ってしまいます。

 と、ここまで彼のことを語らせていただきましたが、このお話の中身についても語らないとですね。

 この世界では、奇妙な事件が起きています。

 内容は、人の豹変です。人の豹変というのは本人だけでなく、本人のことを知っている人にとっても恐ろしいものです。

 今まで優しいと思っていた人が暴力的になったり、今まで信じていた人が嘘ばっかり言ったりすぐに約束を破ったりしたら、極端ですがトラウマになったりしてしまいます。

 そんな恐ろしい人の豹変の原因と思われる紫色の煙。あれの正体は一体何でしょうか。

 お話の中では拓夢がまとめていましたが、紫色の煙については謎が残ったままでした。

 出現するのはいつ?なぜ出現する?煙の正体は?

 分からないことばかりですが、拓夢は一切不安な気持ちを持っていません。彼は今楽しくて仕方がありません。

 それもそのはず、ようやく彼は自分の望んでいた世界に飛び込んだのですから。

 ですが、彼一人だけで全てを解決するのはとても難しいです。仲間が必要になります。

 察しのいい人は気づいたかもしれませんね。もう彼は仲間になる人と接触しています。

 それでは、再び彼の世界に入り込みましょう。




 7時。俺はいつもこの時間に起きる。朝の陽ざしを浴びると健康にいいらしいので俺は毎朝窓から入って来る日差しを積極的に浴びる。

 んー、いい朝だ。いつになく気分がいい。

 俺はいつも通り学生服に着替えて、鞄の中を確認する。...特に忘れ物もないし、提出物も終わっている。

 キッチンに行って適当にご飯とお弁当を作る。そのあと朝ごはんを食べて、顔を洗って歯を磨いて...

 今日も少し時間が余ったのでテレビを見て時間を潰そうと思い、テレビの電源を入れた。

『奇妙な事件が最近頻発していますが、どれも大事には至っていません。殺人が起きたのも過去の一件のみです。ですが、いつ大事が起こるか分かりませんので、常に警戒するのを怠らないでください。続いてのニュースです』

 ふむ、ニュースを見る限りだと原因が紫色の煙だとは気づいてないみたいだな。というか見えていない?

 おいおい、もっと俺が特別な人間になって来るじゃないか。と考えつつも、俺以外にも特別な人間はいるはず。その人と仲間になるべきか、独自で行動するか。

 まあ俺以外にもそういう人がいるかは分からないのに考えても仕方がない。捕らぬ狸の皮算用ってやつだ。

 考え事をしているともう学校に行く時間になる。両親はもうすでに家を出た。

「よし、行くか」

 何となく呟いて俺は家を出た。

 駅に着いて電車に乗ると、少し優越感を感じる。この人たちと俺は少し違うんだ、という感覚がある。我ながら悪い癖だ。昔から誰も持っていないゲームとかを買うと友達に見せびらかしたりしたもんだ。

 でも、俺ももう大体は大人だ。俺の青い吐息や紫色の煙が見えるとかを友達に行っても信じてもらえないのは分かっている。

 それに誰かとこのことを共有したいわけでもない。誰かに構ってほしいわけでもない。だから俺は誰にもしゃべらないことにした。

 考え事をしていると電車はあっという間に目的地についてしまう。俺はいつも通り人を少し押しのけながら電車を降りる。

 学校までの一本道。今日も一人で歩くのかもしれないけど、気分は明るいまま。できるだけ顔に出さないようにしながら歩く。

 途中友達に挨拶されるときも、いつもより声が大きくなってしまう。これじゃあ駄目だ。もう少し平静を装わないと。

 そうは考えたものの、結局俺は学校に着くまで平静を装いきれなかった。

 クラスに入って、友達とあいさつをして、席について周りの奴らとお喋り。休日を挟むとちょっと話題が豊富になる。

「ほらー席に着け」

 担任が入ってきて朝のSHRが始まる。

「連絡事項は、特になし。だけど、最近奇妙な事件が一気に増えています。気を付けて生活するように。以上、号令」

「きりーつ」

 こうして、俺が非日常に入ってから初めての学校生活が始まった。




「よし、連絡事項はなし。掃除を忘れないように。以上、号令」

「きりーつ」

 帰りのSHR。ちょっと盛り上げてみたものの、特別何かが起きるわけでもなく いつも通り下校時間を迎えた。

 しかも、今週掃除当番かよ。ちょっとがっかりだ。まあサボるわけにもいかないし。小さいことだけど、約束とか掃除当番とかはできるだけ破ったりサボったりしないようにしている。こういうところがしっかりとした信頼関係を作っていくと信じている。

 と頭の中で偉そうに言ってはみるが、特にサボっている奴を注意とかはしない。高校生だからないとは思うけど、そこから喧嘩とか起きても困るし。

「かったりーよな」

「ああ、めんどくさい」

「そういえば昨日部活でさー」

 友達と適当に喋りながら掃除場所に向かう。今週は職員室前の階段掃除だ。正直ここの掃除場所が一番嫌いだ。なんだか見張られている感覚がして。後ろめたいことは特にないんだけどな。

 まあそう考えつつもちゃんと掃除をする。かったりーとか言っていた友達も掃除はまじめにする。なんだかんだ文句を言ったりめんどくさいと思っていてもしっかり掃除をするのは学校生活の習慣が染みついているからだろう。

 友達と駄弁りながら、そんなことを考えながら掃除を進めていく。

 そして掃除も終わり、学校を出る。

 今日は掃除場所が一緒だった友達と一緒に駅まで歩く。みんな面白い話をしてくれるから、喋るのは大好きだ。

 駅について、友達は下り、俺は上りなので、そのまま別れてしまう。なんとなくこのとき寂しい感覚がする。

 さあ、俺も電車を待つか。ベンチに座って電車が来るのを待つ。ちょっとスマートフォンでもいじっていよう。

 しばらく待つと、電車がやって来る。この時間は微妙に空いている。部活帰りの人は会社帰りの人と一緒に乗ることも多いんじゃないだろうか。

 最寄りの駅で電車を降りて、改札を通る。すると、いつか見た顔がそこに。

 というか、昨日見た顔だ。昨日一緒にゲームセンターで遊んだ女性が制服姿でいた。

 どうしよう、挨拶するべきかな?でも話しかけたらセクハラとかで訴えられたり。いや、そこまではいかないか、一緒に遊んだ仲だし。でもなんとなく声をかけづらい。同じ中学の友達と会った時とかは積極的に話しかけたりするもんだけど...

 というかさっきから女性がやけにきょろきょろしている。どうしたんだろ。誰か探しているのかな?

 じゃあ俺が声をかけるまでもないか。そう考えてその場を立ち去ろうとすると、女性と目が合う。何となく俺は手を振ってみる。

「いたいた!」

 女性はそんな俺に駆け寄ってきた。あれ、探してたのって俺?それは嬉しいけど。

「ねえ、今暇かい?」

「え、あ、はい。暇ですけど...」

「ちょっと付き合ってくれない?」

 おお、まさか女性から声をかけてもらえる日が来るとは。もしかして俺なんかしたか?

「俺は付き合ってもいいですけど、あなたは帰りが遅くなったら」

「大丈夫なんだ、なら良かったよ」

 そう言って、女性が歩き出す。

「え、どこに行くんですか?」

「のんびりお話しできるところ」

 俺は女性の一歩後ろを歩く。すると、女性がわざわざ俺に歩幅を合わせてくれる。

「いやー、君の最寄り駅がここだって昨日聞いたから」

「待ってたってことですか。俺に何の用が?」

「まあまあ、それはついてから話すから」

 何となく無言になるのが気恥ずかしくて、俺はいくつか質問してみる。

「あなたはどこの学校に通っているんですか?」

「おや、口説くつもりかい?」

「いや、そういうわけではないです。すみません」

「あはは、なにも謝らなくてもいいのに。私は隣の駅の女子高校に通っているよ」

「え、あの偏差値が70くらいの?」

「うん、それそれ。別に私はそこまで頭がいいわけじゃないけどね」

「いやいや、あそこに入れるだけでかなりすごいと思いますよ」

「あはは、そういう君は?」

「俺は○○駅が最寄りの高校です」

「おや、君もすごいじゃないか。確か偏差値60くらい?」

「いやいや、あなたには敵いませんよ。それに俺も頭がいい方じゃありませんし」

「あんまり学校だけで判断されると困るんだけどな」

「あ、ごめんなさい」

 確かに学校が持っている看板だけでこの人の価値を決めちゃいけないよな。少し反省。

「...ふふ、大丈夫、そこまで気にしてないよ」

「ならいいんですけど」

 そこまで、ということは少し気にしているんだろう。できるだけ学校の話題は話さないようにしないと。

 いろいろ話しているうちに喫茶店に着いた。コーヒーが有名な喫茶店で、コンビニにも飲み物を出している。飲んだことはないけど、美味しいはず。

 それにしてもここに来たかったのか。まあのんびりお話しできるところ、とか言ってたから喫茶店は妥当かもしれない。

「よし、じゃあ早速本題に入るよ」

 コーヒーで有名な店、と前置きしておきながら、俺は口臭が気になるのでミルクティーを、女性はストレートティーを頼み、お互いの目の前に飲み物が置かれ店員がいなくなったところで女性が口を開いた。

「まずはお互いに自己紹介をしないかい?」

「あ、そうですね」

 そういえば昨日一杯代名詞でお互い過ごした。というか名前を聞くのがなんだか申し訳ないというか、お礼とかで俺なんかと構ってほしくないと思っていたからなんだけど。

 とまあ自傷はこの辺にして。

「じゃあ俺から。僕は西崎拓夢にしざきたくむです」

「ふむふむ、拓夢君...。私は坂井雅妃さかいみやび。よろしくね」

「あ、どうもです」

 こうして改めて挨拶するときなんとなく恥ずかしい。

「年齢は?」

「あ、17です」

「私も17。同年齢だね」

「はい、そうですね」

 なんとなく気まずい雰囲気だな。

 そんな状況を振り払ったのは雅妃さんだ。

「えっと、その、んーと」

 訂正、振り払ってはいない。何か言いたげな雅妃さんが髪の毛をくるくると指で回し始める。こういうことする人実際にいるんだ。可愛い。

「悩み事とかですか?別に僕は引いたりしませんから」

「...んー」

 ここにきて悩みだした。俺のフォローもあんまり効いてないみたいだ。

 こういう時は黙っているのが吉だ。今まで友達に相談とかされた時はあったけど、友達が話し出すまで俺は一言声をかけて黙った。意外と話し出すとするする次の言葉が出てくるから、最初の一言を言わせれば結構うまくいくものだ。

「とりあえず、誰にも言わない?」

「言いませんよ。それにほかの学校の女の子のことを言ったって誰もあんまり興味を示さないですから」

 今のは失礼かな?気にしすぎかな。

 と、その言葉が聞いたのかわからないけど、話はうまい具合に転がったようだ。

「...そっか、じゃあ話そうかな」

 雅妃さんはストレートティーを一口飲むと、咳ばらいを一つして、口を開いた。

「えっと、君は紫色の煙を見たことがある?」

「...は?」

 俺は頭が一気に真っ白になった。

「あ、いや、見たことがないならいいんだ。この話はそれでおしまいってことで」

「...いや、見えますよ」

「本当!?」

 雅妃さんは立ち上がって目をまん丸にして俺の瞳を覗き込んでくる。

「雅妃さん、座ってください」

「あ、ごめん。ちょっと興奮しちゃって」

 おずおずと雅妃さんが席に座る。

 俺はミルクティーを一口飲んで、話を続ける。

「紫色の煙を初めて見たのはおとといの夜、土曜日の夜ですね。雅妃さんの後ろを歩いていた男性の後ろに紫色の煙が現れて、吸い込まれるところまで」

「ふむふむ」

 雅妃さんは興味津々に俺の話を聞いてくれる。

「そのあと見たのは二回ですね。昨日雅妃さんに会う前に入ったうどん屋さんと昨日雅妃さんと別れた後駅の周りで見ました」

「なるほど。あともう一つ質問させてもらってもいいかな?」

「どうぞ」

 やっぱり一言話すとみんな饒舌になってどんどん話してくれるな。

「君は特別な能力を持っていないかい?」

「...持ってます」

「やっぱり!」

 またもや雅妃さんが立ち上がる。

「落ち着いて下さい、雅妃さん」

「ああ、ごめんごめん。話を続けてよ」

 席に座った雅妃さんが前のめりになって俺の話に耳を傾けてくる。

「えっと、俺の口から...」

 やっべ、今思えば俺の能力なんかめっちゃ汚くね?

 口から青い吐息が出てますとか言いにくい。俺だったら、歯磨きガムのcmかよ、とか突っ込むし。しかもそれがまとわりつくんだろ?最悪なんだが。

「君の口から?」

 そんなことを考えている俺とは裏腹に雅妃さんはどんどん話を掘り下げようとしてくる。これはまずい。

「...俺の口から」

 いや、据え膳食わぬは男の恥。多分使い方違うけど。向こうは話しにくいことを口に出してくれたのに、俺が話さないでどうする!

「俺の口から、青い吐息が出て、俺が喋った通りに相手を動かせるんです」

 言ってやったぞ!見たかこの野郎!(?)笑うなら笑え!(?)

「へえ、そんな能力が...」

 笑われたり気持ち悪がられると思っていたけれど、意外と真剣に雅妃さん受け止めてくれている。

「...拓夢君はそれらから考察とかした?」

「はい、しましたよ。話した方がいいですか?」

「うん、お願い」

 俺は昨日の夜まとめたことを雅妃さんに話した。

「..なるほど。そんな感じね」

「はい。紫色の煙の正体とか、俺の能力が発動しない条件とかは分かりませんけど」

「...よし、話しちゃう」

 雅妃さんはそう呟くと、俺の瞳を見て話し始める。

「君に全部教えちゃう。紫色の煙の正体とか、君の能力についてとか」

「え、知ってるんですか?」

「うん。別に信じてくれなくてもいいけど...」

「いや、ここまで話がつながっているのに信じない方がおかしいと思いますけど」

「そっか。じゃあ話し始めるね」

 雅妃さんはストレートティーを口に含んで一呼吸おいてから話し始めた。

「まずは紫色の煙の正体。あれは『悪魔』」

「悪魔?西洋の悪い奴らのことですか?」

「うん。悪魔にも性格の変わり方に個性があるんだ。例えば、温厚だった人が暴力的になったり、逆に明るい人が凄く冷たくなったり」

「ふむふむ」

「でも、悪魔には共通点があるの。それは人間の体に入り込むってところと、人間の困ることをしようとする」

「確かに」

 物を投げつけ始めたり、人質を取ろうとしたり。

「悪魔に憑りつかれると、個人差だけれど、力が何倍にも膨れ上がるの」

 確かにスーパーで暴れてた人は何人ものひとに取り押さえられていたのに振りほどいていた。

 でも、俺は運がいいのか、コンビニで腹を蹴られたときも、大学生に殴られたときも腕が折れたりといった大事には至らなかった。これが個人差というやつか。

「悪魔の目的は分からないけど、悪魔に対抗する力がある」

「それが、俺の能力ですか?」

「君の能力だけじゃないんだけど、君の能力も対抗する手段の一つだね」

「...雅妃さんも能力があるんですか?」

「うん、これ」

 そう言って、雅妃さんは鞄から棒状のものを取り出す。よく時代劇なんかで見るものだ。

「...なんですか、これ」

「小刀。これで悪魔が憑りついた人を刺すと、一発で悪魔が消えるよ。『刺殺』とかいう能力だったかな」

「...」

 完全に殺人。恐ろしい名前の能力だ。

「私の能力はかなり強い方らしくてね。勝手に期待とかされちゃって...っと、話が逸れるところだった」

 雅妃さんはかなりの苦労人らしい。溜息を吐きながら小刀を鞄に戻す。ご苦労様です。

「君の能力は多分『言霊』だね。これもかなり強い方だ。能力の内容は分かっているみたいだけど、自分の言葉通りに人を動かせる」

 これは良く分かっている。その強さも。

「で、こうやって能力を使って悪魔を退治する人のことを『退魔師』っていうんだ。君も退魔師の一人だよ」

「はあ...」

 別に俺は肩書はどうでもいい。楽しむために肩書はいらない。

「話したいことはこれで終わり。で、最後にお願いしたいことがあるんだけど」

「なんですか?」

「えっと、私は、退魔師のグループの『退魔団』というところに所属しているんだけど」

「へえ、そんなのがあるんですか」

 国際連合とかと似たようなものかな?多分違うと思うけど。

「うん。それで、そこに所属してもらって、一緒に悪魔を退治するのを手伝ってほしいんだ」

「...」

 うーん。

「駄目、かな?」

「...そうですね、断ります」

「...そっか」

 雅妃さんが目に見えて気を落とした。なんだか悪いことをした気分になるけど...

「理由を聞かせてもらってもいい?」

「えっとですね。申し訳ないんですけど、俺は今の状況を楽しんでいます。退屈だった日常が一気にひっくり返りました」

「...」

 雅妃さんは黙って俺の話を聞くだけ。

「だから、誰かの命令に従ったり、誰かに行動を制限されたりするのが嫌なんです。もしかしたら『退魔団』はそんなことしないかもしれませんけど...」

 俺は思ったままのことを言う。もしかしたら雅妃さんの機嫌を損ねてしまったかもしれない。それでも、譲れないものがあった。

「...ふふ、君がちょっとうらやましいな」

「?」

 雅妃さんの反応は俺の予想していたもののどれとも違った。

「何がですか?」

 聞き返すと、雅妃さんは話を逸らした。

「んーん、何でもない。また今度スカウトさせてもらうよ」

「多分断りますけどね」

「あはは、君は正直だねえ」

「ありがとうございます」

 そこからは適当な会話をしばらくしてから、時間も時間ということで解散になった。

 駅まで送ると、改札前で雅妃さんが思い出したように言った。

「えっと、連絡先交換してもいい?」

「はい、構いませんよ」

 メールアドレスと電話番号を交換し終わると、雅妃さんが言った。

「今日はありがと。退魔団とか関係なく、私が困ったときは協力してくれる?」

「はい、もちろんです」

「ふふ、ありがと。それじゃあね」

「はい、お気をつけて」

 俺はしばらく雅妃さんの背中を見つめて、その姿が見えなくなってから駅の駐輪場に向かう。

 駐輪場で俺が自転車のロックを外し、自転車のもとへ向かうと、自転車の近くにいた人の背後に紫色の煙が現れる。

『悪魔』と聞いてからだとなんだか強そうに見えるな。

 でも、俺には『言霊』がある。これで何とかなるはずだ。

 俺は悪魔を取り込んだ人に近づく。その人は女性で、スーツ姿だった。

「どけ」

 俺がそういっても、言霊が出ない。以前にもこんなことがあった。

 焦らずに、もう一度言う。

「その人の体から出ろ」

 悪魔は人に憑りつく。ということはその人の体から出せばいいはずだ。...また憑りついたりしたら意味が無いけど。それを確かめる意味でもこの言葉を放つ。

 だけれど、言霊が出ない。

 少し動揺するが、まだ焦らない。

「動くな」

 言霊が出ない。いよいよやばくなってきた。

 女性はこちらに振り向いて、口を開いた。

「オマエ、タイマシ」

「...」

 一気に心臓が暴れだす。

 今まで6人の悪魔に憑りつかれた人を相手にしてきたけれど、こんな感じで言葉を話す悪魔なんて初めてだ。

 俺は慎重に相手の様子を窺う。

「タイマシ、オレタチノ、ジャマ」

「...だから?」

「コロス」

 その一言で俺の平静が破られる。

「その人から出ていけ!」

 俺はその場で怒鳴る。口からは今までで一番の量の言霊が出た。

「!グ、コレ、ホドトハ...!」

「はあ、はあ」

 俺は息を荒げて、様子を窺う。

 しばらくすると、悪魔が女性の体から噴き出し、霧散する。

 女性がその場に倒れる。

「...やったか?」

 完全にフラグ。でも、消えたようだ。

 俺は女性に近づいて、声をかける。

「大丈夫ですか?」

 正直今までは気にしていなかったけど、後遺症とかもあるかもしれない。

「..うーん、納期が、書類が」

「あの、大丈夫ですか?」

 肩を揺さぶっていると、女性が目をぱっちりと開く。

「...あれ、ここは」

「駐輪場です。突然倒れたので救急車を呼ぶべきか迷っていました」

「あ、すみません、大丈夫です」

 女性が立ち上がって、スーツを軽く払う。

「えっと、余計なお世話かもしれませんけど、栄養失調か睡眠不足だと思いますので、ご飯を食べてゆっくり寝てください」

 これは俺が中学生のころ、全校集会で学校中のみんなに注目されながらスピーチをする前日に父親から言われたことだ。さすがに栄養失調や睡眠不足とは言われなかったけど、ご飯を食べてゆっくり眠る。これの大切さがわかった父さんのセリフだったな。今嘘を吐くために使ったけど、この人も納期だの書類だのでうなされていたので、一応言っておいた。

「...ありがとうございます。ご飯を食べてゆっくり寝ます」

「そうしてください。それじゃあ俺はこの辺で」

 俺はそう言って、自転車を取り出そうとする。

 ガチャン!と無慈悲な音を立てて自転車が動かない。ロックを解除してからしばらくすると再びロックする形式なのを忘れていた。

 俺は再び百円を払って、女性の視線を感じながら、その視線から逃げるように自転車をこいだ。

 凄い恥ずかしい思いをしてしまった。




 俺は部屋についてから少し今後の課題について考える。

 音楽を聴きながら、昨日まとめたノートの次のページにすらすらと書いていく。

 元々書くことは嫌いじゃない。書いている方が脳が整理されている感じがあっていい。

 さて、書き終わった。

 一つ、言霊を使いこなせるようにする。

 二つ、悪魔の強さをランク付けする。

 ...どっちも雅妃さんに聞けば解決しそうだな。

 パソコンに表示された時間を見る。21時34分。女の子ならもう寝ていてもおかしくない。明日聞こうかな。

 さて、俺は風呂にも入り終わっているし、歯も磨いてある。

 あとはぐっすり眠るだけだ。

 俺は布団に体を埋める。この暖かさに包まれると安心する。

 次第に体から力が抜けて、俺は眠りについた。




 さてさて、自分の能力や紫色の煙の正体を知った拓夢。

 それでも彼は次の謎を目の当たりにします。

 喋る悪魔、言霊の発動条件。後者は特に、彼にとって大きな問題となるでしょう。

 ですが、彼は一切いやそうな顔をしません。理由は分かると思います。

 楽しい。それだけです。

 これら二つの問題は決して穏やかなものじゃありません。前者はもしかしたら退魔師では退治できないかもしれません。後者はもしかしたらただの確率かもしれません。

 それでも、これら二つについて知ろうとする彼は楽しそうな表情を崩しません。これらは大きな問題に成り得ると言うのに。

 もしかしたら、普段私たちが悩んだり困ったりすることも、彼のように楽しめば意外とあっさり解決するのではないでしょうか。そう考えると、彼がうらやましくて仕方がありません。

 ですが、それが大変なことに変わりはありません。楽しむだけではなく、苦しいと思う場面もあるはずです。むしろ苦しむことの方が多いのではないでしょうか。

 そして苦しいと思った時、彼はどのような行動をとるでしょうか。逃げると思いますか?投げ出すと思いますか?それとも、歯を食いしばりながら、それすらも楽しいと感じるのでしょうか。

 どうなるかは、誰にも分かりません。結局は分からないのです。

 さらに、雅妃。彼女もまた拓夢と同じように特別な境遇に置かれた人間です。

 でも彼女は拓夢のように楽しんでいません。いや、楽しんでいたのでしょうが、今は楽しくないといったところでしょうか。

 なぜ楽しくないのでしょう。それは彼女の性格とちょっと関係しているのかもしれませんね。

 彼女の性格は明るく朗らかで、常に楽し気な雰囲気を醸し出しています。ですが、意外と考え込んでしまう性格でもあります。果たしてこれでいいのか?考えだすと意外と時間がかかってしまいます。

 さらに、拘束されるのが嫌な性格です。それを考えると、彼女は『退魔団』に入ったことを後悔しているのかもしれません。

 ですが、これらはあくまで考察。もしかしたら大して考え込んだりしない性格なのかもしれません。もしかしたら拘束される方が好きなのかもしれません。

 拓夢も雅妃も意外と一癖も二癖もある性格をしていますね。その二人が今後どのような展開を引き起こしていくのか...

 それでは、引き続き彼らの世界に入っていきましょう。




 7時。俺はいつも通りに起きる。

 いつも通りに学生服に着替えて、鞄の中身をチェックして、いつも通りご飯とお弁当を作って、いつも通りご飯を食べながらテレビを見る。

 たまにない?なんか無気力になる日。今の俺はまさにそれだ。

 特別な境遇に置かれたけど、皆の見る目が変わるわけではないし、誰かが得するわけでもない。

 ...俺は誰に言い訳をしているんだろう。一応言っておくと、特別な人間になれて、非日常を体験出来ていて、すごく楽しい。

 でも、なんだか今日は体がだるい。今日やるべきことは何だっけ...

 しばらく考えて、思い出す。そうだ、雅妃さんに聞きたいことがあるんだ。

 うーん、電話で聞くのもいいけど、無気力な今の状態を打開するには...

 俺はメールを打つ。

『朝早くからすみません。今日の放課後会えませんか?』

 そして、携帯電話をしまう。別にすぐに返信が来るわけでもないだろう。特に朝は携帯電話なんか見ないだろうし。

 俺は身支度を整えて、家を出る。

 学校までの一本道で何となく俺は携帯電話を開く。なんか人にメールした後って返信が来ていないか気になっちゃってチラチラ携帯電話を見てしまう。

 すると、返信が来ていた。

『構わないよ。昨日とおんなじ場所にいるね」

 俺は雅妃さんの最寄り駅に行った方がいいんじゃないかとも思ったけど、昨日学校の話をするのを嫌がっていたし、もしかしたら俺とうわさが立ったりするのを危惧しているのでは、と考え

『分かりました。よろしくお願いします』

 と返信をした。

 さて、今日の俺は背中が丸まっている。まあ身体が重いわけなんですけど。

「おっす、拓夢。どうした背中まげて」

 友達が俺に話しかけてくれる。

「ああ、なんかだるいんだよ。たまにあるだろ?」

「まあ確かに。今日は体育があるしあんまり無理すんなよ?」

「分かってるよ。それに明日明後日はバイト。...あーあ、憂鬱だ」

「はは、まあなんか楽しいこととかなかったのか?」

「ないな」

「俺は昨日百円ひろったけどな!」

「うわ、そのくらいで喜べるのかよ。安い幸せだ」

 軽口をたたきながらも、友達と喋っていると心が軽くなる。気のせいかもしれないけど、若干体のだるさもなくなったみたいだ。もう大分調子がいい。

 友達とクラスに入って席に座るころにはすっかり良くなっていた。病は気からって奴だったのだろう。良かったよかった。

 身体のだるさがなくなると、次は自分が特別な人間だと思い出して、楽しい気分になってくる。我ながら都合のいい思考だ。

 担任が入ってきて、今日も一日が始まる。




 放課後。掃除も終わり、電車に乗って自分の家の最寄り駅に近づく。そこには、携帯電話の画面を見ている雅妃さんの姿があった。なんだか険しい顔をしている。

 改札を通って、雅妃さんに挨拶する。

「こんにちは、雅妃さん。お待たせしました」

「あ、拓夢君。大丈夫、あんまり待ってないよ」

 俺が声をかけると一転して笑顔を見せてくれる。

「ならよかったです」

「私に話したいことがあるんだよね?なら昨日と同じ喫茶店に行こう」

「そうしましょう」

 喫茶店に着くまでの時間はどうでもいい日常の会話をする。

「へえ、拓夢君はアルバイトしてるんだ」

「はい、帰宅部なので。水木土曜日にシフトが入っています」

「私は『退魔団』からちょこっと貰ってるからね。アルバイトはしなくてもいいんだ」

 そんなことを話しながら喫茶店に着く。

 昨日と同じようにミルクティートストレートティーを頼んで、お互いの目の前に飲み物が置かれて店員さんがいなくなると同時に俺が口を開く。

「あの、雅妃さんに聞きたいことが二つありまして」

「ほうほう、話してみなさい」

「一つ目なんですけど...昨日言葉を話す悪魔と出会ったんです」

「...え?」

「それで思ったんですけど、悪魔ってランクとかあるんですか?」

「...その前に、聞きたいんだけど」

「何ですか?」

「その悪魔、どうしたの?」

「えっと、言霊を使ってなんとかしましたけど」

「...怪我とか、してない?」

「はい、大丈夫でしたよ」

「...言霊、って予想以上に凄いみたいだね」

「?」

「悪魔にランクがあるかって質問だけど、あるよ」

「へえー」

「ランクは6段階。1はただの紫色の煙。人に憑りついても人を豹変させるだけで、身体能力を向上させることはないんだ」

「ふむふむ」

「ランク2は身体能力を向上させる。これは個人差があるけどね」

 なるほど、コンビニの人や大学生の攻撃を喰らっても大事に至らなかったのはランク1だったからなのか。

「ランク3は君が出会った悪魔。言語能力があって、殺意を持つ。もちろん身体能力も向上するよ」

「...」

 なるほど、確かに昨日『コロス』とか言われたし、昨日出会った悪魔はランク3だろう。

「...ん?普通に怒鳴ったりしている人とかいましたよ?あれもランク3なんですか?」

「ああ、それは多分悪魔の意志じゃないでしょ。人の理性が残っていて、性格が豹変して暴力的な言葉を使ってしまったり...まあ要するに悪魔の言葉じゃなくて、人間の言葉だからそれはランク3じゃないと思う。それに、ランク3だったら殺意があるからね。そこで判断してよ」

 なるほど。雅妃さんが話を続ける。

「ランク4は言語能力と身体能力向上に加えて、町を壊滅させようつする」

「それは...」

 危険極まりない。しかも一体でそれを考えるということは、身体能力の向上も並大抵のものではないだろう。

「ランク5は人類を滅ぼそうとする」

「スケールの大きさについていけないです」

 どれほど強い悪魔なのだろう。想像できない。

「ランク6は都市伝説みたいなものだけれど、神様を殺そうとする」

「...は?」

「考えられないけど、信じられるでしょ?」

「...それはまあ」

 確かに俺に退魔の力が宿った時点でそれは信じられない話ではない。

「まあなんで神様を殺そうとするのかわからないし、そもそも神様がいるのかもわからないし、ランク6なんて今までに現れたことがないらしいね」

「それならいいですけど」

 正直そんなものに対抗できるか分からない。

「これで君の知らなかったことの一つは解決した?」

「はい、ありがとうございます」

「まあ君は楽しんでいるのかもしれないけど、ランク3以上の悪魔とはできるだけ戦わないでね」

「...善処します」

「やめるとは言わないんだね。それじゃあ次の質問どうぞ」

 雅妃さんは苦笑しながら俺の質問を促す。

「えっと、俺の言霊なんですけど、出ないときがあるんです。というか、出る条件が分からないんです」

「...それは不便だね」

 雅妃さんは眉を寄せて苦い顔をしながらも、意外と明るい答えを返してくれた。

「でも、練習すれば言霊を自由に操れるようになると思うよ」

「本当ですか、ならよかったです」

「私の刺殺も練習して、ランク3くらいの悪魔なら対抗できるようになったからね。ただ...」

「ただ?」

「...楽しんでいるだけの君が練習に耐えられるか心配だな」

「...」

 それに関しては返す言葉もない。

 雅妃さんは『退魔団』に入って、趣味では終わらせられないから練習にも耐えられたのだろう。

 それに比べ、俺はただの趣味でしかない。やめようと思えばいつでもやめられる。

 でも、

「頑張りますよ。その練習を乗り越えればもっと楽しい世界が待っているんでしょうし」

「...そっか」

 俺が答えると、雅妃さんは若干寂しげな笑顔を浮かべた。

「まあ私は言霊を使えないから分からないけど、とりあえず言霊を出す、ということを意識してみたらいいと思うよ。とりあえず言霊が出せるようになったら、対象を意識してみて」

「アドバイスありがとうございます。今日から頑張ってみます」

 よし、もっとやる気が出てきた。

「よし、これで君の相談したいことは終わりかな?」

「はい、わざわざ付き合ってもらってありがとうございます」

「どういたしまして。それじゃあ私はこのまま帰っちゃうね」

「あ、駅まで送りますよ」

「そう?ありがとう」




 拓夢君と別れて電車を待っている間、私は今日彼が来るまでの間に見ていた携帯電話の画面をもう一度見る。

『今週のノルマはランク2以上の悪魔を退治すること』

「...はあ」

 私が『退魔団』に入ったのは自分の能力をほかの人に認めてもらいたいから。学校も同じ、学力の良さをほめてほしかったから。

 でも、そんなことはくだらないことだと気づいた。気づいた時には全てがつまらなく感じた。能力も学力もくだらない。楽しくない、つまらない。

 彼はいつも楽しそうだ。自分の望んだことはとことん楽しめるタイプだろう。

 うらやましい。そんなことを考える資格はないのに。後先考えず、ただ周りに見てほしいってだけでつまらなくしたのは自分なのに。彼みたいに楽しむことを最優先にしたわけでもないのに。

 電車に乗ってボーっとする。今日は友達とつまらない話をしながら愛想笑いを浮かべて。

 また、つまらない一日が終わる。




「あーーーー」

 20時。家に着いたのは17時半くらいか。途中で夕飯を食べたけど、それ以外は音楽を聴きながらずっと声を出している。のどを痛めないようにと近所迷惑にならないため声をできるだけ小さくして。

 もちろん言霊を出す練習だ。こうしていれば言霊が出るはず。

 だが、それから30分経っても言霊は出ない。うーん、練習の仕方が間違っているのかな?

 声量を変えたり、声の高さを変えたり、音楽に合わせて声を出したり...そこからさらに1時間後。

「あーーーー。...!出た!」

 ほんの少し、ほんの少しだけど、言霊が出た!

 そこからさらに一時間。コツをつかんだ俺は、順調に言霊を使いこなせるようになり...

 24時。俺は言霊を自在に出せるようになった。

「やった!」

 そこで俺は携帯電話を取り出して、雅妃さんにメールを飛ばす。

『夜遅くにすみません。雅妃さんのおかげで言霊を使いこなせるようになりました!ありがとうございます!』

 メールを送って、俺はあることに気が付く。

「あ゛あ゛ー゛」

 声がガラガラだ。喉が枯れてしまったらしい。

 ...明日登校するときにコンビニによるか。そう考えて俺は風呂に入ると、満足した気持ちで眠りについた。




「嘘...」

 私は彼からのメールを見て驚いた。もう言霊を操れるようになったの?

 ...そういえば、私も楽しんでいたころは1日で刺殺で戦える悪魔のランクを1から2に上げられたっけ。すっかり忘れていた。

 本来なら彼を心から祝福するべきなんだけれど、私は適当に返信をした。

『おめでとう。次は対象を選べるように頑張って』

 そのメールを送ってから気が付く。私ってなんて意地悪なんだろう。

 今は彼を誉めるだけでいいのに、余計な一文までつけちゃった。彼の楽しみにノルマをつけちゃった。そのうえ、言葉には心がこもっていない。

「...はあ」

 私は溜息を吐いて、ベッドに飛び込む。今非常に変な気分だ。

 彼をうらやましいと思うだけでなく、妬ましいとまで思っている。彼はただ今の状況を楽しんでいるだけなのに。

 自己嫌悪を感じながら、重たい気持ちで私は眠った。




「お会計254円です」

「あ、レシートは大丈夫です」

「かしこまりました。...300円お預かりしましたので、46円のお返しです。またのご来店お待ちしております」

 俺は小銭とのど飴を受け取って、コンビニを出る。

 さっそく一粒口に放り込んで、電車に乗り、学校までの一本道を歩く。

 歩いていると、友達が声をかけてくれる。

「おっす。また背中丸めてんな」

「え、そう?」

 丸めている自覚はなかったんだけど。そういわれると、確かに体が重い気がしなくもない。

「お前声ひどいな。どうした?」

「ああ、昨日カラオケに行ったからかな」

「へえ。まあそういうことならいいけど」

「なんだよ」

「いや、のどの痛みに身体がだるかったり重かったりして背中丸めてんだろ?風邪じゃないかと思ってな」

「心配してくれる気持ちは嬉しいけど、意外と元気だ」

「ならいいんだよ。そういえば昨日英語の提出期限がさー」

 友達の話を聞きながら頭の隅で考える。俺もしかして、疲れがたまってたり?

 ...そんなことないか。考えすぎだ。

 こうしてまた一日が始まる。




「お疲れ様でした」

 俺はバイトを終えて、帰路につく。いやあ今日も大変だった。

 今日はスーパーによって帰ろう。もう弁当に入れる冷凍食品がなくなってしまった。明日は何を食べようかな。ちょっとした楽しい時間だ。

 よし、決めた。俺は冷凍のクリームコロッケとヒレカツと、ちょっとした無駄遣いにジュースを一本。たまにはいいよな。

 会計を済ませて、スーパーからの帰り道ということで雅妃さんと初めて会った林だらけの道を通って家に帰る。

 自転車をこいでいると、対面から酔っぱらった様子の男性が。服装は私服で、缶ビールを片手に持ちながらふらふら歩いている。

 と、その男性の背後に悪魔が現れる。

 早速練習の成果を試せるな。俺は自転車から降りて、スタンドを下ろし、男性に近づく。

「動くな」

 俺が声を出すと、言霊が男性の身体にまとわりつく。これで動けないはずだ。

「その人の体から出ろ」

 言霊が男性に吸い込まれる。すると、悪魔が男性の体から噴き出す。よし、成功だ。

 ただ、一つだけおかしい点がある。

「...?」

 悪魔が、消えない。なんだ?

「...タイマシ、ジャマ」

「...」

 俺は様子を窺う。ランク3か。悪魔に意識を集中する。

 しばらくにらみ合っていると、悪魔が一言残して消える。

「イマハ、カテナイ」

 そういって悪魔は霧散した。

 ...人に憑りついていない状態でも言葉を操れるのか。これはまた新しい発見だ。

 俺は自転車にまたがって、家に帰る。

 部屋に戻って、俺は対象を選ぶ練習をする。

 3時間ほど、消しゴムと鉛筆の二つの対象を作って、片方にしか言霊がいかないように練習する。

「...よし、もう完璧だ!」

 俺は完全に言霊を操れるようになった。

 大分汗をかいてしまった。風呂に入ろう。

 俺は風呂に入りながらふと思った。

 言霊って、攻撃手段にならないのか。

 そうだよな、言霊って人の行動を操れるだけで、別に武器になったりはしないんだよな。

 一瞬物を武器にできないか考えた。練習の成果を確認する意味でも、風呂場にある石鹸に言霊を使って、火の球になれ、と言ってみた。言霊は困ったようにしばらく石鹸にまとわりついていたが、しばらくすると消えた。困っている様子がちょっと可愛かった。

 さあ、困ったな。どうしようか。

 俺は困ってはいるが、楽しいという気持ちの方が勝っている。こうやって考えている時間は楽しいもんだ。

 ...うーん思いつかない。のぼせても仕方がない。とりあえず上がろう。

 風呂を上がると、身体がふらつく。やっぱりのぼせちゃったかな?

 というか、なんだか体が重たい。風邪でも引いたみたいだ。

 でも、一日寝れば何とかなるでしょ。俺は軽い気持ちで、眠りについた。




 7時30分。いつもより遅い起床。やばい、朝飯はともかく弁当は作らないと。

 そうは思ったが、学校の始業が8時30分。登校時間が40分かかるから...

 仕方がない、今日はコンビニで買おう。とりあえず着替えないと。

 俺は学生服に着替えて、軽くに自宅を整えて、急いで家を出る。

 学校の最寄り駅に着いた頃には、ちょっと余裕がある時間だった。よかった、これなら走らずに済みそうだ。

 俺は歩きながら、昨日の考え事の続きを考える。

 うーん、どうやって悪魔を退治するか。人の体から出すだけ以外にも選択肢が欲しい。

 そんなことを考えながら、一日を過ごす。

 結局、妙案は思い浮かばなかった。




「お先に失礼します」

 バイト中もずっと考えていたけど、駄目だ。なんにも思いつかない。

 それでも、考えているのが楽しくてあれやこれやずっと考えている。簡単にはめげない。

 自転車に乗って、帰宅途中。突然雨が降り出す。げ...まずい。

 とりあえず駅まで自転車を飛ばして、そこで何か買ってビニール袋を手に入れよう。

 俺は駅まで自転車をこいで、大きめのタオルを買う。これくらい大きいものを買わないと、鞄が入るくらい大きいビニール袋がもらえない。今日は余計な出費が目立つな。

 90分までなら無料ないつも使っているのとは別の駐輪場に自転車を止めておいたのだけれど、その駐輪場の近くを見知った人が通る。

「...?雨なのに、しかも隣の駅なのに」

 俺はその人の後をつける。鞄を包んでいるビニール袋に雨を弾く音が聞こえる。




「もう、最悪!」

 私は学校が終わってから一日中自分の最寄り駅の周りを歩き回っていた。でも、悪魔はいない。

 あまりにもいないから隣駅まで来たのに、それでも悪魔はいない。挙句の果てには雨まで降って来るし。

 こんなはずじゃ、なかったんだけどな。

 先週もノルマが達成できなくて焦って、私は今日みたいに隣の駅まで行って、見たことのない怖い道を歩き回ったし...結局次の日簡単に見つかってぎりぎり間に合うし。

 私の能力が強い方だって聞かされて、みんなに見てほしくて、一生懸命頑張ってるのに。だれも見向きもしない。

「...やめちゃおっかな」

 でも、やめたら『退魔団』の人に町とかで出会った時に気まずいしなあ。そんな変なプレッシャーが私を『退魔団』に押し込んでいる。

 考えれば考えるほどもやもやする。

「あー、もう!」

 なんだか叫ばなければやってられなかった。バカみたいだった。

 雨に濡れながら、血眼になって悪魔が憑りついている人を探す。はっきり言って、つまらない。拓夢君の言っていたことが少しわかった。

 私は立ち止まって俯く。誰もいない路地裏だった。

「...う、うう。ひっぐ」

 涙が流れてきた。目が熱い。

 何してるんだろ、私。泣けば助かるとでも思ってるのかな。

 涙を拭って、顔を上げる。すると、私が気づいていなかったものに気が付く。

「--ぐっ!?」

 突然首を絞められる。私の目の前にはスーツ姿の男性がいた。

「...タイマシ」

「!」

 こいつ、ランク3だ!

 それにしても、なんて力。徐々に私の体が持ち上がっていく。相手のお腹を蹴るけど、全く動じない。

 鞄に手を伸ばしても、届かない。小刀を握れない。

「...!あ...う...」

 徐々に呼吸ができなくなって、意識が遠のいてくる。

 あはは...私の人生はここまでみたい。

 自分の死に際に浮かぶのは、後悔と自嘲だけ。

 もはや抵抗する力もなくなり、手足がだらんとする。

「手を離せ!」

 私が死を覚悟すると、急に解放される。と同時に目の前の男性が吹き飛ぶ。

「は、は、は」

 浅く、荒く呼吸をする。

「大丈夫ですか!?」

「は、は、はあ、はあ、」

 徐々に呼吸が深くなる。

 そして、目の前には私の顔を覗き込む男の子の顔が。

「...拓夢君?」

「そうです!大丈夫ですか!」

「...うん、何とか」

「それは良かった」

 彼が胸をなでおろしてくれる。...こんな風に心配してもらうなんて、久しぶりだな。

「ちょっと待っていてください、今悪魔を退治します」

 彼は立ち上がって、息を大きく吸い込む。

 そして、叫んだ。

「その人から出ていけ!」

 私が倒れているスーツ姿の男性に顔を向けると、その人の身体から悪魔が出てくる。

「...ジャマ、スルナ」

「消えろ」

 彼が低い声でそう言うと、悪魔が消える。これが、言霊の力なんだ。

「これで大丈夫のはずです。どこか痛むところとかあります?」

「...ううん、大丈夫」

「立てますか?」

「...手、貸してくれる?」

「はい。どうぞ」

 彼が手を差し出してくれる。その手を握ると、確かな温かみが伝わってきた。

「ありがと、もう一人で帰れるよ」

「あはは、その状態で帰ったら風邪ひいちゃいますし、何より電車の中でびしょ濡れなんて悪目立ちしたら嫌ですよね?」

「...まあ確かに」

「とりあえず駅まで行きましょう。そこでタオル渡しますから」

「...ありがとう」

 今日は彼にお礼を言ってばっかりだ。

 私は駅に行くまでの間の道で聞いてみた。

「なんで私の近くにいたの?」

「たまたま雅妃さんを見かけたからですよ。そのあとを付いて行ったら...って、これストーカーですね」

 彼が笑う。

「なんで助けてくれたの?」

「そりゃあ、困っている人がいたら助けますよ」

「...そっか」

 そこからは会話もなく、のんびりと駅まで歩く。お互いずぶ濡れだけど、私は居心地がいい。拓夢君はどう思ってるか分からないけど。

 駅に着くと、拓夢君はバスタオルを渡してくれた。

「さっき買ったばっかりなんで、俺は使ってないんで安心してください」

「君は?濡れちゃうよ?」

「俺はどうせ自転車で帰るから濡れますし。それに女の子が、その...」

「?」

 拓夢君が言いよどむ。

「えっと、あんまり濡れた服のままだと...その」

 私は自分の体を見る。そして、気が付く。

「...あはは、これは恥ずかしいな」

「ですよね?じゃあ僕はこの辺で。気を付けて帰ってください」

「あ、ちょっと待って」

「はい、何ですか?」

 そそくさと帰ろうとする彼を呼び止めて、私はできる限りの笑顔を作って言う。

「今日は本当にありがとう」

 周りに人が少しいたので恥ずかしかったけど、この人にはちゃんとお礼が言いたかった。

 すると、彼は少し微笑んで

「どういたしまして。大したことはしてないですけど」

 謙虚なのか自虐なのか、そう言い返してくれた。

「それじゃあ、またね」

「はい、お気をつけて」

 そう言い合って別れる。

 電車に揺られながら、考える。

 今日はいい一日だった、かも。




「うおおい」

 家に帰って、すぐに風呂に浸かる。あ~、気持ちいい!

 しばらく浸かっていると、今日の出来事を思い出す。

 俺が雅妃さんを助けた時。『手を離せ!』と叫んだ時。

「言霊...凄かったな」

 路地裏に小さな青い太陽ができたみたいだった。俺の口から大量の言霊が出てきて、男性を包み込んだのだ。

 そして、『消えろ』と言った時。あの時は言霊の量は普通だったのだが、言霊が光り輝いていた。

 俺はあの時怒っていた。

 もしかしたら、言霊は感情によって量や強さが変わるのかもしれない。そう考えたのは今までの経験も含めて言えることだ。

 大体言霊が出た時は緊張や焦り、恐怖を感じている時だ。逆に言霊が出ないときは、安心しきっているとき...の気がする。

 まだまだ謎なところが多いな。まあそっちの方が楽しいけど。

 分からないことを考えるのが楽しいなんて勉強でも考えられたら俺の成績はもう少し上がるはずなんだけど。

 さて、今日は長風呂にならないように早めに風呂を上がろう。身体も温まったし。

 そう思って、風呂場から出ると、頭がふらつく。おかしいな、今日はむしろ短めな風呂だったのに。

 俺はふらつく頭を押さえながら自分の部屋に入る。

 今日はもう寝よう。俺は何も考えずに体をベッドに埋めた。




 次の日、学校にて。

「おい、拓夢。保健室に行って来いよ」

「そうだよ。なんなら運んでやるよ」

「...そうしようかな」

 俺はよっぽど体調が悪そうに見えるらしい。ちょっとふらつくだけなのに。

 三時限目が終わったくらいで友達が俺に包帯するよう勧めてきた。今は昼休み。みんなに移しても悪いと思ったので俺は保健室に行くことにした。まあこれで体温がそこまで高くなかったら、みんな心配しなくて済むだろう。

 保健室に行くと、体温計を渡される。脇に挟んで待つこと数十秒。

 ピピピ、と機械音が保健室に響く。

 38.6。熱を出していた。

「あら、あなたもう帰った方がいいわよ。早退届を持ってくるから書きなさい」

「あ、はい」

 俺は流されるままに早退届を書いて、教室に荷物を取りに戻る。

「やっぱり風邪じゃねーか」

「気を付けて帰れよ」

 なんかいじられるのと心配が同時に来て、非常に照れ臭い気分になる。

「はいはい、今日はゆっくり寝ますよ。それじゃあな」

「おう、気をつけてな」

「ゲームすんなよ」

 クラスメイトの笑い声を背中に聞きながら、俺は下校を始めた。




「...ん」

 目を開くと、真っ暗だった。今何時だ?

 眼鏡をかけて、携帯電話の電源を入れる。

 21時47分。家に帰ったのが14時とかだから、結構寝たな。

 皆から連絡が来ているかもとロックを解除すると、メールが一件来ていた。雅妃さんからだ。

『タオル返したいから、いつも通りの時間に待ってるね』

「...マジかあ」

 やってしまった。なんてタイミングの悪い。

 俺はすぐに雅妃さんに電話を掛ける。

 何コールか待つと、雅妃さんが電話に出る。

「あの、もしもし」

『拓夢君?』

「はい、すみません」

『別に怒ってないよ、大丈夫』

「いや、実は今日風邪をひいてしまいまして」

『あらら。もしかして私のせい?』

「いやいや。実は以前から風邪の前兆みたいなのはあったんですよ。でもどうせ引いてないだろとかタカをくくっていたら」

『風邪を引いちゃったと』

「はい。それで雅妃さんのメールにも気づけず」

『いやいや、気づかれて起こしたらこっちが申し訳ないから。怒ってないからもう寝なさい』

「すみませんでした。それじゃあ失礼します」

『はーい、お大事に』

 通話を切って思う。意外と気にしてなかったな。でも、今度しっかり謝らないと。こういうところから人間関係が崩れるのは嫌だし。

 とりあえず、明日もバイトだ。もうひと眠りしておこう。

 俺は眼鏡をはずして、目を閉じる。

 思えば、一週間前の今日の夜。あの日からいろいろなことが起こりすぎた。確かに体は限界だったのかもしれない。

 何事もほどほどがいいのかも。でも、楽しいことをほどほどで済ませるなんて嫌だし。

 俺は悶々としながら眠りについた。




「...そっか、風邪ひいちゃったんだ」

 私は部屋で一人呟いた。

 2時間ほど待っても彼が来なかったので、事故にでもあったのではと心配していたんだけれど、大丈夫みたいでよかった。

 それにしても、相談したいことがあったんだけどなあ。まあ、それはまた今度でいっか。

 そういえば、私も能力について知ってから一週間後くらいに風邪ひいたっけ。懐かしいな。

 ...あ、れ?あれって、風邪だったのかな。

 確か私の記憶違いでなければ...

 私が能力に目覚めたのは高校1年生の秋。だからちょうど今から一年前。あの時は刺殺で対抗できる悪魔のランクは1だけだったな。でも、すぐにランク2に対抗できるようになって、『退魔団』に入っちゃって、ランク3と対抗できるようになるのは半年以上もかかったんだっけ。

 って、ノスタルジーな気分に浸っている場合じゃないや。確か、ちょうど一年前。私も風邪を引いて、学校を早退して。一回寝て起きたら大分体が軽くなってたんだけど、もう一回凄い長い時間寝て起きたら立っていられないくらい体がふらついて...

「...それから、どうなったっけ」

 思い出せない。確か、お母さんが慌てふためいて、薬を飲んだけど駄目で。病院を検討していた夜。お母さんがずっと手を握ってくれて...

 次の日起きたら全回復していたんだ。多分一日ゆっくり休まないと治らないのかもしれない。

 ふと、思った。

「明日って、彼のアルバイトの日じゃ」

 いや、体がふらついている状態で行くわけないか。

 私はできるだけ気にしないように眠った。




「...ん」

 目が覚める。今は何時だ?

 眼鏡をかけて、携帯電話の電源を入れる。13時か。俺寝すぎだろ。

 とりあえずしばらくゆっくりしたらバイトに...

 と、ベッドから立ち上がると、俺は後ろめりに倒れてしまう。今すごいめまいが来た。やばい、これはやばいぞ...!

 もう30分寝たら起きよう。俺は後ろめりに倒れた体勢のまま目を閉じた。

 ...が、眠れない。そりゃあこんだけ寝た後に眠ろうとしても難しい。

 と、携帯電話が鳴った。

 俺はすぐに電話に出る。

「もしもし」

『もしもし、拓夢君?』

「はい、俺です」

『君って今日アルバイト何時から?』

「えっと、15時からです」

『ふむふむ。ところで、今すごくつらくないかい?』

「え、いや。辛くないですよ」

 俺は心配をかけないために嘘を吐いた。正直心配されるのは苦手なんだよな。

『...ふーん。まあいいや。聞きたかったのはそれだけ。それじゃあね』

「あ、はい」

 意外とあっさりしていたな。まあ気にするところではないか。

 ...とりあえず着替えよう。この格好じゃ外も出れない。




「はあ...」

 俺は今駅の近くにあるバイト先の駐輪場にいる。

 あまりにも体調の悪そうな俺を見て、休みをくれた。確かに入店するとき千鳥足だったけど。

 ちょっと迷惑をかけちゃったかな。今度全快したら謝ろう。

 とりあえず、今は帰ろう。

 正直立っていられない。自転車をこぐのもきつい。だから俺はいつもの3,4倍の時間をかけて歩いてバイト先に向かった。もちろんその分早く家を出て。

 いつもの3,4倍の時間を歩かなきゃいけないのかと考えると気が滅入って来る。

 正直辛いけど、頑張るしかない。途中うずくまったり少し休んだりしながら足を家に進める。

「はあ、はあ」

 荒い呼吸を繰り返しながら、塀などに掴まって、ゆっくり歩く。

 やっと駅に着いた。さあまだまだ家までの道は長いぞ。

 気合を入れて歩き始める。

「きゃあああ!」

 そんな俺の耳の鼓膜に響く女性の甲高い悲鳴。声に振り向くと、私服の男性が包丁を振り回していた。持っているビニール袋から調理器具が覗いているので、買ったものだろうか?

「近づくんじゃねえ!」

 これは普通に人間の言葉を話しているし、近づくな、と言っているから、殺意はない。よってランク2以下だろう。...多分。

 俺は男性に向かってゆっくり歩み寄る。

「包丁を、離せ」

 息も絶え絶えになりながら、言葉を紡ぐ。少量の言霊が男性にまとわりつく。

 カランと、軽い金属音が響く。と、同時に俺の意識が暗転する。ついに限界が来た。俺は男性から少し離れたところで前のめりに倒れる。

「...なんだ、こいつ。折角だから...」

 俺に歩み寄って来る気配。でも、動けない。抵抗できない。

「へへ...おい!俺に近づいたらこいつを殺すぞ!」

 俺の首を掴んで、無理やり立たせて来る。そして、首筋に何かが当たっている。でも、それを気にしているほど心に余裕はない。辛すぎる。だんだん視界がぼやけてくる。家を出た時の何倍も頭がふらつく。時間が経つにつれてひどくなっていくのが分かった。

「拓夢君!」

 聞いたことがある声が遠くで聞こえる。

「へへ、近づいたらこいつが死ぬぜ」

「目的は何!」

「...そうだな、今は誰かを思いっきりぶん殴りたい気分だ。こんなかんじでな!」

 突然、体が解放され、

「ーー!」

 腹に鈍痛が響く。が、倒れることは許されない。首筋を掴まれているから、膝を地面につけて、荒く呼吸をするのがやっとだ。

「やめなさい!その人を離して!」

「おいおい、近づくなって。こいつが死ぬって言ってるだろ?」

 そう言って、俺の首筋に何かが再び押し当てられる。押し当てられた場所から何かが垂れる感覚がする。そこからようやく俺の首筋に当てられているものを理解する。

 ...やって、みるか。別に、死んでもいいや。

「おいおい...そこを切っても俺は死なないぜ?」

 俺は男性の手首を握りしめる。

「おい、なに余計なことを「殺すなら、頸動脈を切らなきゃ」

 俺は自分の首の血管に手首を持っていく。

「お、おい!何をしているんだ!」

「ここだよ。殺すならここを切らなくちゃ」

 俺は首に冷たいものが当たる感覚を感じながら言霊を使う。

「力を入れろ」

 もう目の前すら見えないほど意識が朦朧としている。

「なんで、体が...」

「もっと押し当てろ」

「いやだ...!」

 男性のセリフとは裏腹に、俺の首筋に当たる刃物の感覚はより深くなっていく。

「俺は、人を殺したくなんか...」

「...そのまま、俺の頸動脈を切れ」

「いやだああああ!」

 そして、刃物が俺の首をスライドする...寸前。

「やああああ!」

 俺の首から刃物の感覚が消えた。




「彼、バイトに行く気だ」

 私は今日の朝、『退魔団』の仲間に能力を手に入れてから一週間後に起こる風邪について聞いてみた。結果、能力が体に適合する最終過程の途中で重度の風邪と同じような症状が出るらしい。

 治す方法は、眠るだけ。特別な薬も何もいらない。ただ身体に能力が適合するのを待つだけ。

 アルバイトが始まるのが15時からって言ってたから、14時30分くらいには向こうに居よう。

 と、私の携帯電話に着信が来る。

「はい、もしもし」

『退魔団のものだが。君に確認したいことがあってね』

「なんですか?」

『君はノルマを達成したか?』

「ランク3の悪魔を退治しました」

『ふむ、嘘をついているわけではないようだ。ランク3ということなら、とりあえず今から資料を作って、郵便ポストに入れてくれ。入れたタイミングで電話をかけてほしい』

「...分かりました」

 この人の能力は、『真実の耳』とかいうやつだ。なんと、相手が嘘を言っているか分かる。これでノルマを達成したかもわかるということだ。悪魔退治にどう生かしているかは分からないけど、便利な能力みたいだ。

『伝えたいことはそれだけだ。それでは』

 そう言って相手が電話を切る。全く、この忙しい時に...!

 私は急いで資料を作った。

 結局1時間30分ほどかかってしまった。急いで駅に向かわないと!

 私は郵便ポストに資料を投函して、『退魔団』の人に電話をして、改札を通り抜ける。これならちょっと遅れるくらいで済む...。

 と思っていたけど、誤算があった。

「...あ、今日は休日か!」

 しまった。時間を確認すると、15時2分。電車が次に来るのは10分後。移動時間はほとんどかからないから、だいたい12,3分後には向こうにつくだろう。

 私がしばらくじれったい思いで電車を待つこと10分。電車に駆け込んで、扉が閉まるのを今か今かと睨みつけて、流れていく景色をスローモーションに感じながら、ようやく隣駅に着く。

 改札を走って抜けて、階段を降りる。と、目の前に早速人だかりができている。まさかとは思うけど...

 私は駆け寄って、野次馬をかき分けて、囲まれている二人を見る。

「拓夢君!」

 無理やり立たされて、首筋に包丁を押し付けられている。

「へへ、近づいたらこいつが死ぬぜ」

 気味の悪い笑顔を相手が浮かべる。下衆ね...!

「目的は何!」

「...そうだな、今は誰かを思いっきりぶん殴りたい気分だ。こんなかんじでな!」

 そう言って、拓夢君から一瞬手を離して、お腹を思いっきり殴りつける。彼は再び首を掴まれ、その場に膝を立てることしかできない。

 見ていられない!頭に血が上る。

「やめなさい!その人を離して!」

「おいおい、近づくなって。こいつが死ぬって言ってるだろ?」

 再び男性が彼に首筋に包丁を押し当てる。彼の首から血が垂れる。これじゃどうしようもない。

 どうしよう、どうしよう...私はおどおどしているだけ。

 すると、拓夢君が男性の手首をつかんだ。

 男性の戸惑う気配。お互いに会話をしているみたいだけど、声が小さくて聞こえない。

「お、おい!何をしているんだ!」

 男性が叫ぶ。彼の首の血管に包丁が当てられる。

「いやだ...!」

 男性が、怯える。彼が何かを呟く。これは!

「いやだああああ!」

 その叫び声が聞こえる一瞬前から駆け出す。距離はたいして離れていない。

「やああああ!」

 鞄から取り出した小刀を男性の心臓部に突き立てて、突き飛ばす。

 私が小刀を突き刺した部分から紫色の煙、悪魔が噴き出す。

 そして、光り輝いてゆっくりと消えていく。

 私は男性から小刀を抜く。すると、一瞬で傷口がふさがる。これが私の能力。小刀で刺した相手から悪魔を出て行かせたら、憑りつかれていた人の傷口が一瞬で塞がる。これは憑りつかれていない人でもこの刀で刺されたら、傷を治せる。完全に悪魔用なのだ。

 それを確認して、私は拓夢君を抱き起す。

「拓夢君、拓夢君!」

「...」

 返事をしない。ごめんなさい、勝手にいじっちゃうけど...

 彼が持っていた鞄の中から財布を取り出して、あるものを探す。...あった、学生証。そこに描かれている住所を携帯の地図アプリに打ち込む。...ちょっと離れてる。拓夢君を担いで走ったら、2、30分くらいかかりそう。

 それでも行かないよりはマシ。私は彼の鞄に財布を戻して、鞄二つと彼を抱え上げる。重たいけど、途中で休み休み行けば...!

 私は彼の家まで駆けだした。




「...ん」

 目を覚ますと、暗闇。もう夜か...

 と、体を起こそうと手に力を込めると、誰かに手を握られていることに気が付く。

「...誰だ?」

 俺は握られていない方の手で眼鏡をかけて、俺の手を握っている人の顔を見る。

「雅妃さん?」

「ん...」

 雅妃さんは俺のお腹を枕代わりにして眠っていた。なんともかわいい寝顔だ。

 と、今は何時だろう。そう思った時、控えめに扉が開き、電気が点く。

「...あら、起きたの」

「母さん」

 突然の明るさに目を閉じて、少しづつ目を開けると、見知った顔が扉のそばに立っていた。

「雅妃さんがあなたのこと担いできてくれたのよ。しっかり感謝なさいね」

「え、そうだったの」

「そうだったの。どう、食欲はある?」

「いや、まだない。腹が減ったら適当に食べるよ」

「そう。雅妃さんはできるだけ寝かせてあげて、もしも終電に乗れなさそうだったら起こして送ってあげなさいね」

「はいはい。分かってるよ」

 母さんが電気を消して扉を閉める。

 そっか、雅妃さんが俺のことを担いできてくれたのか...

 ちょっと反省している。俺一人で楽しんでいる分には俺が死のうがどうでもいいんだけど。俺一人で楽しんでいて、それにほかの人を巻き込んでしまうというのは、ちょっと罪悪感が募る。

 とはいっても、もう非日常に関わるな、と言われたら俺は迷わず『NO』と言うだろう。折角こんなに素晴らしい体験ができているのに手放すなんて、もったいない。

 でも、これからは他の人に迷惑が掛からない程度に楽しもう。そう思った。

 さて、雅妃さんが起きるまでの間何をしていようかな。携帯電話でもいじっていよう。音が鳴らないようにマナーモードに設定して。

 携帯電話の電源を入れると、時間が画面いっぱいに表示される。20時40分。意外と寝ていないみたいだ。

 しばらく携帯電話をいじっていると、俺のお腹で何かが動く。

「ん、...あ、拓夢君」

「おはようございます。と言っても夜ですけど」

「体の調子はどう?」

「おかげさまでかなり楽になっています」

「そっか。ならよかったよ」

 そして、しばらくの間沈黙が訪れる。...そうだ、言わなくちゃいけないことがあるんだ。

「あの、俺を担いで家まで運んでいただいたようで」

「大したことじゃないよ。君だって困った人は助けるのが当然だろう?」

「それでも、ありがとうございます」

 俺が頭を下げると、気恥ずかしいのか、話題を変えてきた。

「そういえば、こっちも鞄を...というか財布の中身を勝手に見ちゃったよ。住所を知るためとはいえ、ごめんね?」

「いえいえ、それこそ大したことじゃないですよ」

 またちょっと沈黙があって、雅妃さんが口を開く。

「君の風邪の原因は能力と体が適合する最終段階の途中で起こるものらしいんだ。だから、もうしばらく休めばすっかり良くなるはずだよ」

「そうですか、分かりました」

 そして、沈黙。こういうときって何を話せばいいんだ。

 ふと思った。

「そうだ、悪魔に憑りつかれていた人はどうしたんですか?」

「それなら、私が刺殺を使って悪魔を退治した後、傷を治したよ」

「え、どうやってですか?」

「刺殺って能力は刺した相手の傷は治せるんだ。完全に悪魔退治用なんだ」

「へえ、そうなんですね」

 また、沈黙。ちょっと気恥ずかしい空気。

「そ、そういえば、君悪魔に何をしたの?」

 雅妃さんがどもりながら聞いてくる。何をしたって..

「言霊を使っただけですよ」

「そう?実は君の意志で包丁を誘導しているように見えたから。

「ああ、あれは俺の意志ですよ」

「...」

 雅妃さんが一瞬黙る。でも、すぐに口を開いた。

「ちなみに、なんて言ったの?」

 雅妃さんが立て続けに聞いてくる。沈黙が嫌なのだろう。

「えっと、確か...『俺の頸動脈を切れ』って言いました」

「...え、な、なんで?」

 慌てたように聞いてくる。

 なんで、と聞かれると答えにくい。答えはあるけど、伝え方が分からない。

「...なんだか、いやな感覚だったんですよ。ちょうど一週間前までの自分を思い出しました」

「...」

 雅妃さんが俺の言葉の続きを待つ。

「一週間前までは、なんか、生きている意味が分からなくて。周りの人たちは部活とか頑張って、楽しそうに毎日を過ごしていて、趣味もない俺はそれを眺めているだけ。友達がうらやましかったし、妬ましかったんですよ」

「...」

 雅妃さんは黙っているだけ。

「俺が今まで何年も考えていたことは、たった1週間の楽しさじゃ忘れきれていなかったみたいで。これからも楽しいことが待っているはずなのに、死んでもいいや、なんて考えて」

「...」

「バカみたいですよね。今から、これから楽しいんだ。今死んだらもったいなさ過ぎて成仏できないですよ」

「...全くだよ。それが分かったのなら二度と死のうとなんてしないで」

「もちろんです。もう簡単に死ぬわけにはいきません」

「ふふ、ならいいんだ」

 そこからはお互いに自然な雰囲気になって、気が付けば一時間ほど話し込んでしまった。

「...それじゃあ、私はそろそろ帰るね」

「分かりました。駅まで送りますよ」

「うん、お願い」

 家を出て俺は自転車を押しながら駅まで二人で歩く。

 特に会話はない。以前までの俺だったら気まずいとか感じていたかもしれないけど、今は非常に穏やかな気分だ。

 駅について、軽く挨拶をする。

「今日は本当にありがとうございました」

「どういたしまして。それじゃあ、またね」

「はい。お気をつけて」

 俺は改札を通り、階段を下りていく雅妃さんの姿を見送って、家路につく。

 自転車をこぎながら、考えた。

 感情によって左右されているかもしれない言霊。

「これは、まだまだ謎が多いなあ」

 そうぼやきながらも俺はニコニコしていただろう。

 だって、楽しいから。




 さてさて、拓夢と雅妃の二人。それぞれがピンチに陥ってしまいました。

 人は危機的状況になると、何を考えるのでしょう。

 雅妃は自嘲と後悔。拓夢は死んでもいいと自暴自棄になりました。

 どれだけ楽しんでも、どれだけ悩んでも、結局は後悔や自暴自棄になってしまうような生き方を二人はしてきてしまったのでしょう。

 ですが、彼らは最後に後悔や自暴自棄にならないで済むようになる境遇を持っています。あとは、彼らの努力と『もう一つの要素』次第といったところでしょうか。

 努力。みなさんは努力をしている人のことをどう思いますか?

 私は勉学や運動は勿論、たとえくだらないことに一生懸命努力をしている人、なんの意味があるのかわからない努力をしている人にも好感を持ちます。

 努力って苦しいと思います。なにか物事を成功させるうえで、一番苦しくて、一番必要なことは努力だと考えていますが、口で言うのとは裏腹に、実際に努力をすることって難しいものございます。

 そんな努力すらも楽しく感じる人を天才というんでしょう。ですが、努力を楽しもうとする人もある種天才と言えるのではと思います。でも、辛い努力の先に達成感というものがあると努力も悪くないかな、と考えられる人もいるんじゃないでしょうか。その人はやらないだけで、いろいろな可能性を秘めていると思います。

 そう考えると、なんだか馬鹿らしいと思いませんか。勝手に物事の大切さだとか、くだらないとか変な理由で努力を放棄したり、努力をしている人を馬鹿にしたりする人が。なんの得にもならないだろうとかいう決めつけだけで努力を放棄したりする人が。

『生きるとは呼吸することではない。行動することだ』なんて言葉があるくらいです。努力もせず、無気力に生きているよりはくだらないことに熱中したい。そうは考えませんか?

 おっと失礼、少し話が脱線してしまいました。

 さて、二人は危機的状況の中で何か大切なものを見つけたようです。

 拓夢は、『楽しみきること』。体調が限界まで悪くなっても、首にナイフを押し付けられていても、その状況すらも楽しむことにしたようです。

 雅妃は、『後悔しないこと』。いちいち過去のことを悩むよりも、もう後悔はしないように、行動していくことにしたようです。

 それが正しいかどうかなんて誰にもわかりません。ですが、本人たちが行動して、生きていくことに文句を言う人はいないはずです。

 それでは...、っと、一つ話し忘れてしまいました。

『もう一つの要素』とは、誰かと助け合い、支え合うことです。これと努力だけで自嘲も後悔も自暴自棄にもならずに済む境遇に彼らはおかれています。

 それでは改めて、彼らの世界に入っていきましょう。




 7時。今日は日曜日だけど、少し早めに起きられた。といっても昨日あれだけ寝たら睡眠時間も短くなるというものだ。

 うーん、休日はどうも落ち着いた気分と高揚した気分が混ざって変な感じなんだよなあ。

 伸びをしながら、俺は携帯電話に手を伸ばす。今日はネットサーフィンでもしようかな。

 俺が携帯電話に体を伸ばすと、お腹が鳴る。そういえば、昨日から何も食べていないんだっけ。

 俺は着替えもせずにキッチンに向かう。なにかあるかな。

 まだ両親は起きていない。休日はいつも8時くらいに起きるはず。

 あら、意外と何もないや。コンビニにでも行って、お弁当かおにぎりでも...

 俺はさっそく部屋に戻って着替えて、家を出る。

「ふああーあ」

 俺は大きく欠伸をする。いやあ、日光が暖かくて気持ちがいい。

 もう10月に入った。朝はもう肌寒くて、日光の暖かさを一層感じられる。

 自転車にまたがって、近くのコンビニまでひとっ走り。

「いらっしゃいませ」

 そんな店員さんの声を聞きながら、早速お弁当コーナーに向かう。

 意外と朝早くからも人は結構来ているようで、店内はにぎわっていた。

 うーん、オムライスにでもしようかな。ビーフシチューのオムライスは家ではめったに作らないから、こういう時に食べておかないとな。

 オムライスと適当な飲み物を持って、レジに並ぶ。

 会計が終わり、コンビニの駐輪場の自転車の籠に食べ物を乗せて帰ろうとする。

「...お、あれは」

 そんな俺の視界に紫色の煙が入って来る。ちょっと遠いけど、追いかけてみるか。

 自転車をコンビニにおいて、悪魔を追いかけると、悪魔はふらふらと適当な場所をうろつく。何人もの人とすれ違うけど、悪魔はふらふらと漂うだけ。

 ようやく目当ての人を見つけたらしく、通りがかった女性に吸い込まれる。もしかしたら、悪魔も人を選ぶのかもしれない。

 そうは考えてみたけど、特にこの女性を選んだ理由が見つからない。別に体格も普通だし、格好も私服。小さな鞄を持っているだけ。もしかしたらその中にナイフでもあるのかな?

「うう...」

 早速豹変したようだ。でも、俺はどこか楽観視している。

「何これ...、力が...!」

 話し方も人間だ。ランクは1か2だろう。

 女性は俺の姿を見ると、近寄って来る。

「試させて...」

「?」

 俺は身構える。そんな俺に女性は拳を振りかぶる。これはなんだかまずい!

 言霊よりも先に身体を動かす。俺は大げさに横っ飛びをする。その一瞬あと、俺の顔があった位置に目にも止まらない速さの拳が通り過ぎる。あんなの喰らったらデュラハンみたいになっちまう!

 俺は言霊を使うことにした。

「動くな!」

 やはり言霊は信頼できる。女性に言霊がまとわりつくと、女性は一切動かなくなる。

「...なにこれ、動けない」

「よし、その人の体から「...なにこれ」

 すると、女性が震えだす。なんだ?

「なにこれなにこれなにこれナニナニナニ」

 様子がおかしいなんてもんじゃない、狂っている。

 俺は女性から少し離れて、様子を窺う。

「ナニ、コノ、カンジョウハ」

 女性の目の焦点が合わなくなって、喋り方もおかしくなる。なんというか、底知れないものを感じる圧力を言葉の節々から感じる。

「コロシタイ」

 今の言葉で理解した。圧力の正体を。

 殺意だ。多分こいつはランク3に進化した。

 そうと分かれば手は抜けない。幸い相手は動けないまま。あとは悪魔を身体から出してやるだけだ。

「モウ、ジャマ、サセナイ」

 今の言葉は気にかかるな。でも、もうその人の体から出て行ってもらう。

「その人の体から出ていけ」

 俺が言霊を使うと、悪魔がその人の体から出ていく。

「...モウ、ユルサナイ」

 悪魔はふわふわ浮かびながら、言葉を続ける。

「ツギニアッタラ、コロス」

「...」

 次に会ったら?俺はこいつと何回も会っているのか?

 気になることが多すぎる。なんて退屈しない日常なんだ。楽しすぎるだろおい。

 まあ、こういう時に頼るべきなのは雅妃さんだろう。

 考えていると、お腹が鳴る。そうだ、ご飯を買いに来てたんだ。

 俺はコンビニの駐輪場に戻って、帰宅した。




 13時。俺は今雅妃さんの最寄り駅にいる。

 あの後家に帰ると、雅妃さんからメールが来ていた。内容は、借りっぱなしのタオルを返したい、と。別に気にしなくてもいいのに、とは思ったけど雅妃さんに聞きたいことがあるので、13時に最寄り駅で待っています、といった内容のメールを返信した。

 さて、そろそろ来てもいいころだと思うけど...

「拓夢君」

「あ、雅妃さん。どうもです」

 俺は目の前から歩いてくる女性に挨拶をする。

「さて、立ち話もなんだから、ちょっと移動しようか」

「あ、はい」

 俺は先導する雅妃さんに付いて行く。

「いやあ、今日の目的はタオルを返すのもあるけど、君に相談したいことがあってね」

「そうだったんですか。実は俺もちょっと知りたいことがありまして」

「へえ、まあそれも落ち着いた場所で話してもらおうかな」

 そんな会話をしながら雅妃さんに付いて行くこと15分ほど。

「さあ、着いたよ」

「...ここですか」

 俺の目の前には一軒家が映っている。表札には『坂井』と書かれている。

「さあさ、入って入って」

「いいんですか?」

「もちろん。よくなかったら呼ばないよ」

「そんなもんですかね」

 俺は相槌を打ちながら、バクバクと脈打っている心臓をなだめながら雅妃さんの家に上がる。

「お邪魔します」

「はいはい、どうぞ」

 俺は癖で靴をそろえる。こういったところから信頼が生まれることもある。

「さあ、ここが私の部屋だよ」

「し、失礼します」

 雅妃さんお部屋に入る。これが女性の部屋か。と思ったけど物が少ない。そう感じるのは俺の部屋が散らかっていて、漫画やライトノベルが週十冊にパソコンもおいてあるからだろうか。なんだかアニメとかで見るよりも意外とシンプルなんだな。壁紙もピンク色じゃなくてただの白だし。

 部屋のほぼ真ん中に透明な机が置いてある。

 雅妃さんは机の対の部分に座布団を置き、俺に座るよう促す。

 俺が座って、雅妃さんも座ると、早速雅妃さんが口を開いた。

「さて、まずは私から話したいことを言ってもいいかい?」

「どうぞ」

 俺は座布団の上で正座をして雅妃さんの言葉を待つ。

「えっと、私『退魔団』を抜けようと思うんだ」

「そうなんですか。雅妃さんが決めたことなら俺は特に反対とかはしないですよ」

「ありがと。それで、抜けることを『退魔団』のお偉いさんに言ったら、『何か退魔団にとっての大きな貢献をしてくれたら君の階級を上げてあげよう。そしたら抜けるもなにも自由だ』って言われてね。なにかいい案はないかな?」

「うーん...悪魔の正体を調べたりとか、悪魔の弱点を教えたりとかですかね」

「それは私も考えたんだけど、でも私個人で調べられることはたかが知れているからね」

「そうですか...ごめんなさい、ちょっといい案が思いつかないですね」

「いや、別に気にしなくていいんだ。ただ何かいい案が思いついたら教えてくれる?」

「もちろんです。他にも困ったことがあったら言ってください」

「ふふ、ありがと。それで、君の聞きたいことって何かな?」

「あ、はい」

 俺は一呼吸おいてから口を開く。

「あの、悪魔って全部同じなんですか?」

「ううん、前にも言った通り個体差っていうのがあるから、悪魔はそれぞれ違うものだと思うよ」

「あと、悪魔って進化するんですか?」

「...うーん、それに関しては良く分かってないけど、多分進化するっていうことはないと思う。でも逆にランクを低く見せかけている悪魔ならいるかもね」

 なるほど、今朝の悪魔がランクを低く見せかけている可能性があるのか。

「実は、今朝コンビニに行ったら...」

 俺は今朝の出来事を雅妃さんに説明する。すると、雅妃さんも難しい顔をする。

「うーん、不思議だな。その話の不思議なところは2つ」

 雅妃さんが指を一本立てる。

「一つ目は、君と何回も会っている可能性がある」

 雅妃さんがもう一本指を立てる。

「もう一つは、なんでわざわざただの女性に憑りついたか」

「...気まぐれじゃないんですか?」

「ううん。そもそも最初に何人もの人とすれ違っているのに憑りつかず、よりにもよってただの女性に憑りつくのには、理由があるとは思わない?」

「...確かに。それに、自分が憑りつくことによって身体能力が向上することを知っていたら..」

「そう、油断させるために自分のランクを低く見せかけるだけでなく、女性に憑りつくことによって、君を油断させようとした」

 確かに俺はあの時楽観視していた。そこまで計算されているとしたら、とんでもない知能だ。

「どっちも不思議だな。まるで何回か君と闘ったような感じかな。成仏してない感じ」

「え」

「え?」

 俺は成仏のさせ方なんてわからないぞ。

「俺、成仏させたこと無いです。というか、言霊でどうやって成仏させるんですか?」

「...」

 雅妃さんが目をまん丸にして驚いている。

「じゃあ今までどうやって悪魔を退治してきたの?」

「え、憑りつかれた人の体から悪魔を取り出すだけですよ」

「...」

 雅妃さんが絶句している。

「えっと、もしかして駄目でした?」

「駄目というか...とりあえず理由は全部わかったよ」

 雅妃さんが咳払いをして、理由を説明してくれる。

「えっと、悪魔っていうのは完全に消すことができるんだ。それが成仏ってやつ」

「へえ」

「成仏するときは、悪魔は光り輝いてから消えるの」

「なるほど」

「でも、君は成仏させていないから、その悪魔が別の人に憑りつく。それを君が追い出して、また誰かに憑りつく。これじゃあ悪魔がどんどん学習していく」

「確かに」

「つまり、君が成仏させていないからその悪魔がどんどん強くなる」

「...」

 あれ、原因俺じゃん。

「でも収穫もあったね」

「え、なんですか?」

「悪魔にも学習能力があるということ。これは多分誰も知らなかったよ。『退魔団』にはなぜか悪魔を研究する施設もないし」

「なるほど、これで大きく『退魔団』に貢献できたんじゃないですか?」

「...確かに!ちょっと今から電話するね」

 雅妃さんが携帯電話の画面を操作する。

「もしもし、雅妃ですけど...はい、そうです。実はですね」

 そこからしばらく雅妃さんが説明する。しばらくすると、雅妃さんが声を張り上げる。

「え、本当ですか!分かりました、頑張ります!失礼します!」

 そう言い残して、雅妃さんが電話を切る。

「どうでした?」

「確かに大きな貢献だったみたい。だから、その悪魔を退治したら昇進させるから、後は自由にしろって」

「それは良かったです」

 雅妃さんが立ち上がる。

「よし、そうと決まれば早速でかけよう!」

「え、もう行くんですか?」

「当たり前でしょ!さあさ、行こう!」

 雅妃さんが今までで一番ハイテンションだ。

 俺は手を引かれながら雅妃さんの家を出た。




 さあさあ、いよいよこのお話も終わりが近づいてきました。

 あとは彼らが立った一匹の悪魔を退治するだけで、ハッピーエンドでございます。

 ですが、そう簡単にうまくいくんでしょうか?

 私たちは彼らを見守ることしかできません。

 願うのは、彼らの成功だけです。

 さあ今回の最後の闘いが始まります。




 17時。あれからかなりの時間を探し回っているけど、別の悪魔ばかり現れて、うまい具合に目的の悪魔が現れない。

「うーん、今日はいないのかな?」

「どうなんでしょう。とりあえず帰りが遅くならないようにしないとですね。目的がはっきりしていますし、別にあせらなくても大丈夫ですよ」

「そうだよね。とりあえず21時くらいまでは探すのを手伝ってもらっていい?」

「大丈夫ですよ。のんびり探しましょうか」

 さっきも言ったけど、今更焦る必要もない。

 俺たちは駅周りをウロウロする。

 結局20時50分になっても見つからなかった。今俺たちは人通りの少ない道を歩いている。

「雅妃さん、とりあえずもう駅に戻りましょう」

「...うん、今日は諦めるよ」

 雅妃さんが目に見えて気を落としている。駅に近づくと人が増えてくる。

「...ん!あれ!」

「はい?」

「あそこに悪魔がいた!あれ最後に退治しよう!」

 雅妃さんが元気に人気が少ない方へ走り出す。

「あ、一人で行動しないでください!」

 俺も急いで後を追う。

 雅妃さんのほぼ後ろを走る。意外と雅妃さん足速いな...でも、引き離されるほどではない。

 そして、ちょうど曲がり角を雅妃さんが曲がり、俺が同時に曲がろうとすると、

「...!」

 突如俺の口がふさがれる。なんだなんだ!?

 そして、そのまま後ろの首筋に衝撃が走る。瞬間、俺の意識が闇に落とされた。




「...」

 目を覚ますと、暗闇だった。どこだここ?

 俺が立ち上がろうとすると、あることに気が付く。

 口が布で、手と足が紐か何かで縛られている。なんだこれ。

 俺が無駄にもがいていると、扉が開く音がして、突如光に照らされる。

 反射的に目を瞑り、少しずつ目を開くと、見たこともない場所に見たこともない青年がいた。

 多分ここはどこかの廃墟だった。まあ確かに駅から少し離れたあの辺りは廃墟が多かった。

 そして、青年は大学生のような外見というか雰囲気というか...とにかく20歳かどうかくらいの外見だ。服装は私服。手にはナイフが握られている。

「マタアッタナ」

「...」

 俺は口がふさがれているので、返事ができない。

「イッタハズダ。ツギアッタラコロスト」

「...」

 俺は相変わらず返事ができない。

「サッソクシンデモラウ。ツギハアノオンナダ」

 青年が俺に歩み寄って来る。

 俺の首を掴んで、俺を膝立ちの体制にさせる。青年はかがんで俺の目の前に顔を持ってきて、俺を睨みつけながらナイフを首に添える。俺は今からやることが成功するか考えてドキドキする。アドレナリンがビンビン出るぜ!

「シネ」

 俺はナイフが首を滑る前に、俺は青年の顔面を頭突きする。

「グ...!」

 突然の痛みで青年がナイフを落とす。俺は素早くそれを拾って足の紐を断ち切る。高度な知能を持っていると思ったけど、こいつは経験を最大限に生かせるだけで、閃きはない様だ。なぜなら俺を後ろ手ではなく、前で手を縛ってあるからだ。

 肘と足だけで立ち上がり、ナイフを構える。いくら相手の方が身体能力が上でも、武器を持っている俺では勝てんだろ。

「...ク!」

 青年が別の部屋に逃げ出す。俺はその背中を見送った後、俺は自分の口を縛っている布を切り、自分の口を自由にする。これで言霊が使える。

「逃がすか...!」

 俺は早速青年を追いかける。手だけは縛られているので、俺はナイフを両手でつかんで開いている扉から別の部屋へ向かう。

 できるだけ足音を立てないように、そろりそろりと廃墟内をうろつく。

「オトナシクシロ!」

「いや!離して!」

 雅妃さんの声だ!あんのやろう!

 俺は声のする方へ走り出す。途中分かれ道が多かったけれど、開けっ放しの扉が俺を導いてくれた。

 そして、ある扉を通り抜けた時。

「みや「シャベルナ!」

 俺の声にかぶせるように青年が怒鳴る。思わず俺は黙る。

 目の前には首筋にナイフを当てられている雅妃さんがいた。持っているナイフは予備のものだろうか。首を絞められていて、まさに人質といった感じだ。

「クチヲヒライタラ、コノオンナヲコロス」

 その脅しは俺に一番効く。

「イイカ、ナイフヲステテ、ユックリアルイテコイ」

「...」

 俺は言う通りナイフを捨てる。カラン、と軽快な金属音が響く。

 手を縛られている状態で青年に歩み寄っていく姿は警察官から逃げ出した犯罪者のようだ。

 そして、青年の目の前で立ち止まる。

「フフ...」

 青年は気持ちの悪い笑みを浮かべる青年の前で次の指示を待つ。

 と、俺の腹に思いっきり蹴りを入れられる。

 軽く数メートル吹き飛ぶ。悪魔が憑りついているから身体能力が並みのものではないのだろう。

「ぐ、うあああ!!」

「拓夢君!...なんてことを!」

「ダマレ。コロスゾ」

 頭の中では冷静に分析しているが、痛みは確かに伝わっている。骨が折れていてもおかしくないどころか、腹に穴が空いたんじゃないかと思うくらい痛い。

「フウ、コレデキガハレタ」

 青年の満足した声が聞こえてくる中、俺は痛みに叫んでいた。

 しばらく苦しんだあと、青年が俺に言う。

「コトダマヲツカエ」

「はあ、はあ、はあ」

 俺は荒い呼吸をしながら、青年の言葉を聞く。

「ナイヨウハ、オンナニオマエヲコロサセルコト」

「そんな!ふざけないで!」

「ダマレトイッタ」

 パチン、と軽い音が響く。音から察するに、青年に平手打ちでもされたのだろう。

「ハヤクツカエ。サモナイト」

「言霊なんて使わなくていい!」

「ヤレ、オンナモコロスゾ」

 その命令には逆らえない。

 俺は口を開いた。

「雅妃さん、小刀で俺を殺してください」

「いやだ...」

 言霊が雅妃さんの体にまとわりつく。

 雅妃さんの意志とは裏腹に、俺の方へ歩み寄って来る。

「いや...」

 どんどん歩み寄って来る。

「止めて!私、いやだよ!」

「...」

 俺は反応しない。

「もう二度と死のうとなんてしないんじゃないの!?」

「...」

「何とか言ってよ!」

 と、俺の目の前で雅妃さんが立ち止まる。

「間に合うから!止めて!」

「...」

「いやああああ!」

 雅妃さんが小刀を振り下ろす。

「...俺は自暴自棄になったわけじゃありませんよ」

 俺は呟きながら、小刀を受け止めた。




「うそ、うそ...」

「ヨクヤッタ。デハキサマモシンデモラウ」

 言霊から開放された私は急いで小刀を引き抜く。

 そして、気が付く。

 後ろから青年が歩み寄って来る。

「シネ!」

 青年がナイフを後ろから突いてくる気配。

 でも、そのナイフは私には届かない。

「動くな」

 その声は青年の動きを止めた。

「オマエ、ナンデ」

 私は小刀を構えて、振り返る。

 そこには、私にナイフを突き出した形で固まっている青年がいた。

「これで俺達の勝ちですね」

「みたいだね」

「ヤメロ!」

「断るよ」

 私は青年の心臓部を貫いた。




 いやー、楽しかった!あんなピンチな状況、滅多に味わえないぞ。あそこから一気に逆転した瞬間には痛快だったな。俺もよく雅妃さんの能力を覚えていたと思う。自分で自分をほめてやるぜ!

 駅まで二人で歩いている。

 青年は人通りのあるところに運んでおいた。しばらくしたら起きて家に帰るだろう。

 携帯電話の画面を見ると、22時過ぎ。電車はまだ残っているはずだ。

「いやあ、なんとかなりましたね」

「...」

「これで雅妃さんは『退魔団』から抜けられるし、いい具合に丸く収まりましたね」

「...」

 先ほどからずっとこんな感じ。俺が声をかけても何かを考え続けて、雅妃さんはこちらを見向きもしてくれない。

「...ちょっと来てくれないかな」

「はい、どこか寄りたいところでも?」

「ちょっとだけ」

 そう言って、俺の手を引っ張って雅妃さんが人気の全くない場所に俺を連れ込む。

「どうしたんですか?」

「...」

 雅妃さんは目を潤ませながら、俺の瞳を覗き込んでくる。

「ど、どうしたんですか?」

 俺は焦りながら同じ質問をする。

 今にも泣きそうな表情をしている雅妃さんが口を開いた。

「ごめんなさい」

「え?」

 突然の謝罪にすっとんきょんな返事しかできない俺。

「私が周りに警戒しながら悪魔を追いかけていたら、君はわざわざ危ない目に遭わないで済んだのに...」

「いや、まったく気にしてないですよ」

「私が気にしてるんだよ。なのに、私は君のことを振り返りもせずに走り回って...」

「...」

「ごめんなさい、ごめんなさい...」

 謝罪を繰り返す雅妃さん。ついには涙を流し始めた。

 えっと、

「雅妃さん」

「...なに?」

 赤い瞳が俺の瞳を見据える。

「雅妃さんは何で『退魔団』を抜けたいんですか?」

「...君みたいに、悪魔退治を、非日常を楽しみたいから」

「ですよね。さっき悪魔を見つけた時どんな気持ちでした?」

「気分が舞い上がって、楽しかった。...!」

「そういうことですよ。別に俺に迷惑とか考えないでください。俺はピンチになればなるほど楽しいですし、雅妃さんはただ楽しんでくれればいいんです。楽しんだ後に悲しんでたんじゃ意味が無いですよ」

 これは少なくとも俺が思っていること。他の人には当てはまらないかもしれないけど、俺の本音だった。

「...いいの?」

 雅妃さんが上目遣いに俺の瞳を覗き込んでくる。

「何がですか?」

「君に甘えて、いいの?」

「構いませんよ。頼りないですけど」

「...」

 雅妃さんは俺の瞳をジッと覗き込んでくる。なんだか気恥ずかしい。

 俺はフォローと同時にごまかすような言葉を言った。

「それに雅妃さんがいないと俺悪魔を成仏できませんし。雅妃さんはかなり大事なんですよね」

「...!」

 すると、雅妃さんは大きく目を見開いた。

(この人は、私の望んだことを全て叶えてくれる。悩みを解決してくれる。この人は私を見てくれている、私を楽しませてくれる...)

「?」

 雅妃さんは俺の顔を見つめ続けてくる。

(なんだろう、この人を見ていると、胸が締まるような...、って、まさか私)

「!?」

 急に雅妃さんの顔が真っ赤になる。

「顔が真っ赤ですよ?どうしたんですか?風邪ですか?」

「え、あ、い、いや、何でもないよ!」

 と、雅妃さんが顔を背ける。

 風邪じゃないのか?風邪じゃないのにその反応。

 ...もしかして、俺が勘違いしちゃうような...まさか、まさかな。

「とりあえず、駅まで行きましょう?もうずいぶん帰りも遅いですし」

「う、うん。...って、拓夢君も顔が赤くない?」

「そんなことないですよ、行きましょう」

 俺が勘違いしているだけ。無理やり自分に言い聞かせて、俺は雅妃さんと一緒に駅に向かった。

「...ふふ、手、つなぎたいな」

「...」

 俺は黙って雅妃さんの手を握る。

「ふふふ...」

 雅妃さんは一層上機嫌になった。これはもう...

 いやいや、俺は非日常を楽しみたいだけ。そうなんだ...!

 でも、俺もまんざらでもない。

 これからもこの人と非日常を楽しみたい。そう思った。




 さあ、今一つの物語が終わりました。

 拓夢と雅妃はこれからも楽しい非日常を繰り広げていきます。

 ですが、彼らが楽しい非日常を繰り広げるまでの間に、様々なことに悩み、努力し、助け合い...それらは、決して楽なものではありません。

 彼らは苦労をして楽しい非日常を手に入れました。そしてこれからはその非日常をもっと楽しめるように努力していくのでしょう。

 私は最初の語りで、『願望』が叶ったらどうするべきなのかを私の考えの範囲ですが語らせていただきました。

 彼らは、私の考える最高の行動をしてくれています。感無量です。

 ですが、私がなぜ彼らに非日常を贈ったか。それは、ただ彼らに楽しんでもらいたかったからではありません。

 人間には一生の間で何かを成し遂げるように生まれてきています。

 彼らが成し遂げるのは、私を守ることです。

 これからも、彼らに期待していこうと思います。

 それでは、長くなりました。『言霊 壱』これにてお終いになります。

 ここまで私の語りに耳、もとい、目を傾けてくれた皆さん、ありがとうございました。

 語りは私『神』がお送りさせていただきました。

 それでは、またどこかでお会いしましょう。




 数日後。

 いつも通り7時に起きて、学生服に着替えて、鞄の中身を確認して...

 キッチンに移動して、朝ごはんを作って、お弁当を作って、テレビのニュースを見る。

『奇妙な事件は依然として続いています。警戒しながら生活してください』

 不謹慎だけど、まだまだ俺の楽しみは続いているようだ。それを確認して、家を出る。

 駅まで行って、電車に揺られて、学校の最寄り駅につく。

 そして学校までの一本道を歩いていると、携帯電話にメールの着信音が響く。

『今日も放課後待ってるよ!』

 雅妃さんからのメールだ。

 あの後雅妃さんは『退魔団』の中で地位を上げてもらって、そのまま権限を使って『退魔団』を抜けた。

 俺としては少しうまく行き過ぎかとも思ったけど、それくらい危険なことをしたんだ。おかしいことはない。

 余談だけど、あの出来事があった翌日から雅妃さんは今まで通りの接し方に戻った。寂しいけど俺の勘違いだったようだ。

『分かりました』

 俺は返信をして、携帯電話をポケットにしまう。と同時に友達が話しかけてくる。

「おっす、拓夢」

「おう、おはよう」

「そろそろテストだぜ?」

「ああ、大変だよなあ」

「全くだ。次はお前に負けんぞ」

「はいはい、頑張ってくれ」

 こんな会話も楽しい。学校に行ったらもっと楽しいことが待っていて、放課後も楽しいことが待っていて...

 俺はまぶしい太陽を見上げる。

 神様、こんな素晴らしい日常をありがとう。

 今日もまた、楽しい一日が始まる。


こんにちは、こんばんは、たく侍です。

さて、今回は『モーニングスター大賞』様へ応募するために1週間でこの作品を作り上げました。

1週間ということで粗や短さが目立ってしまうかもしれませんが、僕としては満足することのできる作品を作り上げられたと考えています。

さて、『言霊 壱』を作った感想としては、楽しかったです。

今回のコンセプトは日常に混じって来る非日常を楽しむ主人公を表現することでした。

なので、日常的な場面を多く入れて、そこに紛れ込んでくる非日常な場面がいい感じのギャップを作り上げてくれたのでは、と考えています。

あと、『語り部』というのをやってみたくて、この作品で取り入れてみましたが、とても難しかったです。『語り部』のキャラが途中でぶれてしまうことが私としてはちょっと心残りになりました。

作品の自評はこのあたりにします。

この作品、『言霊 壱』となっていますが、『言霊 弐』を作るかは考えていません。人気があったり、私が作りたいと思うまでは作る気はありません。というか、今回は応募しませんが、あと2作品の一冊の小説を意識したお話があるので、そちらも作っていけたらと思っています。

さて、長々とつまらないあとがきをしてしまい、失礼しました。

文章も読みにくく、高校生がただの空想で書いたものですが、少しでも『面白かった』と思っていただければこれ幸い、といったところです。

それでは、また別の作品でお会いしましょう。

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