相続人
ある男が、先日亡くなった叔父の遺産を得られることになった。叔父には子供が何人かいたのだが、遺言状には、そのすべてを男に与えると示されていたのだ。叔父は莫大な資産を持っていることで有名な人物で、当然その子供たちも遺産については期待していた。そのため、この遺言状を巡っては争いにもなったのだが、結局遺言状の効力が認められることになったのだ。男は両親をすでに亡くしており、せいぜい自分の妻子を養う程度の財産しか所有してなかったものだから、彼の人生は大きく変わることになった。しかし、叔父は生前彼に対して援助などはしたことがなかったうえに、疎遠になりつつあったほどであったため、男からしてもどこか腑に落ちないところがあった。
そこで莫大な財産の相続手続きが始まったのだが、膨大な書類の処理が必要となった。世界中ありとあらゆるところに相続するべき財産があるため、世界中の官公庁、金融機関、企業、団体などと手続きを行わなければならない。中には直接出向く必要があるものもあり、一部の遺産が男の手に実際に渡っても、それがすぐに他の手続きの諸経費に回される状態だった。財産が同時に複数の国や地方に関わっていることもあり、その場合は両方の関係機関で手続きを行う必要があった。厄介なのが、一つの機関で手続きを行ったところ、その手続きが原因で別の手続きが無効になったり、さらにもう一段階の手続きが必要になるといったことが幾度となく起こるのであった。そのため、男には手続きすればするほど手続きが増えていくようにも思われた。
やがて、自分一人では不可能であると思い、事務員を雇うようになった。彼らの給与も、手続きが完了した遺産から支払われることになり、その人数もどんどん増えていくため、結局男の実際の財産は一切増加していなかった。それどころか、手続きが進まない時期は家計を圧迫することさえあった。家族からは不満を言われることもあったが、男は壮大な将来の計画を語り納得させていた。
事務処理が始まってから十年以上が経過した。無数の手続きを行ってきたが、これからやらなければならないことも無数にあった。ここにきて問題になっていたのが、叔父が相続手続きを行っていなかったものの処理だった。というのは、叔父自体も彼の叔父にあたる人物から莫大な遺産を相続しており、その手続きが十分でなかったものがあったのだ。この場合は手続きがさらに面倒になる。男の叔父はすでに亡くなっているため、代理手続きとなる。それには戸籍情報の確認、本人確認といった手続きが必要になるため、事務量が二乗されることになった。恐ろしいことに、男の叔父の叔父さえも正式に相続していなかったものが無数にあり、さらにその先の手続き漏れが確認され、累乗された手続きが男の前に立ちはだかっていた。
それでも、今更引き下がることもできず、男は作業を進めていったが、男もついに心身ともに限界が訪れた。恐らく、男が生きている間に、この手続きを終わらせることはできないだろう。そもそも、叔父も、そのまた叔父も、手続きをすべて終えることはできなかったのだ。自分も遺言を残さなければならない。いったい誰にこの遺産を与えたものだろうか。子供たちはすでに男の手を離れ、それぞれ自立した生活を営んでいた。彼らに未来永劫続く手続きを行わせるのは、父として心が痛む。さて、誰か都合のいい者はいないだろうか?