3.新たなスタート
「それはっ…!竜の契約印ですよ!」
メイドは私の太股にある印を見てそう言った。
「何故分かるの?」
「印が竜の模様ではありませんか。では、やはりこの竜が貴女様の竜なのですね」
竜は私たちの会話に耳も傾けず悠々と空を飛んでいる。
その姿に頼もさすら感じてしまう。
「竜って喋るの?」
『さっきから黙って聞いとれば我が主人は脳みそが空っぽらしい。何だその知識の低さは。竜の知識は代々、教訓されるもの。この私を我が竜にしておきながら、何を言うか』
いきなり会話に入ってきたのは紛れもない。
メイドではなくこの竜だ。
「ご、ごめん。だって私はずっと牢屋に閉じ込められていたし」
『それは言い訳だ。何故、黙って閉じ込められていた?私からは己から牢屋に入ったように見えたぞ。全てを諦め命まで捨てようとする愚か者に竜の主人は務まらんぞっ!』
まるで私の全てを知っているような喋り方である。
思わずメイドと顔を見合わせた。
「貴方、名前はあるの?」
『寝惚けておるのか!私がお前の脳の中で問うたであろう?我が名を呼べと』
「ドレ・エール…」
どうして。
この名前がスッと出てきたんだろう?
いきなり言われて私にこんな素敵な名前が思いつく訳ないのに。
『その名は本当であったら我が主になるであろう方が私に付けようと思っていた名前だ。聞いたのだろう?ユイリから』
「ユイリ?」
知らない女の人の名前。
「ユイリ様の竜なのですか?」
「ユイリって誰?」
「シーラ姫様のお母様、つまり女王様です」
母の竜。
けど、どうして母の竜が私に?
『先程、お前の後ろに乗っている方が言ってたであろう?ユイリの遺伝だと。俺はユイリの元に転生しなかった。だから、そのまま娘であるお前へと受け継がれたのだ。兄2人には俺を受け持つ才能は備わっていない。お前だけなのだ」
ドレ・エールはそう言うと不服そうに鼻を鳴らした。
『もうすぐ隣国の境界線だ。朝になると少し騒ぎになるだろう。移動は夜中の方がスムーズだ。その森に降りるからしっかり捕まっておけ』
「分かった」
ドレ・エールは訳もなく飛んでいた訳では無さそうだった。
周りに民家は減り、自然が豊富な土地になってきた。
ドレ・エールは旋回するように徐々に高度を落とすと木が高い森の滝がある開けた地に降り立った。
『早く降りろ。それと、そこのお前』
ドレ・エールは私とメイドを降ろすとメイドを呼んだ。
「はい?」
『そのポケットに入っている物騒なものは置いていけ。持っていて安心な部分もあるかもしれないが、敵の手に渡った時の事を考えろ。早めに処分しておいた方が良い』
メイドは勢い良く頷くと、遠くに向かって毒の入った瓶を投げた。
『それでいい。1時間ほど休憩したら食料調達に行くぞ』
ドレ・エールはさっさと命令だけして地面に丸くなった。
ずっと、飛び続けていて流石に疲れていたのだろう。
メイドとクスッと笑い合うと木の幹に寄りかかって目を閉じた。
滝の音や風で木の葉が囁く様な音、全てが初めてでとても心地よい。
数分してウトウトとした頃、ふとドレ・エールが首を上げた。
『シーラ。起きろ、何かが近づいている』
「何か…って何?」
脳の中まで響く竜の声は厄介だと思いながら目を擦った。
私の耳に届くのは依然として滝の音と木の葉の音だけ。
「シーラ姫様…?どうなさいました?」
「分からない。急にドレ・エールが」
『2人とも、俺の側に来い』
ドレ・エールは完全に戦闘態勢に入った姿勢である一点を見つめていた。
「何があるの?」
『静かにしろ。聞こえなくなる』
ドレ・エールの一喝で口を閉じ、彼と同じ方向を向いた。
そして微かに土を蹴る足音が私の耳にも入ってきた。
「何?」
『馬だ。人間が1人乗っている』
その足音は段々と大きくなっていき、遂に私たちの前にその姿を現した。
「っ、何者だ!!」
林の間からは茶色い馬に乗った男の人が剣を振りかざし、立っていた。
「貴方は誰?」
「それはコチラの質問だ。貴様ら何者だ!どうしてこんな森の中にいる?」
『とても怯えている。神経を逆撫ですると逆に襲ってくるぞ。気をつけろ』
ドレ・エールからの忠告を聞き、私はその男の人に向き直った。
「私たちはジニオン国の者よ。訳あって今は旅をしているの。貴方は誰?」
「私はっ…!人を探している。尋ねたいのだが、ここは今どの辺りだ?」
男の人は安心したのか振りかざしていた剣を腰に閉まった。
「ここはジニオン国とヴァーナ国の境目よ。探している人はどこにいるの?」
「ヴァーナだ。その、親切にどうもありがとう。先程の、無礼な態度は許して欲しい」
彼は馬から降りると被っていた帽子を外し、お辞儀をした。
「いえ。見つかると良いわね」
「あぁ。ありがとう。ところで尋ねたいのだが、何故竜がいるんだ?」
竜に見慣れていないのか驚いたような表情のままドレ・エールを仰ぎ見た。
「理由を話すと長くなるの。ヴァーナ国だったらこのままコッチに進めば着くと思うわ」
「あぁ。なあ、提案だがもし良ければだが君たちもヴァーナまで行くんだろ?ご一緒してもいいか?」
男の人からの想わぬ申し出に私はメイドとドレ・エールを見た。
『悪い奴には見えん。いいんじゃないか?』
「えぇ。何かと役立つでしょう」
「えぇ。良いわ」
彼の名はリースと言った。
自分とメイド、ドレ・エールの事を紹介するとリースはドレ・エールに興味津々だった。
「とても美しい竜だな。鱗は金色で瞳は青色とは。神々しい」
『褒められるのは悪い気はしないな』
ドレ・エールは満足そうな表情をした。
どうやらリースにはドレ・エールの声は届いていないらしい。
「少し聞いてもいいか?」
「何?」
「先程、訳あって旅をしていると申していたが、シーラよ。君のその格好のままで町を歩くのはお勧めしかねる」
彼は少し目線を背けながらそう言った。
その言葉に下を向けば、未だボロボロの服を纏っていたことに気づいた。
「っ!」
恥ずかしさのあまり体を隠すように屈み込んだ。