2´.竜の契約印
そして遂にその日が来た。
真夜中。
最後の見張りも終わり、辺りも静寂に包まれた頃。
牢屋の入口の扉がコソリと音をたてて開いた。
「シーラ姫様。起きていますか?」
「勿論よ。さぁ、早く」
もう縛られなくていい。
本当の意味での光の楽園へ私は行ける。
来世はこんな差別も無い素敵な国に生まれたい。
貧しくても良い。
両親がいなくても良い。
日に当たり毎日がめまぐるしく過ぎるような、そんな生活が送りたい。
「今までありがとう。貴女には本当に世話になったわ」
「はい。また天国でお会いしましょう」
メイドはそう言うと小さな瓶をポケットから取り出した。
「それは?」
「毒です。いずれ、シーラ姫様がご結婚され、ここからいなくなられたら死ぬつもりでした。貴女様とご一緒できるなんて感激でございます。貴女様が絶えたのを確認次第、ご一緒させていただいて宜しいですか?」
もう、彼女は覚悟が出来ているようだった。
「勿論よ。こんな姫でゴメンなさい」
「いいえ。貴女様にお仕え出来たことは私の誇りでございます」
私はニッコリと笑って剣を持った。
少しはメイドのおかげで幸せだったのかもしれない。
そう思うと少し悲しい。
頬に涙が流れるのを感じながら一気にお腹に向かって刃先を差し込んだ。
『シーラ…』
バタリと自分の体が横に倒れたのが分かった。
その刹那、頭に響くのは誰の声でも無い声。
深く低く美しいその声を私は知っているのに。
『シーラ…。我が名を呼べ』
「だ、れ…?」
遠くでメイドが私の体を揺すっているのが分かった。
何で?
死ぬのだから生きているかどうかなんて確認しなくて良いのに。
『早く。我が名を呼べ。シーラ』
「お前の名は…ドレ・エール…」
深みのある青色の瞳に金色の鱗。
その体はどの竜よりも大きく逞しい。
私の兄弟……。
「シーラ姫様!」
「っ!何、どうしたの?」
目を開ければ涙で濡れたメイドの顔が私を向かえた。
もう天国まで来たのだろうか。
「シーラ姫様。早く、これに乗りましょう。そうすれば脱出できます!」
メイドが指差した先には度肝を抜かれる物があった。
先程、夢の中に出てきた竜がそこに鎮座していたのだった。
「どうして、ドラゴンなんて…」
「訳は良いですから取り敢えず乗ってください」
メイドに引きずられるように、竜の背に乗ると竜はグッと足に力を入れた。
「姫様!頭を下げてください!!」
メイドは抱え込むように後ろから覆いかぶさると、その瞬間牢屋の壁を竜がぶち破った。
「っ!!!」
凄まじい大音量に思わず顔をしかめた。
「大丈夫?」
後ろを見ればメイドは傷一つ負っていなかった。
そして私は次の瞬間、外の世界に目を奪われた。
夜の街は明日を待ち静かに眠っている。
逆に空は宝石のように光輝き私たちを向かえた。
「うわぁー…綺麗」
「左様ですね。本当に」
竜は城が小さくなるまで空へと近づいた。
「ねぇ。どうして、こんな不思議な事が?私はどうして怪我をしていないの?どうして竜なんかがあんな所に?」
「私にも何が何だか。貴女様がナイフでご自身を貫かれたのは確認いたしました。その後、急に貴女様の体が金色の光に包まれたのです。私は何度もシーラ姫様の名前を呼びました。そして気が付いたら姫様の傍らに生まれたての子竜が。その竜は貴女様が目覚められる間にグングンと成長され、ここまでの大きさに」
もう大人2、3人を乗せて飛べそうなほど大きな竜である。
「そのご様子は、メイラ様のご成人と似ておりました」
「兄上の?」
長男の兄の乳母を任されていたのもこのメイドだったと聞く。
ならメイラ兄様の成人を見ていたとしても変ではない。
この国の男子は皆、体のどこかに竜の契約印を宿している。
そして17歳になった暁には己の兄弟になる竜が現れるそうだ。
「私は契約印を持っていないわ。そもそも女子で契約印を持つ者が産まれるの?」
「はい。今は亡き女王様はそうだったと聞きますがお体の具合が悪く、成人しても竜は現れなかったそうです。もしかすると女王様の遺伝がシーラ姫様に流れていても不思議ではございません」
しかし、極少数で酷い所は契約印を持つ女子が産まれたら殺す所もあるそうだ。
「もしかして、契約印ってこれ?兄上のと少し違うから家の家紋かと思ってたんだけど」
そう言って私は太股の上にかかる服を捲った。