冗談
……これは、記憶?
巧真はゆっくりと目を開ける。窓から光が射し込んでいた。もう朝のようだ。
腹部に違和を覚え、布団を捲ると、ユリが抱き付いたまま寝息を立てていた。左の側頭部辺りには白い百合の髪飾りがついている。青い瞳は閉じられていて、今は窺い知ることはできなかった。
……あれはユリだったのだろうか?
巧真は脳に貼り付いた少女の顔を白い天井に映し出す。
容貌は確かにユリだ。しかし、瞳の色が違っていた。短期間、それどこか、一生の間で瞳の色が変化するなんてありえないだろう。それに、ユリが四月の時点で青い瞳だったことは学生証の写真が証明している。
別人? それとも、ユリは双子だったのだろうか。いや、もっと簡単なところで考えると、ユリの瞳はカラーコンタクトなのではないだろうか。しかし、そうだとすると、ユリはどうして記憶の中の時間、カラーコンタクトを外していたのだろうか? 外さなければならない理由があったのか、はたまたカラーコンタクトではないのか……。
巧真はそこで今までの考えを否定するように首を振る。
一番あり得る可能性を考えていない。いや、本能的に考えないようにしていると言ったほうがいい。
巧真がユリの柔らかい髪を撫でると、ユリはくすぐったそうに微笑んだ。
青目。
同級生を殺した化け物。
もしかすると、ユリはあいつらの仲間で、油断した隙に能力を奪う気なのではないだろうか。例えば、今こうやって抱き付くことで能力を吸い取ることができるとか――
そこで巧真は自分の身体が震えていることに気付いた。ユリに対する恐怖からではない。ユリを疑う自分が恐ろしくなったのだ。
もうやめよう。
巧真は一度目を閉じ、深呼吸してから開く。
窓から射し込む光の角度が少し大きくなっていた。もうそろそろ起きなければいけない。しかし、そのためにはユリを起こさなければ……。
手で肩を揺さぶると、ユリはごにょごにょと言う。起きる気配はない。脇に手を入れ、くすぐると、飛び起きた。
青い瞳で巧真を睨みつけ、黒髪を逆立てるその姿はまるで、縄張りに入って来た敵を威嚇する猫のようだった。
「起きなかったユリが悪いんだからな」
「だからってくすぐらなくたっていいじゃないですかッ」
どうやらくすぐられるのが相当嫌いなようだ。
「ごめんごめん。もうしないからさ」
言いながら巧真は、謝るべきは自分なのか? と思った。そもそもはユリが抱き付いていたのが悪いのだろう。
「……じゃあ、お詫びとして今日は私の言うことを聞いてください」
「内容による」
お詫びをするべきはユリのほうなのだが、「私の言うことを聞いてください」という言葉の響きがよかったので巧真は受け入れることにした。
「では、今日は握手会に行きましょう」
「握手会?」
「そうです! 愛子ちゃんの握手会です」
「愛子ちゃん? ……ああ。かなでさんか」
「そうです! 愛子ちゃんの中の人!」
「中って言うな」
「愛子ちゃんって聞いて、すぐにかなでさんだってわかったくせに」
「そりゃ俺は、そのくらいわかるほどには大人だからな」
「愛子ちゃんのポスターにキスしているのに?」
「してない」
「愛子ちゃんのポスターに話しかけているのに?」
「話しかけてない」
「愛子ちゃんのポスターにご飯あげているのに?」
「あげてない」
「愛子ちゃん――」
「愛子ちゃんいじめるのやめてくれないかなッ」
「私がいじめているのは愛子ちゃんではなく、巧真さんですよ? ……ああ。『俺と愛子ちゃんは相思相愛だ』パターンですか」
「もうやめて……」
巧真は精神的に全治二週間のダメージを受けた。
「私、冗談が好きなんです」
冗談の威力が物凄いことを知った巧真だった。




