夜中
*
巧真は目を覚ました。窓の外の世界はまだ暗い。上半身を起こす。目が重く、泣きすぎたせいか頭が痛んだ。
「ユリ……?」
巧真は、ベッドの横、丸机の前で正座しているユリに目を向ける。
ユリは月の光を頼りにしてノートに何か書いていた。
「あっ。起きましたか」
ユリが隠すようにノートを閉じたので、巧真は少し訝しんだ。だが、もしかしたら、組織に関することなのかもしれないので、巧真はそれについて何も訊かなかった。
「今何時?」
いつから寝てしまっていたのか――そもそもユリはどうやってここまで巧真を運んだのだろうか? 巧真の記憶の隅にユリに背負われている光景があったが、ユリが巧真を背負えるわけがなかった。うん。
巧真は途端に恥ずかしくなってくる。一体、周りからどんな目で見られていたのだろうか。
「今は……十一時四十五分ですよ」
ユリは愛子ちゃんが指し示す数字を見てそう言う。
十一時四十五分。ということは、あと五分経てば日付が変わるはずだった。
巧真は愛子ちゃん――時計を見つめ続ける。
巧真はどうしても確かめたかった。本当に一日の時間が減っているのか、本当に世界は終わろうとしているのか、を。何もユリの言葉をまだ信じていないわけではない。ただ、この目でちゃんと見たかったのだ。
そして、午後十一時五十分――しかし、時計はその時刻を刻まなかった。十のところにあるはずの長針と十一にあったはずの短針はいつの間にか十二を指していた。
十二月二十二日。その日は、十分早く訪れた。
巧真の口からは思わず溜め息が漏れていた。その息は部屋の暖かさに溶かされ、消える。
巧真は寝転び、呆然と白い天井を見つめる。眠気はない。だけど、これから特にすることもなかった。
……眠れるだろうか?
巧真のそんな心配を余所に、ユリは布団に潜り込んでくる。布団から出たユリの顔が思いの外近くにあって、巧真はどきりとする。ぷるんとした唇が動いた。
「例え世界が終わることになっても、最期まで私は巧真さんの横にいますから」
あまりにも唐突すぎて、心の準備ができていなかった巧真の顔は茹でたように真っ赤になっていた。
「あっ。巧真さん照れてる」
「照れてねえよ。布団が暑かっただけ」
ユリと目を合わせていると更に頬が紅潮してきた。この状況を誤魔化すために巧真は、「というより」と口を開く。
「そうなる前に原因を特定しろよ」
そうでした、とユリは舌を出す。
その姿があまりにも愛らしくて、巧真はユリのことを抱きしめたくなる。ずっと傍にいたい。もっとユリのことを知りたい……。
「なあ」
「はい?」
好きだよ。そう言いたかった。言えば、きっと巧真の気持ちは絶頂に達する。だけど、その言葉は喉の奥で詰まった。
ふいに蘇る同級生の死体。
今、とても幸せだ。だけど、これ以上幸せになっていいのだろうか? これ以上幸せになる権利があるのだろうか?
首を傾げるユリに巧真は、「なんでもない」と告げた。
尚も不思議そうに青い目を丸めるユリの頭を撫でる。
「なんでもないよ」
もう一度言う。ユリはしばらく不思議そうにしていたが、やがて目がとろんとした。
「おやすみなさ……い」
寝息が聞こえたので、巧真は頭を撫でる手を止める。別にユリを寝かせようと思って頭を撫でたわけではないのだが、どうやら相当安心したらしい。
巧真はユリの長い黒髪をなぞるように撫でてから、手を放す。
「幸せ……か」
言葉が漏れていた。記憶の端には、まるで靴についた汚れのように同級生の死体がべったりと貼り付いている。
……そう。汚れ。
今日起きた出来事は、汚れだ。布で拭い去るように、忘れ去らなければならない。
そこで巧真ははっと気づく。今、自分は何と恐ろしいことを考えていたのか。
きっと疲れているのだろう。眠れば、身体だけでなく、気分も改善する。
巧真は目を瞑った。
星一つない夜空のような暗闇にユリの顔が浮かび上がる。目を閉じていて、まるで今のユリの写真を暗幕に投映したかのようだった。
シャンプーの甘い匂いが漂ってきて、巧真の眠気を誘った。そして、すぐに巧真は夢の世界に落ちる。




