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青い目  作者: 黒糖パン
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偽善

「えっ?」

 直後、頭上が光ったかと思うと、ユリがもたれかかっていた電灯が倒れてくる。巧真がユリを抱き留めて地面を転がると、さきほどまで二人がいた場所に電灯が倒れた。

 二人は立ち上がり、校庭を見据える。そして、立ち昇る粉塵の中に傘を構える少女の姿を認めた。砂嵐が止むと、だんだんと少女の姿が鮮明に見えてくる。

 額から血が流れ、ロリータ服は砂ぼこりで清楚さを失っていた。しかし、以前少女の無表情は変わっていない。陶器のような顔についた二つの青い宝石は、巧真を真っ直ぐに見つめている。

 二人は立ち上がり、少女と対峙する。回転草のように、小さな砂嵐が舞った。

 乾いた発砲音が三発。それを皮切りに巧真は地面を蹴る。さっきほどの力を出せる自信はなかったが、傘を蹴散らすことくらいはできるのではないだろうかと考えていた。だが、その考えが甘かったことを巧真はすぐに理解する。

 弾丸を防ぐと思われた傘が、被弾する直前に普通とは真逆に閉じ、まるで食虫植物が獲物を食う時のように弾丸を吸い込み、ゴミでも食べてしまったかのように吐き出したのだ。回避しようと思った時にはもう手遅れだった。

 一発が巧真の肩を貫き、残り二発が腹部に埋まる。巧真はその場に崩れ落ち、腹部を両手で強く押さえた。手から溢れた血が地面に血だまりを作る。

 ユリの叫び声が聞こえたが、気にしている場合ではなかった。

  どうして治らないのだろう?

 巧真は思考した。

 巧真の能力は、願いを実現することだ。つまり、傷が治らないということは、巧真が望んでいないということになる。

今、願っていることは何だ?

巧真は顔をしかめながら少女を見つめる。青い目はまるで巧真を見下しているようだった。

 そして、巧真は気付く。巧真が今願っているのは、少女の死だ。

 ユリが駆け寄ってきた。

 ユリの目から零れ落ちた涙が巧真の頬にかかる。冷たい。雨のようだった。

「ちから……」

少女は傘を上に向ける。開いた傘の先端から黄色い筋が飛翔し、傘のように開いたかと思うと次の瞬間には雨のように降ってきていた。

ユリは気付いていない。

今動かなければ、二人共焼け死ぬのだろう。

反射的に――あるいは能力によって、巧真の身体は動いていた。

立ち上がり、驚くユリを無視して地面を蹴り上げる。

傘で雨を凌ごうとしていた少女は、もの凄い速さで迫ってくる巧真に傘を向けることができない。おそらく、巧真の行動が少女の予想の範疇外だったのだ。

 ――初めて、少女の表情が変わった。

 驚愕に目を見開く少女の左胸に巧真は手刀を押し込む。ぬめりという感触と共に巧真の手は少女の体内へと吸い寄せられていった。巧真の腕の周りで鼓動していた心臓の動きが止まった。血を吐き出す少女。その血が、妄想ではないことを知らせる雨となって巧真に降り注ぐ。少女の手から傘が滑り落ち、少女の身体は糸が切れた操り人形のように垂れ下がる。

 巧真は勝った。しかし、巧真の賭けはここからだった。もし、今降り注ごうとしている黄色の雨が少女の生命の消滅と共に消えなければ、巧真とユリの生命はないだろう。

 巧真は少女を胸に抱きながら天を仰ぐ。

 巧真の目、一ミリメートル手前で黄色い粒は止まっていた。瞬きすれば瞼に当たってしまいそうで、巧真はぴくりとも動けない。固唾を呑む中、黄色い粒たちは色を失くし、消えた。

 巧真は少女を地面に寝かせる。

「私、足引っ張ってばかりですね」

 ユリの声は悲しそうだった。組織の人間として巧真の役に立てていないことが不甲斐ないのだろうか? それとも……。

「ユリがいなきゃ、勝てなかったよ」

 巧真は振り返って言った。ユリの青い瞳の周りが充血で赤くなっていて、巧真は何だか笑いそうになった。

「私じゃなかったら惚れてますよ」

「お前も惚れろよ」

 巧真がツッコむとユリはくすくすと笑う。ああ、本当によかった。と巧真は思った。

 巧真は立ち上がり、ユリに手を差し伸べる。ユリは微笑んでその手を取った。

 冬の冷たい風が吹き、校庭の砂を巻き上げる。少女は砂に弄ばれ、そこには元から何もなかったかのように消えた。

 校舎の外壁は崩れ、瓦礫で崩壊した教室をさらけ出していた。今も尚立ち昇る煙は曇り空に届く前に霧散していた。遠くから消防車の音が聞こえてくる。

「なあユリ。これからどうなるんだろう」

 例え少女がやったことだとしても、少女が狙っていたのは巧真だ。つまり、巧真のせいで同級生が死んだ。これからも、巧真の周りで人が死ぬんだろうか? そして、その度に巧真は罪の意識に苛まれることになる。果たして、巧真はそれに耐えられるのだろうか?

 そんな不安から生まれた質問だった。

「これからどれだけの人が死ぬのか、それはわかりません。だけど、巧真さんはできるだけ多くの生命(いのち)を救ってください。それが、巧真さんの使命です。もちろん、私も全力でサポートします」

 それがユリの精一杯の励ましだったのだろう。だが、巧真はその言葉を素直に受け入れられるほど、できた人間ではなかった。

「救う? あいつらは俺のせいで死んだんだぞ。俺がいなければ、死んでなかった。救うだなんてそんなの――」

「偽善、ですか?」

 頷いた時に落ちた透明な粒が砂の色を黒く変え、巧真は自分が泣いているのだと気付いた。

 ユリは呆れたように大きく溜め息を吐いた。「巧真さんのせいじゃありませんから偽善じゃないです」といったような慰めが来ると巧真は予期した。しかし、ユリが発した言葉はそれとはまったく違う言葉だった。

「偽善で何が悪いんですか?」

 巧真ははっとする。

「例え偽善だとしても、目の前にある生命は救えばいいんです。救って救って救って、それから失った生命に絶望してください。その時は私が傍で慰めてあげますから。ね?」

 ユリの笑顔が巧真の中にあった線を切った。目尻が熱くなり、澎湃と涙が溢れてくる。

 崩れ落ちそうになった巧真をユリは抱き留め、頭を撫でる。ユリの肩にうずまった巧真はただただ泣き続けた。

 曇天に轟くのは、巧真の慟哭。それに痺れを切らしたのか、はたまたうるさいと注意をしに来たのか、雲の隙間から太陽が覗いた。


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