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青い目  作者: 黒糖パン
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 十二月二十一日、午前八時二十分。


「見惚れてます?」

 女子と一緒に登校。確かに萌えるシチュエーションではあった。それに、ユリの制服姿は皮肉なほどに可愛い。特に赤いチェックのスカートから伸びる白い肌なんてもう……。

 ユリの術中にはまってしまいそうなので、巧真は思考を断ち切る。

「見惚れてない」

 河川敷を歩く二人に吹き付けた冷たい風は、地面に落ちた枯葉を巻き上げ、ユリの長い黒髪を乱雑に揺らす。その姿はそれだけで絵画になってしまいそうなほどの美しさだった。

 スポーツウェアを着た男性は遥か遠くを走っている。近くに学生の姿もない。この姿を見たのが自分一人だけだと思うと、気持ちが高ぶった。

「ですよねえ。だって、巧真さんは二次元にしか思いを馳せることができない繊細な男の子なんですから」

「馬鹿にしてんのか」

 ユリは満面の笑みで頷く。殴ってやろうか。

 その後もユリにいじり倒され、学校に着くころには巧真の精神は疲れ果てていた――ということはなく、むしろ正反対で、だんだんとユリの「いじり」に慣れてきていた。案外、巧真は適応力が高いのかもしれない。

 まあ、だからと言ってユリの「いじり」がなくなるわけではないのだが……。

ユリの真骨頂を巧真が垣間見るのは、結構すぐである。



 ユリと巧真が話しながら教室に入って来たことに、教室中が驚いた。男子生徒は巧真とユリを交互に見てあんぐりと口を開け、女子生徒はユリと巧真を見て目を見開いていた。

「朝ご飯おいしかったです」

「そりゃどうも」

「また作ってくださいね。ハート」

「自分でハートって言うな。表情に出せ」

「私、クールな女なのでそんな器用なことできないんです。涙」

「はいはい。冗談はやめろ」

「私、冗談が好きなんです」

 まるで知己のように話す二人を見て、教室中の疑問符が増加する。それもそうだろう。だって、昨日まで一切話していなかった二人が仲睦まじくしているのだ。疑問に思っても仕方がない。

「二人はどういう関係なの?」

 女子生徒の誰かが訊いた。

「恋人です」

「おい馬鹿! 何言ってんだッ」

「どうしたんですか? まさか照れてるんですか?」

「嘘を教えるなって言ってんだよ!」

「嘘なんて教えてないですよ。だって、昨日一緒に寝たじゃないですか」

「お前の脳内では一緒に寝たら付き合ってるってことになるのかッ」

「皆さん、私と一緒に寝たことは認めるみたいですよ」

 ユリはにやつく口を手で隠しながらそう言った。

 一同は静まり返り、巧真に目線を向ける。男子生徒の目は恨みに満ちていて、女子生徒の目は蔑みに溢れていた。つまり、巧真の楽しい楽しい学校生活は終わったのである。

 巧真はふいに頭痛を感じ、周りの目を無視して自席に座った。

 ユリはなぜか巧真の横の席に座る。巧真は横目でユリの髪についた百合の髪飾りを見ながら盛大な溜め息を吐いた。



 四時限目の授業が終わり、空腹に殺されそうだった巧真はユリと食堂に来ていた。食堂に入ると、カレーライスの匂いが鼻をくすぐり、巧真に追い打ちをかけていた。販売機で食券を買い、白いエプロンを着た食堂のおばちゃんに渡す。

「巧真さんは何食べるんですか?」

 巧真と同様、おばちゃんに食券を渡したユリは巧真がカウンターに置いていた半券を覗き込んでくる。

「かつ丼。ユリは?」

「私はおにぎりです」

「小食なんだな」

「演じてます」

「自分で言うな」

「だって朝を思い出してください。私、いっぱい食べていたでしょう?」

 ユリは朝、巧真が作った卵焼きと味噌汁、それにご飯二杯を食べていた。決して大食いではないが、おにぎり一つと比べればかなりの差だろう。

「じゃあ俺の前で演じる必要ないじゃないか」

「周りの目がありますから。知ってました? 私ってミスコンで一位に選ばれたんですよ?」

「知らん」

 ユリが隣の席だったことを今日知った巧真が知っているわけがないし、そもそも巧真は文化祭の日、ずっと漫研に入り浸っていた。

 何を怒っているのか、むーっと膨れるユリを横目に巧真はおばちゃんからかつ丼とおにぎりを受け取り、近くの席に座る。ユリは尚も頬を膨らませながら巧真の向かいに座った。

「そもそも、ミスコンを取った人が俺なんかとつるんでていいわけ?」

 身じろぎすると、プラスチックの椅子が少し動き、コンクリートの白い床と擦れて耳障りな音が鳴った。

「だって任務ですから」

 ここで、彼氏ですから。と冗談を言わないということは、やはり巧真はユリの機嫌を損ねてしまったらしい。どうしようかと考えながら、巧真は湯気の立ったかつ丼に箸をつける。口に運んで咀嚼しても、味が薄く感じた。

 ユリは斜め下を向きながらおにぎりを齧っている。巧真がミスコンのことを知らなかったことがそんなにショックだったのだろうか?

「かつ丼食べるか?」

「いいです。もうお腹いっぱいですから」

 唇を尖らせながらすねるユリに巧真は呆れ通り越して怒りを覚えていた。

「なあユリ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」

 少しキレ気味だった巧真の口調に気付いたのか、ユリは顔を上げ、巧真と目を合わせる。ユリの青い瞳からは透明の液体が流れ出していた。ユリの頬を這い、やがてそれはおにぎりに落ちる。

「私にミスコンに出るように言ってくれたのは、巧真さんなんですよ? 覚えていませんか?」

 突然の涙に狼狽していた巧真は、さらに驚かされる。

「俺が……?」

 ユリとはアパートの前で初めて話したと思っていた巧真にとって、それはあまりにも意外な事実だった。

 ユリは弱々しく頷く。

 周りにいた人々の視線が集まっていたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

「いつ?」

「七月の初めでした。その時、色々な話をしたんです。私は、忘れていません」

 どうして忘れていた? いや、今も思い出すことができない。では、どうして忘れたんだ?

 巧真は記憶を探り、七月初期のことを思い出そうとする。

 その時期は『魔法少女はいない』の放送が始まった時期だ。そして、クラス中にオタクということを知られ、今のキャラがクラスに定着したのだ。――いや、そんなことはどうでもいい。というより、どうして肝心なことを思い出せない?

 そこに大切なものがあるとわかっているのになぜか思い出せない。まるで、何かがつっかえて開かない引き出しタンスのようだった。

「……ごめん、思い出せないんだ」

 巧真の言葉にユリは何度も首を振る。

「いいんです。私の中にあれば、それでいいんです」

 こんな時、何と言ったらいいのか、巧真にはわからなかった。だから、何も考えずにただただ自分の思ったことを口にする。

「ありがとう。ずっと俺のこと見てくれてたんだな」

 少しキザだっただろうか? しかし、これが巧真の本心だ。

 ユリはニヤニヤしていた。さっきまであったはずの涙は跡形もなく消えている。

 ……ん? まさか……?

「嘘だったのか?」

「今の話は嘘じゃありません。ただ、巧真さんが私のこと憶えていないのは知っていました。だから、涙は嘘です」

「嘘なんかいッ」

「私、冗談が好きなんです。ただ、今回のはちょっとやりすぎましたね。反省してます」

 本当に反省してください。と巧真は本気で願い、同時に女性の怖さを思い知った。

 ただ、それでも許してしまうのは、巧真の甘いところだ。

 ユリは、涙(偽物)で濡れたおにぎりを微笑みながら頬張っていた。その姿を可愛いと思ってしまうのも、巧真の甘いところだ。

「かつ丼、もらってもいいですか?」

「ああ」

 やっぱり足りなかったようだ。

「あーんしてください」

「い、や、だ」

「むー。また泣きますよ?」

「反省したんだろ?」

 結局、ユリが折れた。ユリは不満そうに上目使いで巧真を見ながらかつ丼を食べていた。

 例え上目使いで誘惑されようと、『あーん』なるものをしてもらってうれしそうに食べるユリを見たかろうと、もう巧真は騙されない。

 巧真はユリがかつ丼を食べている間、わざと目を逸らした。

 ユリが残りのかつ丼を全て食べていたのは言うまでもない。


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