ベッド
背中が温かい。それは布団の暖かさやエアコンの熱風とは明らかに違っていた。
巧真の鼻をいい匂いがくすぐった。それに、さっきから巧真の心は悪戯心にくすぐられていた。頭がおかしくなり、笑い出してしまいそうだ。
「私のほうには向かないでくださいね」
満面の笑みでそう言い、ユリは巧真と同じ布団に入った。どうしてここまで人のパーソナルスペースに簡単に入り込めるのか……? しかし、巧真は不思議と嫌ではなかった。ユリになら、胸中に入るのを許せる気がした。
ユリから甘い匂いが漂ってくる。巧真の家でお風呂に入ったので、シャンプーは同じはずだった。しかし、この匂いは明らかに巧真とは違っている。何と言うか、「女の子」の匂いだった。もしかしたらこれは、ユリが用意周到に持ってきていたパジャマの柔軟剤の匂いなのかもしれない。
もうそんなことがどうでもよくなるほど、巧真の頭は沸騰寸前だった。
普段からこのようなシチュエーションは夢見てきていた。しかし、実際に起こってしまうと現実から逃げたくなるほど不甲斐なさが巧真を襲った。
巧真は一度周りの空気を吸い、深呼吸する。しかし、ユリから漂う匂いを吸ってしまい、逆効果となった。こんなことでドキドキしているから童貞なんだとユリに罵られそうだが、だからと言ってどうにかなる状況ではなかった。
ごめんなさい。
巧真はなぜか心の中で謝る。
寝ることに集中しようと目を閉じると、エアコンの稼働音が聞こえた。ユリの寝息は聞こえない。おそらく、寝ずに笑っているのだろう。
しかし、逆にそれが巧真にとって命拾いとなった。ユリの寝息が聞こえていたら巧真の倫理は完全に崩壊していただろう。そして、天国行きだ。
「なあユリ。一つ質問していいか?」
「いいですよ」
やはり、寝ていなかった。
「階段を駆け上ろうとした時、幻覚みたいなのが見えて、男が目の前に現れたんだ。あれも、その……超能力なのか?」
「ええ。彼らは一度消えた影響で身体に異常が発生しています。私たちは、その異常が本来使われていない部分の脳に影響を及ぼしたと考えています」
「普段、人間の脳は十パーセントしか使われていないってやつか?」
布団越しにユリが頷いたのがわかった。
「まあ巧真さんのように生まれた時から能力を開花している人もいますが」
「……そうか。じゃあ、これからの戦いはもっと厳しくなるかもしれないってことだな」
「そうですね。今回の敵は幻惑の能力だったからよかったですが、もしかしたら次元を超越するような敵が現れるかもしれませんから」
「命がけだな」
「大丈夫です。巧真さんの能力があれば、きっと真実に辿りつけますよ」
「そうだな。早くこの件に決着をつけて、ユリと別れないとな」
「そう……ですね」
てっきり、「本当です。早く別れたいですよ」と笑われるかと思ったが、ユリの声はどこか悲しそうだった。
それから二人は何も話さなかった。眠れないと思っていたが、ユリと話して少しは緊張が解けたのか、巧真はいつの間にか夢の世界に落ちていた。
懐かしい声が聞こえた。ずっと聞きたかったその声がどこから聞こえるのか、巧真は暗闇の中を必死に泳ぐ。光はまだ見えない。終わりはまだ遠くにあるのかもしれない。




