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青い目  作者: 黒糖パン
22/25

戦いの行方

「一体、何があったんだ?」

 顔を男に向けていながらも、巧真の目は男を見ず、記憶を見ていた。

「なんだ。全て思い出していないのか。やっぱり隣にいるのが野郎だったら駄目か」

「何の話だ」

「いや、なんでもないさ」

「そうか。……で、お前が見せたかったのは、これなのか?」

「そうだが、肝心なところは思い出していないようだな」

「そろそろ、お前の正体を教えてくれないか? それと、ユリとはどういう関係だ? まさか、ユリが言っていた、『組織』とかいうやつの仲間なのか?」

 男は首をすくめ、巧真を馬鹿にしたように頬を吊り上げる。

「まだそんなこと信じていたのかよ。嬢ちゃんを信用しすぎだ」

「今、その信用が傾いているんだ」

「ほう。そうかい。俺にはそう思えないけどな。疑っているようでいて、嬢ちゃんを信用している」

「どういうことだ」

「そのままの意味だよ。あんたは嬢ちゃんを愛するが故に、疑うことができない。……いや、疑う必要もなく、彼女は純白だと確信しているんだ」

「そんなわけないだろう。現に、俺は今ユリを疑っているんだ」

「まあいいさ。いずれわかる。……さて、戻ろうか?」

「戻るのか?」

「そうだ。俺の目的は今のだけだったからな。それに、嬢ちゃんが待っているだろ」

「そうかよ」

 電車を乗り換え、今来た駅に戻る。その間、二人は何も話さずにただ、流れていく街並みと沈んでいく夕日を眺めていた。そして、巧真は何だか笑ってしまいそうになる。さきほどまで殺し合っていた二人が並んで景色を見ているという風景が可笑しくて堪らなかったのだ。ただ、顔に出したら男に殺されそうなので、巧真は心の中でそれを留める。

 笑いそうな巧真の一方で男の夕日を見る目は、真剣そのものだった。一体、何を考えているのだろうか。

 プラットホームに降りて、巧真はサイレンの音に気付く。階段を下りて改札を抜けると、駅舎の出入り口付近に人が集まっていて、その人々は出入り口の壁と壁を繋いだ黄色いテープから先にはいけないようになっていた。

 巧真は人々の間を縫って最前列に行き、周囲を見回してユリを探す。

 普段は、タクシーやバスで溢れるロータリーは、その代わりに数台の救急車と消防車、さらには複数の警察車両でごった返していた。倒れたビルや薬局の入ったビル付近には救急隊員が集まっていたが、さっきまでユリがいたバスの付近には誰もいない。まさか、病院に運ばれたのかと思ったが、ユリは何一つ怪我を負っていないはずだった。では、避難させられたのだろうか。だとしたら、近くにいるはずだが――

 その時、耳をつんざくような爆発音が聞こえて、巧真は思わず両手で耳を押さえ、身構える。しばらくして顔を上げると、さきほどまでロータリーにあったはずの複数の緊急車両が消えていて、代わりに幾筋もの煙が立っていた。信じられない光景を前にして、巧真は怒りに顔を歪ませて男を睨む。

 男は笑っていた。それは歪んだ笑みではなく、ただただ楽しそうな笑みだった。何が楽しいのか巧真には理解できず、反射的に右手が出ていた。しかし、その右手は男の左掌に包み込まれ、捻り上げられると共に腹部に鈍痛を感じる。見ると、まるで刃物でも刺さっているかのように巧真の腹部に男の右手がのめり込んでいた。スーパーボールのような血塊が口から漏れ、コンクリートの地面に落ちて破裂する。

 周囲の人は一体何が起こったのかわかっていないようだった。

「ちょっと君たちッ!」

 怒鳴り声が聞こえ、巧真が目を向けると、ひげを生やした中年の警官がものすごい剣幕をしながら二人に近づいてきていた。

 それ以上近づくなッ。

 巧真はそう警告しようとして、しかしそうするまでもなく警官の足が止まっていることに気付く。

警官の表情は怒りから戸惑いに移り変わっていた。警官の上半身だけが度々前のめりになっている点からして、どうやら、自分の意志で足を止めたわけではないようだ。そして、その現象の出所は考えるまでもなかった。

男の背中から黒い、蝙蝠(こうもり)の群れのようなものが現れ、その群れは警官に殺到する。警官は悲鳴を上げながら、黒いそれを追い払おうとするが、ついに上半身だけがぐったりと前方に倒れる。昔の携帯端末のように二つに折れる男の奇妙な死に様を見て、男は高笑いしていた。

「何が楽しい」

「何もかもだよ」

「ふざけるなよ」

「ああ、ふざけた」

 巧真は唇を噛み締める。巧真とこの男の間にある圧倒的な力量差をどう埋めるのか。そんなことを考えていると、ふとこんな声が聞こえてくる。

「巧真さんが、心から勝ちたいと思えばいいんです」

 はっとして振り返ると、宝石のように美しい輝きを持った青い瞳と目がぶつかる。

「ユリッ。どこにいたんだッ」

「救助活動の手伝いをしていたんですが、追い出されて、野次馬に紛れていました」

「そっか。よかったよ。無事で」

「当たり前ですよ。この男ほど狂暴な人は他にいませんから」

「それは褒め言葉と受け取っていいのかな?」

「うるさいです。死んでください」

 二人の会話に割り込んできた男にむかついたのか、ユリは男を睨みつける。

「そうだね。そろそろ始めようか」

「ここでは周りに迷惑です。ロータリーに出ましょう」

 黄色いテープを跨いでロータリーに出る。さっきとほとんど変わらないのに、ガソリンの臭いが強く感じられた。しかし、肝心の車はどこにも見当たらない。辺りにあるのは微かに残った雪とそれとは対照的に露わになりだした自然だけだ。

何かを吹き飛ばすように一つだけ強い風が吹いて、木々を通り過ぎた時に虎落(もがり)(ぶえ)が鳴る。それが試合再開のホイッスルとなった。

 矢の如きスピードで飛んできた男の上段蹴りを左腕で防いだ巧真は、態勢を低くして、足払い。片足立ち状態だった男はなすすべもなく態勢を崩し、地面に身体をぶつける。巧真は追撃の態勢を取るが、男はそれを許さず、さすがの運動神経で地面に寝転んだまま巧真の足を払った。巧真の身体は男同様に地面へと転がり、男は立ち上がる。状況が一転した。

 男は一度巧真を蹴り、その後馬乗りになって首を絞める。巧真は男の手に爪を立て、必死に抵抗するが、気道は徐々に狭まっていた。頭の中が白くなっていき、起死回生の方法を考える脳も失っていた。

 もうどうすることもできなくて、気を失いかける――そんな時聞こえたのが、ユリの声だった。

 何を言っているのかわからなかったが、確かにユリの声が聞こえ、巧真は目を見開き、男を睨みつける。男は笑みを浮かべながら巧真の首を絞めていた。だが、その目はどこか虚ろで、巧真とは目が合わない。いや、あるいは巧真の目の焦点が合っていないだけかもしれなかった。

 巧真は男から手を放し、右手の神経を研ぎ澄ませる。その精密度は、呼吸が苦しいことも忘れてしまうほどのものだった。

 直後、巧真の右手を囲むようにして炎のような青いオーラが現れる。そのオーラの光に男が気付いた時、巧真はその手を突き上げていて、もう手遅れだった。男の身体は弾丸の如き速さで空の彼方へと飛んでいく――というのは幻覚で、男はさすがの反射神経で身体を捻ると、まるでそこに床か何かがあるように屈伸し、猛スピードで巧真に迫る。そして、巧真の眼前に来たところで扇形を描くように足を動かし、巧真の首に手を巻き付けて、そのまま着地する。首を持っていかれ、後ろに倒れた巧真は頭から地面にぶつかる。脳を鈍器で直接叩いたかのような痛みがあり、視界がぶれる。きーんという耳鳴りが脳を刺激し、脳内から記憶が抜けていくような感覚に襲われた。その、抜けていく記憶の中にユリを見つけて、巧真はそれに手を伸ばす。やっとの思いで掴んだそれを胸に引き戻し、巧真は安堵から溜め息を吐いた。

「巧真さんっ。大丈夫ですかっ」

 油蝉の鳴き声のような耳鳴りの隙間からそんな声が聞こえてきて、巧真は目線をゆっくりと上げる。そこに何かがあった。だが、まだ視界が定まっておらず、それが何なのかわからない。

 肩が激しく揺さぶられる。

 そこで巧真は我に返った。視界がクリアになり、目の前の何かがユリの顔だとわかる。ユリは心配そうに巧真を見つめていた。

 巧真は地面に手をついて上半身を起こすと一瞬だけ脳が揺れたが、それもすぐに治り、他に異常はないようだ。

「あいつは?」

「なぜかわかりませんが、攻撃してきません」

 ユリは首を後ろに回す。巧真もユリと同じ方向を見ると、十数メートル先に夕日を背にして立つ男の姿が見えた。男は腕を組みながら二人を傍観しているだけで、追撃の気配を見せない。

「嬢ちゃんにも能力があるんだろう? せっかくだし、能力で戦わないか?」

「私には何もありませんよ」

 ユリは立ち上がり、男に向き直ってそう言う。

「そうなのか? 残念だな」

「残念ですね」

 ユリは毅然としていた。自分たちを殺そうとしている相手に、無関係の人々を無差別に殺戮しているこの男に、どうしてそんな態度が取れるのか巧真には理解できなかった。

「巧真さん、戦えますか?」

 振り返ってそう訊ねるユリに、巧真は一つ頷き立ち上がる。まためまいのような症状に襲われたが、これもすぐに元に戻る。

「大丈夫」

「よかったです」

 ユリは安心したように笑顔を見せる。

「なあ、いちゃいちゃするのはいいんだけどさ、そろそろ決着をつけないか?」

「そうしたいところだけどな」

「いいことを考えたんだ」

「いいこと?」

 男は、返答の代わりに視線を横に向ける。男の目線を巧真が追うと、そこには、少女がいた。また五歳くらいの、白いワンピースを着た子だ。真っ赤な目で周囲をきょろきょろと見回していたが、やがて目的のものが見つからなかったのか、うずくまって大声で泣き出す。

「何をするつもりだ?」

「何って……」

 男がニヤッと笑った瞬間、男の背中から黒い、天使の羽根のようなものが現れる。何をしようとしているのかはそれでわかった。

「さあ、あんたはどうする?」

 心底楽しそうに男が笑った直後、黒い羽根は光線のように少女に襲いかかる。

 助けなければ。巧真はそう思った。だが、その気持ちよりも、今なら男に隙があるのではないかという考えが巧真の心を強く支配していた。

 巧真が選んだのは、もちろん後者だ。

 地面を蹴って加速すると、低い姿勢のまま男の腹に拳を突っ込む。男は唾液を吐き出すが、その口は笑っていた。それに呆気に取られてコンマ一秒回避が遅れた巧真はまんまと男に捕まり手を捻り上げられる。同時に巧真の身体が半回転し、後ろから腕が回され巧真の首が絞められるという形になった。巧真は人質にでもなったかのような感覚になる。抵抗しようとするが、その度に首が絞まり、どうすることもできない。どうやら、巧真は罠にはまったようだった。

「前をよく見ろ」

 顎をくいっと上げられ、巧真の目は半強制的に眼前に向けられる。そして、巧真は驚愕から目を見開いた。

――その光景は異様。黒い枝が、ある一点に集中して生えて、小山のようなものを形作っている。枝の隙間から見えるのは血のような赤で、今にもその黒を染め上げんとしていた。直後、弾けるように枝が消え、内部が明らかになる。――ユリだった。全身を小さな穴だらけにし、おぞましい量の血を流すユリがうずくまるようにしてそこにいた。ユリの身体が何やらもぞもぞと動いたかと思うと、ユリの下からさきほどの女の子が現れ、激しく狼狽しながらも恐怖からか走り去っていく。

「ユリッ」

 駆け寄ろうとしたが、はやり巧真の身体は固く拘束されていて動かなかった。

 ぐったりとユリが地面に倒れる――次の瞬間、巧真の全身から青い炎のようなものが噴き出していた。男は咄嗟に巧真から手を放し、後退していた。

巧真の目が青く燃え、その目は男を捉える。男は巧真から発せられる雰囲気に畏縮していた。呼吸することも忘れ、息を呑むと喉に痛みが走る。それほど男は巧真に恐れおののいていた。

巧真の姿が一瞬で掻き消える。男は周囲を見回すが、そのどこにも青い炎の片鱗さえ見当たらなかった。緊張からか、額に汗が滲み出る。

微かな熱気。――右ッ

男は見事な第六感で巧真の居場所を見抜き、巧真の姿が見えるよりも先にそこに右手を置く。今まで通り、攻撃を防ぐことができると考えたのだ。だが、その考えは甘かった。知らず、男の右手は青い炎に包まれていて、男は手を引き裂かれているかのような痛みに襲われる。

水を探し求めて首を巡らすが、そこで目の前に立つ巧真の姿を見つめる。全身に青い炎のようなオーラを身にまとい、睨みつけている姿は、正義の味方ではなく、悪魔のそれだった。

男は咄嗟にスーパーボールを投げるが、青い炎に当たった瞬間、それは塵となって消える。

ならばと思って黒い羽根を出そうとするが、眼前数センチに巧真の顔があって、男は目を見開いた。

「死ね」

 耳元で囁かれ、次の瞬間に男の全身は青い炎に呑み込まれていた。

 熱さから絶叫する男に巧真は冷たい目を向ける。

 やがて男は地面に平伏し、動かなくなる。青い炎が鎮火すると、そこには男だったものが黒くなって転がっていた。そして、それを見届けるとともにまるで最初からなかったかのように青い炎が巧真の全身から消える。

 ――勝った。

 しかし、勝利したのに、漂う肉の臭いが巧真の気持ちを胸糞の悪いものにした。いや、きっとこの臭いがなかろうとも、この勝利は気持ちのいいものではなかっただろう。

 だが、それでも不安から解放されたのは確かだった。安心から巧真は溜め息を吐き、そして大事なことを思い出した。


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