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青い目  作者: 黒糖パン
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記憶

「それはつまり、停戦ということか?」

 男は頷く。

 罠だと考えるのが普通だろう。だが、不思議と今の男から企みのようなものは感じられなかった。無論、巧真はそのようなものを敏感に嗅ぎ取れるわけではないのだが、直感が、あるいは巧真の能力が、「大丈夫だ」と告げていた。

「わかった」

「よし。じゃあ行こうか」

「待て。その前にユリだ」

「嬢ちゃんなら大丈夫だ。あんた、また無意識に治しただろ」

 言いながら、男は後ろ斜め下に目を向ける。巧真が男の元まで行き、男と同じ場所を見ると、そこには、ユリがいた。抗議の目で十数メートル上の男を睨みつけている。

 巧真は心の底から安心していた。

 例えユリを疑っているとしても、巧真がユリを愛していることに変わりはなかった。例えユリに裏切られたとしても、巧真はユリを恨みはしないだろう。――そして、その気持ちが、巧真の願いへと形を変え、ユリを無意識の内に助けていた。思えば、ユリと最初に出会った――一人目の青目の男に襲われたあの日、ナイフで刺されたユリを助けることができたのは、潜在意識の中にユリがあったからだろう。

 そして再び、男の言う通りだな、と巧真は思う。結局のところ、巧真の能力は、ユリ以外の他人を救うことができない。それは、巧真が心のどこかで他人のことをどうでもいいと思っているからだろう。

 やはり、ユリの言う通り、巧真は正義の味方になれないらしい。

 巧真と男はビルから飛び降り、うっすらと雪が積もる地面に見事着地する。足に伝わる振動は、能力で相殺されていた。

 二人がユリを視界に捉えた瞬間、ユリは臨戦態勢に入っていた。より詳しく説明すると、拳銃を男に向けていた。もう、拳で闘う気はないらしい。

巧真は右手を前に突き出して、待って。と、それを制止する。

「どうしてですかッ」

 ユリが不満そうに唇を尖らせたので、巧真は事情を説明した。

 説明を受けたユリは再び、抗議するような目で男を睨みつける。

「何を企んでいるんですか?」

「なんだろうねえ」

 男はおおっぴらに手を広げ、首をすくめる。

「ふざけないでください」

「ああ、ふざけた。……まあいいじゃないか。そんなに怒るなよ」

「怒っていません」

「怒ってるだろ。俺が何かいらないことをしないかと心配か?」

「何の話ですか」

「とぼけるなよ」

「とぼけていないです」

 二人の間で繰り広げられている言い争いに巧真は違和感を覚えていた。男と会ったのはほんの数日前のことで、その時もユリとこの男は話さなかったはずなのに、今、あまりにも親しげに話過ぎていた。

 そして、巧真の中にあったユリへの疑心感が増幅する。同じ青い目にこの会話。巧真は、この二人が知り合いであることを確信していた。

 やはり、ユリはこの男他、あの少女や最初の男と共謀して巧真を騙そうとしているのか?

 しかし、それに関しては何かが違う気がした。

 それは言葉にできないものなのだが、やはりユリから悪意のようなものは感じられなかったし、それに今の二人の会話からも、何か共謀とは違うものを感じた。だが、あくまでもそれは巧真の推察だ。ユリが悪党であるという可能性は充分にあった。

「まあいいか。さあ、あんた。行くぞ」

「ちょっとッ」

 ユリを無視して男は駅に向かって歩き出す。巧真も男について行く。振り返ると、ユリは頬を膨らませて不満そうな顔をしていた。どうやら、本気で止めるつもりはないらしい。それ以前に、ユリはこの男が何をしようとしているのか知らないのかもしれない。

 駅舎に入り辺りの騒然に紛れて、改札を抜ける。警報が鳴ったが、それを気に留めるものは誰もおらず、駅員はどこにも見当たらなかった。

 階段を上り、止まっていた電車に乗る。その瞬間、ちょうど発車のベルが鳴って、電車は出発した。

 その車両に乗っていたのは数人で、皆、車両に沿って向かい合って並んだ紺色のソファーに思い思いに座り、携帯端末を操作していた。おそらく、この駅の外で起こっていることを知らないのだろう。

 男がソファーに座ったので、巧真は少し間隔を空けて座る。その時、ビルの隙間から熟れたトマトのような色をした太陽が覗いた。それがあまりにも眩しくて、巧真は眉をひそめる。

そして、それと同時にうなじ辺りがちりちりとした。

 この光景を知っている。

 それはまた、巧真が前にも覚えた既視感だった。

「俺が見せたかったのはこの夕日だよ。それも、電車から見る夕日だ」

 男の言葉がゆっくりと流れる。その口調はあまりにも優しく、巧真は一瞬男が別人になってしまったのではないかと錯覚した。

「さあ、あんたは何を思い出す?」

 何を思い出すのだろう。

 夕日がビルに隠れ、電車内が一瞬薄暗くなって、また黄色の光が床に落ちる。まるで、点滅する蛍の光みたいだった。

 そして巧真はこの場面を見たことがあると確信する。

 その時隣にいたのは、ユリだった――



 オレンジ色の光が差し込んでいて、暖かい。がたんごとんという等間隔の揺れがまるでゆりかごの中にいるみたいで、暖かさも相まってか、眠たくなってくる。

ふと肩に重みを感じ、目を向けると、そこにはユリの頭が載っていた。ユリの髪から漂う甘い香りが眠気をさらに増幅させるが、耳の近くで聞こえるユリの息遣いのせいで、中々眠れない。正に夢かうつつかという状況だった。

電車が一つ大きく揺れる。びくっとユリは肩を震わせて首を起こすが、すぐに何事もなかったかのように首を倒して元の場所に戻る。そして、再び甘い香りと吐息が襲ってきた。

 ビルに隠れて、一瞬だけ光が消える。ふいに不安を感じて、右手でユリの手を探る。ソファーの上を何度かからぶったのち、ユリの手の柔らかさが指先に触れる。それに指を絡めるとユリはくすぐったそうに笑ったが、起きる気配はなかった。

ユリの温もりが肩と手を通じて伝わってきたが、不安は収まらなかった。むしろ、電車が速度を上げると共に胸の鼓動は速くなり、不安が大きくなっている。

 ユリと繋いだ手にぎゅっと力を込めるが、ユリの力ではどうにもならないほど、不安は身体の全てを侵食していた。

耳をつんざくほどの奇怪な音が鳴り、ユリは目を覚ます。不安そうな目でこちらを見るが、どうすることもできず、ただただ手を強く握ることしかできなかった。

危険を知らせるように窓が震え、電車が大きく揺れる。


 ――そこで記憶が途切れた。


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