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青い目  作者: 黒糖パン
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 なぜこうなったのか。

 巧真は思案していた。

 目の前にいるのは綺麗な顔立ちをした巧真と同年代くらいの少女。青い瞳はあの男を彷彿とさせるが、少女の目は明らかに男のそれとは違っていた。

 いや、そんなことは今どうでもいい。

 問題は、なぜこんなに美しい少女がアニメグッズだらけの自分の家に来ているのかということだった。さっきから少女に凝視されている愛子ちゃん(のフィギュア)が不憫だった。

「かわいい子ですね」

 それは嫌味で言っているのか。

「この子もかわいい」

 少女は次に壁に貼ってあったポスターに目を移す。

 もうやめてくれ、と巧真は目を覆いたくなった。

「そろそろ、説明してくれないか?」

 少女は振り返ると、そうですね、と言って丸机を挟んで巧真の正面に正座する。

「では、まず自己紹介から。私の名前は藤沢ユリです」

 少女の名前を強調するように、黒髪に付けられていた白い百合の髪飾りが電球の光を反射して輝いた。

「ユリちゃん……か。よろしくね」

「いきなりちゃん付けとか、さすがオタクですね。まあ、コミュ障じゃないところは褒めてあげます」

 オタクは関係ない。

「ユリでいいですよ。そっちのほうが慣れていますし。それとも、さすがにいきなり呼び捨ては無理ですか? ぷぷぷ。童貞さん」

 童貞は関係ない。

 巧真は空咳する。

「質問なんだが、どうしてユリちゃ……ユリは俺の名前を知っているんだ?」

「やだなあ。忘れちゃったんですか? あんなに激しい関係だったのに……」

「冗談はもういい」

「あはは。私、冗談が好きなんです」

 巧真はもう一度咳をし、ユリに促す。

「もう、仕方ないですねえ。じゃあ話しますよ。心して聞いてください」

 ユリは一度空気を吸った。

「堀川巧真さん。十六歳。家の近くの進学校に通う高校一年生。成績は下の中。アニオタとして周りの男子から慕われ、女子からは蔑まれている。人気アニメ『魔法少女はいない』のヒロイン、愛子ちゃんのファン。童貞。兄弟姉妹なし。学校が生家から離れているため現在一人暮らし。そのため料理は自作。そこだけが高評価ポイント。……あっ、あと。顔は中の中ですね」

 ユリは目を閉じ、にこっと笑う。その時、巧真の中で既視感が走るが、巧真はそれを気のせいだろうと胸の奥に押し込む。

「一体、何者なんだ……?」

 色々ツッコみたいところはあったが、ここまで知られているとさすがに恐ろしくなってくる。プライバシーもあったもんじゃない。

「申し遅れました。私は、藤沢ユリという者です」

「まったく申し遅れてねえよ。さっき聞いたよ」

 巧真のツッコみにユリはふふふと笑う。この少女はふざけることしかできないのだろうか?

 そんな巧真の心配が伝わったわけではないだろうが、次の瞬間ユリから笑顔が消える。

「さて、冗談はここまでにして、本題に入らせていただきます」

 冗談は必要なかっただろう。

「巧真さん、昨日からこの世界に何か異変が起こっていることに気付きませんでしたか?」

 世界に異変? 何を言っているのだろうか? 冗談はここまでと言ったのだから、まさかこれまで冗談ということはあるまい。それに、ユリの青い瞳はさきほどのそれと全く違っていた。巧真は少しだけユリの真剣な眼差しに気圧される。

「異変? いや、特に気付かなかったな」

「例えば、時計が狂ったりとか」

「時計? ……ああ、そういえば昨日、時計の針が一瞬狂ったように見えたよ」

「十一時五十五分〇秒から十一時五十九分五十九秒までの間が表示されなかった?」

「確かそうだった」

 しかし、それが一体何だというのだろうか。まさか、巧真の部屋の時計が世界の異変に関係しているとは思えない。そもそも、世界の異変って何だ。

「それこそが、世界の異変です。昨日、巧真さんの時計だけでなく、全世界のアナログ時計やデジタル時計、さらには電波時計までもが狂いました。しかし、それは狂ったのではありません」

「電波障害か何か?」

「アナログ時計は電波関係ないでしょう? それに、狂ったわけじゃないと言いました。本当に、馬鹿なんですね」

「うるせえな。」

「まあいいです。本題に戻りましょう。……時計が狂ったのではありません。一日の時間が減ったのです」

 は? 巧真は呆気に取られた。本当に馬鹿なのはユリなのではないか?

「どういう意味だよ」

「そのままの意味です。一日は二十四時間ですよね?」

 巧真は「ああ」と首肯する。

「しかし、今の世界では一日が二十三時間五十五分になりました。そして、これから一日ごとに時間が五分ずつ減っていきます。このままでは、あと二百八十七日で世界から時間が消えてしまうでしょう」

「何を言っているのかはわからないが、もし世界から時間が消えたらどうなるんだ?」

「時間という概念を造ったのは人間です。地球自体に影響はないでしょうが、おそらく、時間がなくなれば人間の生活は崩壊するでしょう」

「たとえば?」

「さあ? 私の知ったところではありませんね」

 無責任だな。まあ、知っていたところで何もできないだろうが。

「どうして急にそんなことが起こったんだ?」

 ユリは一瞬言葉に詰まった。

「現在私たちの組織が原因究明中です」

「組織?」

「世界で起こった科学では説明のつかない現象を研究する組織です」

「アニメみたいな話だな」

「事実はアニメより奇なり、ですから」

 ユリは悪戯っぽく笑う。巧真は信じていいものかどうか迷った。普段から非現実を夢見ていたものの、実際にあるとなると訝しんでしまう。まあ、まだ話は終わっていない。決めるのはその後でいいだろう。

「……で、それとさっきの男が何の関係があるんだ?」

「世界は今、綻んでいます。巧真さんは気付いていないかもしれませんが、世界中の人々が数人、時空間に吸い込まれ、正気を失って再び現在に戻されました」

「数人?」

「少ないと思うかもしれませんが、これから日を跨ぐにつれて、どんどん増えていくと見られています」

 つまり、一日が五分ずつ減るにつれて、犠牲者が増え、さっきのような男が増えるということか。ということは、一刻も早く解決しなければ、全世界の住民が化け物と化すということもありえるということだ。

 そこで巧真は死んだ男が消えた理由はこれかという見解に至る。おそらく、彼らが特異な人間だったため、生命が無くなった瞬間、世界から消えてしまったのだ。

「俺を狙っていた理由は?」

「力です。馬鹿にわかりやすく言えば、超能力・異能力でしょうか」

「超能力? それが俺にあるって言うのか?」

「心当たりありませんか?」

「ない」

「同じクラスの女の子の下着の色がわかってしまうとか」

「……冗談だよな?」

「私、冗談が好きなんです」

 もう巧真の口からは溜め息しかでなかった。

「話を戻しましょう。本当に何も思い浮かびませんか? そもそも、私はなぜこうして生きていられるんですか?」

 それはもちろん地獄の底から冗談を言うために生き返ったからであって――

「つまり、俺の能力は治癒か?」

「いえ、そんなチープなものじゃありません。アニメの主人公みたいに壮大な能力です」

「……わかんねえ」

「私から言いましょう。巧真さんの能力は、願ったことを現実にする能力です」

「愛子ちゃんみたいな能力だな」

『魔法少女はいない』の愛子ちゃんは、復讐心によって『願いを叶える能力』を手に入れる。まさか、巧真は愛子ちゃんになったのだろうか?

「私は冗談が好きですが、これは冗談ではありませんよ? 少し思い返してみてください」

 ユリの真面目な言葉にふざけた態度を一蹴され、巧真は仕方なく思い返すことにする。

 願ったことを現実にする能力……。

男に追いつかれた恐怖で硬直した身体が突然軽くなったし、習ったこともない武術で男を倒した。その時、巧真は助かりたいと思ったし、彼女を助けたいとも思っていた。そして何より、目の前にいるこの少女は巧真が駆け寄った瞬間、傷痕を消していた。

それらすべてが、巧真の能力故だったとしたら……。

 巧真は思わず感嘆していた。

「どうですか? 納得しました?」

「まあ、とりあえずは信じるよ」

「よかったです!」

 ユリは満面の笑みを見せた。ところで、巧真にはどうして聞いておきたいことがあった。だが、いざ訊くとなると根気がいった。

「……ところで、あの男は青い目をしていたんだが……その……」 

 ユリはサファイアのような青い瞳をしばたたかせて首を傾げたが、やがて巧真の言わんとしていることに気付いたのか、ああ、と声を上げる。

「私のこの目は生まれつきですよ? それに私は正気を失っていませんし」

 可能性としてだが、ユリが、巧真に付け込んで油断したところを襲うという計画を企んでいるとも限らなかった。

「……わかりました。では、証明書を見せましょう」

 そう言ってユリはポケットから名刺入れのようなものを取り出し、中からカードを引き出して巧真に見せる。

『S高校学生証  一年四組藤沢ユリ』

 そして、真面目な顔をしたユリの瞳は宝石の如き美しさを持つ青だった。

「ここに書いてある通り、発効日は四月一日です。一方、一日が五分短くなったのは?」

「昨日……十二月二十日」

「その通りです。もし私が敵なら、四月一日の時点で私の目が青いのはおかしいですよね? 信じていただけましたか?」

 時間が五分短くなったことがあの、正気を失った男を造り出した原因だというのはユリが言ったことで、学生証を見ただけでユリが巧真の能力を狙っていないと言えるわけではないのだが、なんだか巧真は疑っている自分が馬鹿らしくなってきた。どうしてこんなに疑心暗鬼になっているのだろう。もう、全て信じることにしよう。

「わかった。信じるよ」

「ありがとうございます」

 巧真は学生証にもう一度目を向ける。別に美少女の個人情報が知りたかったわけじゃない。信頼のためだ。相手の情報を持っていたほうが信頼できるだろう。うん。

真面目な顔をしたユリがこっちを見つめていた。

「S高ってことは俺と一緒なんだな。一年四組か、これも俺と一緒だな。……ん? 一緒?」

 ユリはニヤニヤと笑っていた。

 巧真の頭が学生証の内容を整理し終える。

「――えええええええッ」

「驚きすぎです。というか、学校始まっても八ヶ月くらい経つのに、まだクラスの人の顔と名前覚えていないんですか? だから嫌われているんです」

「男子には好かれてる」

「それ言っていて寂しくならないですか?」

「別に」

「まあいいです。これからは私が仲良くしてあげますから。もちろん、今回の事件が解決するまでという条件付きで」

「解決するのか?」

「させます、明日までには」

「友達の期間、明日までじゃねえかッ」

「あはは。私、冗談が好きなんです」

 これからもずっとこんなペースで行くのだろうか? もしそうなのだとしたら、巧真の心が持つかどうか不安だった。

「では、今度いつ敵が襲ってくるかわからないので、もう今日は寝ましょう」

「そうだな。じゃあ寝るわ。家まで送らなくて大丈夫か?」

「はい? 何言っているんですか? ここで一緒に寝るんですよ?」

 ……はい?

「冗談だよな?」

「いえ、本気です」

 ユリはにこっと笑った。冗談が好きならこういう時に冗談を言うべきだろう。

 無神論者の巧真だったが、生まれて初めて神様を呪った。


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