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青い目  作者: 黒糖パン
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世界が変わる

 レンタルビデオ店は、巧真のアパートから十分くらい歩いた駅前のロータリーにある。U字型になっているロータリーで、レンタルビデオ店はUのちょうど右頂点にあたる場所にあった。

 店内は暖房が効いていたが、外がそこまで寒くないので、いらないくらいで、むしろ暑く感じられた。それに、ユリと同じ考えの人が多いのか、店内は人でごった返していて、人から発せられる熱気も室温を上昇させていた。

「まず、『僕の友達は悪魔』ですよね。それから、『アイドルの監督』……。それから……。それからそれから……」

 ユリはアニメのタイトルをつらつらと並べながら、買い物かごにビデオを次々に入れていく。中には、巧真が知らないものまである。

「ユリって、相当のオタクだったんだな」

「巧真さんほどじゃありませんよ。アニメオタクとして、巧真さんを尊敬しているんですから」

「うれしくねえ」

「冗談です。私、冗談が好きなんです。尊敬もしてないですから、安心してください」

「うれしくねえ」

「そういえば、お支払いは、巧真さんにお願いします」

「うれしくねえ」

 巧真がふてくされていると、ユリはふふと楽しそうに笑う。馬鹿にされているようであるが、記憶の中からずっと、こういう関係なのだ。

 ……記憶。そう巧真は確かに記憶を取り戻したが、それはあくまでも脳内の話であって、身体ではまだ実感していなかった。隣にいるユリの温もり――と言ったような物理的な話ではなく、感覚的な話だ。記憶ではユリと巧真は一緒にいるが、それが現実に思えず、ある種の幻想のように感じられたのだ。そして、それが現実か幻想かを知るためには、まだ何かが足りていない気がした。何か勘違いをしているような、胸がもやもやする感覚がしたのだ。

「巧真さんは何も借りなくていいんですか?」

 やっと手を止めたユリが問う。かごの中は溢れそうなほどビデオが詰まっている。よくそんなことを言えたものだ。

 巧真は呆れながら、首を横に振った。

 レンタルビデオ店を出る頃には、陽はもうだいぶ傾いていて、二階建ての駅舎に隠されて、三分の一しか姿を見せていなかった。そして、西日は地面に残る雪や街路樹、その他、白く細い雲以外のありとあらゆるものをオレンジ色に染めている――というのはあくまでも比喩であって、本当にオレンジ色に染まっているわけはなく、むしろ駅舎の影で黒がかっていた。

「巧真さん、手を繋ぎましょう」

 ユリは雲のような白くか細い左手を差し出す。だが、そんなわけがないのに、手を繋ぐとユリを疑っていることが手を介して伝わってしまう気がして、巧真は右手を出せなかった。するとすぐにユリは不機嫌な顔をして、無理矢理に巧真の手を引っ張って指を絡める。

 いわゆる、恋人繋ぎ。

 ユリは一体、何をしようとしているのだろうか。

 手を繋いだ喜びは湧き出ず、代わりに巧真はそう思った。

ユリが何かを隠しているのは確かだが、手を繋いで嬉しそうな顔が演技だとは思えなかったし、むしろ演技どころか何よりも喜んでいるように感じられた。ユリがここで少しでも嫌な顔を見せれば敵視することができるのだが、それがない分、やはり心の中に疑問符が溜まっていった。この疑問符を全て言葉にして吐き出せればだが、生憎巧真にはそんな勇気がなかった。きっかけがなければ何もできない。それが巧真だ。それ故に――言葉にできない代わりに、『願いを叶える能力』なんてものが身に付いたのかもしれない。

「では、帰りましょうか」

 ちょうど電車が来た直後だったのか、ロータリーにはかなり多くの人がいた。そんな中も二人は気にせずに手を繋いで歩く。二人の背後には、Mに似た形の影がぴったりとくっついていた。

 陽に当たって顔が熱かったが、靴から染み込んできた雪で足は冷たく、巧真は気持ちの悪い気分に襲われた。そして、同時に胸騒ぎがする。巧真の心情が具現化されたかのように生温かい風が去来し、ユリの髪を撫でる。

「巧真さんは、愛子ちゃんみたいな、正義の味方になりたいと思っていますか?」

 ユリの手は少し汗ばんでいた。それはきっと、巧真と手を繋いでいる緊張からではない。

「なりたかったよ。……でも駄目だった。俺はやっぱり偽善者だったんだ」

 感傷に浸りたかったわけではない。だけど、まるで津波のように悲壮が巧真を襲って、呑み込んだ。そして、気付いた時には安定の陸は遠くにあって、もう戻れそうになかった。

 どこからか「War Is Over!」が流れていて、巧真とユリに雪のように降り注いだ。

何かに耐えるように、ユリはぎゅっと手に力を込める。それに反して、ユリの言葉はあまりにも冷たかった。

「そうですね。確かに巧真さんは偽善者です。正義の味方にはなれません」

 たまに、本当に稀にだが、ユリは性格が変わってしまったのではないかと疑ってしまうほど冷たい目をしている。今がそれだった。そして巧真は、男と対峙した時にした質問の答えを知った。

 ――ユリならば、優しい答えを返してくれるとどこかで期待していたのかもしれない。だが、ついにそれは巧真の能力をもってしてでも叶えられなかった。

 しかし、ふっと、ユリの青い目が優しいものに変わった。ユリは巧真の扱い方をよく知っているから、巧真はユリを手放せない。

「でも、巧真さんが全てを終わらせたら、また一からやり直せますよ。そこから、正義の味方を目指してください」

 全てを終わらせる。それは巧真の役目なのだろう。だが、全てが終わった後、やり直せるとどうしてわかるんだ? 一体ユリは何を知っている?

 何度もした問いかけは、やはり巧真の胸中のもので、舌から先に出ることはなかった。巧真が願えば嫌でもユリを問い詰めることができただろう。それができないということは、巧真が本心では答えを知ることを拒絶しているということだ。……いや、知りたくないわけではない。ただ、答えを知ることでユリとの関係が壊れるかもしれないという不安に打ち勝てなかったのだ。

「ユリが傍にいてくれるなら、頑張れるよ」



 ユリが困ったように笑った次の瞬間、色のついた雨のようにカラフルなスーパーボールがロータリーに降り注ぎ、世界を変えた。


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