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青い目  作者: 黒糖パン
17/25

ノート


  *


 十二月二十六日

 午前八時


 世界は白く染まっていた。

 灰色の地面は茶色がかった白に変わり、家々の屋根や枯れた木々はお菓子の家のように身体を白くコーティングしていた。幸いにも、それら全てが散ることはなく、陽光に照らされて、眩しそうに銀色の光を放っていた。

「雪だるまを作りましょう」

 ユリは目を覚まし、窓の外を見てそうそう、小さな子供のようにぴょんぴょんと跳ねた。下の階の人の迷惑になるからと巧真が注意するとユリは跳ねるのを止めたが、顔には子供らしい、わくわくした表情が貼りついたままだった。

 正直、とても楽しみたいという気分ではなかったが、嫌だと言うとユリが駄々をこねそうだったので、巧真は呆れ顔を作って頷く。

 陽光のおかげか、せいか、外は冬にしてはかなり温かく感じられた。これでは、雪だるまを作ってもすぐに解けてしまうのではないだろうか。まあ、解けるのも雪だるまの醍醐味であろうが。

 巧真とユリはアパート前の自転車置き場に座り込み、雪を掻き集める。そして巧真は気付いた。

「そういえば、雪だるまの作り方知らない」

 雪が積もったことは今まで何度もあったが、雪だるまを作ったことなどなかったのだ。理由としては、小さな頃から雪よりもアニメや漫画に興味を持ったことがあげられる。

 巧真の言葉にユリは、ぷぷぷと笑った。

「雪だるまの作り方も知らないんですか。巧真さんは本当にお子ちゃまですねえ」

 お子ちゃまこそ知っていると思うが。

「冗談だよな?」

「私、冗談が好きなんです」

「雪だるまに作り方なんでありませんよ。愛情を込めればいいんです」

「料理かよ」

「何事にも愛情は必要だと思いますよ」

 にこっと笑うユリの顔を改めて可愛いと感じ、そして巧真は、ここでもまた、例の懐かしさのような既視感を覚えた。

 雪玉が大きくなっていき、雪だるまの下半身ができる。雪だるまを作ったことがないはずなのに、作ったことのあるような気がした。それも、ユリと。

「たまにさ、『この光景見たことある』ってなるんだ。既視感(デジャビュ)ってやつ。かなでさんと握手した時も感じたし、今も……」

 巧真の言葉を聞いた途端、ユリの雪玉を作る手が止まった。そして、ユリの顔には悲しそうな表情が浮かび上がる。

「それは……よくない……ですね」

 ユリは呟くようにそう言う。

「よくない?」

「……いえ、何でもありません。……既視感というのはよくあることですから、難しく考える必要はないんじゃないですか?」

 巧真にはわかった。ユリは何かを隠している。

 問い詰めようと思ったが、舌の先まで出かかった言葉は、寒い外に出たくないと思ったのか、唾に変わって喉に戻っていった。

 ユリの雪だるまを作る手は止まっていた。地面の一点を呆然と見つめている。いや、その行為は呆然からではなく、考え事から来ているのかもしれない。とにかく、ユリの様子が変になってしまったことは確かだった。

「ユリ……?」

 巧真の呼びかけにやっとユリは我に返る。あるいは、思考が終わっただけかもしれない。

 ユリは笑った。

「眠気と戦っていました」

 どうして嘘をつくのだろう。「ぼうっとしていました」と言えばよかっただけなのに、どうしてわざわざ嘘を言ったのだろうか。それともこれも、ユリが得意な冗談だろうか?

 とにかく、この嘘でユリに対する不信が巧真の中でいっそう高まったことは事実だった。そして、それはやはり、石にひびが入ったような感覚だった。

 ユリは雪だるま作りを再開し、鼻歌を歌い出す。

『War Is Over!』

 祭囃子のような歌が、地面を埋め尽くす雪に染み渡る。しかし、その歌にある哀韻が、ユリの歌ではよりいっそう強く感じられた。これではまるで、別れの歌みたいである。

「戻る?」

「もうちょっとここにいます」

 巧真は、何となくだが、今のユリは自分を必要としていない気がした。ここは、一人にさせるのが得策だろう。

「そっか……風邪ひくなよ」

 巧真は着ていたコートを脱ぎ、ユリの肩にかける。

「はい。ありがとうございます」

 ユリは再び、鼻歌を歌い始めた。その歌は、地面を埋め尽くす雪に染み渡り、温かい陽光に照らされて溶けていく。

 別れなければいけないのなら、ちゃんと説明してほしい。一体あの青い目の連中は何者なのか、なぜ一日が二十四時間でなくなったのか、なぜ瞳が青くなったのか、なぜ巧真の記憶が消えていたのか、なぜ記憶が戻ることが『よくない』なのか、なぜ嘘をつくのか。

 しかし、ユリの口からそれらのことが述べられることはなさそうだった。仮に記憶が戻ったことを伝えても、「実は、知り合いだったんです」と笑うで核心に迫れそうにはない。もっと決定的な証拠――そこまではいかなくても、何か手がかりがあれば……。

 そんな巧真の願いはすぐに叶うことになる。あるいは、巧真の能力が発動したのかもしれない。

 部屋に戻った巧真が見つけたのは、数日前にユリが何かを書いていたノートだった。そのノートは本棚の雑誌の隙間にあったのだが、不自然にノートの端が飛び出ていたのだ。ユリが不注意でそうしたのか、巧真の能力が動かしたのか……。とにかく、巧真は手がかりが得られるかもしれないと思って、そのノートを広げた。罪悪感はなかった。むしろ、隠しているユリが悪いだろうという気分だった。

 ノートに書かれてあったのは、今まで巧真とユリが(おこな)ってきたこと――というより、このノートに書かれてあることを巧真とユリが実行していた。分かりやすく言えば、日付ごとに分けられた予定表みたいなものがそこに連ねられていたのである。例を上げれば、十二月二十二日『魔法使いはいない』のイベントのことだ。電車の時刻や何を食べるか、さらに、握手する時に話す内容まで書かれている。そして、それらの事柄には、赤で打ち消し線が引かれていた。他の項目でも概要はだいたい同じである。まるで、最初から道が決まっていて、その道を律儀に歩いてきたような気がして、寒気がした。

 ――いや、違う。

 巧真はその考えを振るい落とすように首を横に振る。

 決められていたのなら、何も考えずに日々を送ればいい。わざわざノートに書き連ねるということは、その通りにならない可能性があるということだ。……いや、それとも何かを再現しようとしているのか……?

 そこで巧真は、三ヶ所の文字の横に小さな青丸があることに気付く。一つ目は、十二月二十一日午前〇時、二つ目は十二月二十一日午後一時、三つ目は十二月二十五日午後六時。その全てが(おおよそではあるが)、青目が現れた時刻だった。この青印がそのまま青目の彼らを表しているのなら、ユリが彼らと何らかの関係があることは確定であった。

 暖房もついていないのに、巧真の額に汗が滲み出ていた。

 ゆっくりとページをめくる。


十二月二十六日

午前八時

 ・雪だるまを作る。

 午後五時

 ・レンタルビデオ店で、数本のアニメを借りる。



 十二月三十一日

 午後五時三分

 ・電車に乗る。



 そこで、終わっていた。

 新年のことは書かれていない。このノートではなく、新年用のノートに書かれているのか、あるいは……。

 巧真はそれ以上考えたくなくて、ノートを閉じる。本棚の元あった場所に戻すと、ちょうどドアが開く音が聞こえる。

「お帰り」

 何もなかったかのようなトーンでそう言って、巧真は振り返る。

「どうしたんですか?」

 ユリは心配そうに巧真を見つめていた。巧真はその言葉の意味がわからず、脳内にハテナマークが浮かぶばかりだった。

「どうして、泣いているんですか?」

 泣いている……?

 巧真は自分の頬に手をやって、そこで初めて自分が涙を流していることに気付いた。

「汗だよ。妙に暑くてさ」

「嘘ですね」

 ユリだって嘘をついたじゃないか。

「嘘じゃないよ」

「いえ、嘘です。だって巧真さん、悲しそうな顔をしていますから」

 ユリだってさっき、悲しそうな顔をしていた。

「参ったよ。ユリは騙せないな」

 おどけて見せる。

「当たり前です。それで、どうしたんですか?」

 ユリはドヤ顔を見せた。

「昨日のことを思い出していたんだ。何で、助けられなかったのかって」

 嘘だ。

「能力があれば、助けられたはずなんだ。それなのに、能力は発動しなかった。……ねえ、どうしてだと思う? 俺の能力が『願いを叶える』ことだと教えてくれたのは、ユリだよね? 本当は、違うんじゃないの?」

 驚くほどつらつらと言葉が出てくる。もしかすると、嘘ではなく、心のどこかに潜んでいたものなのかもしれない。

「巧真さんの能力は、『願いを叶える』ことですよ。能力が発動しなかったのはきっと、巧真さんが心から願っていなかったからです」

「願っていなかった……か」

「私は助けられるのに、知らない人は助けられないんですか?」

 なんだその言いぐさは、と巧真は思った。まるで、責められているみたいじゃないか。それに、助けられたユリが偉そうなことを言うのはおかしい。

 ――助けてあげた。

 そう思っている自分がいることに気付いて、巧真は吐き気がした。ユリは助けてほしいなんて言っていない。助けたのは、エゴじゃないか。……いや、それならなぜ、ユリ以外の人は助けられない?

「正義の味方になりたくないんですか?」

 巧真には、ユリの言葉が皮肉に聞こえてしまう。

 愛子ちゃんにあって自分にないものは何だろう、と巧真は思った。愛子ちゃんは世界中の人々を救ったのに、同じ能力を持っているはずの巧真はどうして他の人を救えないのだろう。

 わからない。考えようとすると、頭の奥に電撃のような痛みが走った。

「……もう、やめないか?」

「やめましょうか。今の巧真さんに答えを望むことは無理そうですね」

 ユリの態度はいつになく高圧的だった。まるで、仮面を付けて、いつもの甘えた表情を隠しているかのようだった。あるいは、ユリの本性はこちらで、いつも仮面を付けていたのかもしれない。しかし、後者ではないことを願うばかりだった。

「……では、行きましょうか?」

 ふっと、ユリの顔が普段の温和なものに戻る。本当に、巧真はユリが分からなくなっていた。それか、女性というものは大抵こんな感じなのかもしれない。

 巧真は内心で溜め息を吐き、ベッドに腰掛ける。ユリも隣に座った。

 窓の外に目を向けると、驚くほど真っ青な空が広がっていた。確かに、お出かけ日和ではある。しかし、寒いことに変わりはないだろう。

「どこに?」

 巧真は答えを知っていたのだが、確認のために訊く。

「レンタルビデオ屋さんです」

「どうして?」

「見なければいけないアニメがあるんです! 年をまたぐまでに!」

 義務のように言われても困るのだが、巧真は「わかったよ」と頷く。巧真の中にもまた、ユリとは別の義務のようなものがあったのだ。

 巧真の脳内には、ノートに書かれてあった、今日のことが貼り付いている。

 青目の彼らを表すと思われる青丸。それが、そこにあった。


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