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青い目  作者: 黒糖パン
11/25

愛子ちゃん

 アーケードを抜け、簡単な荷物検査とボディチェックを受けて、会場に入る。中は外の比ではないほど人がいて、握手会開始は三時だというのに、握手会ブースの前にはもうすでに列ができていた。

「どうする? もう並ぶ?」

 巧真が訊くと、ユリはお腹を擦る。

「お腹空きました」

「じゃあ何か食べよっか」

 飲食ブースに行けば、何かしらあるはずだった。というのは建前で、本音を言えば、飲食ブースで出される『愛子ちゃんの手料理』というカレーライスに昨日詳しく調べた時から目を付けていた。

 飲食ブースは思ったほど人が多くなかった。昼時を少し過ぎた時間だということもあるだろが、一番の理由は中央の舞台で繰り広げられているアニメ討論会だろう。ネット界で有名な人が出演しているだけあって、かなりの人が舞台近くに集まっていた。

『そういえば、『魔法少女はいない』のヒロイン、愛子ちゃんは時間を操っていましたよね?』

 会場中の全てのブースにスピーカーがあるのか、飲食ブースにも舞台の声が聞こえてきていた。

 巧真は『愛子ちゃんの手料理』を注文しながら、「操ってたな」とひとりごちる。

『ええ。まあ、操っていたというのかはわかりませんが、時間に忠実な優等生を困らせるために時計を狂わせていましたね』

『……AJさんは、最近ネット上で噂になっている話、知っていますか?』

 某有名人は急に声のトーンを下げる。カレーライスを受け取り、ユリの向かい側に座った巧真は、スプーンに手を付けず、故意的に会話に耳を傾ける。

『確か、一日が二十四時間ではなくなっている、でしたっけ?』

『そうです。実際、僕も噂が本当かどうか、昨日の夜確認してみたんです』

『どうだったんですか?』

『噂は本当でしたね。うちはデジタル時計なんですが、《23:49 59》の後は、《0:00 00》でした。アナログ時計では、針が瞬間移動するそうです』

『なるほど。しかし、一日が二十四時間ではなくなったとすると、どういう影響があるんでしょう?』

『昨日は、電車のダイヤが少し乱れたそうです。テレビやラジオなんかも放送時間がずれてしまったそうです』

『……電波障害でしょうか?』

『さあ? 一日が二十四時間というのは地球の自転からきているそうですから、もし仮に自転がおかしなことになっていたら、それは大変でしょうね……』

 自転……。

「なあユリ。時計が狂ったのは自転が関係あるのか?」

「それはないです。あくまでも狂ったのは『人間が決めた時間』ですから。人間がどうにもできない地球のことは関係ないです」

「どうして断言できるんだ?」

「研究の成果です」

 堂々と言われると、何も言い返すことができなかった。ユリの組織がそう判断したのなら、巧真が口を出す権利はない。

「それと、電車のダイヤどうこうはいずれ対応されて、それが普通になっていくと思いますよ」

「じゃあ、一日が二十四時間じゃなくなったことは、そこまで重要なことじゃないのか?」

「もちろん重要です。ただ、人間の生活は、時間がどうこうなったところで崩れるような脆いものではありませんよ」

 ユリの言う通りだとすると、ひとまず時間のほうは不安視しなくていいようだ。問題は、青目だけになったということになる。

 巧真は、ふうと溜め息を吐き、スプーンをカレーライスに突っ込む。口に運び、咀嚼すると、クミンの香りがいっきに口内に広がった。

 ん、うまい……。

 もう一口食べる。

 素材一つ一つの味がしっかりと伝わって来ていた。じゃがいもと米の甘味がゆっくりと巧真の気持ちを落ち着かせていく。

「愛子ちゃんって料理上手なんだな」

「作っていたのは、おばちゃんでしたよ」

「何言ってんだか」



 愛子ちゃんの中の人――もとい、声優、柏木(かしわぎ) かえでと握手できたのは、四時頃だった。

 茶色のボブカットが似合うかえでは、営業スマイルとは思えない満面の笑みで巧真を迎えた。そこで巧真はかえでにどこかで会った気がした。もちろん、ネットで画像を見たことがあるが、この感覚はそういう次元ではなかった。行ったことのない場所に来た時、来たことがあるような感覚を味わう。この感覚はそういう類のものだった。しかし、かえでと街中で会うわけなどなく、結局巧真はそのわだかまりを胸の奥に追いやった。

「声優がんばってくださいッ」

 巧真のテンションに合わせるようにかえでは弾けるような笑顔を見せた。

「はい! がんばります! 応援してください!」

 お茶目な少女のような声。しかし、同時に知的な雰囲気も感じられる声だった。間違いなく、愛子ちゃんの声だ。と巧真は改めて認識する。それに愛子ちゃんの声を直接聞くことができて、もうここで死んでもいい気分だった。魂が抜けていく感覚がする。もしかしたら、手を伝ってかえでに元気を吸い取られているのかもしれなかった。巧真は大歓迎だった。

 名残惜しく感じながらも、手を放す。

 ブースを出ると、先に握手をしていたユリが待っていた。

「どうでした?」

「魂が抜かれたような気がした」

「なんですかそれ」

 ユリは笑うが、事実なので仕方がなかった。

「ユリは?」

「私は…………むふふ」

 一体何を思い出したのかは知らないが、急に笑い出したその姿は奇妙以外の何ものでもなかった。

「きも。ユリも人のこと言えないくらいオタクだな」

「『魂を抜かれた』とか言ってる人と同じにしないでほしいですよ」

「一緒じゃねえか」

「私は、健全な『魔法使いはいない』ファンなんです。愛子ちゃんを下心丸出しで見ている巧真さんとは天と地の差ですよ」

「下心なんてない」

「へえ」

 何か企んでいる時の顔をして、ユリは巧真の腕に胸を押し付けてくる。巧真は腕を壁にすりつけているような感覚だった。

「じゃあ、私は下心で見てくれますか?」

 ユリはにやついているが、残念ながら魅力の一つも感じなかった。巧真は呆れながら、どう言おうかと思案するが、結局思ったことをそのまま言葉にすることにした。

「断崖絶壁」

 何かが物凄いスピードで目の前に迫る。

 巧真は、全治二週間ほどのダメージを受けたが、能力ですぐに復活した。


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