犬猫の仲
美しい銀髪、妖艶な容姿に危ない水着、そしてネコミミ。
どう考えても将弘んとこのアンジェラミア(元猫)なのだが、なぜか呼んでも返事をしない。
そればかりか、つんっとそっぽを向き、こちらを見てくれない。
さっきまであんなにくっついていたのに(別にくっついて欲しいわけではない)なぜだ? 名前を呼んだときから急に機嫌が……ってそうか、思い出した。
「ごめんごめん、忘れてたよ、アンジェ」
そう、猫だったときから、なぜかフルネームで呼ぶと反応してくれないのだ。
案の定、『アンジェ』と呼んだだけで、機嫌は元通りになり、今度は前方から引っ付いてくる。
「長い名前は嫌いなのよ。でもまあ、今回は特別に許してあげる♥」
お許しが出たのはいいのだが、さらに体を密着させるのは勘弁してもらいたい。
どうしても押し付けられた胸のほうに目がいくし。いや、やましい気持ちなど決して抱いていないけれども。
「ねぇ、せっかく来たんだから私と遊んでいきましょうよ?」
さすが元猫、甘え方を心得ていらっしゃる。
上目遣いで誘惑し、自分の要求を通そうとする姿はまさに魔性の女。
これなら将弘など何でも言う事をきくだろう。
「そうよ、将弘は大体これで落ちるわ。パパとママもね」
悪びれずに言うアンジェ。忠誠心など全く感じられない。ポン子とは真逆の存在だな。
それより、パパとママとは? 将弘んとこに他の猫なんていたっけな?
「ああ、正確には将弘のパパとママね。あの人たちも、この手でイチコロなのよ」
家族全員アンジェのとりこか。恐るべし、猫妖獣。
さて、そろそろ離してくれるかな。いい加減香苗の白い目線が刺さりまくって痛いので。
すると、アンジェは香苗の存在に今気づいたとばかりに驚いて見せ(絶対わざとだ)
「あら、香苗いたの? 私はりょーに用があるから、もう帰っていいわよ」
と相変わらず密着を解かないまま、香苗に向けて手でしっしっ、と追い払うような動作をする。
「ちょっと、その態度はないんじゃないの! ねえ、りょー君?」
なぜ俺に振る? まあでも、確かに良くない態度だな。
少し叱らないと、とアンジェに目をやると、なにやら俺にだけ見えるように目配せする。
なるほど、何か話したい事があるのか。
それなら、少し香苗に席を外してもらおう。
「ほぉら、りょーも私と二人きりがいいって。じゃね、バイバーイ」
小悪魔の笑顔で香苗に手を振るアンジェ。ちょっとまて、何もそこまで言ってないだろ?
「がーん……」
おい、香苗も真に受けるんじゃない。しかも、口でがーんて。
香苗がふらふらと風に舞う紙のようにさって行った後、アンジェはようやく密着を解く。
「それで、体張ってまで二人っきりで話したいことって何だ?」
きっと密着してたのも演技のためだと思って聞いてみる。
「あれはわりと本気だったわよ? ふふふ……」
相手に媚びたり、神経を逆撫でして手玉に取る。もしかしたら人より頭が良いかもしれない。
「そう? ありがと。それで、用件なんだけど、大したことじゃないわ。将弘の考えていることに協力してあげて、って伝えたかっただけよ」
ああ、たくさんの妖獣と仲良くして無害性を訴えるんだったっけか?
何でアンジェがそのことを知っているかはともかく(おおかた将弘が事前に話していたんだろう)わざわざ念を押すためだけに俺を引き止めたのか?
……ははーん、なるほど。さっきの忠誠心のかけらもないっていうのは撤回だ。
ほんとはただのツンデレだったんだな。
「ちがうわよ。ただ、あの家は居心地が良いから、離れることになるのを避けたいだけ」
ぷいっとそっぽを向くアンジェ。まあ確かに猫は家につく、とは言うけどな。
でも、香苗に聞かれたくなかったってことは、将弘家のことを心配しているのを、知られたくなかったからだろ?
なかなかかわいいところあるじゃないk……
「それ以上言ったらひどいわよ?」
笑顔で鋭い爪をちらつかせるアンジェ。
……ハイ、スイマセンデシタ。
「あの子はちょっとからかっただけよ。まあ、からかう相手としては、りょーのところのポンポン娘のほうが面白いけどね」
またまた照れ隠しを、と言うとほんとにひっかかれそうなのでやめておこう。
それにしても、ポンコツ娘とはポン子のことか? たしかにポン子は忘れっぽいしドジっ子だが、そこがかわいいんだぞ!
「いや、別にポンコツとは、ってまあそれはいいわ。そのポン子についてなんだけど」
なんだ? ポン子がどうかしたのか?
「あのままここに置いていくと、また勝手に抜け出したりしたら危ないわよ? おとなしくさせといたほうが、あの子のためよ」
まあ、そうなんだが、かといって教室に連れて行くわけにもいかないだろう。
鎖とかはもってのほかだし。
「私は、おとなしくさせられるわよ? しかも他の子もまとめて」
得意げに言うアンジェ。そりゃすごい。ぜひともお願いしたいが、その突き出された手は何だ?
「ん」
わかるでしょ?と言わんばかりに突き出した手をひらひらさせる。
はいはい、ただでは動いてくれないわけね。
しかし今渡せるもんは、ポン子のために一応持ってきたジャーキー一袋だけだぞ? アンジェは将弘んとこでもっと高級なものを食べているだろ?
「その安っぽい味が良いんじゃない。さ、ちょーだい?」
まあ、これ一つで済むならいいか。
ごめんな、ポン子。ちょっとおやつへっちゃうけd……
「それ、ポン子の!」
袋を開けた途端、体育館の戸が開き、ポン子が飛び出してきた。早いな、もうにおいを探知したのか。
まあまあ、いいじゃないか一つぐらい。
「絶対ダメ!」
首をはちきれんばかりに横に振り、拒否するポン子。しかし追い討ちをかけるように、
「一つじゃないわ。ひ・と・ふ・く・ろ」
とアンジェは挑発する。おいおい、いくらなんでもそれは……。
が、ここはアンジェの言うとおりにするか。
このカオスな体育館を静かにさせられるのはアンジェだけなのだ。
ポン子のにらみつける攻撃から目をそらしつつ、アンジェにジャーキーを袋ごと渡す。
「だめぇー!」
ポン子がアンジェに飛びかかったが、ひらりとかわされ壁に激突する。あれは痛い。
こちらに向き直ったポン子の鼻の頭は赤く、涙目で恨めしそうにこちらを見る。
なあ、一つぐらいポン子に分けてやってもいいだろう?
「だめよ。半分はあの子の泣き顔を見るためにやってるんだし」
と半泣きのポン子を見て満足そうなアンジェ。そういや、ただの猫だったころから、よくうちの塀の上でポン子のことからかってたよな。このドSめ。
一方のポン子は俺がジャーキーを取り返してくれそうにない、と感じたのか、
「う゛あ゛ー、ご主人のばかぁー! アンジェのばばぁー!」
マジ泣きしだした。
おいおい、こっちも収拾がつかなくなってきたぞ、どうするんだ?
「大丈夫、すぐにその子もおとなしくなるわ」
と、手招きしながら体育館に入っていくアンジェ。俺もマジ泣き中のポン子を連れて中に入る。
体育館の中は相変わらず妖獣たちが好き勝手に遊んでいて、手がつけられない。
どうするつもりなのかとアンジェを見ていると、移動式脚付黒板のところへ向かっている。
普段はそんなもの体育館にはないのだが、おそらく教頭あたりが、妖獣相手に授業でもするつもりで持ってきたのだろう。
しかし黒板で何を?
黒板……ネコ……爪……まさか。
大体何をするつもりなのかわかった俺は急いで耳をふさぐ。
そしてそのタイミングに合わせるかのように、アンジェが黒板に爪をかける。
全てのものが忌み嫌う悪魔の音が、体育館中に響き渡った。