目留駈高等幼稚園(妖獣組)
国語教師の雷回避の対価は大きかったが、何はともあれ教室を出られた。
よくやったぞ、ポン子。
「全然よくないわよっ!」
廊下を歩きながら、香苗がかみつくように言う。まあ、教室内の注目を集めた俺と一緒に、教室を出なきゃならなくなったので無理もないが。
「でも仕方ないだろ?」
と後ろから俺らについて来る二人(二匹?)を見やる。
ポン子は、もじもじ状態からぴょんぴょん跳ねることで、さらにことの緊急性を訴えている。
トイレはすぐそこだ。もう少しガンバレ。
そして、そのポン子の動作をとなりで見つめているのはモフト。
そう、なぜかモフトもついてきてしまったようなのだ。
ポン子によると、
「なんかご主人のとこいくっていったらついてきた」
だそうだ。たぶん、ついていけば香苗に会えると思ったのだろう。かわいいじゃないか。
「何言ってるの! 私はりょー君と違ってしつけには厳しいの。ダメなことはきちんとダメと……」
怒られてしょぼくれているモフトを見て、香苗の説教が止まる。
「だめ、よ! 私は、体育館で、おとなしく待って、な……」
香苗、激しく動揺。
その後、両者不動の状態が続いたが(と言ってもほんの数秒)ついに我慢できなくなり、香苗がモフトを抱きしめ、頭を撫で回す。
にやにやとだらしない笑顔の香苗。よくあれで人のこと親バカだなんて言えるよ、なーポン子?
「いいからはやくトイレ!」
……怒られてしまった。
さすがに俺が女子トイレの中までついていくわけにはいかないので、ポン子を香苗にまかせ、俺とモフトはトイレの外に待機する。
その間暇なので、モフトを撫でて、手の甲に浮かび出てくる魔法陣を眺める。
特に俺に何か変化があるわけでもないし、モフトにも何かあるわけでもない。
ただいつもより、モフトの俺との距離が近い気がする。
ひょっとして、俺の右手にはヒーリング効果のほかに、妖獣がなつきやすくなる効果が?
それなら、将弘が言っていた妖獣を手なずけて無害アピールなんて簡単……。
いや、やっぱりやだなぁ。よく分からん力を使って妖獣たちを従える、なんてなんだが悪役みたいだし。
まあ、そんなに難しく考える必要ないんだろう。
将弘が大げさなだけだ。あいつは、自分の欲望に素直だからな。それにしても、将弘をあれだけ必死にさせるアンジェラミアは、一体どれほど大人な魅力の持ち主なのか。
友人の元ペットだからな、気になるのは仕方がない(決してナイスバディが見たいわけではない)
「なに鼻の下のばしてんの? もしかしてモフトに変なことしてないでしょうね?」
「あー! またモフトなでてもらってる! ずるい!」
トイレから出てくるなり二者二様のご意見をどうも。ってか、モフトはオスなんだから、変なことするわけないだろう。
まあ、確かにかわいいけれど。
用事は済んだが、ポン子たちが体育館までおとなしく帰ってくれるとは思えないので、連れて行くことにした。
実際、家庭科室から流れてくるにおい、グラウンドに転がっているサッカーボール等、ポン子たちを誘惑するものはたくさんあった。
俺たちが一緒でなければ確実に一騒動起こしていただろう。
ペットの放し飼いが危ないのは当たり前だが、かといって妖獣になったポン子たちを鎖につないでおくわけにもいかない。というか、むしろつないでおいたほうがまずい。
少し人間社会でのルールを学んでもらう必要があるな。じゃないとポン子たちが危ないし。
確か、体育館にポン子を預けるときに、教頭が監視してるって言ってたな。ポン子たちに色々教えてもらえるように頼んでみるか?
でもちょっと頼りないか、ポン子たちが抜け出してきちゃってるくらいだし。
「ご主人、むずかしいかおしてるな。おなかいたいの?」
心配そうにポン子が俺の顔を覗きこむ。
いったん考えるのをやめて、周りを見てみると、いつの間にか体育館前まで来ていた。トイレからここまでずっと無言だったから、心配してくれたのか。
大丈夫だ、ちょっと考え事してただけだよ。やさしいな、ポン子は。
そんなポン子にはなでなでをプレゼントだ。
「あはー」
嬉しそうなポン子。そんな俺らをやれやれといったふうに見つめながら、
「まあ、考えてたことは大体分かるけど、たぶんこれからもっと大変になるわよ?」
と、香苗が体育館の入り口を指差す。
今まで考え事をしていて気がつかなかったが、体育館からは、何かがひっくり返されたような音、どたどたと走り回る音、笑い声から泣き声まで、多種多様な音がそれぞれこれでもかというくらい主張しあって聞こえてくる。
戸をあけなくても分かる。この中には、果てしなくカオスな状況が広がっているのだと。
心の準備をして、戸に手をかける。そして、香苗に目配せする。香苗はこくりとうなずき、両耳を手でふさぐ。
5数えたら開けよう。
5、4、さn……。
「ただいまー!」
ポン子が勢いよく戸を開けて中へ入ってゆく。とたんに喧騒が三倍くらいになった。我が校の体育館の防音管理は優秀だったのかー、なんて考えている場合じゃないな。急いで中に入って戸を閉めよう。
予想通り体育館の中は、ぶちまけられたバスケットボールや、ボロボロになったマット等なかなかひどい有様であった。さらに妖獣たちが、走り回り飛び回り、ネットやカーテンに絡まったり、喧嘩したりとやりたいほうだいで、この惨状を加速させる。
「ここは幼稚園かっ!」
思わず叫んでしまったが、すぐに喧騒の中に消える。この調子じゃあ、静かにするように言ったところで聞こえやしないだろう。
うん、まあ俺は授業中だったしな。見なかったことにして教室に帰ろう。
……いや、待てよ? せっかくだから他の妖獣がどんな服着せてもらってるのか見ていくか。
言っておくが決してこの状況のめんどくささと、教室に帰って宿題のことでとがめられることを天秤にかけたわけではない。ポン子に買ってあげるときの参考にするためだ、いや、本当に。
さて、妖獣たちの服装だが、飼い主の性格が出ていてなかなか面白い。
大きく分けると大体この3タイプだ。
まず、帽子やリボンををつけさせたり、キャラクタープリントの服を着せているのは、かわいい系を好む飼い主。んで、アイライン等化粧をさせたり、流行最先端(俺はあまりよく知らないが)の服を着せているのがおしゃれを好む飼い主。
最後に、うちのポン子みたいにシャツとジーパンで適当に組み合わせているのが男の飼い主、といったところだろう。
ちなみに、女装をさせられているのはモフトだけで、オスの妖獣は、大体は上の三タイプに当てはめつつ、きちんと男用の服を着ている。(もちろんりぼんやカチューシャはつけていない)
んー、おしゃれ系は難しいし、ポン子は元気系だからかわいい系は合わないかもな。
そのままか香苗に相談するかどっちかにしよう。
結局、見事に観察が全く無駄になる結論に達し、時間を浪費したところで、誰かが袖を引っ張っていたことに気づく。
香苗だ。何か言っているようなのだが全然聞こえない。身振りから察するに、もう外に出ようと言っているのだろう。
そうだな、いい加減耳がどうかなりそうだし、目的も大体果たせたしな。
外に出ると、まだまだうるさいものの、とにかく一息はつけた。と思ったのもつかの間、
「あらぁ、りょー、もう行っちゃうの?」
なんだか艶かしい声とともに後ろから抱きつかれる。
香苗か? いや香苗はこんなことしないし、そもそも背中に当たっている暖かいものの大きさから察するに、香苗でないことは間違いない。(言ったらけり倒されるので言わないが)
とりあえず、姿が見えないので、離れてもらえないだろうか。
「いいわよ、それっ」
掛け声とともに、背中にくっついていた何物かが俺の頭上を飛び越え、目の前に着地する。
美しく光沢のある銀髪で、それをシニヨン(お団子)にして止めている美女が目に飛び込んでくる。
細めでありつつ、長身で胸も大きい。さらにポン子にはない大人な魅力をかもし出す布地の少ない水着。
そして、猫耳としっぽ。
猫を飼っていて、しかもこんなかっこをさせるやつは、俺の知っている限り将弘ぐらいなものだ。
ということは……。
アンジェラミアか!