犬の耳に演説
「やあやあ、わざわざお集まりいただきご苦労、人間の諸君」
朝礼台に上がった少女は高慢ちきな態度で話し始める。
・・・・・・これは何かの冗談だろうか?
あの着物を着たちびっ子が今回の首謀者?
七五三帰りの子がただ迷い込んできただけでなくて?
「俺も最初はそう思ったんだけどな」
そう言う将弘の顔はいたって真面目だ。
ポン子たちも何か感じ取ったのか、俺たちの前に立ち、警戒態勢をとる。
「私の名前は犬神 めるく。ここの裏山の神社に住む、この土地の神である」
すいませーん、この子の保護者の方はいらっしゃいますかー? なんか頭打っちゃったみたいで、すぐに病院に連れて行ったほうが良いですよー。と、言いたくなる俺の気持ちは理解してもらえるだろう。
神様だって? 確かに目留駈高校の裏山には目留駈神社というのがあるが、あんなとこに誰かが住んでたという話は聞かない。何の神様が祭ってあったのかも知らないし、同じ名前で立派なのが他にある。
ここの土地の神様ならそっちに住めばいいだろう。信じられる要素は今のところ一つもない。
よた話は別のところでしてくれ。俺は早く教室に行って、忘れてた宿題を片付けなければならんのだ(今思い出した)。
「まあ、驚くのも無理はない。いきなりこんなこと言われても、普通は理解できんよな」
よくおわかりのようで。まあ、集まった人たちのあっけに取られたような表情を見れば一目瞭然だと思うが。
「ではこれから証拠を見せて進ぜよう」
そういうや、痛い気な少女は持っていたバスケットの中から黒い物体を取り出した。
あ、あれは、我が高に住み着いているアイドル的黒猫のミーちゃんではないか!
「なんか今日はやけに説明口調だな」
と将弘からツッコミが入る。まあなんだ、そういう気分なんだ、今日は。
そんなことより、あいつはミーちゃんをどうする気なんだ。危害を加えるようなら容赦しないぞ。お尻ペンペンだ!
しかし、めるくとかいう少女は、皆の目線を集めたのを確認してから、無常にもミーちゃんを空高く放り投げた。
起訴不可避! 許せん!
俺はミーちゃんを受け止めるべく走りだそうとしたが、自称神は、いつのまにか手のひらに謎の光の塊を作っていて、それをミーちゃんへ向けて投げつけた。
ミーちゃんが光に包まれる。
周りのものがすべてスローモーションになり、ミーちゃんとの思い出がよみがえる。
おいしそうにミルクを飲むミーちゃん。
日向で気持ちよさそうに眠るミーちゃん。
ってあれ? こんな感じ前にもあったな。
などど考えていると、光は激しさを増し、目を開けていられなくなる。
なにかがどさっと地面に落ちる音がした。
俺は恐る恐る目を開けてみる。
ミーちゃんが落ちたであろう地点には、黒髪のショートヘアで猫耳の少女が横たわっている。
「グッジョブ!」
空気の読めない将弘がガッツポーズとともに叫ぶ。そして、先ほどまであっけに取られていて空気だった香苗が、すかさず蹴りを入れる。
いや、少しは驚けよ、二人とも。
それに、俺はまだ、信じたわけではない。光った瞬間に、ミーちゃんと猫耳をつけた人間とをすり替えた手品である可能性が……。
「いや、さすがにそれはないだろう」
将弘に二度もツッコミを入れられてしまった。
なんということだ。
俺たちが小漫才をしているうちに、呆然としていた周りの人たちも我に帰り、校庭は騒然とし始める。
犬神 めるくはその様子に満足したのか、今度はポン子たちに話しかける。
「さて、ペットと言われていた哀れな動物たちよ。どうだい、妖獣になった気分は? 楽しんでるかい?」
……ようじゅう?
妖しい獣と書いて妖獣なら、今のポン子は妖怪みたいな存在ってことになる。
まったく、ろくな説明もなしに新ワードを並べて、一般人がついてこられると思っているのか。ゲームだったら確実にクソゲーだ。
それに、当のポン子たちだが、めるくが俺らに危害を加えるつもりではなさそう、と判断したようで、めいめい勝手に遊び始めてますが。
ポン子は、新しくできた元インコか何かのお友達(?)の羽を引っ張って遊んでいたし(もちろん俺は止めに入った)モフトは穴を掘って服を泥だらけにしているし。(香苗は悲鳴を上げてやめさせた)
「おのれ、我が力を分け与えてやったから今の姿があるというのに、何だその態度は!」
ポン子たちに無視され、若干キレ気味なめるく。ずいぶんと沸点の低い神様だ。
しかし、今の発言からすると、やはりこいつが妙な力を注ぎ込んだから、ポン子たちが妖獣とやらになったと。
いったいなんのために? いや、なんとなく分かるぞ。こういうシチュの場合、たぶん世界せいふk……
「いいか、お前たちは人間と対等な力を手に入れた。もう、鎖につながれ、こびへつらう必要はない。お前たちは自由になったのだ!」
なんかちがうみたいだ。どうも、リンカーンの奴隷解放のごとく、ペットたちの解放が目的のようだ。
だがそれは筋違いもいいところだろう。俺はポン子を奴隷扱い(とても危ない表現だ)したことなどないし、ポン子もいやいや俺の元にいるわけではないし。
案の定誰一人反応しない。そりゃそうだろう。
ここに集まった飼い主さん達は俺と同じ気持ちだろうし、ポン子たちはそもそも何を言っているか理解できていないだろう。
めるくは得意げに皆を見渡し、拍手を待っているようだが、いつまでも誰も反応しないので、ダメ押しとばかりに一言付け加える。
「さあ、我が元に集い、我らの理想郷を作るのだ!」
ビシッと人差し指をこちらに向け、どや顔のめるく。
やはり皆無反応だったが、遊んでいる最中に知らないやつから何度も横槍を入れられてイラッときたのか、ポン子が言い返す。
「うるさいな、ポン子はずっとご主人のところにいるの!」
ぽ、ポン子!
なんていい子なんだ。いかん、感動して目頭が熱くなってきた。
「そうだよな、俺たちはずっと一緒だもんな!」
あまりの愛おしさに人の目を気にせずポン子を抱きしめる。
すると、周りから一斉に拍手が巻き起こる。
うむ、超恥ずかしい。やはり犬の姿のときと同じような接し方は少しまずかったかも。特に人前では。
ポン子も大勢に見られるのはさすがに恥ずかしかったのか、
「は、はずかしいよご主人……」
と赤面して暴れる。
俺ももうそろそろ顔から日が出てもおかしくないレベルなので、ポン子を離す。
さて、ポン子との絆を再確認したので、めでたしめでたし、とはいかない。
本来あびるはずであった(と本人は思っているだろう)拍手が俺とポン子にとられてしまい、めるくはいよいよ本気で怒り出したようだ。
「お前、自由を手に入れたというのに、まだ人間に従属するというか! ふん、力を与えてやってもおつむは獣のままか」
朝礼台から見下すめるく。
おい、ポン子の悪口はやめろ。ちょっと抜けているほうがかわいさが増すから、ポン子はこのままで良いんだ。
それにほら、ちゃんと今言われたことが分かるみたいで、ポン子もむっとした顔をしてるじゃないか。
従属とか難しい言葉が分かるんだな、えらいぞぽんk……
「むずかしいことばをつかうな、ばばあ!」
ポン子の一言によって、さきほどの空気から一転し、校庭はもはや北極のごとく凍てついている。
ポン子ぉぉぉぉぉぉ!
どこでそんな悪口覚えたんだ、悪い子め!
ほらみろ、めるくからものすごい殺気が出ているじゃないか。もはや眼光だけで人を殺せそうだぞ。
「だってかみさまってすごくながくいきてるんでしょ? だったらばb……」
急いでポン子の口をふさぐ。
いいか、ポン子、自称神様とはいえ女性の年齢について触れてはいけないの。それに見た目が小学生っぽいからあれはババアじゃなくてロリバb……。
「それ以上はりょー君も言ったらダメでしょ」
香苗に小突かれる。
そうだ、これ以上事態を悪化させるわけにはいかない。
神様かどうかはともかく、何らかの力を持っていることには違いない。下手に暴れだすと人間では手がつけられないかもしれない、なんとかしてこの場をおさめないと。
しかし、そんなことは妖獣たちに分かるはずもなく、ポン子の反撃で勢いづいた彼らは一斉に罵声(というか悪口)をめるくにあびせを始める。
「ばか!」「あほ!」「まぬけ!」「う○こ!」
さきほどの演説の雰囲気は完全に抹消され、いまや幼稚園生の喧嘩のようになっている。
めるくは、拳を握り締め、震えながらなにかつぶやいている。
呪文か何かか! まずい、早くこの場から逃げないと!
「……ぐすっ、ばばあじゃないし、バカって言った方がバカなんだぞ!」
言うや、めるくは着物の袖で目をこする。
あ、泣いた。
これは予想外だが、とにかくこの状況はなんだか普通の小さい子をいじめているようで気分が悪い。
やめさせよう。
全員を静かにさせるまで時間がかかった。
その間、めるくはずっとぐずっていたが、皆が静かになるや、
「いいか、少し時間をやる。その間に人間につくのか私につくのか考えておけよ、このバカども!」
と捨て台詞をはいて目を袖で隠しながら走り去った。
とりあえず二の句が告げないので、めるくの走り去ったほうを無言で指差しながら、将弘のほうを見る。
「いや、ほら、確かに特殊な力っぽいのもってたじゃん? だから首謀者に間違いないって」
必死にフォローする将弘。優しいなお前は。
しかし、結局ポン子たちは元に戻るのか、とか俺の腕に出た魔法陣はなんなのか、と分からないことだらけのままだったな。
次に会ったときにそれらは明らかになるのだろうか。(そもそもそんな機会があるのか)
色々と謎を残しつつ、始業のチャイムが鳴ったので俺は校内に入ることにする。ポン子を連れて。