変わったもの変わらないもの
「モフト、あーそーぼー!」
登校準備を整え、香苗の家の玄関先(うちのお向かいさん)までやってくるや、ポン子が見当違いのことを叫ぶ。
ちがう、今日は遊びに来たんじゃないんだ、ポン子よ。
これから一緒に学校に行くんだ。
「がっこ? なにそれ?」
ほっぺに人差し指を当て、首を傾げるポン子。
さすがに、朝っぱらから日本の教育制度について講釈たれるのも面倒だ。
「勉強するところだよ」
とだけ言っておく。
「そうか、ご主人べんきょうすきなんだ。えらいなー」
どうやらポン子の中での俺の株は上がったようだ。間違った方向にだが。誤解を解こうにも、じゃあ何で学校に行くのかと聞かれると困る。
なんとか俺の威厳を保ったままうまくごまかす方法はないものか、と考え始めたところで、ドアが開く音がする。
いいタイミングだ、香苗。今日は冴えているn……。
ところが出てきたのは香苗ではなく、白髪のロングヘアの少女?だ。黒い生地に白いフリルがついたゴスロリの服を着ている。髪にはウェーブがかかっていて、前髪は長すぎて目が完全に隠れてしまっている。そして頭部に白い垂れた耳。
たれ耳ってことはもしかして?
「お前モフトか!?」
こくりとうなずくモフト(♂)。なぜそんな格好なんだ。香苗に着せられたのか?
再びモフトはこくりとうなずく。犬のときから鳴かないし、おとなしかったからな。
人の姿になるとこうなるのか。ポン子とは対照的で面白い。
しかし、すごくゴスロリが似合っている。ただ、男の子だと知っているからか、少し変な感じがする。(変なのは当たり前だが)
ポン子も違和感を感じたようで、
「モフト、へん!」
と正直な感想を告げる。
モフトは傷ついたらしく、うつむいてしまう。
こらポン子、意地悪なこと言うんじゃない。見た目女の子っぽいから、そんなに変じゃないだろ。
「ぜったいへん! へん!」
と譲らないポン子。
我慢していたモフトだが、ついに小刻みに震え始め、ぽろぽろと涙をこぼし始める。
まずい。香苗が来る前に何とかしないと。とりあえず頭を撫でてやる。
「ごめんなー、あとでポン子にはきつーくいっておくからな?」
フォローを入れつつ、顔色を伺うと、意外にもすぐに泣き止んだ。
えらいぞ、モフト、男の子だもんな。
とりあえず、争いの元は去った。それにしてもポン子にはもう少し空気を読むことを教えないと……ってなんだか右手が熱いな。
モフトを撫でている手を見てみると、甲の部分にありきたりな魔法陣(丸の中に星が入ってるやつ)が浮かび上がっていて、真ん中に『妖』と書いてある。
……ダサッ!
っじゃなくて、なんだこれは。これも昨日の光を浴びた影響か?
モフトから手を離すと、魔法陣は消えた。どういう効果なんだろうか。
「ポン子も! ポン子もなでて!」
またしても空気を読まぬポン子の横槍が入る。
さっきモフトをいじめたから、本来は撫でてやらないのだが、思うところあって今回は特別に撫でてやる。するとやはり、手の甲に魔法陣が浮かび上がる。どうやらポン子たちに触れると現れるようだ。しかし、何も特別な力があるようには……。
「はー、いやされる~」
風呂に入ってくつろいでいる時のような表情のポン子から察するに、とりあえずヒーリング効果があるみたいだ。
まあ、勝手に暴れだしたりしないだけいいか。
「ごめんね、ちょっとおそくなっちゃった」
色々とひと段落着いたところで、香苗が出てくる。遅いぞ、なにやってたんだ。
「ごめんってばー、寝癖を直すのに時間がかかっちゃって」
きれいにまとまったボブカットに手をやりながら、謝る香苗。そして目線は俺からポン子に移り、そして俺の手の甲に移り……。
「なにそれ、ダサッ!」
さすが幼馴染、考えることは一緒だな。
さて、家から学校までは約15分。その間に、ポン子と同じような変化をしたペットたちに出くわしたり(そのたびにポン子は「あそぼー」と声をかけに行った)モフトの服について聞いたりした。(「だってそのほうがかわいいでしょ?」だそうだ)
しかしそんなことは、些細なことだった。
学校の校庭に広がっている光景の前では。
「す、すごい数だね」
香苗の言葉に俺はただうなずくしか出来ない。
それくらい、我らが目留駈高校の校庭は、人の姿と化したペットとその飼い主でごった返していた。
俺の住む目留駈市はペットが多く、それらすべてが人の姿になっているなら、人口(?)は倍になったと見て良いだろう。
そして、それが各近隣の学校に押し寄せているなら、こうなるのも無理はない。
それにしても、犬、猫、鳥等様々な元ペットがいるが、羽やら尻尾やらがなければ、普通の人間とほとんど判別できないじゃないか。
一体誰の趣味だろうか?
「それはもうすぐ分かると思うぜ、親友」
後ろから肩をたたかれる。このなれなれしい感じは、中学のときから腐れ縁の五十嵐 将弘か。
「なんで説明口調なんだよ」
と怪訝な顔をする将弘の質問はスルーするとして、もうすぐ分かるとはどういうことだ?
「それは、もうすぐこの事件の首謀者のありがたーい演説が始まるからだよ。あ、香苗ちゃんおはよう。今日も黒髪がまぶしいねぇ」
「ふふっ、ありがと、五十嵐君」
重要なことをさらっと流して、おせじを言い始める将弘。
まあこいつのくせだし、こうなったらもう情報は聞き出せないだろう。もしかしたら、何か知っていても話せない事情があるのかもしれない。
将弘の親父さんは目留駈市の市長だ。これだけの事件がありながらテレビで何も報道してないところを見ると、お偉いさんから情報統制がかかっている可能性がある。
そして、将弘は親父さんのこと尊敬しているし、迷惑のかかるようなことをしたくないのかもしれない。だとしたら、俺も余計なことを聞かないほうが良いだろう。ただ、
「お、もしかしてポン子ちゃん? いやーなかなかの体つきだな、すばらしい」
そのいやらしい目つきをやめろ。それに、もし触ったりしたら、ただではすまさんぞ。
「だいじょぶだよご主人、ヘンなことしたらかむから」
犬歯をカチカチと上下させるポン子を見て、将弘は手を引っ込める。
「ま、まあうちのアンジェラミアのほうがすごいけどな」
負け惜しみを、ってこいつも親バカか。
「猫のときからすでに妖艶な魅力があったからな。それが人の姿となればもう」
胸やら尻の辺りで円を描くような仕草を取る将弘。つくづく下品なやつめ、それだけ言うなら見せてもらおうか(決して期待しているわけではない、本当に)
「いやー、それがちょっと目を離した隙にどこかへ行ってしまって。ま、猫って気まぐれじゃん?」
本当だろうか? 適当なこと言って、ポン子に勝てそうにないから隠しているだけじゃないのか?
「そんなことはない! 艶やかなシルバーの髪の毛で、スタイルはこの前見せてやったグラb……」
口を押さえて将弘を黙らせる。熱弁しているところ悪いがストップだ。
香苗様が冷ややかな目で見ていらっしゃるぞ。
「ま、あなたたちがどんな雑誌を見ようと勝手ですけど? でもやっぱり一番かわいいのはモフトよねー?」
とモフト押しでペット自慢に参戦してくる香苗。
飼い主通しの会話に入れず、モフトはポン子とじゃれていたので、いきなり振られてびっくりしている。(ちなみに、ちょうどいいところにポン子のワンパンが入ってモフトは半泣きになった)
それを見てさらにびっくりしているのが将弘。
「え゛っ、それ、モフト?」
ゴスロリのモフトを見て、ないわーといった風に将弘は手を横に振る。
当然、香苗の蹴りが入る。
なんだかいつも通りのやり取りだ。ポン子たちの姿が変わろうと、俺たちは変わらないし、ポン子たちに対する愛情は変わらない。
それが、こんなくだらないやり取りで確認できるなんてな。
おかしさ半分、安心半分っといったところか。
とにかく、この調子なら何が出てきても大丈夫だろう。
さあ、この事件の首謀者とやら、こちらの心の準備はバッチリだぞ? さっさとでてこい。
するとまるで俺の心の声にこたえるかのように、
「えー、待たせたな、諸君。それでははじめようか」
突如校庭に響き渡る声。
朝礼台の方を見ると、そこには小学生くらいの少女が立っていた。