妖獣生活相談課
近い、というのはなにかと便利なものだ。
バイト先が近ければ移動時間が短縮できるし、余裕を持って行動できる。だが……
「いくらなんでも家の隣は近すぎるよな」
独り言を言いつつ、隣宅兼職場の表札を眺める。
『犬神 めるく』
と書かれた表札の下には、
『妖獣生活相談課』
と達筆な字の張り紙がされている。そう、俺はめるくの下で働くことになったのだ。
一連の妖獣騒動は、めるくが俺に負けて改心し、今後は人間と協力して生きてゆく、という体裁で収束した。実際は引っこみがつかなくなった寂しがりやのプライドの問題だったのだが、まあそれ言うと怒るからな。
それで、市役所の課の一部として、妖獣生活相談課を設立し、めるくはそこで働くことになった(市長である将弘の親父さんが色々と気を使ってくれたそうだ)。
しかしこれで一件落着かと思いきや、どうやらあまりまじめに仕事していないようなので、俺がバイトという名のお目付け役に選ばれた、という訳だ。まあ、俺は家計の助けになるんで別にいいんだけれども。
そしてその問題のチビ神様だが、さっきからインターホンを鳴らしているのに、一向に出てくる気配がない。まだ寝ているのか?
時計を確認してみると、九時五分。九時までに行くという約束で、もう五分も経っているのに。仕事をまじめにやってないというのは本当のようだ。ここは少々非常識ではあるが、インターホンを連打しよう。必殺十六れんs
「ええぃ、うるさいぞ! さっきからピンポンピンポン!」
あ、出てきた。めるくはぼさぼさで焼きそばみたいな髪に、ピンクのパジャマという格好。そして不機嫌そうな顔を見るに、やっぱり寝てたな。
「まったく人の快眠を邪魔するとは、一体どういう教育を受けているのだ」
ぶつぶつと文句をたれるめるく。少なくても、人と約束している時間を過ぎても、平気で寝てられるような教育は受けていない。いや、まあ言いたいことはたくさんあるが、それより早く着替えて支度してこい。
「まだ朝食をとってない。お腹すいた」
そんなの知らん。早起きしない悪い子がいけないんだ。ほら、眠そうに目をこすってないで、早く支度しろ。行きがけにブロック食(四角いクッキーみたいなあれ)かなんか買ってやるから。
「私は朝食は毎日きちんととる、と決めているのだ」
人を待たせているのにえらそうにしおって。まったくそれならさっさと食べてきなさい。
すると、めるくはかろうじで開いてる目をこちらに向けていわく、
「なんか作ってくれ」
まあ、うん、わかってたさ、なんとなくは。
寝起きでまだ若干ほわほわしているめるくを、くしを持たせて洗面所につっこむ。めるくの家には、あいつが引っ越してきたときに手伝ったから、勝手はなんとなくは分かる。ってか、前の住人さんは一体どこへ行ったのだろうか? いつのまにか引っ越していて、お向かいの幼馴染、香苗に聞いてみても
「なんか一身上の都合なんだって」
という感じだし。あまり深く詮索しない方がいいのかもしれない。めるくが、『私が妖力でやった』とか言い出したら面倒だし。世の中知らない方がいいこともあるしな、うんうん。おっと、それよりめるくの朝飯を作らないと。
はあ、最近はポン子でさえ、自分のことは自分で出来るようになったというのに。世話代としてバイト代上乗せしてほしいもんだ、まったく。
めるくの冷蔵庫の中の大半はオレンジジュースで埋まっていたので、自分の家からご飯やら冷凍食品やらを適当に引っつかんできて、レンジでチンする。そしてこれまた適当に並べて、はい出来上がり。ビバ、文明の利器。
大体解凍し終わったところで、身だしなみを整えためるくが戻ってくる。黒髪はおさげにして、ベージュで花柄の着物を着ている。やはり見た感じは、七五三のガキンチョにしか見えない。
「なんだか味気ない朝食だな」
不平を言いながら、席に着くとインスタントの味噌汁をすする神様。なんだか言葉面だけ見てると哀愁をそそるな、没落したみたいで。しかし、冷蔵庫にはジュースしか入ってないし、普段何食べてるんだ?
「んん、ふぁれ」
ほうれん草のおひたし(解凍済み)をほおばりながら、めるくは戸棚を指差す。ちゃんと飲み込んでからしゃべれ。ほうれん草はなかなか噛み切れないんだから、のどにつまらすぞ。
それに、戸棚に色々入ってるなら先に言ってくれれば、って中身はレトルト食品ばっかりじゃないか! あじけないだなんだって言ってたのは、普段自分が食べているものとそんなに変わりないってことだな。人に頼めば少しは豪勢なものが出てくると思っていたんだろう、神様の癖に考え方がこすいぞ。
「そ、それより、今日は三件回るぞ。ペットショップと美容院と喫茶店だ」
話を逸らしたあたり、やはり俺の考えたとおりだったようだ。まあ、人間味のある神様ってことで大目に見ておこう。それにしても、妖獣生活相談課っていうから、初めて名前を聞いたときは相談者が来るのかと思っていたんだが、自分から相談者の所へ行くんだな。
一応、妖獣たちのことを考えて行動してくれてる、と分かっただけでも俺は嬉しいぞ。
「いやまあ、一応神様だし、な。世のため人のため妖獣のためならば、喜んで行動するぞ、うん」
言ってる事はすばらしいのだが、どうも目が泳いでいる。こういうときは、意図的に目を向けないようにしている方向が怪しい。どうやらさっきの戸棚の横に無造作に置いてある、ファイルを避けている気がする。
「あ、こらっ! か、勝手に見るな!」
すばやくファイルを取り、めるくがぴょんぴょん跳んでも手の届かない位置で、内容を確認する。どうやら、ここに寄せられた相談用紙のようだ。
Q,.妖獣化したうちの子(犬)に、チョコをあげても大丈夫でしょうか?
A.しらん
Q.ペットショップを経営しているのですが、店の動物が全て妖獣化してしまって困っています。
A.自分でなんとかしろ
……まさに絶句するしかないこの状況。これは、少しお説教ですな。おいこら、ちょっとそこに正座しろっ!
「だ、だからこれからはちゃんとするって言ってるだろ。ほら、野次馬が増える前にさっさと行くぞ!」
そそくさと玄関へ向かうめるく。待てこら、野次馬なんて一体どこn……。
「うわっ、ご主人こっちみた」
「急いで隠れるの」
……いた。庭側の窓の外を見ると、ブロック塀からイヌ耳とネコ耳が二つずつ生えているのが見える。実にかわいらしい。おそらく、冷凍食品を取りに戻ったときに、興味がテレビからこちらに向いたのだろう。まあ、留守番してるように言ったし、ついてくることはないだろうがな。
「おい、早くしろ、置いていくぞ」
玄関からめるくのせかす声が聞こえてくる。はいはい、今行きますよ。
―ポン子たち妖獣が日常生活に完全に溶け込むには時間がかかるだろう。
だから、今自分にできることをせいいっぱいやっておきたい。
大好きな、家族のために。
そんなことを考えながら俺はブロック塀に生えた耳たちに手を振ると、玄関へ向かった。




