また明日
妖獣たちは続々と集まってきていた。アンジェ、モフトにミーちゃんもいる。みんな、無表情でこちらを見つめている。ただ、ミーちゃんが操られていたときのように、目は赤くない。
ポン子だけが、少し目が赤く充血している。泣いた後のように。
嘘だろ、ポン子? めるくについて行ったりなんかしないよな?
「どうして、ポン子をおいてったの?」
質問を質問で返すポン子。その静かな声には、かすかに怒気が含まれている。こぶしをぎゅっと握り、まるで爆発しそうな感情を抑えているように感じられる。
完全に操られているわけではないのだろうか? いや、そもそも操られているのではなく、自分の意思できたのかもしれない。だとしたら、自らの決断で俺の元を離れることにしたのか? いったいどうして……。
「だから、どうしてポン子をおいてったのってきいてるのっ!」
わめきながら地団太を踏み、ポン子は怒ってますアピールをする。それを見て、アンジェは呆れたようにおでこに手をやり、モフトはオロオロし始める。連鎖するように、他の妖獣たちも、無表情をやめて思い思いに、喜怒哀楽な表情を見せる。
あ、あれ? やっぱり操られてたわけじゃないのか? じゃあやっぱりみんな自分の意思で?
わけが分からないので、とりあえずめるくのほうを見ると、同じようにわけが分からない、といった顔をしている。めるくが意図した事態ではないのか。ではこれはいったい……。
「そんなこといいから、ポン子のしつもんにこたえて!」
視線を戻すと、目の前いっぱいにポン子のかわいい怒った顔が。
するどい眼光が、こちらの質問が絶対に先であると、主張している。
何で置いて行ったかって、ポン子がいると話がこじれ、じゃなくてえーとほら、気持ちよさそうに眠ってたから、起こすのは悪いかなと思って。ってか、いつもはちゃんと、おとなしくお留守番してただろ? ポン子を置いて出かける(買い物とか)ことは、初めてではないはずだ。
「ちがうの! ひとりであぶないことしようとしたから、おこってるの!」
至近距離でわめかれて、耳がキーンとする。
危ないことって、一人でめるくのところに行くのが、そんなに危ないことだろうか。
「またけがしたらどうするの! ポン子がどれだけしんぱいしたかわかってるの?!」
ポン子のかすかに震えた怒鳴り声。目じりには、じわじわと涙がたまる。そんなに心配させちゃったか。ごめんな、ポン子。
「ふふ、この子、『ご主人がいなくなった!』って、泣き喚きながら探し回ってたのよ? 犬なんだから匂いをたどれば、すぐたどり着けるはずなのに」
ヒートアップするポン子をなだめるためか、横で見ていたアンジェが、いつものからかうような口調でポン子の行動を暴露する。
「――っ!!」
すると、ポン子は顔を真っ赤にして、手を振りつつ声にならない声を出し、一生懸命否定する。
かわいい。超絶かわいい。もはや国宝級のかわいさだ。今度人間国宝を決めるときは、うちのポン子を、ってポン子は妖獣だから妖獣国h
「おい、いい加減痴話ゲンカはやめろっ! それと、これはどういうことなのか説明しろ!」
首謀者のはずなのに、完全にアウェーになってしまっためるく。しかも、妖獣相手に説明を要求する始末。まあ、俺も今の状況がよく分かってないからな。一番まともに説明できそうな妖獣に、頼むとしよう。えーとじゃあ……。
「はいっ、はいっ!」
まるで授業参観で目立とうとする小学生のように、手を上げて名乗り出るポン子。しかし今回は華麗にスルー。アンジェ、よろしく頼む。
「ええいいわよ。」
ありがとう、アンジェ。でも、そんなに密着しなくてもいいぞ。ポン子のワンワン抗議のボリュームが、跳ね上がるので。
「はいはい。まあ、説明といっても、私たちは頭の中にあなたたち二人の会話が聞こえたから、その発信源と思われる場所に集まってきた、ただそれだけよ」
なるほど、めるくの会話が頭の中に。じゃあ、最初無表情だったのは?
「私たちが操られてないと分かったら、何されるか分からないでしょ? だから、みんなで示し合わせて、演技してたのよ。それなのに、このアホワン娘が」
アンジェは非難の目線をポン子に向ける。当のご本人は、目をそらして、吹けない口笛でごまかそうとする。今大事な話をしていなければ、ぜひ録画しておきたいところだ。
しかしいったいなぜ、俺とめるくの会話が聞こえたのだろう? 俺は、念話とかオカルト的なことは出来ないはずだが(ただし右手のヒーリング効果は除く)。
「ふん、お前が邪魔するから集中できず、術がうまくいかなかったのだろう」
めるくは、半ばあきらめたような表情で補足する。術が効いていなかったと分かり、次に妖獣たちから、何を言われるか、察しがついているのだろう。
それはおそらく、俺にとっては救済であり、めるくにとっては敗北になる。
しばらくの間、静寂が続く。妖獣たちは、お互いに自分たちの答えを確かめ合うように、目をあわせうなずき合う。そして、ポン子が代表を務めるようで、決意の表情でめるくの前に立つ。
そして。
「ポン子は、ずっとご主人といっしょにいたい。だから、ひきはなすようなことはしないで。おねがいします」
ポン子は深々と頭をさげる。他のみんなも続く。
ポン子たちは、自分の意思でここまで来た。そして、自分の意思で、人間と共に生きることを望んだ。 めるくの答えは、ひとつしかない。
「……勝手にするがいいさ」
愛想が尽きたと言わんばかりの、ぶっきらぼうな回答。めるくは優しくも、どこか儚げな表情をすると、俺たちに背を向ける。
やはり、めるくは人間と妖獣を引き離すつもりなど、最初からなかったのだろう。だけど、ペットの開放だの妖獣の楽園だの、適当な理由をつけているうちに、引っ込みがつかなくなったって感じか。
そんな、不器用だけど優しい神様が、一人寂しく去ろうとしているのを、放っておける奴がいるだろうか? いやいない。
「ちょっと待てめるく、騒ぎを起こして、事態を収拾せずに逃げるつもりか?」
めるくは見た目通り子供っぽい。こういう挑発には、乗ってくる、はず。
「……私がいなくなれば、万事解決だろう?」
そうは言いつつも、めるくは歩みを止める。
俺がこれから何を言うのか、興味を持ってくれたようだ。
「悪役を演じるなら、最後までと言ってるんだ。おとなしく俺に負けて、改心して俺たちや妖獣の輪に入れ」
引っ込みがつかなくなったなら、このバトル漫画の王道に則れば、軌道修正が効く。いい考えだと思うが?
めるくはしばらく直立不動だったが、目をぬぐうような動作の後、こちらに振り返り、
「いいだろう、その勝負受けてたつ!」
悪役っぽい笑顔を見せる。楽しそうに。
「「たたいてかぶってジャンケンポン!」」
現在、俺とめるくは、ほうきと座布団を装備し、白熱のバトルを展開中。
神様とのバトルがこんなしょぼくていいのか、というツッコミはなしで。
いいじゃないか、どうせ妖獣しか見てないんだし。これなら誰も傷つかないし、楽しいしな。
それにしても、いい加減に負けろよ。もう二十数回は攻防が続いてるぞ。
「私は負けるのは大嫌いだ。そう簡単にはいくものか!」
俺の攻撃を華麗に受け止め、したり顔のめるく。周りの妖獣たちも、この勝負の趣旨など完全に忘れて、盛り上がっている。
「がんばれー!」
「いけいけー!」
「ご主人やっちゃえー!」
「ふふふ、ボロボロになるまで戦いなさい」
はいはい、皆さん楽しそうで何より。でもそろそろお開きにしますよ、いい加減疲れたんで。そういえばめるく、オレンジジュース持ってきたの忘れてた、飲むか?
「え、本当か? 飲む飲む!」
目の色が変わっためるくに、缶を放ってやる。そして、飛びついて無防備になったところで、ほうきの柄で軽く頭をたたく。ふはは、勝負あったな!
「おい、卑怯だぞ! 今のなし!」
文句を言うな、勝ちは勝ちだ。これで、お前は俺に負けたので、改心して俺たちの仲間入りだ。みんなもいいよな?
「いいよー」
「ずるだー」
「ぼくもやるー」
「わたしもー」多すぎるため以下略
我慢できなくなった妖獣さんたちは、神社から勝手にほうきや座布団を持ち出し、おのおの勝手に遊び始めた。えーと、まあなんだ、これにて一件落着、かな。
「いいわけあるかぁ!」
俺がきれいにまとめにかかっているのに、めるくがほうきでひっぱたいてくる。
不意打ちとは卑怯な! 正々堂々と勝負しろ!
「お前が言うな! さあもう一度勝負だ!」
何度もバシバシ叩くな。それに今日はもう遅いから、またあしt
「まて! こんどはポン子があいてだっ」
「なにぃ、生意気なワンころめ! 成敗してくれるっ」
話を聞く気はないですかそうですか。まあいいか、みんな楽しそうだし。
結局、妖獣たちのご主人、というか家族が迎えに来るまで、どんちゃん騒ぎは続いた。
どうやら、アンジェが家族の皆さんたちを、事前に山のふもとに待機させていたらしい。本当に用意周到なやつだ。元から化け猫の類だったのではないだろうか? 怖いから聞かないけど。
家族と共に帰って行く妖獣たちを、寂しそうに見送るめるく。そんな顔しなくても良いだろ? また明日会えるんだから。
「そう、だな。また明日、会えるんだな」
めるくは安堵したほほ笑みを浮かべる。
明日からは色々大変になるだろう。また、各学校に人を集めて、自分は改心したと演説して回らないといけないだろうし。すぐには信用されないだろうから、色々考えないといけないし。
でも、明日になれば、みんなに会える。また一緒に遊べる。
もちろん俺たちも一緒にな。
「ほ、ほら、恥ずかしい事言ってないで、お前もさっさと帰れ」
はいはい、そんなにほうきをぶん回して帰れジェスチャーしなくても、もう帰りますよ。
「待った。その前に、一つ聞きたい」
帰れと言ったり、待ったと言ったり忙しいな。どうした、そんなに寂しいなら今日はうちに泊まってもいいぞ?
「ちがう! 妖獣たちは、元に戻したほうがいいか、聞きたかったのだ」
めるくは自分の勝手でやったことだからか、若干ばつが悪そうだ。
だが、それは俺に聞いてもしょうがないぞ。ポン子たちが決めることだ。少なくとも俺は、家族の意見を尊重するからな。
「分かった。明日、聞いてみるとしよう」
納得しためるくは背を向け、聞こえるか聞こえないか位の声で、
「また明日」
と言うと、神社の中へ消えて行く。
ああ、また明日な。
さてと、もう大分遅い時間だ。俺たちも帰るぞ、ポン子。
「すぅ……すぅ……」
木にもたれかかり、静かに寝息を立てるポン子。無防備な寝顔をさらしているのは、俺が家まで運んでくれると信じてのことだろう。
まったく、本当に世話のかかる家族だ。




