動物好きなら行動すべし
めるくの力で妖獣化した、我らが目留駈高校のアイドル黒猫、ミーちゃん。
そんな彼女が、ガラの悪そうな男子生徒に囲まれて、耳や尻尾を引っ張られている。
なのに誰も助けに行こうとしないとは、どういうことだ。
「ねえ、あれヤバくない?」
「えー、だって嫌なら逃げるでしょ? ただ男子の気を引こうとしてるんじゃないのー?」
野次馬の胸糞悪い会話が聞こえてくる。動物に興味がないやつは、とことん動物に冷たかったりするからな。妖獣に関しても同じだろう。いつも温厚なミーちゃんが、あいつらに反撃して逃げたりなんかできるわけないのってのに。
どうやら屋上にいる連中は、傍観者に徹するつもりのようなので、俺は香苗にポン子たちのことを頼み、一人でミーちゃん救出に向かうことにした。
「一人で大丈夫なの? 私も一緒n「ポン子も行く!」
香苗の心配そうな声にかぶせるように、ポン子が同行を志願する。正直助けがほしいところだが、香苗やポン子をあんな柄の悪い連中がいるとこに、連れて行くわけにはいかないからな。香苗と一緒に待っててくれ。
あ、そうだ香苗。ポン子やめるくにあいつらの姿見せると、情操教育に悪いから、どっか別の場所に移っといてくれ。
俺はそれだけ香苗に伝え、体育館裏目指して走り始めた。
体育館への渡り廊下に差し掛かったところで、将弘とアンジェに遭遇した。ナイスタイミングだ。将弘なら力を貸してくれるだろう。
「おいどうした、何かあったのか?」
俺の様子を見て察してくれたのか、将弘はまじめモードになってくれる。ミーちゃんがピンチなんだ、一緒に来てくれ!
「状況はよく分からんが、女の子のピンチとあれば放っておけないな。アンジェは先生に伝えに行ってくれ。俺は亮司と一緒に行く」
「わかったわ、気をつけてね、りょー」
アンジェは職員室目指して走り出した。おい、俺たちも急ぐぞ、なにぼさっとしてるんだ、将弘。
「俺には気をつけてって言ってくれなかった……」
知るか、早く行くぞ。
俺たちが体育館裏に着いたときには、既に何者かによって、決着がついていた。
目の前にいるのは平然とたつミーちゃんと、蹴散らされて地べたに横たわっている男子生徒たち。他に誰も見当たらないのだから、ミーちゃんがやったと考えて、間違いないだろう。
毛を逆立て、爪と牙をみせ、うなり声を上げながらこちらを威嚇してくるミーちゃん。
目は充血ってレベルじゃないほどに真っ赤になっている。
いつも温厚なミーちゃんなのに、今の様子は明らかにおかしい。男子生徒に囲まれて怖かったからといっても、ここまで豹変するものだろうか?
「原因究明は後だ。今はミーちゃんを何とかしないと、今度は俺たちが危ない」
将弘はそう言いつつ少し距離をとる。具体的にどうすればいいかは、わからないのだろう。俺だってわからない。でも、説得して敵意がないことを、分かってもらうしかない。
「大丈夫だ、ミーちゃん。俺はいじめたりしないから」
目を合わせず、優しい声をかけながら少しずつ近づく。
相変わらず威嚇はされるものの、手の届く距離まで来れた。さあ、一緒に戻ろう?
差し出した左手は、爪をむき出しにしたミーちゃんの手で払われた。俺の手に三本の赤い線が残り、そこから血がにじみ出てくる。
痛い。めちゃくちゃ痛い。
「ご主人!」
後ろからポン子の声がする。
振り向くと、香苗やモフト、アンジェも一緒だ。どうやら合流したらしい。そしてその後ろから来るのは、国語教師(三十五歳)だ。アンジェが連れて来てくれたのか。
「千石君、危ないから離れなさい!」
先生は俺のことを案じてそう言ってくれてるんだろうが、ミーちゃんは危険なんかじゃないんだ。ただ今は、恐怖でちょっと錯乱してるだけに違いないんだ。
昨日、将弘が言っていた事を思い出す。こんなところで、妖獣を危険な生き物扱いされるわけにはいかない。
「大丈夫、俺に任せてくれ」
今にもミーちゃんに飛び掛りそうな形相のポン子に声をかけ、踏みとどまらせる。
今度は右手をミーちゃんの方へ向ける。右手のヒーリング効果なら、ミーちゃんの恐怖の呪縛から解くことが出来るかもしれない。
ゆっくりと、恐れずに再度ミーちゃんに近づく。こちらが怖がっていては、相手の恐怖は増すばかりだ。ミーちゃんはいい子だからな、もう引っ掻いたりしない。大丈夫大丈夫。
震えながら威嚇するミーちゃんの頭を、やさしく撫でる。すると、糸が切れたかのように、その場に崩れ落ちるミーちゃん。
急いで抱きかかえてみると、どうやら気絶しているだけのようだ。無事でよかった。
「ご主人、大丈夫?!」
ポン子が駆け寄ってくる。そして俺の左手の傷を見ると、血走った目でミーちゃんをにらみつける。俺は大丈夫だから、ミーちゃんのことは許してやってくれ。
「だって、ちが……」
ポン子は目に涙を浮かべながら、左手を強く握る。大げさだなぁ、これくらい大丈夫だって。
「大丈夫じゃないわ、早く保健室に行きなさい。後のことは私がやるから」
昨日とは比べ物にならないほど、優しい声の国語教師。なんだか逆に怖いな。
それよりも、ミーちゃんはこいつらに絡まれて、恐怖のあまりこうなっただけで、決して危なくは……。
「大丈夫よ、その辺のことは分かっているわ。私もミーちゃん大好きだし。後はこの子達が起きたら、たーっぷり話を聞かせてもらうから」
先生は閻魔のような笑顔を横たわる男子たちに向ける。超こえぇ……。
俺、もう宿題忘れたりしません、ごめんなさい。
「もう、今はそんなこと良いから、さっさと行きなさい! あ、それと五十嵐君は、ミーちゃんを保健室に運んであげて」
てきぱきと指示を出す先生。確かに、いい加減俺も手が痛いしな。おい、将弘、ミーちゃんを頼む。
「おうよ! まかせろ!」
将弘は張り切ってミーちゃんをおぶる。変なところ触るんじゃないぞ?
「大丈夫よ、そんなことしたら私がぼろ雑巾にしてあげるから」
「し、しません。絶対にしません」
笑顔で爪を見せびらかすアンジェに、顔面蒼白で首を横に振る将弘。
それを見て先生も、心配そうに見ていた香苗も、ようやく笑顔に戻る。やれやれ、今回は二人のコントに感謝だな。後は、さっきから手を離してくれないポン子と……あれ、めるくはいないのか?
あたりを見渡したが、どこにもいない。まさかまだ屋上に?
屋上のほうを見上げてみると、失望したような顔で、めるくが見下ろしていた。そして俺と目が会うと、その場からすーっと姿を消した。
今回の騒動で、人間に対する悪感情が芽生えてなければいいんだが。
「ほら、早く行くよ。痛いまんまはいやでしょ?」
やれやれ、意識しないようにしてたのに、香苗が余計なことを言うから、余計痛くなっただろ。
「だってりょー君が、ぼーっとしてるから!」
こうして香苗とのたわいない口げんかをしつつ、俺は保健室へと向かった。




