だって、かまってくれないから
登校準備が完了し、玄関先でアンジェに一緒に行くか聞いたところ(もちろんポン子は嫌がった)、断られた。昨日の出来事は、一通りアンジェに説明したのだが、どうやらまだめるくのことが信用できないらしい。用心深いのは結構だが、下手に行動して、めるくが不快に思うようなことがあると面倒だぞ?
「その時は、私個人の行動で、誰かの命令ではない、って説明すれば良いでしょ」
大した事ではないわ、と気楽そうなアンジェ。でもそれだと、お前一人が悪者扱いじゃないか。
「そういう役回りも必要でしょ? りょーはお人よしなんだから、だまされてる可能性もあるしね。ま、でもそこがりょーのいいところなんだけどね♥」
褒められているのか、それともバカにされているのかは分からないが、とりあえず密着するのはやめてくれ。ポン子の歯軋りが怖いです。
「そう、だからあなたは、しばらくあのワン娘のことだけ考えてあげなさい。家族なんでしょ?」
アンジェは耳元で囁いた。まったく、内緒話をしたいんだったら、別の方法があるだろうに。毎回毎回人前で密着される、こっちの身にもなってくれ。
「わかったわ、今度は人目のない所にするわ。それじゃねっ!」
そうそう、今度は人気のないところでゆっくりt……ってちがう!
まったく、言いたいことだけ言って行きやがって。絶対こちらの反応を楽しむためにやってるだろう。やるなら将弘にやってやれ、やつなら何をされても喜ぶだろう。まあ、友人のそんな変態な姿は、あまり見たくないんだけどな。
さんざん引っ掻き回してくれたアンジェが去り、今はポン子と二人で登校中なのだが、どうも様子がおかしい。せっかく事態が落ち着くまで数日は、妖獣を学校に連れて来てもいいことになったのに、ポン子はあまり嬉しそうではない。朝飯を作っている時は太陽みたいな笑顔だったのに、今は曇り空だ。どうした、どこか具合が悪いのか?
「……だいじょぶ」
ぶっきらぼうに言うポン子。大丈夫とは言うが、声が明らかに不機嫌だと示している。目を合わせてくれないし。具合が悪いんじゃなかったらなんだろう?
あ、そうだ、今日はちゃんとポン子の分のジャーキーあるぞ。それとも、うさちゃん人形置いてきて寂しいのか?
「ちがうの! いいの、なんでもないの!」
ポン子は顔を横にぶんぶんと横に振って主張しているが、表情が全然良いって言ってないぞ。せっかくしゃべれるようになったんだから、ちゃんと言ってくれないと。
すると俺が言った事が気に入らなかったのか、ジト目で俺を見つめた後、うつむいてうつむいて何かぼそぼそと言い出す。
「……って、ご主人が……から……」
え? 何? 聞こえない。耳をポン子の方に近づける。
すると、ポン子は顔を上げるや大声で叫んだ。
「だってご主人が、ポン子のことぜんぜんかまってくれないからっ!」
うわっ、びっくりした! 引き寄せておいて大声で叫ぶとはなかなかやるな、ポン子よ。
耳がキーンってしたぞ。
それで、ポン子が不機嫌な理由は俺がポン子を全然かまってやらないから、ということらしいが、そうだっけか?昨日は、学校行って、めるくの話聞いて、体育館でアンジェと話して、昼飯を四人で食べて、香苗にポン子の下着を買ってもらって。それからめるくの来訪があり、次の日アンジェの奇襲……。
あ、ほんとだ。ほとんどの場面が、他の連中がメインで、ポン子が割って入る、みたいな展開が多かったな。
「せっかく、おしゃべりできるようになったのに、ほかの子とばっかりはなして!」
まるで、やきもち焼いてる彼女みたいな言い方だな、ポン子。
たしかに、もっとポン子にかまってやるべきだったな。でもそれなら、どうしてこんなにフラストレーションが溜まるまで黙ってたんだ? もっと早く言ってくれれば……。
『もうわがままいわないからぁ!』
……なるほど、そういえばポン子の誤解騒動のとき、そう言ってたっけな。
それで、約束を破らないように、今まで我慢してたわけか。ポン子、まったくお前ってやつは
「なんてかわいいんだっ!」
さっきまで人目がどうとか言ってた気がするが、今はそんなことどうでもいい。
ポン子を抱き寄せると、ぐりぐりと頭を撫で回す。
「わっ! ご主人、そんな、いきなり……」
さすがにポン子も驚いたようで、顔を真っ赤にしながらじたばたしている。
しばらくぐりぐりしていると、ポン子の抵抗はやみ、表情は笑顔に戻っていた。頬が赤い分、朝よりも太陽に近いかもしれない。
もう、我慢なんかするんじゃないぞ。家族同士言いたいことを言うのは、わがままじゃないんだから。
「わかった。そうする」
素直にうなずくポン子の姿は、とても愛らしい。それなのに、こんなに、愛らしい顔を、また俺のせいで曇らせてしまって……。
ポン子も少なからず不安を抱えてるから、俺がしっかりしないと、って思ったばっかりじゃないか。もしかしたら、ポン子がしゃべれるようになったことに、俺のほうが甘えていたのかもしれない。意思疎通が簡単になったから、少し放っておいても大丈夫だって……。
ひたすら自己嫌悪におちいっていると、ポン子が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「あれ? こんどはごしゅじんのかおがくらいよ?」
ごめんなポン子、だめなご主人で、じゃなくて家族で。だいたい、家族だ何だって言って、俺はポン子にまだなにも家族らしいことを……。
悩んでいる俺の頭に突然、ふわりと暖かい感触が伝わってくる。
ポン子が、俺の頭を、撫でてくれている。
「よしよし」
顔を上げると、女神のような笑顔のポン子が目に映る。
言ってるそばから心配かけてしまったな。でももう、大丈夫。今度こそちゃんとポン子のこと考えて行動するからな!
その前に、涙を隠すためにもう一度抱きしめてぐりぐりするけど!
「わぁ! いいから、もうぐりぐりはいいからぁ!」
じたばたするポン子。だが離さない。
学校終ったら、たくさん遊んでやるからな! おいしいご飯も作ってやるからな! そうだ、服とか買って、髪型も……。
「わかった、わかったから、もうはなしてー」




