用件と頼み事
「さてと、じゃあ今度こそ用件を聞かせてもらおうか」
食器を片付け、いまだコップを手放さないめるくに話しかける。それと、オレンジジュースは話が終った後な。
「わかったわかった。だがその前に、あそこのワンころ娘は呼ばなくていいのか?」
めるくは、テレビにかじりついているポン子を指差す。今ちょうど動物番組やってるからな。しばらくはおとなしくしているだろう。
テレビに子供のお守りをさせる教育はよくない、とか姉さんが言ってた気がするが(姉さんは教師志望)今回はテレビに頼らざるを得ないだろう。ポン子が一緒だと、少ししゃべるごとに喧嘩になりそうだからな。もう少しめるくが大人なら、そうはならないんだろうけど。
「うるさい! それを言うなら、お前がワンころ娘をきちんとしつけないから悪いんだろうが!」
めるくは机をバシバシたたきながら抗議する。何を言うか、俺はポン子をちゃんとしつけてるぞ。それに、ポン子はまだ幼いんだから、その辺は年上が配慮してくれないと。
「ふん、バカ親が言いそうなことだな。まあいい、では本題だが、今日私が来たのは、お前のその右手の
件だ」
真剣な顔つきになり、俺の右手を見つめるめるく。ああ、それは好都合だ。ちょうど俺も、よく分からんヒーリング効果がついてしまった右手の説明がほしかったところだ。
「その右手には『妖力』が宿っている。お前、その力をどうやって手に入れた?」
……妖力? え、めるくが関係しているなら、神力とかもっと神々しいものかと思ったのに。そんな禍々しいものなのか? それにどうやって手に入れたって、俺はポン子をなぞの光からかばった後、いつの間にかこうなってただけなんですが。
「あの光の前に、わざわざ自分から飛び込んだのか!」
めるくは驚いたような、呆れたような顔をしている。が、すぐに表情はゆるみ、なぜか笑い出した。
「くっ、はははっ。そうか、飛び込んだか、ペットを助けるために」
笑い声は続き、このまま放置すれば床を転げまわって笑いそうな勢いだ。何がそんなにおかしいのか。
「いや、すまんすまん。私はてっきり、何らかの方法で私から力をかすめ取ったか、他の土着神の回し者かと。そうかそうか、いや恐れ入った」
めるくはまだ笑い続けているが、少し安堵したような、そんな表情だ。俺が何か力を使って悪さしようとしているわけではない、と分かったからだろう。しかしこんなヒーリング効果しかない能力、掠め取ったところで何かできるわけでもないだろうに。そんなに心配だったのか?
「それは、お前が力の使い方を知らんからだ。訓練すれば私と同じようなことが出来る。動物を妖獣化させたり、操ったり、とかな」
ようやく笑いを潜め、まじめな顔に戻るめるく。なるほど、そうなのか。でも、それを俺に教えたらまずいんじゃないのか?
「お前は力を悪用しない、と判断したから話したんだ。ペットをかばって自分が身代わりになろうとするような、お人好しなら特にな」
まったく、からかうような口調で言いやがって。あの時はほんとに必死だったんだぞ。
「お前が気に入ったから、茶化しているのだ。男なら、この程度の乙女の心中は、察してもらいたいものだが」
にやりと意地悪い笑顔をするめるく。どこに乙女がいるって? 目の前にはロリババアが一人……いや何でもありません。ごめんなさい。
「ふんっ、まあ今回は許してやる。それで、どうだ、私の元へ来る気はないか? お前なら楽園作りの仲間に入れてやってもいいぞ」
いきなり神様にこんな誘いを受けるのは、俺の人生後にも先にも今回ぐらいのものだろう。えーと、確か妖獣たちの楽園を作るんだっけか? あんまり興味ないなぁ。今日見た感じだと、妖獣たちも今のまんまで充分楽しそうだったし。ポン子も特に問題は、っと目を向けたところで、ポン子がテレビの前からいなくなっていることに気付いた。
あれ、どこ行った?
部屋を見渡してみると、灯台下暗しというか、すぐに見つかった。めるくの横で、机から顔を半分覗かせている。
俺と目が合うと、にっこりと笑い、耳をピコピコさせる。うん、かわいいなぁ。どうしたポン子、新しい遊びでも思いついたのか?
ポン子はにこにこしたまま、口を大きく開けた後、少しずつ前進する。
その先にあるのは、めるくの手……。
「ガブッ」
一瞬、何が起こったのわからない、っといった表情を見せためるくだが、すぐに苦痛で顔がゆがむ。
「痛いっ! なにをするのだ、このバカ犬めっ!」
腕を力いっぱい振って、振り払おうとするが、ポン子はめるくの手に噛み付いたまま離さない。
「ごひゅひんはわたはないっ!」
「かみついたまましゃべるな! 痛いだろうが!」
めるくとポン子のコントみたいな攻防はもう少し見ていたいが、さすがにめるくがかわいそうになったので、ポン子を後ろから抱きかかえ、めるくから遠ざける。ほーら、ポン子よしよし、どうどう。
「やっぱりしつけがなってないじゃないか! 見ろ、赤くなったぞ、どうしてくれる!」
涙目になりながら、恨めしそうに俺をにらむめるく。いや、許してやってくれ。ポン子も本気で噛んでないから、血が出るようなことにはならなかっただろ?
たぶん、俺がめるくに取られると思って、必死だったんだろう。今、ちゃんと謝らせるから。
ほらポン子、俺はどこにも行ったりしないから大丈夫だ。
ただし、ちゃんとめるくに謝れたら、だけどな。
しばらくポン子は俺の腕の中で、毛を逆立ててうなり声をあげていたが、俺の顔を見上げた後、
「……ごめんなさい」
ときちんと謝った。ものすごく不満そうな顔で、めるくから目をそらしながら、ではあったが。
「まったく、今度会うときまでにきちんとしつけておけ! とにかく、私の用件はすんだし、もう帰るからな」
手をさすりながら、ぷりぷりと怒ってリビングを出て行くめるく。まて、まだ俺は聞きたいことが残っているんだ。
「なんだ、早くしろ。私はもう帰って寝るんだからな!」
めるくはだだをこねる子供のように、じだんだをふむ。
大丈夫、すぐ済む。これは、聞きたいことというか、お願いなんだが、妖獣が無害であると、国のお偉いさんたちを説得してくれないか? ポン子たちと離れ離れになるような事態は避けたいんだ。
「なんだそんなことか。それなら、この土地一体に、外部から入ってきた者が妖獣を認識できないよう、結界が張ってあるから大丈夫だ。部外者にはただの人にしか見えん」
めるくはやれやれと言った口調で話し
「人間は、自分が理解できないものを、やたらと排除したがる傾向があるからな」
と皮肉を言うと、すたすたと玄関まで歩いて行く。
今のめるくの表情、少し寂しそうだったな。
理解できないものを排除したがる、というのは、もしかしたらめるくの経験談かもしれない。そうだとしたら、めるくがかわいそうだ。
どうにかして、少しでも寂しさを解消してやれないだろうか。そう考えたところで、昼のことを思い出す。そうだ、昼飯に誘うなら今だな。
「めるく、もう一つ頼みがあるんだが」
めるくはちょうどドアを開け、出て行こうとしていたところなので、少しいらいらしながら、
「なんだ、まだあるのか」
と、いやそうな態度を隠さずに答える。
「よかったら明日、一緒に昼飯を食べよう」
たいしたことではないはずだが、めるくは目を見開いて驚いている。
「今日みたいに、みんなで食べたほうが楽しいだろ? ポン子もいいよな?」
一応ポン子にも確認する。さすがにここ嫌と言うほど、空気の読めない子ではない、はず。
「……ごしゅじんがいいなら、いっしょにたべてあげてもいいよ」
若干上から目線なのが気になるが、まあよしとしよう。
さあ、ポン子もこう言ってるし、どうする? めるく?
「どうしても、というなら食べてやらなくもない」
顔をあさっての方角に向けて答えるめるく。
よし、じゃあ明日弁当作ってくるから、昼休みに校門の前で待っててくれ。
「気が向いたらな」
そう言うや、そそくさとめるくは家を出た。俺とポン子も見送りのために、外に出る。
明日、待ち合わせに遅刻するなよー?
「しない! 絶対にしない!」
さっと振り返り大声で宣言し、めるくは走り去ってゆく。
ふふふ、まったく、さっきは気が向いたらとか言っていたのに。素直じゃないな、あいつも。
さて、それじゃ明日の弁当の用意をするか。
ポン子、手伝ってくれるな?
「おー!」
右手を突き出したポン子の声が、明るい夜空の下にこだました。




