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神様とオレンジジュース

 来客対応なんて、友達のお母さんぐらいしか経験がない。

 そんな俺に、自称神様の応対なんかできるだろうか? とはいえ、悩んでいても仕方ないので、めるくにはとりあえずリビングのイスに座ってもらう。

 ポン子はぐっすり眠っていたので、二階の俺の部屋で寝かせておいた。これから目の前の自称神様の取る行動によっては、ちょっとした騒ぎになるかもしれないしな。疲れているポン子を無理やり起こすようなことはしたくない。

 さて、こちらの準備は出来たし、めるくをこっそり見て、対応の仕方を考えるとしよう。

 

 めるくは足をぷらぷらさせらながら、物珍しそうに部屋を見渡している。

 やっぱり、見た感じはただのガ……じゃなかったお子様だな。

 とりあえず、オレンジジュースでも出してみるか? 「神様を子ども扱いするな!」とキレるかもな。かといって、コーヒーを出せば「こんな苦いものが飲めるかっ!」と怒鳴られるかもしれないし。

 

 色々と考えたが、オレンジジュースのほうを出すことに決めた。まあ、怒られたらお茶にかえればいいしな。意を決して、めるくの目の前にジュースを置く。

 置かれたコップをじーっと見つめるめるく。

 や、やっぱりまずかったか?


「……なんだこれは?」


 コップを指差し、めるくはこちらをにらみつける。


「オ、オレンジジュース、ですが」


 たぶんそういう意味で聞いているのではないとは思うが、こうとしか答えられない。なんか敬語になっちゃったし。

 この反応は失敗だったと思ったが、めるくはコップに向き直り、ふんふんと匂いをかぎ始めた。犬ですか、うちの市の神様は。


「だって、供え物にはこんなものもらったことがないぞ」


 コップをつつきながら、いぶかしげに見つめるめるく。

 そりゃ、神様のお供え物に、オレンジジュースをチョイスするやつなんていないだろう。

 ということはもしかして、現代的な食べ物は何もご存じないでございますか?


「そ、そんなことはない! たまに山から下りて町を見ているので、少しは知っている」


 めるくはそう言ってこちらをにらみつけたが、すぐ目をそらす。その様子から察するに、現代の人間社会についての知識は乏しいのだろう。じゃあ、ポン子たちとあんまり変わらない、という認識でいいのだろうか。とりあえず、


「なるほど、ただ食べたり飲んだりしたことがないだけ、というわけでございますですな」


 とフォローを入れておく。使い慣れていないせいか意味不明な敬語だが、気にしてはいけない。


「さっきから聞いていれば、その変な言葉遣いはなんだ。普通に話せ」


 案の定、怒られてしまった。でも、神様にため口聞くってのは、って朝は普通に食ってかかってたな、俺。ここは、フランクな神様に感謝して、普通に話そう。で、オレンジジュースは飲まないのか?


「飲む! 今飲む!」


 コップを手に取ると、目をつぶって一気に飲み始めた。

 まるで毒物を一気飲みするような表情だ。失礼な。


「ぐっ、が? ……うまい!」


 虚空をつかみもだえ苦しむようなわけの分からないリアクションをした後、めるくの顔にはぱあっと笑顔が広がった。


「うまいぞ、これは。うむ、非常にうまい」


 そしてうまいを連呼しつつ、こちらをちらちらと見る。

 もう一杯飲みたいなら、そう言えば良いのに。神様のプライドってやつか、面倒だな。

 仕方がないのでもう一杯注いでやる。

 それ飲んだら何しにきたのか、そろそろ用件を教えてくれよ?


「わかっていr…ごくごく……うまい!」


 めるくは適当な返事をしつつ、周りに花でも咲きそうな笑顔で、今度はオレンジジュースをちびちびと味わっていた。

 

 コップが空になったところで、改めて訪問の意図を聞く。


「ふふふ、私の訪問の意図よりも、お前には私に聞きたいことが沢山あるのではないか?」


 めるくはつい先ほどとは打って変わった、生意気そうな笑顔でこちらを見る。そりゃあ聞きたいことは沢山あるさ。だけど、一応お客様の用件を先に伺うのが正しい来客対応だろ。たぶん。


「そうか。では私の用件から先にしよう。私がここにきたのは……」


 その先が重要な部分であるのに、腹の虫が鳴る音によって、会話は中断された。やらかしたのは俺ではなくめるくだが。


「腹が減ったな、その前に飯を食べよう。」


 特に恥ずかしがる様子もなく、横柄な態度のめるく。はいはい、作りますよ。じゃあその間ソファーに座ってテレビでも見ててくれ。

 あ、「箱の中に急に人が!」とか、べたな反応はなしだぞ?

 めるくは両こぶしを握り、若干前かがみになりながら怒る。やっぱり子供っぽい。


「ばかにするな! ボタンを押せば中の人が話すやつだろ。それくらい知っている」


 中の人などいない。



 今日の晩飯はポン子のためにがんばろうと思っていたのだが、結局冷凍もんが主のから揚げ定食もどきになってしまった。ちょっとバイキング的にしようと頑張った、大皿に山盛りにしたフライドポテトが、やや滑稽に見える。

 まあ、あまり料理しない男が作っても、出来るのはこんなもんだろう。

 しかし、腹のすいためるくには滑稽とかは関係なかったようで、


「おお、なんか沢山あるな」


 と早速箸を取って食べ始めようとする。

 おい、まだポン子が来てないんだから、ちょっと待て。


「だけど、早くしないとさめてしまうではないか」


 箸を両手に一本ずつ持って皿を叩きながら、めるくは文句を言う。

 お行儀の悪いやつめ。それに、食事はみんなで食べるほうがおいしいんだ。

 相手が神様とはいえ、ここは少し説教を、と思ったところで、二階からどたどたと足音が聞こえる。たぶん匂いでポン子がおきたのだろう。


「ごはん! ごはーん!」


 階段を転げ落ちるようなスピードで降りてきたポン子は、その勢いで着席し、から揚げをつまもうとしたところでぴたっと止まる。

 まだいただきますしてないもんな。ちゃんとルールを守れてえらいぞ。めるくと違って。


「めるく?」


 ポン子は晩飯にしか目がいっていなかったようで、俺の言葉で初めてめるくのほうをむく。

 そして、


「あ、あさのばばあ! なにしにきた!」


 と思ったことをそのまま口に出す。

 だから、ばばあって言ったらダメだろ、ポン子。せめてロリババアと……。


「ババアじゃないっていってるだろ、ばか!」


 めるくも直情的に悪口を返すのはやめるんだ。


「ばかっていったほうがばかなんだぞ、ばか!」


 ほら、収拾がつかなくなるだろ。


「はいはい、それじゃあいただきます」


 ぎゃあぎゃあ始まるまえに、俺は号令し、晩飯を食べ始めた。



 晩飯は食べれ始めれば静かになるか、といえばそんなことはなく、相手のから揚げのほうが大きいだの、大皿のポテトを取り合うだの、とても騒がしい。

 だけど俺は、姉さんが寮暮らしを始めてから、一人で飯を食べてたからか、なんだか充実感を覚えた。こういう食事風景は、やはり楽しい。

 めるくとポン子もいがみ合っているように見えるが、楽しんでいるようにも見える。

 こういう家族みたいな食事、ってのは二人とも初めてだろうしな。

 できればめるくの用件とやらを聞いた後も、この雰囲気を保てればいいんだが、と思いつつ俺は、もうしばらくこの楽しい食事風景を堪能することにした。

 


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