安らぎと喧騒の中で
昼休み、それは安らぎのひと時。
例え国語教師に宿題を倍にされたとか、幼馴染に裏切られた、といった嫌な事があったとしても、それらを洗い流してくれる至福のひと時だ。
「だからごめんって言ってるでしょ?」
机に突っ伏している俺の横で、やれやれという口調で謝る香苗。謝っているようには聞こえない。
事の顛末はこうだ。
俺は体育館で、テレビのお兄さんもどきを演じた後、すぐに教室に戻った。
すると、香苗が
『りょー君は妖獣と仲良くしてるので、遅くなりました』
という、間違っていないが、明らかに誤解を招く様な証言をしたせいで、俺は好奇と怒りの視線にさいなまれる羽目になった。
そしてその結果、宿題の量2倍+周りの連中から色々聞かれるのコンボで、昼休みまで心休まる時間がなかったのだ。
「でもあれはりょー君が先に裏切ったのが悪いんだからね!」
香苗の口調がやや怒ったものに変わる。
いや、あれはアンジェが……。
俺が言いかけたところで、香苗が軽くでこピンする。
「言い訳はいいから、ふてくされてないでご飯にしましょ」
怒った口調は演技だったらしく、すでに笑顔の香苗。手には風呂敷に包まれた物体が二つ。香苗とモフトの弁当か。
「そ、りょー君は?」
俺も冷凍食品を適当にぶっこんできた弁当があるが、その前にやることがある。
ポン子と約束したからな、パンを買ってきてやらないと。
「じゃあ、モフトとポン子ちゃん連れて、先に屋上に行ってるね」
と、香苗は弁当を揺らしながら、教室を出て行く。あんまり揺らすと中身が片寄るぞー。ってか、なんで屋上?
香苗たちも待っていることだし、パンを適当に引っつかんで、さっさと購買のおばちゃんに渡す。
漫画とかだと購買部は激戦区だったりするだろう。が、うちの高校は販売箇所を学年ごとに分けているので、それほど混雑しない。
苦もなくパンを手に入れ、屋上に向かおうとしたところで、パンを十数種類袋に詰めて歩いている、奇妙な将弘に……じゃなかった、奇妙な人物に出くわした。
「そんなに食べるのか、将弘」
大方高校の大食い記録を塗りかえる、とかそんなバカなこと考えているんだろ、と思ったが、一応聞いてみる。
「こちらは、アンジェ様に捧げる貢物だ」
芝居がかった口調の将弘。アンジェってそんなに大食らいだったのか?
「ちげーよ! なんだかわかんねーけど、いっぱい買って来いって。おかげで俺は昼飯抜きだ!」
悲愴感たっぷりで将弘はわめき散らす。
そうか、大変だな。だが愛するアンジェのためだ、仕方ないよな。
俺は哀れみの視線をくれてやった後、さっさとその場を後にすることにした。
屋上につくと、結構な人数がいた。
どうやら屋上で昼飯を、と思ったのは香苗だけではなかったようだ。
さて、香苗たちはどこに……
「ご主人、こっちこっちー」
ポン子は嬉しそうな声で、両手やら尻尾やらを力いっぱい振りながらアピールしている。
なごむなぁ、とポン子の姿に癒されつつ、香苗が引いたと思われるレジャーシートに座る。
「今日は天気がいいし、なかなか面白い景色が見られるからと思って」
先ほどの疑問に今頃答える香苗。
景色が面白いとは一体なんだとグラウンドのほうを覗いてみる。
グラウンドは俺たちと同じように、レジャーシートを敷いて妖獣たちと飯を食っている連中で、埋め尽くされている。
たしかに珍しい光景だな。いつもなら運動部が練習しているが、今回は特別なのか。
なんて、悠長に眺めている俺に痺れを切らしたのか、
「ごーはーん!」
と袖を口で引っ張るポン子。あ、こらっ、袖によだれがついちゃうだろ。やれやれ、このまま袖がよだれだらけになる前に、さっさと食べるとしようか。
香苗の弁当は、色とりどりで、見た目もよくておいしそうだ。モフトのほうは肉の野菜巻きが主で、全部手で食べられるようにしてある。考えて作ってるなー、香苗のお母さん。
「ふふっ、ありがと。今度りょー君の分も作ってくれるようにお願いしようか?」
お母さんをほめられて嬉しかったのか、頬が少し赤い香苗。
その申し出は嬉しいのだが、あまり迷惑をかけるわけにもいかんしな。
それに、わりと気に入ってるんだ、冷凍食品。ポン子もおいしそうだと思うだろ、俺の弁当?
しかし、ポン子は俺が買ってきたパンのほうにご執心のようで、ビニール袋をひっくり返してにおいをかいでいる。
弁当をスルーされたのは少しショックだが、ポン子もお腹すいているだろうし、さっさといただきますしよう。
いただきm……
「いただきます!」
ポン子はそう言うやビニール付きのまま、焼そばパンをほおばろうとする。
ストップストップ! ちゃんとビニールはずしてから!
「むー、めんどくさい」
不平たらたらのポン子。ビニールは食べ物じゃないの。食べたらおなか壊すんだから、きちんとはずして食べなさい。
「なんだかお母さんみたいね」
香苗はくすくす笑いながら俺とポン子を見やる。なんだ、じゃあ香苗はお父さんか?
「逆な気がするけど、要するに私たち夫婦っぽいってことかしら?」
そっぽを向きつつもじもじする香苗。
いやあ、演技つきでなかなか面白い冗談だな。せめて保育士さんってところだろ。
「……モフト、おいしい? 少なかったら私の分も分けてあげるからねー」
俺に一にらみくれた後、香苗はモフトと話し始める。あれ、なんかまずったか?
ポン子は焼きそばパンのビニールと格闘中だし、香苗は話しかけても返事してくれないしで、退屈なので再び屋上からの景色を眺めることにする。
まあ、さして変わり映えは……いや、体育館の入り口に面白そうなやつらがいる。
将弘とアンジェだ。どうやら先ほどのパンを渡すところらしい。
将弘がひざまずいて袋を差し出す。アンジェはサッと袋を取り上げると、将弘を踏みつけた。ひでぇ。
そして中身を確認した後、一つだけ地面にほおる。嬉しそうに拾う将弘。はたからみると鬼畜な行為だが、たぶんそういうプレーなのだろう。変態とドSめ。
将弘に生ごみを見るような視線を向けた後、俺に気づいたのか、顔をこちらに向けてウインクするアンジェ。
いや、その体勢でウインクされてもなあ、と思いつつ手を振って、視線をポン子たちに戻すと
「ごひゅひんからい!」
なにやらポン子が舌を出して騒いでいる。
どうやら、買ってやったカレーパンが辛いかったようだ。犬に刺激物は良くないけど、妖獣なら大丈夫だろ、と思ったが、カレーはダメだったか。
今、お茶をやるからな。
水筒を渡してやると、勢いよく飲むポン子。
「ぷはー」
助かった、といった感じで一息ついたポン子の口周りは、カレーでべちゃべちゃだった。
あーあ、まったくもう。
手がかかるが、口を拭いてやるときの嬉しそうな顔を見ると、苦労なんかは吹き飛んでしまうな。
「……親バカ」
俺らのやり取りを見て、ポツリと言った後、香苗は顔をプイッとそむける。
まあ、なんだ。少しは機嫌がよくなったのだろう。
それにしても、こんな小学生みたいな騒がしい昼飯は久々かもな。こういうのも悪くない、と思ったところで、ふと朝の出来事を思い出し、裏山のほうに目がいく。
そういえば、この裏山の神社に住んでるっていったっけな、あのめるくとかいう自称神様は。
それなら、こういった人間の楽しい生活を、一人で眺めながら生きてきたのだろうか?
ひとりぼっちで……。
なんだか、めるくがペットたちを妖獣化した本当の理由が、少し分かった気がした。自分の下に来い、と言ったわけも。
今度会ったら、みんなで昼飯に誘ってみるk……
「からーい!」
ポン子の声で思考が中断される。
ってかなんでまたカレーパン食べてるんだ、ポン子。
「だってぇ~」
ポン子は舌を出してふーふーしている。
その後、ポン子がカレーパンにチャレンジしては「からい!」と叫ぶのを見ていると、いつの間にか昼休みが終っていた。
さっき考えたことは、後で香苗にでも話すとしよう。




