ハロウィン
10月31日 ダベり部部室。
ホワイトボードには、「ハロウィン」と今日のお題が大きく記されている。
色を使い分けて描かれてあるデフォルメされた幽霊やコウモリ、凶悪な顔をしたカボチャがその周りを飛び回っている。
「せっかくの日曜だってのに、なんでわざわざ部活動なんかしてるんだ、俺たち」
「文句は葉菜に言ってください。大体、あんた部長でしょうが。そのやる気のなさはなんなんですか」
「柾樹に巡君、二人ともなに言ってんの。1年に1回しかないイベントなんだよ? 面白い題材があるんだから、当日に話し合わなきゃダベリ部の名が泣くってもんでしょ」
「いや、意見交換促進部だろう……」
「私はこういうの好き。楽しいよね」
柾樹の小姑めいた細かい呟きは無視して、さすがは雪乃さん! と葉菜は感激した。
本日はハロウィン。
ということで、発案者の葉菜が無理矢理メンバーを招集したのだ。
葉菜としては全員を集めたかったのだけど、弓弦には面倒だから嫌だと一蹴されてしまった。
長方形の白い会議机の上には、各自が持ち寄った食料が並べられている。これまた葉菜の提案で、ハロウィンにちなんだ品をとの指定があった。
巡はお化けカボチャを模したクッキーを買ってきた。これには女性陣大はしゃぎ。
トリック・オア・トリート! 葉菜が手を叩いておどける。今日の彼女はやけに浮かれている。
そんな葉菜が差し出したのは、手作りのカボチャスコーンだった。この日の為にと手間暇かけたところに、やはり彼女のやる気が窺える。ちなみに葉菜お手製という点を、柾樹が異常に喜んでいた。
雪乃は魔法瓶に入れてきたカボチャスープと、少し趣向を変えてきた。甘い物ばかりではなんだからとの気遣いに、全員が感心した。
そして柾樹が持ってきた物体――いや、食材に一同の目が釘付けされる。
「柾樹……これ何?」
「見て分かんない? いかにもハロウィンって感じじゃねぇ?」
いや、確かにこれの名称はよく理解している。日常生活でも馴染み深く、この上なくありのままに、端的にハロウィンを表現している。
これは自分の役目だろう。葉菜はしらじらしく放たれた幼馴染みの言葉に、遠慮無く問題点を突きつけた。
「ただのカボチャじゃん!」
そう。そこにあるのは何の変哲もない丸々1個のカボチャだった。ジャック・オー・ランタンの形に目鼻がくり抜かれているわけでもない。百歩どころか一万歩譲って長所を挙げるとすれば、色が緑ではなくハロウィンらしいオレンジ色であることと、よくスーパーで売っているように半分や四分の一に切断されていないことぐらいだろう。
このカボチャは余りにもありのまま過ぎる。これでは全く気分が盛り上がらないではないか。
「そう言うけどな、葉菜」
不満たらたらの幼なじみに、柾樹は堂々と反論を開始した。
「そりゃ、お前と2人きりのハロウィンだったら俺だって張り切っちゃうよ? テーマパークのハロウィンイベント用に特設されたお化け屋敷なんかで、怖がってしがみついてくる葉菜を優しく抱き締めてやる俺! 宥める振りしてキスなんか交えつつ、手は際どい場所を触りたい放題。葉菜は周りのおどろおどろしい演出に竦んでいるからいつもみたいな抵抗は無いはずだ。頼りがいのあるところ、つまり男気を見せた俺に葉菜はすっかり蕩けてしまい、雰囲気そのままに河岸を変えて2人きりになれる場所へ。うん、休みだから自宅は不味いな。姉ちゃんと弟もいるだろうし……。やっぱホテルがいいか。いや、でも初めてはそういういかにもな場所じゃ嫌だっていうパターンもあるか」
立て板に水のごとく、腕を組んだ柾樹は好き勝手な妄想を語っている。
段々と葉菜の顔が下がっていき、両手がプルプルと震え出す。
これはくるぞ。
巡と雪乃はこれから目にするであろう痛みを伴う光景に対処すべく、怖いもの見たさの気分で予め顔を顰めておいた。
周囲の空気など関係あらぬとばかりに、柾樹が首を傾げる。
「どっちがいい?」
呑気に確認を求められ、葉菜の怒りと羞恥心は頂点に達した。
いつでも使えるようにと机の上、手の届く範囲に置いてあった盆を手に取り、音も無く立ち上がる。
「この変態馬鹿!」
「いてぇっ!」
この部室では当たり前に響くようになってしまった、固い物同士がぶつかり合う音と、柾樹の悲鳴。
うわあ。
巡と雪乃は、クリーンヒットの瞬間だけ微妙に目線を逸らした。
「ガチに痛え! お前、いつもより強くないか」
激しいダメージを受けた頭を撫でながら、おっ、と柾樹はなおも言いつのる。
「それともあれか。これはこの後俺の頭を氷で冷やして看病したいっていう、世話を焼きたいけど素直になれない葉菜チャンの照れ隠――いや、悪かった。調子に乗りました。冗談。マジで」
先程よりも更に高度を増した固い木製の盆の位置と、容赦を一切排除した葉菜の表情を認め、柾樹は早急に口をつぐんだ。
「そういう不謹慎な筋書きは腹の中で、せめて本人のいない場所で張り巡らせたらどうです。いい加減学習しろっつの」
「うるせー黙れ。俺の中の葉菜への愛がそうさせるんだよ」
「駄目よ刀根君。あれじゃいくらなんでも女の子は気後れするわ。上手にその気にさせる方法なんて刀根君は得意そうなのにね。どうして葉菜ちゃんの前ではそんな風になるかな」
「それが柾樹さん曰く、愛の証明らしいですよ。妄想駄々漏れじゃ引くっつーの。何考えてんですかあんたは」
「お前の場合はただのムッツリだろうが」
当人そっちのけで議論し合う三人を諦めの境地で眺め、葉菜はお化けカボチャのクッキーに齧りついた。今日の議題はハロウィンについてだったはずなのに、いつから内容がずれてしまったのか。
でも、ハロウィン関連のグッズに囲まれて、みんなでワイワイ騒ぐのはやっぱり楽しい。話題の中身はともかくとして、今日1日を過ごすこの雰囲気が嬉しいと葉菜は思った。
しかしこれだけは言っておかねば。
「柾樹、忘れてるんだろうけど。私、お化け屋敷を怖がるんじゃなくて楽しむタイプだから。よっぽど恐い所じゃないとそういう状況にはならないと思う」
それを聞いた葉菜を除く3人の議題は、どこのお化け屋敷が一番恐怖心を煽るかに移っていったという。
やっぱり議題がずれていた。