*6
――なんなのよ、これ。
感傷に浸っていたら、突き放されて。
もう、ただでさえわけわかんないのに、もっとわかんなくなった。
何かが頂点を突き破って、感情が振り切れた。
「あのっ!もう一つの約束ってなんですかっ!」
さっきとは立場が逆転。
「覚えてなかったことは謝ります」
「……」
「それは…じゃあ、それはコウくんが……タカヤギ先輩が迎えに来なかったことでチャラにしてください」
「……う、マジで…」
「……マジです」
「……恥ずかしくて、言いたくないんだけど……」
恥ずかしい約束?
ますます気になるし、もうこうやって話すこともこれからないかもしれない。
学年も違うし、部活も違う。
体育館の使用が一緒になることはあっても、たぶん話すことはないだろう。
それに、これ以上コノミ先輩に目を付けられたくなかった。
一歩近づくタカヤギ先輩。
今度は後退せずに、タカヤギ先輩の顔を見上げる。
恥ずかしそうに顔を赤らめてタカヤギ先輩は私に耳打ちをした。
「――――――」
はっと驚いてタカヤギ先輩の顔を見てしまう。
タカヤギ先輩は顔を手で覆い、指の隙間から見える目を泳がせた。
もう一つの約束…そんな約束をした覚えはなかった。
―――でも、その言葉がうっすらと記憶に積もった埃を払い落す。
「あの…」
「恥ずかしくて言いたくなかったのに…モモが言わせるから…」
「えっと…」
「俺はさ、その…。その約束守ってほしいと思ってるんだけど」
「……え?」
「今じゃなくていいから…いつかそうなればいいなって、さ……思ってる」
「だって…」
「ごめん…そんな困らせたくて言ったんじゃないんだけど…そうだよな、こんなこと言われても困るよな。モモだって…」
「違うんです!…だって、コノミ先輩…」
「…はっ!?なんでそこでコノミが出てくんの?」
「…だって、コノミ先輩と付き合ってるんじゃないんですか?」
「マジかよ…」
へなへなと座り込むタカヤギ先輩。
「――そのデマ、1コ下にも広がってるのかよ…」
「…え?」
「あんさ、それデマだから。コノミはほんとにただのクラスメイトだから」
「…そうなんですか?」
「うん。それよく言われて、否定しても否定しても効果ないし、最近もうどうでもいいやって思ってたけど……モモに勘違いされるのは避けたいから。ここでちゃんと言っとく。コノミとはそんな関係じゃない」
「……」
それは、タカヤギ先輩に――コウくんに彼女はいないって解釈してもいいのだろうか。
「モモの事情とか知らないから、押しつけがましいのわかってる」
「……」
「でも、俺は本気なんだ。10年もそんなこと思ってたなんて…自分でも気持ち悪いと思うけど…」
「…あ、わたし…」
嘘だ、と思った。
馬鹿みたいにおとなしく待って、それじゃだめだって気付いて。
自分から探しに行って、でも現実が希望と違うことを恐れて、縮こまっていた。
そんなときに偶然が重なって出会えた。
その出会いは想像していたものよりもドラマティックで、そして衝撃的だった。
でも、逆転に次ぐ逆転。
「…ずっと待ってました。コウくんは約束守ってくれるって信じてました」
「……え?」
「迎えに来てくれるって信じてました」
「…うん」
「それでっ、もう一つのっ、約束…ッ…忘れててごめんな…さ――」
一度限界を超えた感情が再度高ぶって、今度は堰き止めていた涙が出てきた。
「もう…もういいから。ごめん、ほんとはこんな風に泣かせたいわけじゃないんだ」
「…ちがっ、うんです…」
ああもう、いつもの平然とした私はどこにいったんだろう。
――昔からコウくんのことだけが私の心を揺さぶってきた。
「でもッ……その約束っ、守りたいんです。今から、じゃ…遅いですかっ…」
腕をぐっと引かれたと思う間もなく、私の嗚咽はすべて先輩の胸の中に吸い込まれていた。
言いたいことがいっぱいあるのに、声が詰まって何も伝えられない。
吐き出せるだけの息を吐いて、吸い込む。
お日様と洗剤の匂いも一緒。
そこにあるのは安心感。
「ありがと、モモ」
優しい声音が心に響いた。
心の中でしか「こちらこそありがとう」って言えなかった。
けれど、先輩――コウくんは優しく私の背中を叩いて「わかってる」って伝えてくれた。




