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未秘の恋  作者: さき
4/7

*4



学校の前にある駅から電車に揺られて15分。

最寄りの駅から歩いて5分のところに我が家はある。


「ただいまー」

「あら、おかえりなさい。どうしたの?今日は部活無かった日だっけ?」

「んー部活でボールが頭に当たって腫れちゃったから、早めに帰ってきた」

「あらそうなの?大丈夫?」

「ん、大丈夫」


学校であれだけ手厚く看護されたせいか、さっぱりと対応されて拍子抜け。

帰る間、コウくんとタカヤギ先輩について考えないようにしていたせいか、すごく疲れてしまった。

急展開過ぎてついていけなかった。

ゆっくりと考えるためにも、鬱々とした気分を晴らすためにも、お風呂に入って気分転換したい。


「ねぇ、お風呂入れる?」

「ええ、入れるわよ」

「じゃ、先にお風呂いただくね」

「はいはい。ごゆっくり」



***



とりあえず、髪を洗おうと、シャンプーを手に取ってごしごしと頭皮をもむ。

後頭部が腫れていることをすっかり失念していて、患部に触れた時、鈍痛がした。


「――っ。いたぁ…」


痛みとともに思い返されるのはタカヤギ先輩の手の感触。

先輩が触れても痛くなかったのに、今はじんじんと患部がうずく。


――だから、やっぱりあれは夢なんだと思う。

だって、今は触れるのもままならないほど痛い。

あの時は夢と現実のはざまでユラユラしていて、わけがわかんなくなっていたんだ。

おかげで他人の前でコウくんの名前なんて呼んだりして恥ずかしいったらありゃしない。


それに…仮にコウくんがタカヤギ先輩だとして、タカヤギ先輩にはコノミ先輩がいる。

たぶん、コウくんとタカヤギ先輩を繋げたくないのは、それがあるから。

本当にコウくんがタカヤギ先輩ならば…それはきっと耐えられないことだろう。

深層心理の防衛反応とでも言っておこうか。


それにタカヤギ先輩の下の名前ってユキトだった…はず。

コノミ先輩もそう呼んでいたし、間違いない。

だから、コウくんはタカヤギ先輩じゃない。

「モモ」って呼ばれたのは、なにかの偶然。

もしかしたらタカヤギ先輩の知り合いに「モモ」っているのかもしれない。


今日は驚くことがいっぱいありすぎて、もう許容範囲外。

今日の出来事は幻で、何があったか忘れよう――そう思い込むことにした。

ずっとは無理でも、独りの今だけはそれができると思った。



湯船につかり、ぴちゃぴちゃと湯を揺らすと同心円状の波が経つ。

時々手のひらを丸めてお湯をすくう。

隙間から零れ落ちるお湯を見ながら、私の記憶もサラサラと零れ落ちればいいのに、といつも思ってしまう。


「コウくんのことを忘れたい」


何度そう思っただろう。

コウくんがいる限り、私の中での1番は常にコウくんでありつづける。

覚えていることがツラかった。

でも、あの手の感触といつでも守ってくれる背中を忘れることはできなかった。

そして、あの言葉も。

いつかコウくんが迎えに来てくれるという甘い夢が私の首を緩く締め付けた。

さまざまな苦しみや葛藤の中で、その夢を振りほどくことはできなかった。

その痛みがいつしか快楽に。

この痛みが私にコウくんを刻み付けていった。

より深く、より歪に。



***



一晩寝ると心も体も回復して、なんだか明るい気分。

後頭部の腫れも引いたし、顔はすこし赤くなってたけど、気にするほどのものではない。

加えて今日は朝課外もないから、少しゆっくりできる。

幸先のいい朝。


制服に着替えて、家族3人で朝食。

昨日電車に乗り遅れたこともあり、今日は余裕をもって少し早めに出た。

住宅街の朝の空気は、静かで綺麗で清々しい。

昨日が不幸な1日だった分、今日はきっと幸せな1日。

ルンルンと鼻歌なんて歌いながら、軽くスキップ。

小学生の時に、この勢いでターンをしたら電柱にぶつかって鼻を強打したことを思い出して笑ってしまった。


学校でも、昨日の出来事はなかったかのように、いつも通り過ごした。

一人の部活生が2度もボールに当たったなんてそんな大事ではないと今になって気付いた。

バレー部の友人だけには、怪我の具合とタカヤギ先輩について聞かれた。

怪我はよくなって、タカヤギ先輩は氷をくれてとても優しかったことを伝えると、羨ましがられた。

このときはじめて、学校でトップ3にはいるイケメン先輩に優しくされたことを認識した。

チヤホヤというほどのものでもないけれど、悪い気はしないなと思った。

昨日は言うほど不幸じゃなかったのかもしれない。


つつがなく授業も終わり放課後になった。

さっさと帰る準備をして、本を借りようと図書館へ足を向けた。

図書のかび臭い独特の匂いにかこまれながら、本棚の一番下の段にあった面白そうな本を数冊手に取る。

その本を借りるため、貸し出しスペースに行く途中で、別の列の本棚にいた男子学生と目があった。


――タカヤギ先輩だった。




短いけれど、一旦区切ります。

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