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ある日の休み時間、私は英語のプリントを読んでいた。
次の授業は英語。
授業の冒頭に単語テストがあって、今は最後の悪あがきというわけだ。
「ねえねえ!桃香、見てよ!ユキト先輩!やっぱイケメンだわぁ~!ああっ、そう言ってるうちに見えなくなっちゃった~」
顔をあげると、隣ではしゃぐ友人がいた。
どうやら教室の窓から渡り廊下を渡る先輩一団が見えたらしい。
「ユキト先輩…?…あぁ、バスケ部の」
――タカヤギユキト先輩。
高校に入学してから何度も聞いたバスケ部のイケメンキャプテン。
成績優秀で、身長が高くて、性格もいいといわれる噂の先輩
男女問わず支持を集めていて、おかげでバスケ部の入部希望者が殺到しているらしい。
手元のプリントに再度視線を落とした私に構わず友人は話を続ける。
「ああっ、でも隣にコノミ先輩がいた~!やっぱあの二人付き合ってるのかなー?」
「コノミ先輩?」
「そ、コノミナナコ先輩。男子バスケ部マネージャー。タカヤギ先輩とは1年から同じクラス。もっぱら付き合っていると噂」
「――どこでそんな情報仕入れるの?」
「これくらいみんな知ってるよ」
「ふーん…」
「桃香はあんまりそういうのに興味ないよね」
「そうだね。…というか、私、今はそれどころじゃない!英単語テストがやばいの!」
「――ああっ!忘れてたっ!私もやばいよぉ!ちょっと桃香何が出る~~?」
「それがわかってたら苦労しないよぉ!」
その時、無情にもチャイムが鳴り響いた。
***
この日は朝から不運続きだった。
寝坊するし、通学途中でつまづくし、電車に乗り遅れるし。
忘れ物はするし、単語テストの成績は最悪だし。
そんな日に部活なんか行きたくないけど、そういう日に限って部活はあるのだ。
今日はバスケ部とのハーフ。
体育館が広いため、大抵2つの部活で間をネットで仕切って体育館を使う。
コートを張り、準備体操などを終え、今日はレシーブ練習になった。
私は打ち損じたボールに当たらないようコートの後ろの方、仕切りのネットの近くに下がっていた。
―――ガッ!!!!!!!!!
突如頭を襲った衝撃は後ろから。
何思考えることができずに後頭部を押さえてうずくまったら、前の方から「危ない!!!」って声がした。
―――ガッ!!!!!!!!!
顔を上げたら、顔面レシーブ。
反射的に手で顔を覆うが、顔面も後頭部もジンジンと痺れている。
衝撃からくる痛みで、涙も出てきた。
顔を覆っていた手を見ると、幸いなことに鼻血は出ていないようだった。
「大丈夫かっ!?」
集まってきたバレー部のみんなにまじって聞こえた男の人の声。
たぶんバスケ部の人。
顔面レシーブした上に泣いている顔なんてきっとひどくて、誰にも見られたくないから、手をあげて大丈夫だって主張した。
けれど、それに気付かなかったのか無視したのか、その人は私の後頭部に優しく触れた。
「――今は腫れてないみたいだけど、これから腫れるかも」
「あ、のっ、も…だいじょぶで、ず」
立ち上がりたいけど、こんなに周りにいる多くの人から注目されていると考えたら、立ち上がるに立ち上がれない。
ほんと今日はツイてない。
「――まだ保健室開いてるかもしれない」
そう言うと、優しく触れていた人は、手をそのまま脇の下に差し入れて、私を抱え上げようとした。
「ちょっど、まっで」
涙声になっていることを悟られたくなくて、声も出したくないけど、この状況はそれ以上に緊急事態だ。
この私が言うことじゃないかもしれないけれど、どこの少女マンガだそれは!と元気だったら突っ込みたい。
「自分で、行けまず、から」
「――顔、上げられないくらい痛いんだろ?」
「……」
痛いといえば痛いのだけれど、それよりも周りの興味津々といった目の方が痛い。
「いいから。小さな親切大きなお世話かもしれないけど。受け取ってよ」
そう言われたら、言い返すことなんてできない。
これ以上周りに提供するネタをつくる気はない。
とりあえず、抱き上げられることは避けたくて、自分で立ち上がった。
***
――本校舎1階の保健室前。
残念なことに保健医は帰っていて、保健室は開いていなかった。
「とりあえず、売店前の椅子で横になっといたほうがいい」
放課後、売店は閉まっていて、人はそんなに多くないから私は素直に頷いた。
そのまま保健室の近くにある売店前の長椅子まで連れて行ってもらい、横になる。
失礼とは思ったけれど、まだボールと涙で腫れている顔を見せたくなくて、背もたれ側に顔を向けた
――気付いたら、また後頭部をなでられていた。
最初の時とは違って少し冷たくなった手が気持ちいい。
「――ちょっと腫れてきたか、やっぱ」
「…あの、もう大丈夫なので。親切にしてくださってありがとうございました」
とりあえず、手で顔を覆いながら首を回そうとしたら、やんわりと止められた。
「あ、まだ動かない方がいいよ。…実は、お礼言われる筋合い無いんだ。頭にボール当てたの俺なんだよ。…って、最初に謝らなきゃならなかったな。ごめん」
「あっ、いえ。気にしないでください…私がぼーっと立っていただけなんで」
「……。俺、一旦体育館戻るから。バレー部には言っとくから、このままここで休んでて。頭打ってるから、あまり動かないでね」
それだけ言うと男の先輩は去って行った。
今更ながら、名前を訊いてなかったことに気付く。
誰もいなくなると、自分へと意識が集中したせいか、バレーボールがあたったおでこがひりひりして、おそらくバスケットボールが当たった後頭部がまたずきずきしてきた。
一旦切ります。




