014話 ネフェルは押しかけ女房!?①
スレキアイが自室のドアを開けると、そこには異様な光景があった。
一年生の女生徒が大きなカバンを両手に下げ、背中にも巨大な荷物を背負って佇んでいたのだ。
「カーコスの妹ではないか。なんじゃ? どうしたのじゃ? 腕の具合はもう大丈夫か?」
スレキアイがそういうとネフェルは踵を付けて「気をつけ!」の姿勢をとった。
「昨日はありがとうございました。はい。おかげさまで腕の怪我はもう大丈夫です。完治しました。本日は、昨日、あなた様に「略奪」されたので急ぎ身の回りを整理して身一つで参った次第です」
そう言ってネフェルは腰を90度曲げて深々と頭を下げた。
「わしが「略奪」じゃと? 何を言っておるのじゃ?」
「き、昨日のあの行為です。俵担ぎ───いわゆるお米様抱っこです。
あなた様は確かに私をお米様抱っこされました。ですのでこうして参った次第です」
そういってネフェルは尚も頭を下げ続けた。
ネフェルがその姿勢でいると、背中の大荷物がスレキアイの眼前につきつけられた。
そこには鍋や皿、コップ、教科書や筆記用具、傘などに加え、衣服や布団、枕、さらには学習机、タンス、ベッドなどの家財道具一式もロープで縛られ一塊の団子のようになっていた。
これで身一つ……?
スレキアイは疑問に思ったが、そこは触れないようにした。
「まて。わしはそなたを略奪などしておらぬ」
スレキアイは撥ねつけたがネフェルには通じなかった。
「いえ! そんなことはございません! あなた様は確かに私を「お米様抱っこ」で「略奪」されました!」
そう言われてスレキアイは「ああ、あれのことか」とようやく合点がいったようだった。
「あれは急ぎそなたを治療せねばならぬかったからじゃ。略奪ではない」
「理由はどうであれ、あれは確かに「お米様抱っこ」でした! あれをされては……あれをされてはもうあなた様の許に参る以外、わたくしにできることはございません……!」
そういってネフェルは肩を震わし、ポロポロと涙を零した。
「できることはある。その荷物を持って自分の部屋に帰るのじゃ。そして略奪の事は忘れて学業に励むがよい」
「そ、そんな……困ります! 略奪された者がおめおめと引き下がることなどできません! どうかお傍に置いてください……! 下働きでもなんでもします! 後生ですから……!」
そうネフェルにすがられてスレキアイは心底参ってしまった。
確かに「お米様抱っこ」は略奪をした印。略奪された者は略奪した者の所有物となり、人としてではなく「モノ」として扱われる。そんな「モノ」が所有者の傍に置いてもらえず、放置されていたらどんな仕打ちを受けることか。
例えるならそれは袋に入った金貨が道端に落ちているようなものだった。
そんなものが道端にあれば誰かれなく寄ってたかって金貨を奪い取り、袋さえもずたずたにされてしまうのは火を見るより明らかだ。
今ネフェルがスレキアイの傍に置いてもらえないということはそれと同義だった。
その為、ネフェルも必死だった。何が何でもスレキアイの傍に置いてもらう覚悟だった。
そしてその覚悟はスレキアイにも十分伝わっていた。
その為、スレキアイがどうしたものかと唸ったが、そうしているとグランダムがスレキアイの肩越しに顔を覗かせた。
グランダムはスレキアイの部屋を訪れていたのだ。
「なんだ、兄貴。困りごとか?」
するとそのグランダムの発言を皮切りに、次はウィンリルがスレキアイの脇から顔を覗かせた。ウィンリルもスレキアイの部屋を訪れていたのだ。
「えっ!? スレキアイ兄ちゃん問題発生なの!? なになに!? どんなトラブル!?」
ウィンリルはトラブルがどんなイベントなのか興味津々だった。
そんなウィンリルの後に、今度はルーシファスがスレキアイの反対側の肩から顔を覗かせた。ルーシファスもスレキアイの部屋を訪れていたのだ。
「兄上がトラブルなんて珍しいですね。おや? この子は……? はて? どこかで見たことがあるような……?」
スレキアイは深く長く、心底参ったといった様子でため息をついた。
そして「わかった。とにかく中に入るのじゃ。そのような格好で部屋の前におられては目立ってかなわん」と根負けし、ついにネフェルに入室を許可したのだった。
※ ※ ※
「兄貴が俵担ぎを……」
なるほど……といった様子でグランダムは顎に手を当てた。
「今は「お米様抱っこ」というのが主流のようですよ」
ルーシファスはそうグランダムに一言伝えた。
「じゃあ、この人はスレキアイ兄ちゃんのモノになったんだね」
ウィンリルは嬉しそうだった。
「こら、ウィンリル。人をモノ扱いなどしてはいかん。相手が誰であれ、他者には敬意を払うのじゃ」
スレキアイはそうウィンリルをたしなめた。
「だいたい略奪など、一昔前に王都で流行った子供の遊びではないか」
「そうだな。懐かしいな」
「そうなの?」
「ウィンリルの時にはブームが去っていましたね。僕の世代にはかろうじて残っていました」
「男女を問わず、担がれた者は相手の命令をその日一日だけきくという遊びじゃ。
人権を無視したモラルに欠けた遊びじゃ。わしはそういうのは大嫌いじゃ」
「確かにそうだな。子供だから許される無邪気な残酷さというやつだな」
「この遊びは王都で流行り、波紋のように地方に伝播していきましたが、地方に行けば行くほど本気で相手の所有物になってしまうということが信じられていると聞いたことがあります」
「となるとこの娘の領地は魔界の最辺境。もっとも強く信じてしまっている者たちの一人かもしれんな……。兄貴、どうするんだ?」
「どうもこうもない。追い返すだけじゃ」
「ええ~。帰しちゃうの~? せっかくだしスレキアイ兄ちゃんがもらっちゃいなよ」
「こら、ウィンリル。だから人をモノ扱いするなと言っておるじゃろうが」
「あ、あの……。皆さんで何をコソコソお話しされているのでしょうか……?」
ネフェルは部屋の隅に四人が集まって、顔を寄せて話し合って話をしている姿を怪訝に思い、恐る恐る声をかけた。
「ああ、いえ。どうか気にしないでください───ってッ! うわぁッ!」
ネフェルに真っ先に顔を振り向けたルーシファスは驚嘆の声を上げた。
「どうした、ルーシファス? ───うおッ!? なんだこれはッ!?」
次に顔を振り向けたグランダムも驚愕の声を上げた。
「え? どうしたの?───って、うわぁぁッ! 何これッ!?」
ウィンリルも二人の兄と同様に驚きの声をあげた。
「なんじゃ、騒々しい。おぬしたちは何をそんなに驚いておるのじゃ───」
そういって振り返ったスレキアイも言葉を失って固まってしまった。
四人が振り返るとスレキアイの部屋が綺麗に整理整頓されていたのだ。
「な、なんだこれはッ!? 先ほどまで足の踏み場もない程散らかっていたのに、部屋が綺麗に片付けられているぞッ!?」
「至る所に山積みだった本も本棚に戻されてる……。しかも巻数がちゃんと番号順に並べられているよ!」
「し、信じられません……。これは貴女がやったのですか? いったいどんな魔法を使われたのでしょう?」
そういわれたがネフェルは涼しい顔だった。
「すみません。あまりにお部屋が散らかっていたので皆さんがお話をしている隙にお片づけておきました。あの……ご迷惑でしたでしょうか?」
ネフェルはスレキアイが固まってしまっている姿をみて不安がった。
「い、いや。迷惑ではないぞ。むしろ助かった。素晴らしいではないか」
「よかったです。ありがとうございます。私もよく部屋を散らかしてしまうので片づけは得意なんです。それとお食事の支度も整えておきました。皆様、どうぞテーブルにおつきください」
そういわれて促されたテーブルには四人分の食事の用意がされていた。
「途中までご準備をされていたようでしたので、仕上げておきました」
「わー、すごいね。そうなんだよ。ボクたちスレキアイ兄ちゃんの部屋で一緒にお昼ご飯を食べようって集まって、持ってきたお弁当をテーブルに置いたところだったんだよ」
「それを綺麗に盛り付けたというわけか」
「テーブルメイクも完璧です。まるで食事会に招待されたようです」
グランダム、ルーシファス、ウィンリルはテーブルに着くと、見違えるように豪華になった自分たちのお弁当をご馳走を見るような目で見渡した。
だがスレキアイだけは只一人、不服そうで、腕組をしたまま席に着こうとはしなかった。
「あ、あの……、どうかなされましたか?」
ネフェルは不安になった。スレキアイはどこか少し不機嫌そうでもあったからだ。
「うむ。これでは不十分だ」
「えッ?」
えー? なんですかスレキアイ様。何が不十分なんですか?
ネフェルさんのテーブルセッティングは完璧です。言いがかりはやめてくださいよ~。
って、わははははははは。
さてさて、スレキアイ様は「何が不十分」と申されているのか?
どうかどうかお楽しみにしていただけますと幸いです。
皆さまのご期待にそえるよう頑張ります~!
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