むきむきの不向き
「魔術を使ってみたいんですっ、教えてくださいっ!」
魔術師の少年、ロドの目の前にいる少女はそう言った。
彼女は亜人種、世間からはドワーフと呼ばれる種族である。
成人でも、永久歯が生え揃った人間の子供程度の身長しかないが、
体重は人間の成人と同じかやや重たく、寿命は人間の三倍近く。
男性は見た目にも逞しく、単純な腕力なら人間を凌駕している。
女性は男性ほど逞しくは見えないが、それでも人間男性より強い。
大きく肉厚の丸い耳を持ち、頭髪はかなりの癖毛で剛毛。
実は彼ら彼女ら、体内魔素量が貴族でない人間よりも多いのだが、
なぜか魔術を扱える者は見かけない。その理由も分かっていない。
二つ星の冒険者、スカラは初めて魔術師の魔術を見て衝撃を受け、
もしかしたら自分でも使えないか、と教えを乞うてきたのである。
◆
スカラは現在十六歳、鉄球鎖使いという事だ。ロドより四歳年上。
それでもロドよりは頭一つ分背が低い。上目遣いでつめられる。
人参色の硬い髪を頭頂部にまとめており、ある種の野菜のようだ。
今回大掛かりな討伐依頼でバグベアの集落を壊滅させたのだが、
その際魔術師のロドは魔術《窒息》で集落全体を覆い壊滅させた。
倒れているバグベアに、あとはとどめを刺して回るだけとなり、
討伐に参加していた面々は「なんだかなあ」と思いながらも、
危険が最小限になったのは素直に感謝し倒して回っていたのだが。
完了報告も報酬受け取りも終わった直後、ロドはスカラに捕まる。
自分でも使いたいけど、どうすれば使えるのか分からない。
ここはひとつ、さっきの魔術師に頼み込んで教えを請おうと。
ロドのほうはこの問いかけにどう答えるべきか迷っていた。
まず、王立中央学院で習得した攻撃魔術は教える訳にはいかない。
軍事技術に当たるので、間違っても他国に流れては拙いのである。
次に防御魔術や支援魔術はどうかと言えば、こちらも同様だった。
あとは自作の魔術だが、教えても理解されるかどうか分からない。
勿論本来「教えられない」と断る選択肢があるのだが、
この時ロドの頭からはそれがすっぽりと抜け落ちていた。
要はスカラの並々ならぬ勢いに気圧されていたのである。
腕組みして悩みに悩んだ挙句、攻撃にも防御にも使えないものなら、
と、他者に害を与えないようなものを探して教える事にした。
ロドはこの時、この「個人依頼」に対する報酬契約も忘れていた。
◆
魔術を教える前に、ロドが相手に対して必ずしている事があった。
冒険者組合の宿泊所の一室を借りて、スカラとロドは中へ入る。
スカラには装備を外してもらい、下着姿で寝台に横たわってもらう。
スカラの背中と腰にロドが手を当てて、ゆっくりと魔素を流す。
これで相手の体内魔素を反応させて、魔脈を自覚させるのである。
娼館でお目にかかりそうな行為だが、ロドは男女問わずやっている。
なんなら男性の方が多い。制式騎士団の騎士団長や副団長に対して。
これを広めた事で制式騎士団の基礎能力は劇的に向上したのだが。
さすがにスカラが恥じらう。もしかしてこれが「依頼報酬」?と。
ぶんぶん首を左右に振るロド。そういう誤解は正直初めて受けた。
理由を丁寧に説明し、一応スカラも納得しきれてない顔で頷いたが、
さて実際に行えば「あん」「あっあっ」とかスカラが声を出すので、
ロドは作業中、何とも言えない気分になっていた。
騎士団長達は女性の方でもこんな声出していなかったし。
脱ぐと分かるが、スカラは年齢相応に出るところは出ていた。
背丈こそ年少のようだが、その中身は実年齢通りなのだ。
ちょっとした想定外があったものの、魔脈の自覚は出来たようだ。
体内魔素の流れの把握と体内魔素の収束までは何とかいけたが、
次に魔術構成式の記憶焼き付けの段で忘れていた手順に気づく。
魔術構成式を描いた紙を見せなければ、焼き付けが出来ない。
ロドはスカラにその旨を伝えて詫び、今度準備をしておきます、
と約束して宿泊室の扉を開けると。
扉の向こうで聞き耳を立てていた連中十人余りと目が合った。
ここ、宿泊室の壁はかなり薄い。室内の声は割と廊下にまで響く。
先程のスカラの声は筒抜けだったらしい。ロドは珍しく頭を抱えた。
◆
さて、先日スカラと約束した日。
今度は宿屋の一室を借りた。宿泊所はもう気まずくて使えない。
ロドは比較的単純で覚えやすそうな魔術構成式を何枚か描いてきた。
無論攻撃や防御ではなく、実用性が高いと思われるものである。
今回は、知り合いの女魔術師であるラーモにも同席してもらった。
これで宿で誤解は受けまい。三人で部屋に入って、鍵を閉める。
が、早速服を脱ぎ始めたスカラを見て、ロドは慌てて止める。
今は着たままで大丈夫です!と。下から脱ぐとは予想外だった。
無言のラーモの問い詰めるような視線が地味にロドに効く。
今回用意したのは以下の通り。いずれも屋内で使える。
胸元に拳大の灯りを点す《付き従う灯り》。
他人への合図にも使える《送風》。
野営の食事時に重宝する《保温》。
自分の鏡像を作り出す《姿見》。
前回行った魔脈の自覚によって、スカラは体内魔素の動きは分かる。
魔素の収束も出来ているはず。しかしどの魔術も発動出来ない。
ロド自身ではなく、ラーモにスカラの魔脈を確認してもらう。
ロドは後ろを向き、今度はスカラに脱いでもらってラーモが触診。
流れや収束には乱れが見られないらしいのだが。
ふとラーモが何かに気づく。
「ロドくんロドくん、スカラさんにちょっと触ってみて」
何を言い出したの?と一瞬思ったロドだが、ラーモは真剣である。
「スカラさんの魔脈の動き、ちょっと違ってる」
言われてロドは、前回の様に自分の魔素を流すのではなく、
目をつぶりスカラの魔脈の動きを追うように意識して確認してみた。
ちなみにラーモにスカラの背中まで誘導してもらっている。
どうも無意識に、スカラが別の魔術を使っているような動きがある。
この感覚は随分と似ている。王立中央学院で使った覚えもある。
スカラは支援魔術の《岩の肉体》と《剛力》を同時発動している!
しかもロドが習ったものより効率が高いようだ。
◆
結論から言えば、スカラは無意識に魔術を使っていた事になる。
それも同時に二つ。全てのドワーフがそうなのかは分からないが、
そちらに体内魔素が収束するために他の魔術を使う余地がない。
複数魔術を展開するのは不可能ではないが、今のスカラには難しい。
分かった事をスカラへ説明し、無意識な二つの魔術を止めさせる。
ラーモとロドで体内魔素を誘導しつつ《姿見》の発動に成功した。
「できたっ、できましたよっ、ロドさんっ!」
スカラの声にロドは目を開けると《姿見》に映るスカラが見えた。
全裸の。
この前はまだ、下着姿だったじゃないですか、なぜ全部脱いで…。
すぐに目をつぶるロド。小さな声で「お、おめでとうございます」
とつぶやいた。
切替は要練習だが、それでもスカラの魔術への道は拓けた。
思わず抱きつかれロドは困惑し、ラーモに冷たい笑顔を向けられる。
依頼報酬は、部屋の賃料など実費以外ロド達は受け取らなかった。
ドワーフの体内魔素の使い方は、今後大いに役立つからである。
今回の思いもよらぬ発見によって魔術研究が進むことに喜びつつも、
これまでとは別方面での悪評にロドは頭を痛めた。
「ロドくんは女の子に対してみんなこうなのかな?」「ううう」
この後すぐ、ラーモは見た目の怖い装備を贈られる。採寸は全部ロド。
(見た目は「装飾系の冒険者」に詳細あり)
普段タイトル付けに悩むのに、今回はあっさり出てきた。
《岩の肉体》:身体強化。物理攻撃に強い耐性を得る。




