ジュニア冒険者 ユイと魚の養殖
わたしは、ユイ。
ジュニア冒険者をしている。
「さぁ、行くよ!」
「はーい!」
今日は土曜日。
学校はお休みで、ママと一緒にクエストの日。
ママは、正式な冒険者。
わたしはまだジュニアだから、一人でクエストは受けられない。
でも、ママのパーティーに入って、一緒に行くことはできる。
それが、けっこう楽しい。
ママの端末が、ぴっと鳴った。
画面をのぞきこもうとしたけど、わたしにはよく分からない文字が並んでいるだけだった。
「今日のはね、相談のクエスト。
ユイの報酬は、魚引換券三枚よ!」
ママはそう言って、靴をはいた。
報酬が物なのは良くある。
でも、相談?
それって、どんなクエストだろう。
山菜を採ったり、牛さんのお世話をしたり、わたしより小さな子と遊んだり。
色んなクエストをしてきたけれど、“相談”というクエストは知らない。
車の中で、ママは運転しながら言った。
「今日はね、養殖の施設」
「ようしょく?」
「魚を育ててるところ」
それを聞いた瞬間、胸の奥が、きゅっとした。
魚。生きてるやつ。
「見ていいの?」
「もちろん」
「さわっていい?」
ママは少し考えてから、
「それは、向こうの人と相談かな」
って言った。
しばらくして着いた場所は、すごく静かだった。
お店みたいでもなく、工場みたいでもなくて、でもちゃんと人の気配がある。
中に入ると、水の音がした。
ちゃぷ、ちゃぷ、じゃなくて、ごうっと流れる、低い音。
水槽が並んでいて、その中で魚がたくさん泳いでる。
わたしは、すぐに足が止まった。
あ。
魚が、こっちを見た。
……気がした。
「こんにちは」
思わず、言ってた。
横で、大人の人が話をしている。
ママと、もう一人の冒険者の人と、この場所の人。
でも、わたしの耳には、水の音しか入ってこなかった。
魚が、集まって、離れて、また集まる。
なんでだろう。
「ねえ」
気づいたら、声が出ていた。
みんなが、こっちを見る。
「この魚たち、どこに行くの?」
少しだけ、間があった。
それから、この場所の人が言った。
「大きくなったらね、
市場に行って、お店に行って、誰かに食べてもらう」
ふうん。
わたしは、また水槽を見た。
「ここでは、食べられないの?」
今度は、誰もすぐに答えなかった。
ママが、水槽のほうを見ながら言った。
「それをね、これから考るクエストなんだよ」
考える。 魚を見ながら、考える。
それって、ちょっと、楽しそうだった。
水槽の前に、丸いテーブルが置かれた。
そこに、ママともう一人の冒険者の人、それから施設の人が集まる。
パーティーは三人。
ママが一番ランクが高いから、今はリーダー。
わたしは、少しだけ離れたところで、魚を見ながら話を聞いていた。
……聞いていた、つもりだった。
「売り上げが、ここ数年ずっと横ばいで」
「設備は悪くないです。魚の状態もいい」
「人手も足りている。だからこそ、打つ手がなくて」
大人の話は、むずかしい。
でも、「困ってる」ってことだけは、分かった。
魚は元気なのに。
水槽の中で、銀色の体がきらっと光る。
速くて、きれいで、ずっと見ていられる。
ユイの頭の中で、ママの端末で見た水族館の映像と、養殖場の風景をがふっと重なった。
―― ここ、水族館みたい!
「ねえ! ママ」
思わず、声が出た。
ママが、こっちを見る。
「なーに?」
「ここ、来たらだめなの?」
「へぇ? だれが?」
「ふつうの人」
一瞬、みんなが顔を見合わせた。
「来ちゃいけないわけじゃないよ」
施設の人が言った。
「でも、特に来る理由がないんだ」
理由。
それって、見たい、とか、楽しい、とか?
「じゃあさ」
わたしは、水槽に近づいた。
魚が、また集まる。
たぶん、えさの時間だと思ってる。
「えさ、あげたら?」
しーん。
「え?」
「さわってみてもいい日とか!」
「この魚、あとで食べられるんでしょ?」
わたしは、ちゃんと知ってる。
生きものは、いつか、食べものになる。
それは、こわいことじゃない。
「だったらさ」
言葉が、止まらなくなった。
「見て、さわって、
それで、食べたらいいじゃん」
ママが、ゆっくり瞬きをした。
「ユイ」
「うん」
「それ、どういう意味?」
ちゃんと説明しなきゃ。
「ここに来て、魚を見て、
えさあげて、触って、それで、食べるの」
「おいしいって分かったら、
また来たいって思うでしょ?」
「それに」
水槽の中の魚を見る。
「この子たち、
見られてるほうが、さびしくないと思う」
今度は、長い沈黙。
でも、さっきと違って、だれも困った顔をしていなかった。
施設の人が、ぽつりと言った。
「……子ども向け、ですか」
「うん!」
「大人でもいいよ」
「魚、好きな人、いっぱいいるもん」
ママが、少し笑った。
「体験型、ってことね」
「体験?」
「見るだけじゃなくて、関わる場所にする」
ママは、端末にメモを取りはじめた。
もう一人の冒険者の人も、うなずいてる。
「安全面はどうするか」
「触れる範囲の制限」
「予約制にするか」
大人の言葉が、さっきより、やさしく聞こえた。
わたしは、ちょっと誇らしかった。
だって、魚を見てただけなのに。
好き、って思っただけなのに。
クエストって、こういうのも、あるんだ。
最後に、ママが言った。
「今日は、いい相談だった」
施設の人も、深くうなずいた。
「はい。すごく、助かりました」
帰り道、車の中。
ふと、ママのスマホが音楽を奏でる。
クエスト完了の通知だ。
スマホを見たママが言った。
「今日は、ありがとう。
ユイの報酬、魚引換券 五枚だったよ」
「え?」
「報酬増えてるね。役に立った証だ」
胸の中が、あったかくなった。
ジュニアだけど。まだ、子どもだけど。
ちゃんと、世界の役に立てた気がした。
次にその場所へ行ったのは、
少しだけ時間がたってからだった。
水槽の前に、看板が増えていた。
――体験日
――要予約
――えさやり/観察/試食あり
文字の横に、手で描いたみたいな魚の絵。
「増えてる」
わたしが言うと、ママは小さく笑った。
「クエスト、続いてるからね」
今日は、もう相談じゃない。
ちゃんとした体験の日。
人が、何組か来ていた。
小さい子もいれば、大人だけの人たちもいる。
でも、にぎやかすぎない。
水の音は、変わらないまま。
「こんにちは」
施設の人が言った。
前より、声が明るい。
「今日は、よろしくお願いします」
ママたちが、うなずく。
えさの入ったカップを持つ。
「どうぞ」
言われて、水槽の上から落とす。
ぱしゃ。
魚が、一気に集まる。
「わあ」
声が、あちこちから聞こえた。
その声を聞いて、魚も、ちょっと嬉しそうに見えた。
たぶん、気のせいだけど。
でも、気のせいでもいい。
次は、触れるコーナー。
ぬるっとして、少しだけ、こわい。
でも、逃げない。
「生きてる」
女の子が言った。
わたしは、うなずいた。
当たり前のことを、ちゃんと感じる。
最後は、試食。
焼いた魚が、お皿にのって出てきた。
さっきまで、泳いでた。でも、今は、食べもの。
手を合わせる。
「いただきます」
声が、重なる。
食べた瞬間、おいしい、って思った。
それと同時に、水槽の音を思い出した。
変じゃない。
どっちも、ほんとう。
帰り際、施設の人がママに言った。
「予約、来月まで埋まりました」
「すごいですね」
「ええ。売る、じゃなくて、知ってもらう、で」
ママは、わたしを見た。
「ユイのおかげだね」
わたしは、首を振った。
「魚のおかげ」
水槽のほうを見る。
魚は、今日も泳いでいる。
見られて、知られて、食べられて。
それでも、ちゃんと、ここにいる。
ママが言った。
「次は、どんなクエストがいい?」
わたしは、少し考えた。
「また、生きもののやつ」
「理由は?」
「生き物、好きだから」
ママは、微笑んでいた。
夜。
布団の中で、目を閉じる。
水の音が、耳に残っている。
冒険者は、戦わなくてもいい。
すごいことを、しなくてもいい。
ただ、つなぐだけでいい。
見ること。触れること。食べること。
それを、一緒にやること。
わたしは、ユイ。ジュニア冒険者。
世界は、思っていたより、やさしくて、おいしい。
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ジュニア冒険者 ユイと犬の真白
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