札幌市 MS 帝国から G 帝国に亡命す
来る昭和 100 年に備えて、札幌市は MS 帝国から G 帝国に亡命することを決定した。MS 帝国が提供する「365日働けますかオフィス」から「ぐるぐるワークスペース」に乗り換えるのである。札幌市としては過去数年にわたり「365日働けますかオフィス」(以下 M365 と略す)を使っていたものの、
「いやぁ、この OneDrive ってやつ、いきなりファイルが消えて大変なんですよ」
「バックアップと思っていたら、いつの間にか消えてしまうし、私のファイルどこにいっちゃったんでしょうね?」
「なにこれ、いつの間にか知らないフォルダができているんですけど」
「なんだか、左下でアイコンがぐるぐるして、いきなりバッテンが出て同期が止まるのだけど、どうやったらいいかわからない」
「パソコンを起動するたびに、5 GB のサイズをアップデートしますか? と言われて「いいえ」を押すんだけど、これで毎回聞かれるんですよね、なんで?」
という苦情が多く寄せられていた。それ、M365 の本筋とは関係ないんですけど? と思っていても、それは素人の浅はかさである。そこには深い深い理由があって、OneDrive の前には SkyDrive とか Skype とかがあって、ひそかに隠れているのでそれを狙っている苦情なのであった。
そこで、札幌市の DX 推進部(以下 D 部と略す)は、M365 の諸々の苦情を払拭すべく「ぐるぐるワークスペース」(以下 G ワークスと略す)への亡命を計画するのであった。G ワークスの担当は、某I藤であった。某I藤は、M365 がはびこっている D 部の中を歩きながら、さまざまな苦情を集める諜報員であった。最初から G ワークスを勧めてはいけない。M365 の苦情を聞きながらうんうんと頷いて同情するのが某I藤の役目である。
時には D 部を飛び出して、札幌市役所の各部署を回るのであった。
「ねぇ、某I藤さん(某I藤は、呼び名も某I藤のままであった)、ここの Excel VBA のマクロどうにかならない?」
某I藤は、G ワークスしか知らず G 帝国の諜報員であった。だから、JavaScript マクロしか知らなかった筈なのだが、そこは諜報員である。定時内の学習では足りないので、定時以降に残業をして M365 の VBA のマクロにも精通しているのであった。
「ああ、そこはですね、ここの開発ツールを開いて」
「え? 開発ツール? そんなのはないんだけど」
「このリボンってやつをですね、右クリックしてメニューを表示させると、開発ってのがでるんですよ」
「あ、なるほど、で、この開発って何?」
「ここはですね、Visual Basic エディタを開いて、マクロを作れるんですね。このマクロを使うと、Excel の操作が楽になりますよ」
「へぇー、そうなんだ、例えばどんな感じのができるの?」
某I藤は、ポケットから「みんなで分かる M365 の逆引き職人集」という本を取り出して、市の局員に見せるのだ。
「例えばですね、ここにある「データを並べ替える」っていうのがあるんですけど、これを使うと、Excel のデータを簡単に並べ替えることができるんですよ」
「へぇ、これクイックソートとかもできるの?」
「いえ、バブルソートですね」
「バブルなんだー、ちょっとエッチだねぇー」
とかなんとか、ちょっとだけセクハラっぽい会話もしながら、某I藤は M365 の良さを話すのである。
「ほら、Excel VBA のマクロはなかなか組むのが大変なんですけどね。この右上にある「副操縦士」っていうアイコンを押すんです」
そうすると、市局員は、モニタをぐっと指で押そうとした。
「いえいえ、このモニタはタッチモニターじゃないですから、モニタを押してもダメなんですよ」
「あ、そうなんだ。不便だね。私、スマホ世代だから間違っちゃったよ・・・」
と、市局員は笑うのであった。いやいや、それ、年齢的にパソコン通信世代じゃないですか? とか某I藤は思ったが、そこは名うての諜報員である。さらっと、年齢には触れず
「ほら、副操縦士がでてきたじゃないですか、ここで色々質問ができるんですよ」
「へぇ、そうなんだ。でも、ちょっと作業の邪魔だよね」
「そういうときこそ、副操縦士に頼むんです、ちょっとキーボードを借りますね」
某I藤は、キーボードを借りて、さっと操作を始めるのである
『お前を消す方法を教えて?』
そうすると、副操縦士は不気味な笑いをふふふふふとして、もやもやと消えるのであった。
「あ、すごい、手品みたい」
「そうですね、ははははは・・・・・」
とかなんとか言いながら某I藤は札幌市の各部署を回っては、あれこれの日々を過ごしていたのであった。なんとかならんものか、仕事をしてくれ、某I藤は思わなくもなかったが、これも自分の仕事である。少なくとも、M365 を使っている札幌市の局員は某I藤の目から見ても、非常にサボって・・・いや、働き方改革が必要であった。
曰く、Excel VBA で DOOM を動かす。
曰く、PowerPoint で、お絵かきポスターを作る。
曰く、Teams で、オンライン飲み会をする。
曰く、Outlook で、チャットメール式のやり取りをする。
曰く、方眼紙 Excel を活用する。
曰く、Word でフォーマットの直し方がわからないので markdown で書こうとする。
実に大変非効率であった。技術はあったかもしれないが、それ、技術の無駄遣いである。
そんな市局の状態を見ているか見ていないか、見ぬふりしていた D 部が突如、G 帝国に亡命してしまったのである。MS 帝国から大金を吹っ掛けられたか、副操縦士に一服盛られたのか、それとも主操縦士が不在だったのか。実際のところ真相はわからなかったが、入札が決まったのである。
「16,000人のユーザーをぐるぐるワークスペースで管理できるひと募集!!!未経験者優遇します」
「え? なに、これ」と某I藤は思ったのであった。「も」がないんですか?
真相は、広報の打ち間違いだったらしいけど、なんというか、「未経験者優遇」に惹かれて来たひとがたくさん集まってしまった。もう、まさしく未経験者である。M365 も未経験であるし、ぐるぐるワークスペースも未経験である。なんというか、氷河期世代の氷も解けてしまうような熱気が札幌市の D 部には殺到したのである。
そして、その市長の難しい顔も、熱気で氷解してしまった。
いまさら、違ってましたとか言えなくなってしまって
「以前から決まっていました」
ということにして、MS 帝国から G 帝国に札幌市は亡命したのである。いや、併合かもしれない。ひょっとすると、G 帝国の人達が住んでいて、札幌市の市局を埋めていたのかもしれない。某I藤にはよくわからなかったが、市局の人達が急に G ワークスの JavaScript を喋り始めたので、ちょっとわかったような分からないような気になった。ひょっとして、知らなかったのは某I藤だけだったのかもしれない。
そして、市局のパソコンは M365 から G ワークスに一変してしまったのである。
さて、某I藤はどうなったかというと、まだ Excel VBA のサポートを続けているのだった。
「ねぇ、某I藤さん、いままで M365 で動いてた Excel VBA のマクロなんだけど、G ワークスの JavaScript だとどう書くの?」だの、
「M365 の副操縦士は面白かったのだけど、G ワークスの Gemini は何かキャラクタはないの?」だの、
「OneDrive から G ワークスに移動してファイルがなくなる現象は消えたけど、どうにも G ワークスのファイルが多くなって、これなんとかならない? どこにファイルがあるかわからないのよ」だの、
Excel VBA のサポート係に呼ばれる某I藤であった。
向こうのほうで、何やら声が聞こえる。
「AWS マネジメントコンソールのこれなんだけどさー」
【ひとまず、完】
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