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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
最終章 それぞれの明日編

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奈落の果ての冒険譚

 クロスはエリスと結婚し、育ての親であるジーナとともに穏やかな日々を送っていた。小さな家の中は温かく、笑い声と安らぎに満ちている。


 時折、クロスは取材のため、あるいはマギアドラッグで扱う薬の材料集めも兼ねて、イグニスと共にSランクの依頼に同行することもあった。戦場の空気や、冒険者としての緊張感を間近に感じることで、クロスの描く物語にはリアリティと迫力が宿るのだ。


 イグニスは相変わらず自由奔放で、任務の合間にはギャンブルに興じることもある。クロスは呆れつつも、彼の純粋さと強さに改めて感心し、時に取材対象としての尊敬も抱いた。


 この日も、少しお腹の大きくなったエリスに見送られ、クロスは冒険者ギルドへ向かった。

「無事に帰ってきてね」と柔らかく微笑むエリスの手を握り、クロスは軽く頷く。


 ギルドに着くと、いつもどおりイグニスは遅刻していた。ヒルダが腕を組み、冷ややかに小言を投げかける。


「……また遅刻ですか?イグニス」


「いやぁ、途中で引っかかっちまってさ」と笑うイグニス。クロスは苦笑いを浮かべた。


 今回、パーティが受ける任務は、Sランク――第九層に出現したという大魔人アトラスの討伐だ。

 クロス、イグニス、グラド、リラは互いにうなずき合い、任務への準備を始めた。


…………

【大魔人アトラスの討伐】

報酬 30,000G

…………


【奈落 第九層 地獄エリア】


 四人は熱風の吹き荒れる戦場へと足を踏み入れた。岩肌がむき出しの地形、ところどころから立ち上る炎。緊迫した空気が冒険者としての感覚を研ぎ澄ます。


「まずは偵察っすね」とクロスが低くつぶやく。イグニスは軽く頷き、風を読んで周囲の気配を探る。グラドは棍棒を構え、体格に頼った力強い動きを確認。リラはボウガンを肩に掛け、周囲を冷静に見渡す。


 突然、岩陰から巨大な影が現れた。全身を黒い甲冑で覆い、四つの腕を持つ魔人――アトラスだ。目が赤く光り、空気が振動するほどの咆哮を上げた。


「来やがったな……!」


 イグニスが弓を構え、矢に魔力を込める。


 クロスは鏡花水月を握り、戦闘態勢に入る。グラドは棍棒を振り上げ、近距離での打撃を狙う。リラはボウガンから氷の弾を放ち、魔人の動きを妨害する。


 アトラスが一歩踏み出すたびに地面が割れ、炎が吹き上がる。クロスは鋭い踏み込みから縦斬りを放ち、イグニスは跳躍して連続魔力矢を放つ。


 グラドは棍棒で力任せに攻撃を加え、リラはボウガンを連射する。しかし、二人の攻撃は確かに魔人を傷つけるものの、クロスとイグニスの連携には及ばず、魔人の動きを封じるほどにはならない。


「……やっぱり、俺たちじゃまだまだだな」と、グラドが息を切らしながら呟く。

 リラも同意するように小さく頷いた。彼女のボウガンからの弾は的確に当たってはいるものの、クロスとイグニスの圧倒的な動きと連携の前では、自分たちの力の限界を痛感する。


 二人は悔しさと同時に、仲間としての信頼を再認識する。イグニスとクロスの背中を追い、さらに高みを目指さなければならないと。


 四人の戦闘は、火と炎の地獄の中で続き、やがて一層の連携と成長を彼らにもたらすのだった。


 冒険者ギルドに戻ると、四人は疲れた体を伸ばしつつ、報告書を提出した。

 ヒルダは腕を組み、淡々と報酬袋を差し出す。


「これが今回の報酬よ。無事に討伐できて何よりね」


 クロスは袋を受け取り、イグニスに視線を向ける。


「じゃあ、きっちり四等分で」


「おう、助かるぜ」とイグニスはにやりと笑い、袋を半分に分ける。

 金貨の重みが手のひらに伝わり、二人の冒険の達成感を実感させる。するとイグニスが肩をすくめ、いたずらっぽく言った。


「よし、この金でカジノでも行くか?気分転換だ!」


 グラドは乗り気だが、クロスは軽く首を振り、やんわりと笑いながら応える。


「すいません、家でエリスが待っているし、たまには落ち着いて休みましょう」


「そうか?ま、俺は行くけどな?わははは」


 イグニスは半ば納得したように笑い、グラドとカジノに向かった。


「じゃ、クロスさんまたね。私も急ぐから」


 リラは報酬を手に、さっそくブランド品を買いにデパートへ走る。


 こうして四人は、それぞれの思いを胸に、冒険者としての日常へと戻っていった。


 任務を終えた夜、クロスは書斎に向かい、ペンを握る。過去の奈落での死闘、仲間たちとの絆、そして愛する家族の笑顔――すべてが文章に変わり、ページに刻まれていく。


 窓の外には、春の柔らかな風が吹き抜ける。クロスは深呼吸をし、微笑んだ。戦いの日々は過去となり、今は物語を紡ぐ日々。だが、その胸には、仲間たちとの思い出と未来への希望が、静かに、確かに生き続けていた。


 クロスの小説は、後にルメナリア大図書館に寄贈されることになる。大作に埋もれながらも、手に取ったほんの一握りの人々に、冒険のワクワクを届けたのだ。そのタイトルは――


『奈落の果ての冒険譚』


 こうして、クロスの物語は静かに、しかし力強く、新たな章を迎えたのである。


ーーー 奈落の果ての冒険譚 完 ーーー

本作『奈落の果ての冒険譚』を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


この物語をカクヨムで発表し始めてから、執筆完了までに1年以上の歳月がかかりました。その間、物語は4度作り直され、何度も挫けそうになりました。それでも、ここまで書き続けられたのは、何よりも読んでくださる皆様の存在があったからです。


本作では、「冒険」「成長」「友情」をテーマに、主人公クロスと仲間たちが困難に立ち向かい、互いに支え合いながら歩んでいく姿を描きました。戦いの緊張感や日常の温かさ、そして仲間との絆――すべてが、この物語の大切な要素です。


書きながら何度も試行錯誤しましたが、諦めずに完成までたどり着けたこと、そして読者の皆さんに少しでもワクワクや感動を届けられたことを、とても嬉しく思っています。


この物語が、皆さんにとっての小さな冒険のきっかけとなり、心の中に少しでも勇気や希望を残せたなら幸いです。


改めて、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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