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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
最終章 それぞれの明日編

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新たな門出

 奈落での死闘を終え、クロスとエリスの関係はゆっくりと、しかし確かな歩みで変わっていった。

 共に戦い、幾度となく命を預け合った時間は、互いの心に深い絆を刻みつけていた。


 冒険者としての日々を終えたクロスは、ジーナと共に暮らしながら、自らの体験を綴る小説家としての道を歩み始める。

 一方のエリスは、妹ミリスとともに〈マギアドラッグ〉を営み続け、忙しい日々を過ごしていた。表向きの代表はミリスだが、その裏でエリスの献身が支えていた。


 そんな二人は幾度もすれ違いながらも、やがて気づく。互いがそばにあることでこそ、初めて心が安らぐのだと。


「これからも、一緒に生きていきたい」


 クロスのその言葉に、エリスは迷わず頷いた。


 ――こうして、二人の結婚は決まった。


 結婚式を前に、クロスとエリス、そして仲間たちはマリーの教会に集まっていた。

 祭壇の飾りつけや参列者の席の配置を相談しながら、和やかな声が飛び交う。


「式の日取りを決めないとな」


 クロスが手帳をめくりながらつぶやくと、イグニスが肩をすくめて笑う。


「どうせなら賭けで決めちまえば早ぇんじゃねえか?」


「却下です」


 即座にヒルダの鋭い声が飛び、場に笑いが広がった。


 そのとき、シルカが遠慮がちに手を挙げる。


「あの……私、よければ天気を見ます。私の権能で」


 皆の視線が集まると、シルカは少し恥ずかしそうに目を伏せた。

 彼女の権能――天気を読む力。それは戦場では目立たず、本人も長らく無意味に思っていたものだった。


 しばし瞳を閉じた後、シルカは小さく頷いた。


「……この日なら、きっと晴れます」


 するとエリスが柔らかく笑みを浮かべ、そっとシルカの肩に触れた。


「ほらね、やっぱり役に立つでしょう? 前に言ったとおりよ。あなたの権能は、無駄なんかじゃないの」


 その言葉に、シルカの頬がぱっと赤く染まる。


「……う、うん。ありがとう、エリスさん」


 彼女は小さくハニカみながら、心の底から誇らしげに微笑んだ。

 仲間たちはその姿を温かく見守り、自然と会話が弾む。未来へ向けた祝福の時間は、もう始まっていた。


 ――数日後。


 ジャンの家に、精巧な封筒が届いた。封を開けると、中には上品な文字で書かれた招待状が入っている。


「……これは……」


 ジャンはリサナと共に、内容を目で追った。そこには、クロスとエリスの結婚式への招待が記されていた。


 一方、キキモラ村ではマリーも同じ招待状を手にしていた。孤児たちと共に過ごす教会で、彼女は微笑みながら封筒を抱きしめる。


「クロスとエリスの…お祝いか。嬉しいなぁ」


 隣にいたシルカも興奮気味に声を上げる。


「楽しみやな、お母さん!」


 マリーは頷き、孤児たちに微笑んだ。


 フローレンスの元にも、同じ招待状が届いていた。彼女は静かに目を細め、クロスたちの新たな門出を祝福する気持ちで胸を満たす。

 アルガードは招待状を読んで少し照れくさそうに笑い、聖槍ロンギヌスを収めると「これもまた、大切な戦いだ」と小さく呟いた。


 ――そして、結婚式の日。


 会場となったのは、マリーの教会だった。奈落を生き抜いた仲間たちが何度も心を寄せ合った、温かな場所。色鮮やかな花々で飾られた祭壇の前に、クロスとエリスは並び立っていた。


 ジャンとリサナは三人の子どもたちと共に列席。子どもたちは純粋な瞳で花嫁と花婿を見つめ、父ジャンの手を握りしめて幸せそうに笑う。

 マリーはシスターとして司式を務め、孤児たちも列席者として席に座る。シルカは小さな子どもたちを世話しながら、まるで姉のように頼もしい姿を見せていた。


 フローレンスとアルガードは王都から駆けつけ、静かに拍手を送る。フローレンスは失った仲間への祈りを胸に秘めつつ、晴れやかな表情でクロスとエリスを祝福した。

 マチルダとマーテルは教え子たちと共に出席し、教師らしい落ち着いた祝辞を述べる。

 ヒルダは冒険者ギルドの代表として二人の門出を見守り、イグニスはというと、式の最中にもポケットに忍ばせた小銭をちゃらりと鳴らしてマリーに睨まれていた。


 やがて、祭壇に立つマリーが静かに宣言する。この時、マリーは一切鈍らない。


「クロス、エリス。あなた方は互いを支え合い、生涯を共に歩むことを誓いますか?」


 二人は強く手を握り、声を揃えて答える。


「はい、誓います」


 その瞬間、教会の窓から春の柔らかな光が差し込み、花びらが舞うように祝福の風が流れ込んだ。仲間たちの拍手と笑顔に包まれ、クロスとエリスは深く見つめ合う。


 ジャンは小さく呟いた。


「みんな、元気そうでよかった…」


 その声には、かつての戦いの日々と、今目の前にある穏やかな幸福が重なっていた。


 マリーもまた、遠くの空を見上げて静かに祈る。


「……どうか、この幸せが、永遠に続きますように」


 こうして、奈落で命を懸けた仲間たちの物語は、一つの終着点を迎えた。

 戦いの日々は過去となり、残された絆と笑顔は、新たな未来へと受け継がれていくのだった。

キャラクター紹介 No.46

【リラ=グリーンウッド】

氷魔法を自在に操る冷静沈着な冒険者で、常に状況を的確に見極めながら仲間を支える判断力と洞察力を兼ね備えている。

戦場では無駄な感情に流されず冷静に行動しつつ、必要なときには鋭い指示や的確な助言で仲間の戦いをサポートする、その知性と実力で多くの信頼を集める女性である。

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