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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
最終章 それぞれの明日編

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親となった者達

【奈落 第七層 樹海エリア】

 あれから三年。

 ジャンはリサナと正式に夫婦となり、第七層の獣人の集落で穏やかな日々を送っていた。


 三人の子ども――長男のライル、長女のエナ、次女のミラにも恵まれ、毎日が笑い声と温もりに満ちている。朝、ジャンはまだ三歳の小さなライルの手を握り、森へと駆け出した。木々の間を縫うように歩きながら、狩りの基本を少しずつ教える。幼いエナとミラは家でリサナと共に、元気に遊び、家中に明るい声を響かせていた。


 昼は仲間たちと共に獲物を追い、夜は焚火を囲んで語らい、笑い合う。戦いの日々とはまったく異なる、穏やかな日常がそこにはあった。


 ジャンはふと立ち止まり、寝静まった家族の寝顔を眺める。かつて奈落で交わした約束、仲間たちと共に過ごした死闘の日々が、遠くに感じられる。しかしその記憶は消えることなく、今の平穏を守る力として、静かに彼の胸に宿っていた。


 リサナが微笑み、ジャンの肩にそっと手を置く。


「ジャン、今日もライルとの森はどうだった?」


 その問いに、ジャンは自然に笑みを返す。


「順調だ。少しずつだけど、狩りの楽しさを教えている」


 森の風に混ざる笑い声。戦いを経た者だけが知る、静かで確かな幸せ。そして時折、ジャンは仲間たちの顔を思い浮かべる。あの奈落で共に戦った日々は、今も彼の胸に温かく残っていた。


 ジャンは深く息を吸い込み、微笑む。


「みんな、元気でやってるだろうか…」


 その思いを胸に、ジャンは小さな手を握り直す。今日もまた、穏やかな冒険が始まるのだ。


 朝の森はまだ薄い霧に包まれ、光が柔らかく木漏れ日となって地面に差し込む。ジャンはライルの小さな手を握り、土の香りと湿った空気を感じながら歩いた。


「パパ、あれなに?」


 ライルが指差したのは、小さな小川のほとりで光る石ころだった。


「それは…川の宝物だな。拾って大事にしよう」


 ジャンは微笑みながら石を手に取り、ライルに見せた。ライルの瞳は輝き、そっと自分のポケットにしまう。


「ジャン、ぼくも強くなりたい!」


 小さな声に、ジャンは膝を曲げて目を合わせる。


「もちろんだ。強くなるには焦らず、少しずつ学ぶことが大事だぞ」


「ふんふん、ぼく、がんばる!」


 森の奥へ進む二人。ジャンは倒木を指差し、軽く飛び越える練習をさせる。最初は躓いたライルも、ジャンの優しい励ましに励まされ、何度も挑戦する。


「やった!できたよ、パパ!」


 ジャンは膝を抱えて笑った。


「そうだ、ライル。よく頑張ったな。これで今日の森の冒険はクリアだ」


 背後に広がる木漏れ日と、柔らかい森の空気。戦いの日々の緊張を忘れさせる、静かで温かな時間が流れる。


 森を抜けて家路に向かう道すがら、ジャンは再びライルの手を握った。


「ライル、今日も楽しかったな」


「うん!パパと一緒なら、どこでも冒険だ!」


 ジャンは深く息をつき、微笑む。この日常こそが、戦いを経た者にとっての何よりの宝物。小さな手の温もりと笑顔は、何にも代えがたい幸福だった。


 ――その様子を、遠く聖域の高台から静かに見つめる影があった。

 純白の毛並みに覆われた巨大な神獣、獣神白王。琥珀の瞳は柔らかく細められ、親子の姿を確かに映している。


 かつて激闘を交えた冒険者たちを認め、資源の利用を許した白王。その威厳ある眼差しには、力ある者を見極める冷厳さと同時に、命を育む者への優しさが宿っていた。


 森を駆ける親子の笑い声に耳を澄ませながら、白王はゆるりと尾を揺らす。

 それは祝福にも似た仕草だった。


「……あれもまた、一つの冒険譚か」


 低く響く声は風に溶け、森に抱かれた。

 白王は静かに目を閉じ、再び聖域の奥へと身を横たえる。


 今日もまた、守るべき世界は穏やかに息づいていた。


【キキモラ村】


 マリーは故郷・キキモラ村に戻った。

 実家の教会を継ぎ、シスターとして村人たちの世話にあたる毎日。


 教会の鐘が静かに鳴る朝、マリーは庭に咲く花々に水をやりながら、今日も一日を祈りで始める。

 昼になると、孤児たちが教会に駆け込んでくる。


「マリーお母さん!」


 小さな声に包まれ、彼女は柔らかく笑みを浮かべる。


 村の子どもたちは、マリーを本当の母親のように慕い、彼女の手作りの食事や学びの時間を心待ちにしている。

 マリーは子どもたちの髪を結い、絵本を読み聞かせ、時には魔法で小さな奇跡を起こして笑顔を引き出す。


 その隣で、十五歳になったシルカが、まるで孤児たちの姉のように手助けをしていた。

 食事の配膳、遊びの見守り、宿題の教え方――すべて自然にこなすシルカの姿に、子どもたちは安心しきっている。


「シルカ姉さん、もう一回読んで!」


「はいはい、じゃあ次はこの話ね」


 シルカは笑顔で答え、マリーも静かにその様子を見守る。 


 夕暮れ時、教会の窓から差し込む光の中で、マリーは静かに祈る。


「神さま、今日もみんなが笑顔でいられますように…」


 小さな村の教会は、彼女の優しさと光で満たされ、訪れる者すべてに安らぎを与えていた。


 夜、子どもたちが眠った後、マリーは静かに窓辺に座り、遠くの空を見上げる。

 かつて奈落で共に戦った仲間たちのことを、そっと思い浮かべる。

 戦いの日々は遠く過ぎ去ったが、彼らとの絆は今も胸の奥で温かく輝き続けている。


 マリーの幸せは、日々の祈りと笑顔、そして村の子どもたちの無邪気な声に包まれ、静かに、しかし確かに息づいていた。

キャラクター紹介 No.44

【ライル=アルバトロス】

好奇心旺盛で元気いっぱい。父・ジャンと共に森を駆け回り、狩りや自然の学びを楽しむ。

小さな体ながら勇敢で、何事にも前向きに挑戦する。森や川の自然に興味津々で、見つけたものは大事にする習慣がある。

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