王国騎士のその後
任務を終えたアルガードとフローレンスは、王国騎士としての最後の責務を果たし、王都グランドリオンへ戻ることを決めた。
仲間たちに別れを告げた二人は、送別会のため街の名高い《アビスレストラン》へ向かう。
扉を開けると、すでに多くの冒険者やかつての仲間が集まっていた。第七層から駆けつけた料理人アニサは、笑顔で二人を迎え、親子で作った豪勢な料理を次々と並べていく。
「これも、奈落を越えた皆へのお祝いよ」
アニサの言葉に、フローレンスは静かに微笑み、アルガードは槍を床に置いて力強く頷いた。
宴は思い出話に花が咲いた。
クロスとマーテルの抜けたやりとり。
マチルダとマリーの微笑ましい関係。
頼れるエリスやヒルダの思わぬ失敗談。
ジャンやイグニスの突飛な行動。
一つ一つが笑いを誘い、戦いを共にした者たちの絆を改めて感じさせた。
その間、アニサはジャンに耳打ちする。
「そうそう、リサナが妊娠したんだって」
ジャンは思わず目を見開き、心当たりしかないという表情を浮かべた。
仲間たちの歓声と笑いの渦の中で、彼の頬はわずかに赤く染まる。
――送別会は夜更けまで続いた。
アルガードとフローレンスは、仲間たちと過ごす最後の時間を胸に刻んだ。奈落を越えた者だけが味わえる、静かで温かい安堵のひとときだった。
【帰路の馬車にて】
翌朝。王都への馬車の中で、フローレンスの肩は小刻みに震えていた。
「……はぁっ……はぁっ……」
堪えていた嗚咽が溢れ出す。
奈落に挑んだ王国騎士のうち、生き残ったのは自分とアルガードだけ。
特に、探索が終わったら想いを告げようと約束していたガイアの死は、胸を深く抉っていた。
アルガードは槍を脇に置き、彼女の隣に腰を下ろす。
「泣け、フローレンス。……お前の涙に理由があるなら、隠す必要はない」
低く穏やかな声が続く。
「私達は戦った。ただ勝つためではなく、仲間の命と誇りを守るために。ガイアもきっと、お前の強さを誇りに思っている。悲しむことも、泣くことも、立ち上がるための力になる。私は信じている……お前なら、必ず前に進める」
フローレンスは涙を拭い、力なくも小さく頷いた。
アルガードの揺るぎない背中を見つめるうち、胸に熱い決意が灯る。
「……私も……アルガードさんのような騎士になる。強くて、優しくて、仲間を守れる……必ず」
彼女の声には、涙だけでなく確かな意志が宿っていた。
馬車は揺れながら、静かに王都へと進んでいった。
【王都グランドリオン 王城 謁見の間】
広々とした謁見の間。王国旗が翻り、玉座には王グランドリオン三世が座していた。豪奢な衣をまとい、威厳を湛えたその姿は、一見すると国の象徴にふさわしかった。
「よくぞ戻った。奈落探索、ご苦労であった」
フローレンスは膝をつき、仲間の奮戦と犠牲、六大将の討伐を報告する。声には誇りと、消えることのない悼みが宿っていた。
アルガードもまた淡々と成果を述べ、槍を床に置いて礼を尽くした。
一通りの報告が終わると、王は満足げに頷き、重臣たちも微笑んだ。だが、その安堵を切り裂くように、アルガードが口を開いた。
「……王よ。奈落の瘴気よりもなお醜く、国を蝕むものがある。それは…人の欲だ」
謁見の間に張り詰めた緊張が走る。
「私はかつて、盗賊へ身を堕とした騎士オルテガと剣を交えた。奴は最期にこう吐き捨てた。『王は我らを裏で利用していた。私腹を肥やすために』と」
ざわめきが広がる。王の顔は動かない。だが沈黙こそが何より雄弁に映った。
「戯言だ。盗賊風情の言葉を信じるというのか」
冷たい声音に、苛立ちが滲む。アルガードは一歩踏み出し、槍を取らずに言葉だけを突きつけた。
「信じる。戦場で命を懸けて遺された言葉を、私は決して軽んじない」
フローレンスは息を呑む。アルガードの言葉は、彼女の心すら揺さぶっていた。
沈黙。
王の顔に焦りの色が滲む。ついに、怒声が玉座を震わせた。
「黙れ! 不敬者め! 処刑だ、今すぐ首を刎ねよ!」
兵士たちが剣に手をかけた瞬間、アルガードは槍を握りしめた。
――聖槍ロンギヌス。
奈落で数多の怪物を屠った光が放たれ、石造りの謁見の間を震わせる。
その圧に押され、兵士も重臣も身動き一つ取れなくなった。
「……退け」
低く放たれた声に、空気そのものが従った。
ただ一人、王だけが震える声を上げる。
「ば、馬鹿な…! わしは王だぞ……!」
「王であろうと、人の道を外れれば裁かれる。答えろ…罪を認めるか否か!」
沈黙。
やがて、王は搾り出すように叫んだ。
「……そ、そうだ! 私だ! 全て私がやった! だが……だが王とは、そういうものだろう!?」
その自白に、場は凍り付いた。玉座に威光はなく、ただ欲に溺れた一人の男が座っているだけだった。
アルガードは槍を収め、重く告げる。
「…衛兵。この者を、地下牢へ」
前代未聞。王への逮捕命令。
だが誰一人逆らわず、王は引きずり下ろされ、哀れな叫びを残して消えた。
【新たな王】
その後、謁見の間に姿を現したのは王子ルシアン。
若く細身だが、その瞳には父とは異なる透明な光が宿っていた。
「アルガード卿、フローレンス殿……ありがとうございます。私は父の罪を深く恥じます。しかし、国を立て直すことこそが私の務めです」
その声は震えていながら、確かに誠実だった。
人々の胸に、希望の火がともる。
アルガードは深く頷き、フローレンスは目を閉じて仲間の犠牲を思った。
奈落で散った命は、無駄ではなかった。
新たな王と共に、この国は新たな道を歩み出す。
こうして、王の投獄という前代未聞の事件は、歴史に刻まれる幕を閉じた。
キャラクター紹介 No.43
【ルシアン=グランドリオン】
前王グランドリオン三世の嫡子、王位継承者。
誠実で心優しく、父とは対照的に透明感のある正義感を持つ。弱者や民を思いやる心を大切にする。
政治的素養はまだ未熟だが、民や騎士たちの信頼を自然に集めるカリスマ性を持つ。危機に直面しても動揺はあるが、誠意を貫く姿勢は人々の希望となる。




