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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第九章 最終決戦編

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最終決戦

 奈落の底は、もはや一つの世界だった。

 魔王マリスの瘴気が地を覆い、空気は重く沈み、呼吸するだけで肺が悲鳴を上げる。


 それでも――

 誰一人、退かなかった。


「行くぞ!!」


 アルガードの号令と同時に、戦いが始まる。


 ロンギヌスが轟音を立てて突き出される。

 フローレンスの炎剣が、灼熱の奔流となってマリスへ迫る。

 イグニスの矢が風を裂き、エリスの魔法陣が連続展開され、マリーの光が全員を包み込む。


 だが――


 マリスは一歩も動かない。


「……無駄だ」


 赤い瞳が輝いた瞬間、瘴気が暴風のように逆流する。


 アルガードが吹き飛ばされ、フローレンスが地面を転がり、イグニスは岩に叩きつけられた。

 結界が砕け散り、マリーが膝をつく。


「ぐっ……!」


 それでも、立ち上がる。


 誰かが倒れれば、誰かが前に出る。

 誰かの魔力が尽きれば、別の誰かが命を削る。


「私が……回復を続けます……!」


 マリーは血を吐きながらも祈り続ける。

 エリスは魔力枯渇寸前で杖を振るい続け、ヒルダは虚淵刀を握りしめ、瘴気の中へ踏み込む。


「この剣が……通じる限り……!」


 ヒルダの斬撃が、確かにマリスの体を裂く。

 だが、傷はすぐに瘴気に塞がれた。


「……良い」


 マリスは微笑んだ。


「貴様らは、確かに“抗っている”」


 次の瞬間。


 マリスの一撃が、ヒルダを吹き飛ばす。


「ヒルダ!!」


 マチルダが叫び、精霊魔法で受け止めるが、二人とも地に伏す。


 ジャンは満身創痍の体で立ち上がり、斧を構える。


「……まだ、終わらせねぇ……!」


 その背後で、クロスは黙って剣を握りしめていた。


 仲間が倒れていく。

 命を削り、限界を超え、それでも前に立ち続ける。


 ――気づけば、全員が時間を作っていた。


 クロスのために。


「クロス……!」


 アルガードが血塗れのまま叫ぶ。


「お前が……決めろ!!」


 クロスの胸に、熱が灯る。


 守られてきた。

 背中を預けてきた。

 だが、今は違う。


 全ての想いが、背中にのしかかる。

 その瞬間。クロスの耳元で、声が響いた。


『……迷うな』


 クロスの瞳が見開かれる。


『お前は、もう一人じゃない』


 亡き父、ジークの声。


『背負え。仲間も、恐怖も、希望も』


 クロスの剣が、震え始める。


 大地が鳴動した。


「……父さん」


 クロスは、一歩踏み出す。


 剣を、天と地の間に構える。


「俺は……守る」


 仲間の叫び。

 流した血。

 積み重ねてきた旅路。


 全てを背負い――


「……天地鳴動てんちめいどう!!」


 剣が振り下ろされた瞬間、天地が反転した。


 空が割れ、地が裂け、光と衝撃が奈落の底を貫く。

 瘴気は消し飛び、魔王の領域そのものが崩壊していく。


 マリスは初めて、驚愕の表情を浮かべた。


「……なるほど……これが……人の意志か……」


 剣撃が、完全にマリスを捉える。


 紅い角が砕け、白い髪が舞い、赤い瞳が静かに閉じられた。


「……悪くない……」


 その言葉を最後に、魔王マリスは光の中へと消滅した。


 奈落の底に、静寂が訪れる。


 崩れ落ちるように、冒険者たちは座り込む。


 全員、生きていた。


 クロスは剣を地に突き、天を見上げる。


「……ありがとう、父さん」


 返事はない。

 だが確かに、背中を押された感触が残っていた。


 こうして、奈落の戦いは終わった。

 シャスエティの狂気が呼び覚ました災厄は、仲間の絆によって断ち切られたのだった。


 地上に戻った冒険者たちは、まず異変に気づいた。

 空気は澄み、風は軽く、かつて奈落から漂っていた瘴気は跡形もなく消えていたのだ。


「……瘴気が、ない……」


 アルガードが低く呟く。重苦しかった空気が消え、地上は久々に清らかな光に包まれていた。


 街に戻ると、いつもと違う活気に街全体が満ちているのが分かった。

 商人たちは笑顔で声を掛け、子どもたちは駆け回り、市民の目には希望の光が宿っていた。奈落の恐怖から解放された安心感が、人々の動きに表れている。


 病院では、奈落病で苦しんでいた患者たちが奇跡的に回復していた。

 過去に奈落病で命を落とした者たちも含め、その影響が完全に消え去っていることを示していた。


 エリスは胸に手を当て、過去に奈落病で奪われた母のことを思い浮かべる。


「あの時、私にはどうすることもできなかった……でも、これで……」


 涙が頬を伝い、悲しみと救いが交錯する。母を救うことはできなかったが、奈落の災厄が完全に消え去った今、過去の痛みも静かに癒やされるのを感じた。


 冒険者たちは互いに視線を交わし、安堵と決意を胸に街を後にした。奈落の底に響いた死闘は、確かに終わった


【翌日】


 奈落の六大将と、奈落の元凶・マリスをすべて討ち果たしたクロスたち十人は、街中から称賛を受けていた。

 人々の歓声が道を満たし、子どもたちは目を輝かせて英雄たちを見上げる。街全体が、奇跡を成し遂げた冒険者たちの功績を語り継ごうとしていた。


 クロスの育ての親である叔母、ジーナは、自宅の祭壇に手を合わせていた。

 そこには、兄ジークと義姉グロリアの遺影が並んでいる。


「兄さん……義姉さん……見て、クロスはやり遂げたよ」


 ジーナは声を震わせながらも、誇らしげに微笑んだ。


「あなたたちが守ろうとした世界を、ちゃんと救ってくれたんだ……」


 遺影に向かって、クロスの名が英雄として刻まれたことを報告するジーナの瞳には、涙と誇りが交錯していた。

 クロス自身も、仲間たちと共に街の喧騒を感じながら、静かに胸を熱くした。


 これまでの苦難も、失ったものも、すべてはこの日のためにあったのだと。


 街に響く歓声と祝福の声の中、冒険者たちは英雄として、新たな歴史の一ページを刻むのだった。


【郊外の墓地 夕暮れ】


 街の喧騒から離れた郊外の小高い丘には、冒険者たちの墓標が並んでいた。

 風が草原を揺らし、薄橙色の夕陽が石のひとつひとつを柔らかく照らす。


 クロスたちは静かにその丘を登り、墓標の前に立った。

 グレン、ガイア、そしてダリウス。

 他にも奈落で散った先輩冒険者たちの名前が刻まれている。


「……やっと、ここまで来たよ」


 クロスが膝をつき、墓標にそっと手を置いた。

 その指先が震える。胸の奥にあの日々の記憶があふれた。


 ダリウスに剣を振るう角度や、罠の見抜き方、撤退の決断を下す冷静さ。そのすべてを教え込まれた。

 第七層で一緒に汗を流し、笑い、時に叱られた時間が、まるで昨日のことのように蘇る。


「ダリウスさん……あんたの言葉、全部覚えてる。“仲間を守るために動ける奴が、本物の冒険者だ”って……だから俺たちは、誰一人欠けずにここに帰ってこられたよ」


 クロスの声は低く震えたが、その瞳には確かな誇りが宿っていた。


 フローレンスが剣を墓前に立てかけ、目を閉じて祈りを捧げる。ガイアへの想いか、彼女は頬を涙が伝っていた。

 一行は、深く頭を垂れた。マチルダとマリーは静かに光を指先に宿し、その柔らかな輝きで三人の墓標を包み込むように照らした。


「……お前らが命を懸けて守った世界は、今もちゃんと続いてるよ」


 イグニスが空を見上げ、吐き出すように呟く。


「俺たちは負けなかった。奈落はもう、瘴気も残さず消えた」


 クロス達は一人ずつ花を手向け、その名を静かに呼んだ。 風が彼らの祈りを運ぶように、そっと吹き抜けていった。


「……見ててくれ、ダリウスさん。俺はあんたに教わった全部を、この戦いで使ったよ。グレンさん、ガイアさん……あんたたちの犠牲があったから、俺たちはここまで辿り着けた。だから……どうか、安心してくれ」


 彼は目を閉じ、深く頭を下げる。仲間たちも同じように墓前で膝をつき、それぞれの想いを静かに語った。


 風が草原を通り抜け、遠くで鳥が鳴く。その音に混じって、確かに三人の先輩たちの笑顔と声が心に響いた気がした。


「……ありがとう」


 クロスが呟くと、夕陽は三つの墓標を黄金色に染め、彼らの勇姿を称えるように輝いた。

 英雄となった十人の冒険者たちは、決して消えない絆を胸に、墓前を後にした。


 その後、一行は丘を下り、冒険者ギルドの一室を訪れた。

 そこには、一枚の遺影が静かに飾られている。クロスの亡き父の親友にして、共に戦った男、ムラサメのものだった。


 遺体は遠い母国に帰されたため、ここに墓標はない。だが、ギルドの仲間たちが彼を忘れぬよう、こうして遺影を掲げていたのだ。


 クロスはその前に立ち尽くし、深く息を吸った。


「……ムラサメさん。あんたが託してくれたもの、全部……俺とマーテルはちゃんと繋いだよ」


 声はかすれていたが、確かな力を帯びていた。

 ムラサメが自分の父に代わり導いてくれた日々、背中で示した覚悟、仲間を守るために最後まで剣を振るった姿…そのすべてが脳裏に甦る。


 マーテルもまた、遺影に手を合わせ、静かに瞳を閉じた。


「あなたの願いは……もう、果たされました。どうか安らかに」


 部屋に差し込む夕陽が遺影を照らし、柔らかな光が二人の姿を包んだ。

 まるでムラサメ自身が、誇らしげに笑って見守っているかのようだった。


ーーー 第九章 最終決戦編 完 ーーー

ボスモンスター紹介 No.14

【マリス】

数百年前、地上に落下した隕石の姿で奈落に現れ、奈落の瘴気を生み出した元凶である異形の女性――マリス。紅く長い双角と白く輝く長髪、赤い瞳を持ち、災厄を思わせる文様のローブを纏う美しさと禍々しさを兼ね備えた姿で、圧倒的な魔力と戦闘能力を誇る。眠りが完全には覚醒していない状態でも冷静沈着で、敵味方問わず畏怖される存在である。

完全覚醒すれば宇宙そのものを指一本で破壊できる力を持つ。

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