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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第九章 最終決戦編

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恨みのグラージャ

【奈落 第十層 神殿エリア 南方回廊】


 黒い霧が低く漂い、石畳がひび割れ、冷たい風が回廊を走る。

 その中心に立つのは、()()()()()()()美しさを持つ、黒い薔薇が人となったような魔将、恨みのグラージャ。その眼は、遠い過去の戦場を覗き込むかのように細められていた。


「……ふむ、懐かしい魔力を感じる」


 低く響く声。視線の先には三人の冒険者。


 エリス、クロス、そしてイグニス。


 グラージャの口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。


「貴様ら……あの女の血を引いているな」


 エリスとクロスは、互いに一瞬視線を交わした。

 彼女の言う「あの女」とは、かつての最強魔導士…


 グロリア=ユグフォルティス。


 エリスは遠縁ながら、グロリアの本家であるマギア家の人間。そしてグロリアは、ジークの妻…すなわちクロスの母。


 その名を口にした途端、グラージャの周囲に濃密な魔力が渦巻き始める。紅黒の光が形を取り、無数の魔弾となって宙に浮かんだ。

 まさに、六大将最大の魔力を誇ったグロリアの「魔弾の雨」そのもの。


「来るぞ!」


 クロスの叫びと同時に、光の奔流が一斉に降り注ぐ。エリスは杖を振り抜き、緻密な詠唱と共に複数の防御魔法陣を展開。

 魔氷の盾が次々と重なり、雨のように降り注ぐ魔弾を受け止める。

 だが、威力は想像を遥かに超えていた。衝撃が防壁を削り、魔力の波が肌を刺す。


「これが……六大将の力…!」


 エリスの額に汗が滲む。全力で対抗しても、押し返すのが精一杯だ。


 その背後から、イグニスが矢をつがえ、冷静に狙いを定める。彼の放つ矢は魔力を帯び、光の筋となって魔弾の間を縫う。


「甘いな」


 だが、グラージャはまるで予知しているかのように体を翻し、全てを回避。その動きは無駄がなく、常に三人の死角を突いてくる。


「おいおい、この俺の矢が甘いって…」


 クロスは剣を構え、一気に間合いを詰めようとするが、グラージャの放つ魔弾と、空間を切り裂くような魔力の障壁が壁となって阻む。

 足を踏み込むたび、視界の隅で魔弾が爆ぜ、進路を塞ぐ。


「……くそ、近づけない!」


 クロスの声が苛立ちを帯びる。


 それでも三人は一歩も退かず、魔力と技を駆使して攻め続ける。グラージャの表情には余裕が残っていた。

 その瞳は、今も過去の幻影、かつて自らと死闘を繰り広げた、最強の魔導士グロリアを映し出している。


「貴様らがどれほどの力を持とうとも……あの女には届かぬ」


 グラージャの放つ魔弾は、容赦なく冒険者たちへ降り注いでいた。


 最前で防壁を張るのは、エリス。足元には幾重にも重ねられた魔法陣、頭上には淡い金色の輪のような輝き。アテナの錫杖の加護だ。


 錫杖は持ち主の魔力循環を最適化し、消耗を大幅に抑える。通常なら既に膝をついているはずの防御魔法も、彼女の手にかかれば、まだ息一つ乱れていない。


「ふふ、この錫杖、思った以上だわ……まだまだ、受けきれる」


 エリスの瞳には、冷静な光が宿る。


 その後方、イグニスが矢をつがえ、風を読むように目を細めた。だが、放つ矢は全てグラージャに見切られ、僅かな回避動作で弾かれる。

 真正面からでは埒が明かない。


「……これじゃ、的に矢を浴びせるんじゃなくて、こっちが遊ばれてるみてぇだな」


 彼の口元に、皮肉な笑みが浮かぶ。次の瞬間、その笑みはより鋭く、挑発的なものに変わった。


 ギャンブラー特有の直感…負けを避けるための安全策ではなく、勝ちを狙うための危険な一手。

 脳裏に浮かぶのは、たった一度だけ勝率が跳ね上がる賭け札のイメージ。


「……一か八か、だな」


 呟くその声は、誰にも届かない。だが、イグニスの視線はすでに、グラージャの防御のわずかな綻びを捉えていた。


 イグニスは矢をつがえたまま、視線を細めてグラージャを観察した。

 闇に溶ける黒衣、その裾に揺れる深紅の装飾。光が当たるたび、薔薇の花弁のような紋様が浮かび上がる。


(……黒薔薇、ね)


 彼の脳裏に、数々の魔物との戦いの記憶がよぎる。黒薔薇はただの装飾ではない。あれは、魔力を帯びた花弁――植物系魔物の特有の紋様だ。


(ってことは……植物属性。なら、弱点は決まってる)


 植物属性の魔物は、火と斬撃に弱い。だが、グラージャほどの強敵に火属性魔法を通すには時間がかかる。ならば――。


「クロス」


 短く名を呼び、イグニスは矢を引いたまま口角を上げる。


「お前の剣、あいつに刺さるかもしれねぇ」


 クロスが眉をひそめる。


「……弱点でも見つけたんですか?」


「ああ。奴は植物だ。斬撃にゃ滅法弱ぇはずだ。だから――」


 イグニスは矢先をグラージャに向けたまま、低く続ける。


「エリスが盾になって防ぎきる。俺が陽動で注意を引く。その間に、お前が一撃、ぶち込む」


 エリスがちらりと二人を振り返り、静かに頷く。


「いいわ。守るのは任せて」


 クロスの瞳が、炎のように揺れた。


「……わかった。その一撃、絶対に外さない」


 作戦は一瞬で決まった。黒薔薇の魔将を討つため、三人の役割が明確に分かれる。


 だが、イグニスが単純な作戦に「賭ける」はずもなく、その目はクロスと、クロスの背負う真打・鏡花水月を見ていた。

ボスモンスター紹介 No.12

【恨みのグラージャ】

奈落六大将の中でも、最大級の魔力量を誇る存在。

かつて、ジークの妻であり「最強の魔導士」と呼ばれたグロリア=ユグフォルティスと戦い、最終的に討ち破った魔将。その時の戦いで得た技術と魔弾術を、自らのものとして昇華し、今ではグロリアすら凌ぐ精度と威力を誇る。

彼女が纏う黒薔薇の魔装は、美しさと冷酷さを象徴する戦装束であり、その一片一片に呪いと生命力が宿る。

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