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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第九章 最終決戦編

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ノブレス・オブリージュ

 ジェラシアの全身を覆った黒い瘴気が、回廊の闇を濃く染める。筋骨隆々の魔獣の咆哮とともに、獣の跳躍が石柱を揺らす。爪が空気を切り裂く音が、耳を刺す。


 フローレンスは灼熱のレヴァンティンを握り直した。握る掌に力を込め、マリーの魔力が剣先を光で包む。炎の螺旋が走り、回廊の闇を切り裂く。


「フローレンス、今や!」


「マリー、援護お願い!」


 二人の呼吸が合い、フローレンスの剣に魔法の光が乗る。刃先が閃き、紅炎がジェラシアの筋骨隆々の肉体に触れる――しかし、その厚みは凄まじく、薄皮一枚を切るに過ぎなかった。


 ジェラシアは牙を剥き、振り上げた腕が雷の如く襲いかかる。


獣神天壊拳じゅうしんてんかいけん!」


 轟音と共に、フローレンスは吹き飛ばされ、後方のマリーも巻き込まれる。石床に叩きつけられた二人は戦闘不能。朦朧とする意識の中で、フローレンスはアルガードとジェラシアの一騎打ちを見つめる。


 アルガードは盾を握り直し、聖槍ロンギヌスを構える。黄金の雷光が槍先を走り、彼の瞳には揺るがぬ決意が宿る。


ーーーー

 まだ若き見習いの頃、師ヴァンガードに叱られ、何度も倒れそうになった自分。だが師は言った。


「騎士とは、力ある者が弱き者を守るために生きるものだ。力に溺れず、誇りを持て。ノブレス・オブリージュだ、アルガード」


ーーーー


 その言葉が、今この瞬間のアルガードを支えていた。盾を立て、槍を雷のように振るい、フローレンスとマリーを守る。倒れれば、仲間も、未来も絶たれる。


雷撃刺突ライトニング・インペイル!」


 槍先から放たれる電光がジェラシアを襲う。だが、彼女は全身を瘴気で包み、衝撃を吸収。爪で槍を弾き、踏み込みながら反撃の構えを取る。


「これが、獣王の力よ!」


 爪と槍が衝突するたび、火花と雷光が回廊を裂く。互いに一歩も譲らず、血と瘴気が飛び散る。アルガードの槍はジェラシアの動きを封じようとするが、厚い筋肉に隙はない。


 呼吸を整え、アルガードは槍を天に掲げる。雷光が瞬き、極限の一撃に変わる。


「これで決める……極雷刺突アルティメット・インペイル!」


 一方、ジェラシアも全身の瘴気を極限まで高め、獣神天壊拳を放つ。互いの必殺技が交差し、回廊全体を光と闇、雷と瘴気が覆う。衝撃で地が裂け、石柱が粉砕される。


 フローレンスは朦朧としながらも、アルガードの姿を目で追う。槍と爪が激突するたびに、光と闇の奔流が迸り、仲間を守るために全力を尽くす彼の背中に、幼い頃の父の面影を重ねる。


 衝撃が収まると、ジェラシアは石柱に倒れ込み、全身の瘴気が静まる。彼女の黄金の瞳は光を失い、獣王の力は尽きていた。


 …視界が霞んでいく。ジェラシアは荒い息の中で、かすかな笑みを浮かべた。

 思い返すのは、百年以上前に聞いた噂。己の命を賭して仲間を守る、人間の騎士たちの物語。獣の世界には存在しない、その在り方。

 戦いの最中、目の前の男が見せた背中は、その物語そのものだった。

 自分には決して真似できぬ「弱きを守る力」。

 それは敗北の悔しさをも超えて、ただ羨ましかった。


(……誇り高き、人の騎士……か。悪く、ない……)


 その言葉を胸の奥で呟き、ジェラシアの意識は静かに闇に溶けていった。


 しかしアルガードも限界を超えていた。胸を押さえ、体を起こすことすらままならない。フローレンスやマリーを守った代償として、彼も戦闘不能に近い重傷を負ったのだ。


 回廊には、戦いの余韻だけが静かに漂う。激闘の末に、最強の騎士と最凶の獣姫は互いに倒れ、長き死闘は終焉を迎えた。


 朦朧とする意識の中で、フローレンスはアルガードの背中を見つめ、涙を浮かべる。守られた安心と、師から受け継いだ騎士の誇りが、彼女の心を満たした。


 そして、回廊に残されたのは、戦士たちが放った力の余韻…静かに、しかし確かに、死闘の証として刻まれていた。


【奈落 第十層 神殿エリア 別回路】


 ジェラシアの死と共に、回廊を覆っていた闇が一瞬静まり返る。だが、安心は許されなかった。冷徹な策士の瞳が、静かに光を帯びる。


「……アルガードが戻る前に、冒険者を減らさねば勝てぬな」


 シャスエティは吐息ひとつで次の行動を測る。その頭脳には、勝利のための冷徹な計算が巡る。しかし、その前に立ちはだかったのは、計算外の障壁だった。


 ヒルダ…鋭利な剣と研ぎ澄まされた感覚で戦場を制する一流の剣士。

 ジャン…英雄アレクシオの意志を宿し、アルガードに次ぐ戦力を誇る戦士。

 マーテル…冷静沈着、土魔法の制圧力で戦況を掌握する魔導士。


 そして、マチルダ…かつて姉アシュリーを奪われた復讐心を胸に、仲間の命を守ることに全てを注ぐ。


 四つの視線が、シャスエティの動きを逃さぬよう鋭く光る。


「……ここを通すわけにはいかない」


 マチルダの声には、守るべき仲間への揺るぎない決意と怒りが滲む。


 闇の回廊に影が交錯する。


(ふむ…あまりにも厄介だ…どう攻略する?)


 冷徹な策略と圧倒的な力に挑むのは、一流の剣技、英雄の意志、魔法の制御、そして治癒の力。

 互いの信念と力がぶつかり合い、死闘の幕が今まさに上がろうとしていた。

聖槍ロンギヌスについて


聖槍ロンギヌスは、ただの武器ではなく、王国の古の神器に匹敵する力を持つ槍です。奈落第九層の探索で、数多の試練と危険を潜り抜けた末に入手されたこの槍は、雷光を帯びる特別な一振りであり、持ち主の正義と誇りを映す鏡のような存在でもあります。

槍先に宿る雷光は、力任せの攻撃ではなく、心の在り方によって威力が増す。アルガードが必殺技「雷撃刺突ライトニング・インペイル」や「極雷刺突アルティメット・インペイル」を放ったとき、彼の胸中にある騎士としての誇り、弱きを守る責務、そして師ヴァンガードから受け継いだノブレス・オブリージュが槍の力を引き出しました。

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