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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第一章 旅の始まり編
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エリス=マギア

 重厚な鎧に身を包んでいるにもかかわらず、死人騎士の動きは死人剣士を遥かに凌駕していた。対応に長けたフローレンスがすかさず攻撃を仕掛けるが、死人騎士は大盾を構えて真正面から突撃してくる。


「しまった!」


 反応が一瞬遅れたフローレンスは、そのまま弾き飛ばされた。間髪入れずクロスが剣を振るうが、技術も力も未熟な彼女の一撃は死人騎士に簡単に弾かれてしまう。


 そして――


 死人騎士は反撃の斬撃を繰り出し、クロスはかろうじて受け止めるが、その剛力に押し切られ、後方へと吹き飛ばされた。


「くそっ、なんて強さだ……!」


 続いてエリスが魔法を詠唱し、攻撃を重ねる。


「ウィンド!」


 風の魔法が死人騎士に直撃…かに見えたが、奴は躊躇なく盾で受け止め、微動だにしない。


「今だッ!」


 ジャンが渾身の力で鉄の斧を振り下ろす。しかし――


 その攻撃は横に一歩かわされる。威力の大きい斧は動きが重く、隙もまた致命的だった。態勢を立て直す間もなく、死人騎士の剣が横薙ぎに閃く。


「ぐっ、がはっ……!」


 胴を斬られるも、幸いにも鎧が衝撃を抑えた。しかしその力は凄まじく、ジャンは膝をつく。パーティ全体が、あまりに一方的な力の差に圧倒されていた。


 そして死人騎士が、ジャンの頭上に剣を振りかぶった、その瞬間。


 背後から、巨大な大剣が振り下ろされる。


「危ないところだったな」


 現れたのは、全身に重厚な装備を纏った男。無骨な風貌に、圧倒的な存在感。彼の一撃に、死人騎士は一瞬で消滅。地面には《朽ちた鉄の鎧》だけが残された。


「このアイテムは俺には必要ねぇ。……ところで、お前ら初心者か?」


 男の問いに、クロスたちは頷いた。帰還の道すがら、男は語る。


「奈落は、ほんの少し奥に入るだけで敵の強さが段違いになる。運が悪けりゃレアモンスターとも遭遇する。油断するなよ」


「はい……本当に助かりました。あの、あなたは……?」


「グレン。……こう見えても、冒険者ランキング3位だ」


「さ、3位だって!?」


 目を見開いたのはジャン。クロスはランキング自体を知らず、フローレンスは知っていても動じず、エリスに至っては無関心だった。


 冒険者ランキング…それは、ギルド証を持つ全冒険者の実績を、魔力によって自動的に記録・更新する制度だ。ただし、一年以上ギルドに顔を出さなければランク対象から外される。


 ランキング上位五名は「別格」とされ、それぞれが名高い二つ名を持つ。


 【冒険者ランキング・トップ5】


・1位 《最強の男》 アルガード=ドラコニス

・2位 《白銀の戦乙女(ヴァリキリー)》 ヒルダ=グランリオナ

・3位 《大剣王》 グレン=スカイウォード

・4位 《天弓(てんきゅう)》 イグニス=イッシュバーン

・5位 《光の神に愛されし者》 マチルダ=トワイライト


 グレンの助けにより、4人は無事ギルドへと戻り、依頼品である死人剣士の遺骨を三つ渡して報酬を得た。


「今日はありがとう。私は魔力草以外いらないから、残りは分けて」


「いいのか?助かったぜ」


「……良いパーティだった。また一緒に奈落に挑みましょう」


「おう、またな!フローレンス!」


 エリスは必要な魔力草だけを手に取ると、静かにギルドを後にした。


《エリスの薬屋》


「ごめん、ミリス。遅くなった」


「ううん、大丈夫だよ」


 エリスは妹のミリスと二人で薬屋・マギアドラッグを営んでいた。ミリスには特別な能力、「権能」があり、一目見ただけで薬草や素材の成分と効能を把握できる。


 この《特別な権能》は、千人に一人とも言われる希少な才能で、魔法を使える人間よりも遥かに珍しい。


「魔力草を持ってきたわ」


「ありがとう。……うーん、名前の通り、魔力回復効果しかないみたい」


「……そう」


 エリスとミリスは、かつて家族4人でこの店に暮らしていた。しかし、ある出来事が彼女たちの平穏を壊した。


【奈落病】


 奈落から溢れ出す瘴気により、人がモンスター化してしまう不治の病。発症例は稀だが、奈落から遠く離れた地域にも確認されており、例外なく死を迎える。


 エリスとミリスの母もこの病に罹り、やがてモンスターと化した。あらゆる手段を尽くした父は、最期にはその母によって命を落とす。


 その日、魔法を使えたエリスは、母親だった魔物を、自らの手で討った。


 深い喪失と罪の意識に囚われ、心を閉ざしていたエリス。だが、ミリスの言葉が彼女を再び立ち上がらせる。


「私たちと同じ思いをする人が、もう出ないように。姉さん、一緒に特効薬を作ろう」


 それがエリスが奈落に挑み続ける理由だ。


 そして、共に奈落へ行くと言うミリスに対して――エリスは優しく、だが毅然と諭す。


「権能を持つミリスに何かあっては、私たちの悲願は果たせない」


 本心では、危険はすべて自分だけが背負えばいいと思っている。


 妹の心配に応えるため、エリスはさらなる強さを求めて、奈落の深淵を見つめていた。

キャラクター紹介 No.8

【ミリス=マギア】

薬屋・マギアドラッグを切り盛りする、明るく芯の強い少女。姉・エリスと共に奈落病の特効薬を開発すべく、日々研究に打ち込んでいる。

一見すると普通の店番だが、彼女は千人に一人と言われる希少な才能――《権能》の持ち主。その瞳は、薬草や鉱石の成分と効能を見抜く力を宿しており、調合の天才と呼ぶ者もいる。魔法よりもさらに稀少な力ゆえ、ギルドや学術機関からも注目を集めている存在。

だがミリスにとって、名声や名誉はどうでもいい。彼女の願いはただひとつ。大切な家族を奪った病に、終止符を打つこと――そして、姉をこれ以上、ひとりで苦しませないこと。

奈落へ同行することを願うが、エリスはその危険さを知っているがゆえに、ミリスを決して連れていこうとはしない。それでも彼女は、店番を続けながら、静かにその時を待っている。

姉の背を見送り、今日も店先に立つ。

その笑顔の奥には、決して揺るがぬ強い決意が隠されている。


【お知らせ】

今回のラストで描かれた「エリスとミリスの過去」。

その原点を描いた1話完結の短編、『エリス=マギア〜風はあの日、母を貫いた〜』を公開中です。

奈落病に侵された母。

必死に抗い、全てを背負おうとした父。

そして、“魔法”という才能を持って生まれた少女・エリスが下した、あまりにも残酷な決断。

奈落へと挑む彼女の強さと優しさ、その始まりの物語。

もしご興味があれば、ぜひそちらもご覧ください。

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