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奈落の果ての冒険譚  作者: 黒瀬雷牙
第九章 最終決戦編

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妬みのジェラシア

 分断された冒険者たちは、それぞれ別の闇に引きずり込まれ、奈落六大将との一騎打ちを強いられていた。

 その一角、石柱の林立する薄闇の回廊で、フローレンスの前に立ちはだかる影があった。


 嫉妬の獣姫、妬みのジェラシア。


 黄金色の瞳が細められ、獣の耳と鋭い尾が静かに揺れる。その姿は、獲物の鼓動を聞き分ける捕食者の冷酷さに満ちていた。


「ほう……この匂い。お前、あの騎士の娘か」


 その一言に、フローレンスの全身が硬直する。

 胸の奥で燃え上がる怒り、そして確信。

 目の前の獣姫こそ、王国最強の騎士ヴァンガード=ギルクラウドを葬った、父の仇だ。


「……お前が、父さんの」


 低く押し殺した声が、剣先の震えを伝える。怒りと憎しみが、握る剣に集約されていく。


 その剣――灼熱のレヴァンティン。


 鍔元から淡い紅炎が揺らめき、斬撃のたびに空気を焦がす、古の鍛冶師が鍛えた魔炎の刃。

 奈落で手に入れた業物で、父から受け継いだわけではない。だが今、この刃は父の名誉を背負い、灼熱の誓いを宿していた。


 刹那、鋼と鋼がぶつかる甲高い音が闇を裂く。

 レヴァンティンの紅炎と、ジェラシアの黒光する獣爪が衝突し、石壁に赤と黒の火花が散った。


「父親は強かったぞ……だが、娘のほうは大したことないな」


 嘲りの声とともに、ジェラシアの筋肉が膨れ上がる。足元の石床がひび割れ、獣姫の爪に凄まじい圧力が宿る。


「――獣王鋼裂斬じゅうおうこうれつざん!」


 裂帛の気合とともに振り下ろされる、空間ごと引き裂く獣爪の一閃。

 フローレンスが反応するより早く、耳をつんざく金属音が轟いた。


「ぐっ……!」


 目の前に立ちはだかったのは、巨大な鉄壁の盾。

 受け止めたのは、ヴァンガードの後輩にして、フローレンスの大先輩――アルガード=ドラコニス。

 盾の縁がきしみ、石床が削れるほどの衝撃を受けながらも、一歩も退かない。


「立て、フローレンス!」


 その背後から、軽やかな足音と温かな気配が近づく。


「神よ、この者に癒しを」


 マリーが駆け込み、素早く治癒魔法を展開した。


「ほら、もう大丈夫や! うちもおるから安心せぇ!」


 優しい声と共に、柔らかな光がフローレンスの身体を包み込む。焼け付くような痛みが薄れ、失われかけた力が少しずつ戻っていく。


 父の仇を前に、仲間たちの支えを背に受け――

 灼熱のレヴァンティンは再び紅炎を強め、まるで主の決意に呼応するかのように唸りを上げた。


「……もう二度と、大事なものは奪わせない」


 フローレンスは剣を握り直し、炎の刃を正面の獣姫へと向けた。紅炎と黄金の瞳が、闇の回廊で激突しようとしていた。


 ジェラシアの爪撃を受け止めたアルガードは、盾を押し返すと同時に鋭い踏み込みを見せた。

 その動きに合わせ、フローレンスが紅炎の剣を振るう。


「はああッ!」


 灼熱のレヴァンティンが横一閃に走り、赤い残光が闇の回廊を裂く。

 ジェラシアは素早く身をひねって回避するが、毛先が焦げ、焦げた匂いが漂った。


「ほう……速いな」


 その言葉と同時に、アルガードが手に持つ聖槍・ロンギヌスで押し込み、ジェラシアの動きを封じる。

 その隙に、フローレンスが下段から斬り上げ――紅炎がジェラシアの胸元をかすめた。


「ぐぅっ……!」


 マリーの声が飛ぶ。


「今や! 二人とも!」


 彼女の指先から放たれる強化魔法が、二人の身体に力を与える。

 脚が軽くなり、腕に力が満ちる。

 フローレンスの剣がより鋭く、アルガードのロンギヌスがより鋭く輝く。


 ジェラシアは二人の連撃を受けながらも、その眼差しに嘲りではなく、別の色を宿し始めた。


「騎士よ、名乗れ」


 アルガードは攻撃を中断し、答える。


「私の名は、アルガード=ドラコニス。王国最強の騎士にして、最強の冒険者だ!!」


「……やるな、アルガード。最強と謳われるだけのことはある」


 その声音には、わずかな敬意が混じっていた。

 そして――


「ならば、私も応えよう。本気でな」


 次の瞬間、ジェラシアの全身を黒い瘴気が包み込む。

 筋肉が盛り上がり、獣耳が逆立ち、尾が鋭く鞭のようにしなる。

 絹のようだった髪は乱れ、艶やかな姫の面影は完全に消え失せた。


 そこに立っていたのは――

 嫉妬を司る魔獣そのもの。

 姫の名を持ちながらも、戦いのために鍛え上げられた筋骨隆々の獣王。


「我が名は奈落六大将・妬みのジェラシア!!来い……全力で、その誇りとやらを見せてもらおう!」


 黄金の瞳がぎらりと光り、闇の回廊の空気が一変した。

 獣姫の本気、それはまさに死闘の始まりを告げる咆哮だった。


フローレンスの瞳にも、怒りと覚悟の炎が燃え上がる。


「私たちは……眼中にないのか?」


 低く、鋭い声が闇の中で響く。


「思い知らせたる!」


 マリーも後ろから力強く声を重ね、光と魔力を全身に纏う。二人の意志が交錯し、回廊の空気が震える。


 父の仇に、そして奈落に。全力で立ち向かう覚悟が、ここにある。

ボスモンスター紹介 No.11

【妬みのジェラシア】

奈落六大将の一角にして、「嫉妬」を司る魔獣の女王。獣耳と長い尾を持ち、しなやかな肢体に獰猛な戦闘本能を宿す。その姿は猛獣と女王の気品を併せ持ち、戦場ではまさに捕食者の威圧を放つ。

彼女の嫉妬は、弱者や美しい者への妬みではない。「強き者が称賛されること」「自分以外が頂点に立つこと」を決して許さないという、支配欲に根ざした嫉妬である。

ただし、ジェラシアには獣姫らしい独特の誇りもある。

不意打ちや卑怯な罠を嫌い、戦うと決めた相手には真正面から牙を剥く。己が力で屠った獲物にしか価値を見出さず、勝利は常に実力によって掴み取るべきだと信じている。ゆえに彼女は、敵が弱いと見れば容赦なく嘲り、強いと認めれば心の底で悦びを覚える。

武器は自身の肉体。鋼をも断つ爪撃「獣王鋼裂斬」をはじめ、しなやかで獰猛な連撃と驚異的な瞬発力を誇る。戦いの最中には、黄金色の瞳が爛々と輝き、獣王としての本能がむき出しになる。

奈落の底において、彼女は「嫉妬」という毒と、「獣姫」という誇りを併せ持つ、最も危険で美しい捕食者である。

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